329 / 580
8章 異風の旋律
閑話026 新しい時代③ ※マーサルシリル視点
しおりを挟む
「リーネと言います……。今日から宜しくお願いします……」
俺の部屋は、リーネという女と同室ということだった。
修行時代は弟子は1部屋に放り込まれてたからな。2人部屋なんて贅沢なくらいだ。
「おう! 私はマーサルシリル、マーサって呼んでくれ。あと敬語も要らねぇからな!」
「うん、わかった……。マーサ、よろしくね……」
同室のリーネは私と正反対って感じだったけど、不思議と馬が合った。
私に変に干渉しようとする気もなくて、本人もトーマに振り回されて大変な日々を送っているようだった。
「それでね……? トーマさんに、機会があったらマーサと良く話してみると良いって言われたんだ……。
少しお話してもいいかな……? 明日に差し障るなら、今じゃなくても良いんだけど……」
「ああ? トーマがそんなこと言ってたのか?
まぁまだ工房もねぇし、明日の予定なんかねぇから、話なんていくらでも付き合えるぜ!」
「うん……。じゃあ私がカンパニーに参加するまでのお話をさせてもらうね……?
マーサが参加した経緯は、トーマさんに簡単に説明してもらってるから……」
そうして話し始めたリーネの半生は、私の想像を絶するものだった。
魔物との戦いに忌避感を抱く冒険者の話ってのは、多少は聞いたことがある。
……だけど、迷宮に入ることすら出来ない人間なんて、今まで聞いたことが無かった……。
「トーマさんが居なかったら、私も今生きていられたか分からないし、ベイクの救貧院も苦しい状態のままだったと思うの……。
でもトーマさんと会って、カンパニーに参加して、今は毎日が楽しいと思えるんだ……!
ちょっとだけ、付いていくのが大変だなって、思うときはあるけどね……」
私はどんだけ甘ったれてんだ……!
リーネに比べたら私なんて、ただ勝手に腐ってただけじゃねぇかよ……!
顔から火が出る想いだったけれど、それでもリーネが聞きたがったから、私のこともリーネに話した。
「マーサは凄いね……。私がマーサの立場だったら、耐えられなかったと思う……。
私はいつも『迷宮に入れないから仕方がない』って、どんな目に遭っても仕方がないんだって諦めもついたもん……。
でもマーサの立場だったら、どうしていいか分からないと思う……。
何も分からない中でも、決して鍛冶を諦めなかったマーサは、本当に凄い人だと思う……。
トーマさんも、マーサは最高の職人なんだよって言ってたよ……」
……ベイクに来てから、自分が如何に幼稚だったのかを思い知らされてばかりだぜ。
私がリーネと同じ立場だったとして、他人の事を褒めたりできるとは思えない。
ホムロにしても、リーネにしても、ベイクに住んでる奴等ってのは、ミルズレンダの職人とは器が違うと思わされる。
なにが生きるミルズレンダだ……。ベイクではそんな二つ名、恥ずかしくて名乗れねぇじゃねぇか……!
私が来てまだ間もないのに、ベイクに工房用の物件を用意してもらった。
旋律の運び手のお金を任されているジーンさんは、私の自由に工房を整えて良いと言ってくれた。
「ああ。いくらお金を使ってくれても構わないからね。マーサさんが望む、最高の環境を整えて欲しい。決して妥協してはいけないよ? なるべくお金を使ってくれよ?
マーサさんが最高の環境で仕事が出来るようになるのは、トーマさんたちにとっても、旋律の運び手にとっても重要なことなんだ。絶対に遠慮なんかしちゃいけないよ?
……まったく、少しはカンパニー口座を管理している私達の身にもなって欲しいよ」
既に工房用の物件も用意してあり、改築も自由。予算の上限もなし。むしろ遠慮するほうが迷惑だなんて言われてしまった。
信じられないほどの好待遇だ。ミルズレンダの数年間はなんだったんだ?
異風の旋律の凄まじさは、日を追うごとに実感させられる。
まだ工房も完成してねぇってのに、グリーンドラゴンまで狩ってきやがるとは、想像もしてなかったぜ……!
ミルズレンダでは最高峰と言われた私だけどよ。ベイクでは、旋律の運び手の中では、私が一番下っ端なんじゃねぇのか……?
常識が変わるって、時代が変わるって、トーマは言っていた。
まさに今私は、時代が変わるその真っ只中にいるんじゃないのか……?
「マーサ。ちょっと真面目な報告があるんだ」
ある日トーマに、師匠とアルを殺してきたと伝えられた。
もう見限った、もう捨てたはずなのに、割り切れない感情が渦巻いた。
「なぁトーマ! 私は一体どうしたら良かったんだ……!?
皆と一緒に、自由に鍛冶をする未来は、どうやったら辿り着けたんだよぉ……!」
トーマに言っても仕方ない。こんな問いに答えなんてあるはずもない。
だけどトーマは、一瞬苦しそうな表情をした後、私の問いに答えを出した。
「俺が思うに、マーサは何も知らなすぎたんだと思う。
自分の足でミルズレンダを出ていたなら、違う未来もあったのかも知れない」
トーマは、はっきりと告げてきた。
私が何もしなかったから、この結末を迎えてしまったのだと……。
「私は変わらなかったのに、なんでみんな、変わっちゃったんだよぅ……」
違う。
本当は分かってる。
みんなが変わってしまったように、私だって変わらなければダメだったんだ……。
周りが助けてくれる事を期待して、自分で動くことも、自分で選ぶことも、なに1つしてこなかった私が、望む未来など手に入れられるわけが無かったんだ……!
