ミスリルの剣

りっち

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大きな依頼

10 指名依頼 (改)

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 短期間で金貨20枚も貰える様な割の良い仕事は、Cクラス冒険者の俺にはなかなか回ってこない。

 相変わらず報酬の安い仕事を数をこなして金を稼ぐうだつの上がらない日々を送っていたある日、トゥムちゃんに妙な事を告げられた。


「ソイルさん。貴方宛に指名依頼が入ってますよー」

「指名依頼ぃ? なんかの間違いだろ。それともトゥムちゃんの冗談か?」


 指名依頼とはその名の通り、依頼人が冒険者を指定して発注する仕事のことだ。

 どうしてもその冒険者にしかこなせないような依頼である場合が多く、その分断られないようにと報酬は高くなる傾向にある。


 Bクラス、Aクラスなんかの、いわゆる高クラス冒険者になると指名依頼も珍しくなくなるらしいが、万年Cクラスで燻っている俺のところに指名依頼を出してくる依頼人なんて今まで1人もいなかった。


「なんでCクラスの俺に指名依頼が入るんだよ。馬鹿馬鹿しい」

「いやいや、それがホントなんですって! 間違いなくソイルさんが指名されてるんですよ! 凄いですね!」


 はしゃぐトゥムちゃんには悪いが、指名依頼なんて請ける気はない。妙な依頼はもう懲り懲りだ。


「ああそう。じゃあそれ断っといて。興味無いから」

「……は? はああああああああ!?」


 俺の反応が予想外だったらしく、若い女がしちゃいけない表情で絶叫するトゥムちゃん。

 ……確かに今までは可能な限りどんな依頼でも請けてたからな。トゥムちゃんの反応も無理はないかもしれねぇ。


「あのソイルさんが、あの守銭奴のソイルさんが、あのお金のためなら何でもこなすソイルさんが、報酬も聞かずに依頼を蹴るですってええええ!?」

「……うん、トゥムちゃんさ。オッサン相手なら何を言っても許されると思ってないか?」


 トゥムちゃんは美人なんだけど、なんていうかこう、デリカシーってもんが足りてないと思うんだよなぁ。オッサン冒険者なんて意外に繊細だったりするのによぉ。


「いやいやいや! そうじゃなくて! ソイルさん、こないだネクスから帰ってきてから変ですよ!? 酒場でも全然会わなくなりましたし!」

「別になんもねぇよ。あと酒は止めたんだ。金輪際酒場で会う事はねぇよ。じゃあ今日の分の依頼に行ってくるわ」

「ちょちょっ! 待ってくださいよソイルさぁん!」


 食い下がるトゥムちゃんを放置して冒険者ギルドを後にする。

 くだらない悪戯に付き合ってる暇はない。俺は金を貯めなきゃならないんだからな。


 酒を飲まなくなって変わったのは出費が減ったことだけじゃない。

 あの飲んだくれてた無意味な時間が自由に使えるようになったことで、鍛錬に使える時間が増えた。そして酒をやめてから、明らかに体力もついてきているのが実感できる。

 ……止めた今だから言える事なんだろうが、俺ってなんであんなもん飲んでたんだっけな?


 体力が付いて鍛錬の時間が増えると、少しずつではあるが自分の腕が上がっていることが実感できる。

 そしてこの実感は、ミシェルとの才能の差を痛感して落ち込んでいた俺の気持ちを少しずつ前向きにしてくれた気がする。


 そうだ。俺にはミシェルみたいな才能は無かったけど、それでも鍛えた分だけ強くなれるんだ。アイツを羨む暇があるなら、その時間で金を稼いで鍛錬を積んだほうがずっと建設的だよな。


 依頼を済ませてギルドに戻ると、トゥムちゃんがカウンターから飛び出してきてタックルを仕掛けてきた。

 ま、普通に避けるけどな。


「だー! 何で避けるんですか! 美人受付嬢が抱きついてくるんですよ!? そこは両手を広げて受け入れるのが男の度量ってもんでしょー!」

「はっ! 底辺の俺に度量なんて求められてもね。依頼は済ませてきたから報酬くれよ」

「報酬は渡しますけど、例の件の話もさせてくださいよー! ソイルさんが断るのは自由ですけど、話も伝わってないんじゃ、私にどんな処分が下されるかー!」

「あ、そういうもんなの? 悪かった、指名依頼なんて来た事ないし、そういう事情を全然知らなかったんだ」


 俺が断るのは自由。その言葉は少しだけ俺の心を軽くした、

 そして冒険者ギルドには依頼を伝達する義務のようなものがあるらしい。知らなかった。


「別にトゥムちゃんに迷惑かけるつもりはねぇよ。聞かせてくれ」

「うっ! す、素直に謝られると何故か罪悪感が……!」


 ……罪悪感ってなんだよ? まさかでまかせじゃねぇだろうな?


