ミスリルの剣

りっち

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大きな依頼

13 旅の始まり (改)

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 ミシェルが俺に持ちかけてきた依頼は、危険度がかなり高い分報酬は破格だった。

 仕事内容だけで言えば断る理由はどこにも無い。この仕事が終わった時、俺はミスリルの剣を手にすることが出来るはずだ。

 しかしそんなことよりも、ミシェルが俺に頭を下げる姿をこれ以上見るのは耐えられそうもなかった。だから結局俺はこの依頼を引き受ける事にした。



 依頼を請ける事を了承して、一旦ダイン家の屋敷を後にする。ミシェルは俺を泊めるつもりだったらしいが、貴族の屋敷なんかに泊まっても疲れが取れる気がしないからな。

 ……それにやっぱりミシェルを含めて、今回の依頼人にはまだ不信感しか抱けていないから。


 冒険者ギルドに行き、トゥムちゃん宛てに事の経緯と、1年前後イコンに戻れない旨を伝えてもらえるようにお願いする。こんなに長期間イコンを離れることなんて今までなかったな。

 俺なんかがミシェルの役に立てるとは思わないが、金を貰う以上はしっかり役目を果たさないといけない。いつまでも腐ってる場合じゃないぞ。切り替えよう。


 まずは宿でしっかり睡眠を取る。

 翌日になっても丸1日馬車で揺られた疲労は完全に払拭できなかったが、それでも機能よりは大分マシだ。行動には支障無いだろ。


 朝食を済ませて宿を出て、昨日案内されたダイン家の屋敷に向かった。


「おはようソイル! 朝食は食べてきたかしら? もし良ければ簡単なものなら用意させるけど?」

「お気遣い結構。宿で済ませてきたよ。それじゃ依頼の話を具体的にお願いしたい」

「あ……うん。そ、そうだね。依頼の話をしなきゃねっ……」


 元気のいいミシェルに対して、無意識に素っ気無い態度を取ってしまう。

 これから長期間一緒に旅をするってのに、こんな大人気ない態度じゃだめだな。気をつけないと。


 1年の旅で実際に回る場所。その順番。旅に同行する人数。使える旅費。思いつく限り聞ける事は聞いてみた。

 ミシェルには知らされていないことも多くて、あまり分かる事はなかったけど。


 少なくともミシェルは俺を騙す気はなさそうだ。ミシェル本人が騙されていたりする可能性はあるかもしれないが。


「旅に同行するのは私達を入れて8名よ。かなりの距離を移動するからね。少数精鋭で編成させてもらったわっ!」

「……少数精鋭の中に俺を含めんじゃねぇよ、ったく」


 少数精鋭のメンバーの中に、Cクラスのオッサン冒険者が1人混じるのか……。しかもミシェルによるごり押しでの参加だ。絶対俺、他のメンバーによく思われてないよなぁ。

 ミシェルが独断で俺の事を参加させたんだと思うと、同行者とのやり取りがもう憂鬱になってくる。


 どうやら出発までにはもう少し日があるらしいので、ミシェルに頼んで剣を教えてくれる人を紹介してもらう。

 普段であればこの時間にも金稼ぎを行なうとこなんだが、今回は既に依頼中だとも言えるから、依頼の為に出来る事をしておくべきだ。


「それで紹介されたのがお前さんだったってわけだ。まぁよろしく頼むぜ」

「……お手柔らかにお願いしますね」


 剣術指南役に選ばれたのはグリッジだった。やっぱりかなりの手練れなんだろうな。
 

 グリッジに剣の振り方から見てもらい、その後はひたすらに手合わせをする。


 ……予想はしていたが、全く手も足も出なかった。

 魔力の才能が無いのはとっくに受け入れたけど、魔力抜きでも全然歯が立たない相手がいるってのは泣きたくなる現実って奴だわ。


「……ソイルさんは私に対して思うところとか無いんですか?」

「ん? 何の話だ?」 

「あれだけ剣呑な雰囲気を出されていたのに、今日は素直に剣術を教わりに来るなど……。先日とは別人のように思えますよ」

「気にすんな。仕事中に余計なことを考える余裕が無いだけだから」


 思うところなんてあるに決まってる。だけどそんなものを気にしてたら長期間の旅なんてやってられない。

 今回の依頼は1年ぐらいはかかると聞いている。同行者と険悪なままでいたら、依頼とは関係無い所でストレスを溜めてしまう事になりかねない。


「1度依頼を請けた以上、半端な仕事をするわけにはいかないからな。少しでも成功率を上げるために、空いた時間で出来る事をしてるんだよ」


