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12章 俺が望んだ異世界生活
閑話038 未来の為に ※アリス視点
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「済みません。ちょっと相談したいことがありまして」
「……ちっ、手短に話せ」
ルイナスリームはどんどん人が増えて発展しているけれど、私に話しかけてくる人は殆どいない。
差別されているわけではないけれど、誰もが私となるべく関わらない様にしているのが分かる。
お店やギルドの利用は問題なく出来るけれど、普通に話せる相手はソリスタさんしか居ない。
「スクロールがドロップするようになってきたんですけど、どれを覚えるべきとかってありますか?
少しでもお金を稼ぎたいので、不要な魔法は全て売ってお金にしようと思ってるんですけど」
「貴様はまだそんなことを言っているのか? 誰ともパーティを組めない貴様は、1人で何でもしなければいけないというのに、スクロールを売却する余裕などあるわけないだろうが。
売却していいスクロールなどない。自分が既に習得済みのものが出た場合以外にはな」
ソリスタさんは聞けば教えてくれるけれど、それでもやっぱり私とは関わりたくなさそうにしている。
私の感謝なんて、受け取る気はないんだろうな……。
そこから更に10日ほどかけて、私はようやく20階層を突破することが出来た。
ここまで来ると1回の探索報酬が5万リーフを超えてくる。
それにスキップオーブも使えるようになるから、往復の時間が大幅に短縮されるはず……!
「え、スキップオーブが、ない……!?」
「あれー? あなた知らないんですか?
ルイナスリームは今大量の冒険者達が流入してきてる上に、新興都市だからスキップオーブの数自体も少ないんですよ。こんな日が高くなってから現れたって残ってるわけないでしょ? 明け方から取りに来る人だって居るのに。
それか日没後から潜るとかすればいいんじゃないです?」
「そ、そうなんですか……。あ、ありがとうございました……」
そう言えば私、今まで自分でスキップオーブを借りに来たことが無かったわ……。
私以外のメンバーが早起きしてスキップオーブを確保してくれていたんだろうか……?
私、本当に何も知らないし、何もしてこなかったんだな……。
仕方が無いのでその日は1日訓練に当てて、次の日から夜明け前にギルドに行ってスキップオーブを確保することにした。
やはりスキップオーブがあると稼ぎの効率が違いすぎる。
お金も貯まるけど、それ以上にSPも貯まってくれる。
無駄遣いなんて出来ないけれど、装備とスキルは絶対にケチるわけにはいかないわ。
私が死んだら、3人はもう帰って来れなくなってしまうんだから……!
お金が稼げるようになったので、ベイクの武器屋で装備を見繕ってもらう。
21階層以上をソロで回れば、1日の稼ぎは白金貨に届く勢いだ。迷わず最高級品をオーダーした。
装備が揃うまでは先に進むのは控え、ひたすら21階層で魔物を狩り続けた。
10日ほどで装備は整い、その間に獲得したSPでスキルも取得し、改めて私は先に進むことにした。
22階層以降はMAPも覚えていないし、出てくる敵にも慣れてないから何度も攻撃を受けてしまう。
パーティでは26階層まで行ったけれど、あの時の私はどれ程周りに頼っていたんだろう。
何度も攻撃を受けながらも、最高級品として用意してもらった装備のおかげで、私は死ぬことなく先に進むことが出来た。
お金を稼ぐ為にはお金を使わなきゃいけないなんて……。
でもこの装備は最高級品なんだから、あとは装備を買い換えなくても平気なはず。
これからはひたすら探索して、お金を稼ぎ続ければ良いだけだ。
ソロっていうのは本当に辛い。
ドロップアイテムの回収も自分でしなくちゃいけないし、運搬だって自分でやらなきゃいけない。
ポーターを雇おうにも私の依頼は誰にも受けてもらえず、非戦闘員同行制度を申請しても、私に人が寄ってくることは無かった。
私は投獄こそされなかったけれど、異邦人からも王国民からも評判は最悪なようだ。
本当にずっと、私は1人で生きていかなきゃいけないのかと思うと泣きそうになる……。
死ぬわけにはいかない私は、1日1階層のペースで迷宮を攻略し続けた。
気付くと私の口座の中には、白金板が20枚以上入っていた。
私は魔法ギルドに走り、スキップとストレージのスクロールを購入することにした。
これでもう自由な時間に探索が出来るようになるし、手ぶらで戦闘できるようになる……!
