ミスリルの剣

りっち

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「それじゃネクスに帰りましょうっ。ダニーの子供だって流石にまだ産まれてないと思うからさっ」

「あ、ありがとうございますお嬢様~っ! これでアイツにドヤされなくて済みますよ~っ!」


 ミシェルの言葉に、何度も何度も頭を下げて感謝しているダニーの姿。

 流石のダニーもミシェルにだけはチャラチャラした態度は取らないんだなぁ。当たり前なんだけどなんか意外だ。


 担当地域の全ての調査と渦の破壊を終えて、俺達は無事に任務を果たすことが出来た。そして任務を終えた俺達は、直ぐにネクスへの帰路についたのだった。

 帰りは調査の必要も無いので、最短距離を一直線に駆け抜ける。


「あ~っ! 見て見てっ! 見えてきたよっ!」


 そうしてネクスを目指すこと数日。ミシェルの報告通りに、ネクスの街が見えてくる。


 馬車の窓から前方を指差しはしゃぐミシェル。

 お前以外全員外に居るんだから見えてるっつうの。


 ようやくうっすら見えてきたネクスの街並みが、なんだか凄く懐かしく感じられた。


「ソイル~~っ!! お前が居なかったら絶対間に合わなかったぜ~~!!」


 馬に乗りながらダニーが歓喜の雄叫びをあげる。

 やめろっ! 馬がびっくりしてんじゃねぇか、この馬鹿っ!


 ……叫びたくなる気持ちは、分からないでもねぇけどよ。


「お疲れのところ申し訳ありませんが、まずは全員で当家に来ていただきますよ」


 ネクスに到着し、まずは真っ直ぐダイン家の屋敷に向かった。


 ダイン家から依頼を受けている立場だから逃げ出しゃしねぇが、わざわざグリッジが俺をジトーッと見ながら宣言してきた。

 まったく、相変わらず嫌な野郎だぜ。もう嫌な気分にはならねぇけどな。


「お嬢様っ! それでは俺は先にっ!」

「うんっ。お疲れ様ダニー。奥さんと赤ちゃんに宜しくねっ」


 数ヶ月振りの帰還だったけど、幸いな事にダニーの子供はまだ生まれておらず、ネクスに到着したダニーはすぐに暇を貰って、大急ぎで自宅に帰っていった。

 今回の旅の報酬もあり、当分は奥さんの傍に居られると大喜びだった。


 ネクスのダイン家の屋敷にはジェシーとステファニーが戻ってきていた。旅への同行を命じられるほどの手練れなんだし、帰還するだけなら余裕だったんだろう。

 2人とも俺のことを親の仇のような目で睨みつけてくるから、屋敷の中は少々居心地が悪い。


 この屋敷の住人であるメンバーとは解散し、外部参加だった俺とパメラだけでダイン家の当主に面会する事になった。


「娘を守り抜いてくれて感謝している。パメラ。ソイル。本当によくやってくれた」


 ミシェルの父親らしいダイン家の当主から礼を言われ、その場で成功報酬の金貨150枚を受け取った。


「ありがとう……ございます」


 受け取った報酬の袋の重みに、一瞬狼狽えてしまった。


 重いな……。実際の価値以上に、俺にとってこの報酬は重く感じるよ。

 でも重く感じるのも当たり前だ。これでようやく俺は、念願のミスリルの剣を手にすることが出来るんだからな……!