 半端な仕事をした結果、報酬が貰えないだけならまだしも、命を落す事になりかねない。であるなら、思うところなんてどうでもいいものを気にしている場合じゃない。

 依頼の成功率を上げるために、ダイン家の使用人たちとは友好的に接するべきだろう。


「グリッジも旅には同行するのか?」

「ええ。私も同行する予定ですよ。ご存知じゃなかったんですか」

「俺、旅のメンバーを教えてもらってないんだよ。俺も含めて8名ってことしか聞いてないな」

「なるほど。では少し私から補足させていただきましょうか」


 お? 期待していなかった流れで情報が得られそうだ。

 グリッジは依頼の報酬を提示できる程度には権限を与えられている使用人らしいからな。もしかしたら今回の旅の責任者はコイツなのかもしれない。


「同行するメンバーはダイン家の使用人が中心ですね。外部からの参加はソイルさんと、案内役の1名のみです。ただ、現地調査の際には現地の冒険者を雇うことがあると思います」 


 グリッジの説明によると、今回の旅はミシェルの才能を見込んで案内人からダイン家に持ち込まれた依頼なんだそうだ。

 だからダイン家の使用人がメインで、本来なら外部の協力者など募る気は無かったのだそうだ。俺の参加は完全にイレギュラー。ミシェルの我が侭だったらしい。


 ……まぁいいさ。余計なことを考えずに、今は旅の成功率を上げることだけを考えろ。


「グリッジも同行するなら、時間が空いてるときにはまた指導を頼もうと思ってる。構わないか?」

「手が空いている時でしたら構いませんが……。旅先でも指導を受けるおつもりなのですか?」

「どう考えても俺が1番の足手纏いだろ? でも逆に言えば、俺が少しでも強くなった分だけ依頼の達成率も上がるってわけだ。だから依頼達成のために協力してくれよな」

「……なるほど。なかなか変わった考え方をお持ちのようですね」


 腕を組んで小さく頷くグリッジ。

 しかし、そんなに変わった考え方かぁ? 足手纏いの存在は依頼の成功率を著しく下げちまうと思うんだがね?


「宜しい。依頼達成のためであるならばお付き合い致しますよ」

「悪いな。今まで正式に剣を習った事も無いからよ。この機会に剣を見直してぇんだ」


 酒を止めてから、僅かだけど鍛錬の効果を実感することが出来た。

 だがそれでも恐らく同行者の中で圧倒的に弱い俺は、寸暇を惜しんで鍛錬を積む必要があるだろう。


 それに俺の剣は師匠に習いはしたんだけど、そもそもの師匠が我流だったからめちゃくちゃなんだよなぁ。

 貴族家に仕える使用人ならちゃんとした剣の手解きを受けてきたはずだし、この機会に俺も自分の剣の技術を見直しておくのも悪くない。

 なんせこの依頼が終われば、とうとうミスリルの剣が手に入るだろうからなぁ……!



 後日、旅の同行者との顔合わせも行われた。

 渦の破壊を担当する呪文詠唱使いのミシェル。御者兼護衛の男性使用人グリッジとスティーブ。侍女兼護衛の女性使用人ステファニーとジェシー。斥候や諜報を担当する男性使用人のダニー。

 ここまでの6人がダイン家からの参加者だ。


 そして依頼の案内役として聖教会から派遣されてきたという女性聖騎士パメラに、ミシェルが雇った俺が加わった8名が今回の旅のメンバーだ。

 グリッジとスティーブが交代で御者を担当。ミシェル、ステファニー、ジェシーの3名は常に馬車で移動する。

 斥候のダニー、案内役のパメラ、外部協力者の俺は馬車には同乗せず、基本的に馬で移動することになるようだ。

 一応俺は馬に乗れる。長距離を高速で移動するには馬が無いと厳しいからな。依頼期間が短い時などは、多少の出費を覚悟してでも馬を用意する必要があったのだ。


 全員が俺より遥かに手練れらしい。確かめる必要もないくらいに立ち居振る舞いに隙が見つけられない。こりゃマジで俺の居る意味が分からないな。





 馬車を長旅用に調整したり、パメラから改めて調査区域のルートと現在の状況などを確認して、とうとう出発の日が訪れた。


 黒い渦の事は民衆がパニックを起こすかもしれないという事で、基本的には機密扱い。絶対に外部に漏らさないようにとしつこいくらいに念を押された。

 ……やはり始めに危惧した通り、同行者全員からの俺への心証は明らかに悪いようだ。旅の予定などは必要以上に聞かせてもらいないし、話しかけてもあまり反応してもらえない。
 

 まぁ1年の辛抱だ。ミスリルの剣に続く道だと思えばこの程度の扱いにも笑顔で耐えられるさ。

 ……なんたって、今まで15年も耐え続けてきたんだからよぉ。
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