それにしても空間魔法のスクロールは凄まじい値段だと思う。
出来ることなら狙ってみたいけど……。まずは今の迷宮を先に進みましょう。
30階層も越えてくると、魔物がどんどん大型化していった。
始めは驚いたけれど、段々呆れるようになっていった。10メートル15メートルって魔物がどんどん出てくるんだもの。構ってられないわ。
『攻撃範囲拡張・中』というスキルと、絶対に取得を推奨されている『精神安定』というスキルを取得してからは、攻略速度が一気に上がった。
『瞬間加速』も有用なスキルで、まるで速水の『静止加速』を使っている気分。
50階層を越える頃には白金板100枚なんて、全然稼げる金額になっていた。
たった30日ちょっとで、ここまで変わるものなの……?
今までの私と今の私、いったい何が変わったんだろう?
「お久しぶりですソリスタさん! 私この前、50階層を突破したんですよ」
「……俺の指導が無駄にならなかったのなら幸いだ」
冒険者ギルドでソリスタさんを見かけてつい声をかけてしまったけれど、ソリスタさんは無視することなく応じてくれた。
「……そう、だな。俺はこれから食事に行くが、貴様も一緒に来るか?」
「え、えっ、はい! ぜ、ぜひご一緒させてください!」
ま、まさかソリスタさんの方から食事に誘ってくれるなんて思ってもみなかった!
今の私が話しかけられるのはソリスタさんだけだ。
迷惑だからもう話しかけてくるな、なんて話だったらどうしよう……。
「最近異邦人が開いた食事処があるのだが、勝手が分からなくてな。興味があるのに行けずに困っていた。
カンパニーも解散して、トーマもルイナスリームに顔を出さなくなってしまったからな。
貴様も異邦人だろう。悪いが作法を教えてもらいたい」
「あ、なるほど。分かりました。お供させていただきます」
確かに王国民にとって、異邦人が開いた店は入りにくいかもしれないわ。
こんな些細な事でも、ソリスタさんに頼ってもらえたのが嬉しい。
ソリスタさんの案内で到着した店は、軽食喫茶店といった感じのお店だった。
カフェというより喫茶店と漢字で表記した方が似合うような、黒を基調としたシックなお店だった。
「いらっしゃ……、ソリスタさんじゃないですか。お久しぶりです」
「おお、久しぶりだな。貴方の店だったのか。気後れせずにもっと早く来れば良かったか」
「はは、楽しんでいってください……って、なんでソリスタさん、この女と一緒に居るんですかっ!?」
「……え?」
にこやかだった雰囲気が一変して、中年男性のマスターが私に強い怒りを向けてきた。
「気持ちは分かるが落ち着いてくれ。
この女に戦闘技術の指導をしてくれとトーマに頼まれてな。その縁だ」
「……!
トーマさんが、ですか……!? な、なんで……!?」
「さぁな。トーマのことだから、深い考えなんてないのかもしれないぞ? あいつはいつも適当だからな」
「ははっ、そうですね……。
分かりました。トーマさんがそういう対応をされているなら、私も騒ぎ立てるのはやめておきます。
どうぞこちらへ」
空気が弛緩し、マスターがこちらに向けていた怒りが収まったのが分かった。
この人、どうして私にあれほどの怒りを……?
「そういえばお前は察しが悪かったな。料理が来てから説明してやる。まずは席に着け」
「あ、はい」
案内された席に着き、マスターに注文をお任せしてしまう。
なんだか私、来た意味が無かったんじゃ……?