 報酬を受け取った後は特に何事もなく、速やかに退去を命じられた。

 ミシェルは旅疲れから休んでいるという事で挨拶出来なくて残念だったが、冒険者の扱いなんてこんなもんだよな。


 俺とパメラは連れ立って屋敷の外に出て、お互い最後の挨拶を交わす。


「ソイル。旅では世話になった」

「そりゃこっちのセリフだよ。聖騎士様から剣を教えてもらえるなんて、金じゃ買えない体験をさせてもらった。本当にありがとう」

感謝それこそ私のセリフだがな? お前に救われた命、決して無駄にはしないと約束する。また機会があれば剣を合わせよう!」


 俺と握手したパメラは颯爽と馬に乗り込んで、休憩も取らずにそのまま聖教会への帰路に着いた。


 ……聖騎士様でもあるパメラでもあの扱いじゃあ、冒険者の俺が文句なんか言えねぇな。



 結局、最後に挨拶が出来たのはパメラだけか。終わりってのはいつだってあっさりしたもんだよな。

 いや、俺はまだ美人聖騎士に挨拶できただけマシか。パメラなんか中年冒険者としか挨拶を交わせなかったんだ。贅沢言っちゃいけねぇよ。


 馬で走り去るパメラの背中を見えなくなるまで見送ったあと、俺もイコンへ帰還するための準備を整える。

 イコンまでは徒歩で3日。今の俺ならもう少し短縮できるような気もするが、いつも通り余裕を持って、5日分の食事を用意。なにが起こるか分からないからな。


 最後に冒険者ギルドに寄って、俺の依頼が無事に達成されたことを告げる。

 ちなみに捜索願は出されていなかった。トゥムちゃんにきちんと伝言が伝わっていたようでひと安心だ。



 冒険者ギルドを出て、改めてネクスを後にする。

 大金を持っているので、馬でも借りて少しでも早くイコンに帰りたいところではあるんだが、魔力を感じ取れるようになった今、なんとなくイコンまで歩いて帰りたくなった。


 ネクスとイコンを繋ぐ道、こんな場所何度通ったかも分かりゃしねぇのに、魔力を感じ取れるようになった今の俺にはまるで別世界のように感じられる。

 知っている道を歩くと、本当に世界には魔力が満ちているんだと実感できる。


 こんな美しい世界で、俺はなんて卑屈に生きていたんだろうな?


 でも、この世界の美しさを多くの人は見れないらしい。

 そう考えると、俺はなかなかの幸せ者だったのかもしれねぇなぁ。



 ミシェルの話では、俺の魔力感知能力とは別に、魔力を感知するための魔法というものも存在しているらしい。

 初めてミシェルに会う数日前にミシェルはその魔法の習得に成功し、その時死の森の魔力の異変に気付いたらしい。

 そして日々狂っていく魔力の流れに危機感を感じ、あの日1人で屋敷を抜け出し森に入っていたようだ。

 まったく、俺の先生は無鉄砲で困るぜ……。



 イコンへの道中、思い出すのは旅の事とミシェルのことばかりだった。

 ミシェルと過ごしたこの数ヶ月は、俺の人生を文字通り一変させてくれた。きっと俺は一生忘れられない経験をすることが出来たんだと思う。

 俺はなんだかいつも以上に軽い足取りでイコンへの帰路を楽しんだ。


 今まで3日かかっていた道程が、今は2日で帰還することが出来た。

 徒歩の動作に魔力を走らせるのは魔力操作のトレーニングにもなって、まさに一石二鳥って奴だ。


 イコンの街が見えた時、不覚にも感極まって目が潤んじまったぜ。

 ……俺って、この街の事がこんなに好きだったんだなぁ。



 イコンに到着し、まずは何を置いても金貨を預けに商人ギルドに足を運ぶ。

 預金が済んで金貨を手放すことが出来た瞬間、これで本当に依頼が終了したのだと、肩の力が抜けていった……。


 俺の15年の集大成。預金額は金貨400枚近い。これならロングソードでも余裕で手が届くはずだぜ!



 預金して身軽になったからパーッと1杯やりてぇところだけど、まずは今日の宿を確保してっと。


 宿のベッドでこのまま寝てしまいてぇ衝動に駆られるが、流石に今日中に帰還の報告をしておかないと、後日トゥムちゃんにガチギレされちまうからな。

 心配も迷惑もかけちまっただろうし、寝る前にもうひとふんばりして、冒険者ギルドに顔を出した。


 冒険者ギルドに到着すると、俺の姿を見つけたトゥムちゃんがやる気なさげに手を振って迎えてくれた。


「あ、ソイルさんお帰りっすー」

「なんでそんなローテンションなんだよ。ただいまだ」


 久しぶりに会ったってのに、まるで昨日も顔を合わせたみたいなトゥムちゃんの反応に笑ってしまう。

 ぶっきらぼうなトゥムちゃんの態度に触れて、俺はイコンに帰還できたのだと改めて実感した。


「ってあれ? 帰ってくるの早くないです? まだ半年も経ってないですけどー?」

「依頼が思った以上に順調に旅程を消化できてな。当初の予定の半分以下の日程で依頼達成となったんだよ」


 やる気が無さそうにしておきながらも、しっかりと人のスケジュールを把握してやがるんだもんなぁ。

 本当トゥムちゃんにも頭が上がらねぇよ。


「トゥムちゃんには依頼の前後でバタバタと迷惑かけちまって、なんだか申し訳なかったな」

「いやあ私こそ厄介な依頼をソイルさんに振っちゃったみたいで、ちょっと申し訳なく思ってたんですよ。無事に戻られて何よりです」


 トゥムちゃんと頭を下げあい謝りあう。

 別にトゥムちゃんは何も悪くないってのに、大分迷惑をかけちまってみたいで申し訳なかったなぁ。


「それで今日はどうします? いくら守銭奴のソイルさんでも、流石に今から依頼は請けませんよね?」

「ああ、流石に今日は休ませてもらうよ。トゥムちゃんの顔も見たし、宿に戻って休むと……」

「見っつけたーーー!! なに勝手に帰ってんのよ、ソイルーーーーっ!!」


 その時、トゥムちゃんとの会話に割り込むように妙に聞き覚えのある叫び声が轟いた。

 突然冒険者ギルドに響き渡った怒声に驚き振り向くと、そこには頭から湯気が出そうなほど顔を真っ赤にした、大魔法使いにして俺の魔法の先生、ミシェル・ダインの姿があった。
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