「まぁいいです。先に依頼完了の手続きと報酬を済ませましょ」


 依頼の完了手続きを済ませ報酬を受け取る。

 相変わらずシケた額だ。今にして思えば、よくこんなんで酒なんか飲んでたもんだ。


 っと、そんなことはあとでいいな。話してくれトゥムちゃん。


「それでですね。ソイルさんへの指名依頼なんですけど、ちょっと変わってるんです」

「変わってる? 俺を指名してくる時点で変わってるのは分かってるけど?」

「それがですねー……。仕事の内容と報酬は現地で説明、依頼人の名前は伏せて欲しい。だけどなるべく早くネクスに来て欲しいって話なんです」

「……なんなんだそりゃあ? いくらなんでも怪しすぎるだろ……」


 怪しい依頼はこないだの死の森の調査で懲りてんだよ。

 あれでさえ報酬だけは確かだったってのに、報酬すら明かされてないんじゃ悪戯も良いところじゃねぇか、馬鹿馬鹿しい。


「話も聞いたし辞退していいよな? 依頼人も依頼内容も報酬も分からないなんて、そんな依頼請けるわけねぇだろ」


 ああ、だから俺みたいな底辺冒険者に振って来たってことか?

 俺が底辺なのは認めるけどよ、それにしたって随分と舐められたもんだなぁ。


 しかし気分を害しているのは俺だけじゃなく、トゥムちゃんも納得のいかないような顔で俺に同意してくれた。


「ん~。流石に私もこれは無理にお勧めは出来ない内容ですからね。話をした上で本人が辞退したんですから、私もソイルさんも問題無いでしょ。正式にお断りしておきますね」

「ああ頼むよ。よく分からない話だったなぁ」


 まぁいいや。断ったし終わった話だ。




 …………なんて思っていたこともありました。

 依頼を断って3日後、やはりトゥムちゃんに声をかけられる。


「ねぇねぇソイルさん。先日ソイルさんに指名依頼の話があったでしょ?」

「ん? ああ、あの悪戯な。それがどうした?」

「あのあとギルドから正式に、ソイルさんが依頼を辞退した旨をお伝えしたんですけど、依頼人はどうしてもソイルさんに依頼したいって聞かないんですよ」

「はあ~? なんだって俺なんかに拘ってくるんだよ? 誰なんだよ依頼人って……」


 俺に拘る理由も分からないが、それ以前に依頼の内容も報酬も依頼人も分からない依頼なんて請ける奴、居る訳ないだろ……?

 しかしどうやらトゥムちゃんも依頼の内容に納得はしていないようで、請けてみないかと聞いてくるわりには慎重な口調に感じるな。


「どうですかねソイルさん。請けてみたりしませんか?」

「悪いけど流石になぁ。こんなもん、請ける理由が無いよ」

「……ですよねぇ~? せめて報酬だけでも提示してもらわないと……」

「ネクスに行くのだって時間も金もかかるのに、依頼人も仕事内容も報酬金額も分からないような依頼を請けてやるほど、俺はお人好しでもなければ余裕も無いっての」


 トゥムちゃんも俺の言い分には理解を示してくれているらしく、特に反論することもなく同意を示してくれている。


「むしろ、なんでこんな内容で依頼が受理されたんですかねぇ? ネクスのギルドの怠慢じゃないですぅ?」

「だよなー? ま、何度依頼されても答えは変わらねぇよ。トゥムちゃんには面倒かけて申し訳ねぇけど、また辞退するよう伝えてくれるか」

「そこを何とか、お願いできませんでしょうか?」


 俺とトゥムちゃんが話していると、突然知らない声に割り込まれる。

 声の主に目を向けると、明らかに冒険者ではない、使用人風の男が立っていた。


 だがまぁ誰だか知らない相手の話なんて聞く気もない。

 
 トゥムちゃんには辞退を告げたし話は終わってるよな? じゃあとっとと依頼こなしに行くか。

 入り口に立っている男を避けて冒険者ギルドを後にする。


「ちょっ!? 普通この流れで私のこと無視しますっ!? せめて返事くらいしてくださいよっ!」


 その使用人は俺の背中に抱きつくようにしてしがみついて来た。

 あまりの必死さに、会話に割り込んできたときのミステリアスな雰囲気は微塵も残っていない。


 っというか、そもそも誰なんだよお前は。
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