「さっきの御仁、この店の店長だが。旋律の運び手に参加した異邦人の中でも最古参の1人だ。つまり貴様がカンパニーへの参加を許される前にトーマによって救済された異邦人の1人だよ。
むしろ貴様が覚えていない方が信じられない。貴様と同じ時期に転移してきて、貴様がタイデリア家で豪遊している時に苦労していた人だというのに」
私がタイデリア家で豪遊している間に苦労していた異邦人……。
今ソリスタさんに言われるまで、そんな人がいたことだって気にしたこと……。
「彼は家族3人でこの世界に転移してきてな。妊娠中の妻と幼い娘を養う為に、ボロボロになって探索する生活をしていたところをトーマに助けてもらったのだ。
トーマと敵対した貴様が嫌われるのは当たり前だろう」
「あっ……」
「この際だから話してやるが、俺だって救貧院を出て10年以上1人で苦しい生活を続けていたんだ。それをトーマはあっさりと塗り替えてくれたんだよ。アイツにはどれだけ感謝してもしきれない。一生かかっても恩を返しきれるとは思っていない。
そんな男に頼まれたのだ。俺の手で殺してやりたいような相手の指導でも、引き受けるしかなかろうが」
そうだ。私は嫌われて当然なんだった……。
私は今1人で50階層まで到達していい気になっていたけれど、それだってトーマが準備してくれた環境あってこそだし、タケルさんが作ったルイナスリームあってのことなんだった。
そんな物がない時にトーマに手を差し伸べられたなら、トーマにどれ程の恩を感じていることだろう。
私がソリスタさんやタケルさんに感じている感謝などよりも、遥かに大きく強い気持ちなんじゃないの……?
そしてそれを全てぶち壊してしまった私に、どれ程の憤りを感じているんだろう……。
せっかく久しぶりに地球っぽいスイーツを食べたのに、味なんて全然分からなかった。
「さて、貴様は50階層を突破したのだったな。ならば突破祝いにこれをやろう。ジェネレイトという魔法のスクロールだ」
「……え?」
「今日の探索で出たばかりでな。売っても良かったんだが、スクロールは2、3日様子を見る事にしている。こうやって誰かに渡す機会があるかもしれんからな」
放心状態のまま、黙って差し出されたスクロールを受け取る。
どうして? 私、嫌われてるんじゃないの……?
「どうして、どうしてこんなものを私にくれるんですか……?
私、ソリスタさんに嫌われてるんじゃ……」
「殺したいほど嫌いだぞ?
だがソイツがあるとないとでは、1日の探索回数が数回変わってくるからな。ソロ冒険者にこそ必要な魔法だろう」
「そうじゃなくて! そうじゃなくて、ソリスタさんはなんでこんなに私の面倒を見てくれるのか、そう聞いてるんです!
私のこと、殺したいほど嫌いなんでしょう!? ならなんで……」
「人手が足りないからだ」
「――――え?」
余りにも予想外の返答に、私の思考は停止する。
「トーマのおかげでこの国は豊かになっていくだろう。そして今この国では沢山の新しい生命が誕生しつつあると聞いている。
当然だな。親の生活に余裕があり、救貧院にもかなりの余裕があるのだ。そうなれば子供が増えるのは道理だろう」
「……はあ」
「今の冒険者たちは爆発的に成長しているが、子供の数はそれ以上の早さで増えていくと想定されている。そして産まれた子供は10年程度は働けんし、出産を控えた女だって一定期間働けなくなる。
今から10年後までは人手がいくらあっても足りない状況が続くだろうとジーンさんが仰っていたからな。1人でも多くの働き手が欲しいのだ。未来の為にな。
ソロで50階層に潜れるような冒険者を私的感情で見放すようなことをしては、俺はきっとトーマに顔向けが出来なくなる。それはトーマが作った未来を否定する行為だと思うからな」
そう語るソリスタさんは、なんだか子供のような無邪気な顔をしていた。
「貴様のことなど大嫌いだが、そんなことは未来の為には些細なことだ。
働けアリス。お前が働く事で、更に3人ほど人手が増やせる見込みがあるのだろう?
子供が生まれれば働き手が一気に減り、逆に家庭の負担は大きく増える。
時間などないのだ。心底憎い貴様の手ですら今は惜しい」
好きとか嫌いとか、そんな感情を抜きにして、ただ未来に必要だから導く……。
未来……。私もそこを目指していいのかな……?
誰からも嫌われてるけど、それでも必要とされてるんだよね……?
「喋りすぎたが、まぁ間違った事は言っていない。憎い貴様を殺しても剣が汚れるだけだ。
王国中の人間に迷惑をかけたのだから、王国の未来の為に尽くすがいいさ」
「――――はいっ!」
希望なんてなかった絶望の日々に。一筋の光が差したように思えた。
その後出されたケーキの味は、今まで食べたどんなスイーツよりも美味しかった。
「……ちっ、手短に話せ」
ルイナスリームはどんどん人が増えて発展しているけれど、私に話しかけてくる人は殆どいない。
差別されているわけではないけれど、誰もが私となるべく関わらない様にしているのが分かる。
お店やギルドの利用は問題なく出来るけれど、普通に話せる相手はソリスタさんしか居ない。
「スクロールがドロップするようになってきたんですけど、どれを覚えるべきとかってありますか?
少しでもお金を稼ぎたいので、不要な魔法は全て売ってお金にしようと思ってるんですけど」
「貴様はまだそんなことを言っているのか? 誰ともパーティを組めない貴様は、1人で何でもしなければいけないというのに、スクロールを売却する余裕などあるわけないだろうが。
売却していいスクロールなどない。自分が既に習得済みのものが出た場合以外にはな」
ソリスタさんは聞けば教えてくれるけれど、それでもやっぱり私とは関わりたくなさそうにしている。
私の感謝なんて、受け取る気はないんだろうな……。
そこから更に10日ほどかけて、私はようやく20階層を突破することが出来た。
ここまで来ると1回の探索報酬が5万リーフを超えてくる。
それにスキップオーブも使えるようになるから、往復の時間が大幅に短縮されるはず……!
「え、スキップオーブが、ない……!?」
「あれー? あなた知らないんですか?
ルイナスリームは今大量の冒険者達が流入してきてる上に、新興都市だからスキップオーブの数自体も少ないんですよ。こんな日が高くなってから現れたって残ってるわけないでしょ? 明け方から取りに来る人だって居るのに。
それか日没後から潜るとかすればいいんじゃないです?」
「そ、そうなんですか……。あ、ありがとうございました……」
そう言えば私、今まで自分でスキップオーブを借りに来たことが無かったわ……。
私以外のメンバーが早起きしてスキップオーブを確保してくれていたんだろうか……?
私、本当に何も知らないし、何もしてこなかったんだな……。
仕方が無いのでその日は1日訓練に当てて、次の日から夜明け前にギルドに行ってスキップオーブを確保することにした。
やはりスキップオーブがあると稼ぎの効率が違いすぎる。
お金も貯まるけど、それ以上にSPも貯まってくれる。
無駄遣いなんて出来ないけれど、装備とスキルは絶対にケチるわけにはいかないわ。
私が死んだら、3人はもう帰って来れなくなってしまうんだから……!
お金が稼げるようになったので、ベイクの武器屋で装備を見繕ってもらう。
21階層以上をソロで回れば、1日の稼ぎは白金貨に届く勢いだ。迷わず最高級品をオーダーした。
装備が揃うまでは先に進むのは控え、ひたすら21階層で魔物を狩り続けた。
10日ほどで装備は整い、その間に獲得したSPでスキルも取得し、改めて私は先に進むことにした。
22階層以降はMAPも覚えていないし、出てくる敵にも慣れてないから何度も攻撃を受けてしまう。
パーティでは26階層まで行ったけれど、あの時の私はどれ程周りに頼っていたんだろう。
何度も攻撃を受けながらも、最高級品として用意してもらった装備のおかげで、私は死ぬことなく先に進むことが出来た。
お金を稼ぐ為にはお金を使わなきゃいけないなんて……。
でもこの装備は最高級品なんだから、あとは装備を買い換えなくても平気なはず。
これからはひたすら探索して、お金を稼ぎ続ければ良いだけだ。
ソロっていうのは本当に辛い。
ドロップアイテムの回収も自分でしなくちゃいけないし、運搬だって自分でやらなきゃいけない。
ポーターを雇おうにも私の依頼は誰にも受けてもらえず、非戦闘員同行制度を申請しても、私に人が寄ってくることは無かった。
私は投獄こそされなかったけれど、異邦人からも王国民からも評判は最悪なようだ。
本当にずっと、私は1人で生きていかなきゃいけないのかと思うと泣きそうになる……。
死ぬわけにはいかない私は、1日1階層のペースで迷宮を攻略し続けた。
気付くと私の口座の中には、白金板が20枚以上入っていた。
私は魔法ギルドに走り、スキップとストレージのスクロールを購入することにした。
これでもう自由な時間に探索が出来るようになるし、手ぶらで戦闘できるようになる……!
それにしても空間魔法のスクロールは凄まじい値段だと思う。
出来ることなら狙ってみたいけど……。まずは今の迷宮を先に進みましょう。
30階層も越えてくると、魔物がどんどん大型化していった。
始めは驚いたけれど、段々呆れるようになっていった。10メートル15メートルって魔物がどんどん出てくるんだもの。構ってられないわ。
『攻撃範囲拡張・中』というスキルと、絶対に取得を推奨されている『精神安定』というスキルを取得してからは、攻略速度が一気に上がった。
『瞬間加速』も有用なスキルで、まるで速水の『静止加速』を使っている気分。
50階層を越える頃には白金板100枚なんて、全然稼げる金額になっていた。
たった30日ちょっとで、ここまで変わるものなの……?
今までの私と今の私、いったい何が変わったんだろう?
「お久しぶりですソリスタさん! 私この前、50階層を突破したんですよ」
「……俺の指導が無駄にならなかったのなら幸いだ」
冒険者ギルドでソリスタさんを見かけてつい声をかけてしまったけれど、ソリスタさんは無視することなく応じてくれた。
「……そう、だな。俺はこれから食事に行くが、貴様も一緒に来るか?」
「え、えっ、はい! ぜ、ぜひご一緒させてください!」
ま、まさかソリスタさんの方から食事に誘ってくれるなんて思ってもみなかった!
今の私が話しかけられるのはソリスタさんだけだ。
迷惑だからもう話しかけてくるな、なんて話だったらどうしよう……。
「最近異邦人が開いた食事処があるのだが、勝手が分からなくてな。興味があるのに行けずに困っていた。
カンパニーも解散して、トーマもルイナスリームに顔を出さなくなってしまったからな。
貴様も異邦人だろう。悪いが作法を教えてもらいたい」
「あ、なるほど。分かりました。お供させていただきます」
確かに王国民にとって、異邦人が開いた店は入りにくいかもしれないわ。
こんな些細な事でも、ソリスタさんに頼ってもらえたのが嬉しい。
ソリスタさんの案内で到着した店は、軽食喫茶店といった感じのお店だった。
カフェというより喫茶店と漢字で表記した方が似合うような、黒を基調としたシックなお店だった。
「いらっしゃ……、ソリスタさんじゃないですか。お久しぶりです」
「おお、久しぶりだな。貴方の店だったのか。気後れせずにもっと早く来れば良かったか」
「はは、楽しんでいってください……って、なんでソリスタさん、この女と一緒に居るんですかっ!?」
「……え?」
にこやかだった雰囲気が一変して、中年男性のマスターが私に強い怒りを向けてきた。
「気持ちは分かるが落ち着いてくれ。
この女に戦闘技術の指導をしてくれとトーマに頼まれてな。その縁だ」
「……!
トーマさんが、ですか……!? な、なんで……!?」
「さぁな。トーマのことだから、深い考えなんてないのかもしれないぞ? あいつはいつも適当だからな」
「ははっ、そうですね……。
分かりました。トーマさんがそういう対応をされているなら、私も騒ぎ立てるのはやめておきます。
どうぞこちらへ」
空気が弛緩し、マスターがこちらに向けていた怒りが収まったのが分かった。
この人、どうして私にあれほどの怒りを……?
「そういえばお前は察しが悪かったな。料理が来てから説明してやる。まずは席に着け」
「あ、はい」
案内された席に着き、マスターに注文をお任せしてしまう。
なんだか私、来た意味が無かったんじゃ……?
「さっきの御仁、この店の店長だが。旋律の運び手に参加した異邦人の中でも最古参の1人だ。つまり貴様がカンパニーへの参加を許される前にトーマによって救済された異邦人の1人だよ。
むしろ貴様が覚えていない方が信じられない。貴様と同じ時期に転移してきて、貴様がタイデリア家で豪遊している時に苦労していた人だというのに」
私がタイデリア家で豪遊している間に苦労していた異邦人……。
今ソリスタさんに言われるまで、そんな人がいたことだって気にしたこと……。
「彼は家族3人でこの世界に転移してきてな。妊娠中の妻と幼い娘を養う為に、ボロボロになって探索する生活をしていたところをトーマに助けてもらったのだ。
トーマと敵対した貴様が嫌われるのは当たり前だろう」
「あっ……」
「この際だから話してやるが、俺だって救貧院を出て10年以上1人で苦しい生活を続けていたんだ。それをトーマはあっさりと塗り替えてくれたんだよ。アイツにはどれだけ感謝してもしきれない。一生かかっても恩を返しきれるとは思っていない。
そんな男に頼まれたのだ。俺の手で殺してやりたいような相手の指導でも、引き受けるしかなかろうが」
そうだ。私は嫌われて当然なんだった……。
私は今1人で50階層まで到達していい気になっていたけれど、それだってトーマが準備してくれた環境あってこそだし、タケルさんが作ったルイナスリームあってのことなんだった。
そんな物がない時にトーマに手を差し伸べられたなら、トーマにどれ程の恩を感じていることだろう。
私がソリスタさんやタケルさんに感じている感謝などよりも、遥かに大きく強い気持ちなんじゃないの……?
そしてそれを全てぶち壊してしまった私に、どれ程の憤りを感じているんだろう……。
せっかく久しぶりに地球っぽいスイーツを食べたのに、味なんて全然分からなかった。
「さて、貴様は50階層を突破したのだったな。ならば突破祝いにこれをやろう。ジェネレイトという魔法のスクロールだ」
「……え?」
「今日の探索で出たばかりでな。売っても良かったんだが、スクロールは2、3日様子を見る事にしている。こうやって誰かに渡す機会があるかもしれんからな」
放心状態のまま、黙って差し出されたスクロールを受け取る。
どうして? 私、嫌われてるんじゃないの……?
「どうして、どうしてこんなものを私にくれるんですか……?
私、ソリスタさんに嫌われてるんじゃ……」
「殺したいほど嫌いだぞ?
だがソイツがあるとないとでは、1日の探索回数が数回変わってくるからな。ソロ冒険者にこそ必要な魔法だろう」
「そうじゃなくて! そうじゃなくて、ソリスタさんはなんでこんなに私の面倒を見てくれるのか、そう聞いてるんです!
私のこと、殺したいほど嫌いなんでしょう!? ならなんで……」
「人手が足りないからだ」
「――――え?」
余りにも予想外の返答に、私の思考は停止する。
「トーマのおかげでこの国は豊かになっていくだろう。そして今この国では沢山の新しい生命が誕生しつつあると聞いている。
当然だな。親の生活に余裕があり、救貧院にもかなりの余裕があるのだ。そうなれば子供が増えるのは道理だろう」
「……はあ」
「今の冒険者たちは爆発的に成長しているが、子供の数はそれ以上の早さで増えていくと想定されている。そして産まれた子供は10年程度は働けんし、出産を控えた女だって一定期間働けなくなる。
今から10年後までは人手がいくらあっても足りない状況が続くだろうとジーンさんが仰っていたからな。1人でも多くの働き手が欲しいのだ。未来の為にな。
ソロで50階層に潜れるような冒険者を私的感情で見放すようなことをしては、俺はきっとトーマに顔向けが出来なくなる。それはトーマが作った未来を否定する行為だと思うからな」
そう語るソリスタさんは、なんだか子供のような無邪気な顔をしていた。
「貴様のことなど大嫌いだが、そんなことは未来の為には些細なことだ。
働けアリス。お前が働く事で、更に3人ほど人手が増やせる見込みがあるのだろう?
子供が生まれれば働き手が一気に減り、逆に家庭の負担は大きく増える。
時間などないのだ。心底憎い貴様の手ですら今は惜しい」
好きとか嫌いとか、そんな感情を抜きにして、ただ未来に必要だから導く……。
未来……。私もそこを目指していいのかな……?
誰からも嫌われてるけど、それでも必要とされてるんだよね……?
「喋りすぎたが、まぁ間違った事は言っていない。憎い貴様を殺しても剣が汚れるだけだ。
王国中の人間に迷惑をかけたのだから、王国の未来の為に尽くすがいいさ」
「――――はいっ!」
希望なんてなかった絶望の日々に。一筋の光が差したように思えた。
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フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。
しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを……
途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。
フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。
フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった……
これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である!
(160話で完結予定)
元タイトル
「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」
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※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
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