師匠もアルもゼルじいちゃんも、悪くないなんて絶対に思わない。
……思わないけれど、彼らが変わってしまったなら、彼らを変えてしまったのが私だったのなら、私も変わらないといけなかったんだ。私も動かなければいけなかったんだ……。
私の弱さが招いたことなら、私は強くならなければいけない。
師匠とアルの死を無駄にしないために、私自身が強くならないといけないんだ……!
私は変わる。変わらなきゃいけない。
このままではトーマたちが作る新しい時代についていけない。
私はこの時初めて、自分で何かを選んだような気がした。
俺の部屋は、リーネという女と同室ということだった。
修行時代は弟子は1部屋に放り込まれてたからな。2人部屋なんて贅沢なくらいだ。
「おう! 私はマーサルシリル、マーサって呼んでくれ。あと敬語も要らねぇからな!」
「うん、わかった……。マーサ、よろしくね……」
同室のリーネは私と正反対って感じだったけど、不思議と馬が合った。
私に変に干渉しようとする気もなくて、本人もトーマに振り回されて大変な日々を送っているようだった。
「それでね……? トーマさんに、機会があったらマーサと良く話してみると良いって言われたんだ……。
少しお話してもいいかな……? 明日に差し障るなら、今じゃなくても良いんだけど……」
「ああ? トーマがそんなこと言ってたのか?
まぁまだ工房もねぇし、明日の予定なんかねぇから、話なんていくらでも付き合えるぜ!」
「うん……。じゃあ私がカンパニーに参加するまでのお話をさせてもらうね……?
マーサが参加した経緯は、トーマさんに簡単に説明してもらってるから……」
そうして話し始めたリーネの半生は、私の想像を絶するものだった。
魔物との戦いに忌避感を抱く冒険者の話ってのは、多少は聞いたことがある。
……だけど、迷宮に入ることすら出来ない人間なんて、今まで聞いたことが無かった……。
「トーマさんが居なかったら、私も今生きていられたか分からないし、ベイクの救貧院も苦しい状態のままだったと思うの……。
でもトーマさんと会って、カンパニーに参加して、今は毎日が楽しいと思えるんだ……!
ちょっとだけ、付いていくのが大変だなって、思うときはあるけどね……」
私はどんだけ甘ったれてんだ……!
リーネに比べたら私なんて、ただ勝手に腐ってただけじゃねぇかよ……!
顔から火が出る想いだったけれど、それでもリーネが聞きたがったから、私のこともリーネに話した。
「マーサは凄いね……。私がマーサの立場だったら、耐えられなかったと思う……。
私はいつも『迷宮に入れないから仕方がない』って、どんな目に遭っても仕方がないんだって諦めもついたもん……。
でもマーサの立場だったら、どうしていいか分からないと思う……。
何も分からない中でも、決して鍛冶を諦めなかったマーサは、本当に凄い人だと思う……。
トーマさんも、マーサは最高の職人なんだよって言ってたよ……」
……ベイクに来てから、自分が如何に幼稚だったのかを思い知らされてばかりだぜ。
私がリーネと同じ立場だったとして、他人の事を褒めたりできるとは思えない。
ホムロにしても、リーネにしても、ベイクに住んでる奴等ってのは、ミルズレンダの職人とは器が違うと思わされる。
なにが生きるミルズレンダだ……。ベイクではそんな二つ名、恥ずかしくて名乗れねぇじゃねぇか……!
私が来てまだ間もないのに、ベイクに工房用の物件を用意してもらった。
旋律の運び手のお金を任されているジーンさんは、私の自由に工房を整えて良いと言ってくれた。
「ああ。いくらお金を使ってくれても構わないからね。マーサさんが望む、最高の環境を整えて欲しい。決して妥協してはいけないよ? なるべくお金を使ってくれよ?
マーサさんが最高の環境で仕事が出来るようになるのは、トーマさんたちにとっても、旋律の運び手にとっても重要なことなんだ。絶対に遠慮なんかしちゃいけないよ?
……まったく、少しはカンパニー口座を管理している私達の身にもなって欲しいよ」
既に工房用の物件も用意してあり、改築も自由。予算の上限もなし。むしろ遠慮するほうが迷惑だなんて言われてしまった。
信じられないほどの好待遇だ。ミルズレンダの数年間はなんだったんだ?
異風の旋律の凄まじさは、日を追うごとに実感させられる。
まだ工房も完成してねぇってのに、グリーンドラゴンまで狩ってきやがるとは、想像もしてなかったぜ……!
ミルズレンダでは最高峰と言われた私だけどよ。ベイクでは、旋律の運び手の中では、私が一番下っ端なんじゃねぇのか……?
常識が変わるって、時代が変わるって、トーマは言っていた。
まさに今私は、時代が変わるその真っ只中にいるんじゃないのか……?
「マーサ。ちょっと真面目な報告があるんだ」
ある日トーマに、師匠とアルを殺してきたと伝えられた。
もう見限った、もう捨てたはずなのに、割り切れない感情が渦巻いた。
「なぁトーマ! 私は一体どうしたら良かったんだ……!?
皆と一緒に、自由に鍛冶をする未来は、どうやったら辿り着けたんだよぉ……!」
トーマに言っても仕方ない。こんな問いに答えなんてあるはずもない。
だけどトーマは、一瞬苦しそうな表情をした後、私の問いに答えを出した。
「俺が思うに、マーサは何も知らなすぎたんだと思う。
自分の足でミルズレンダを出ていたなら、違う未来もあったのかも知れない」
トーマは、はっきりと告げてきた。
私が何もしなかったから、この結末を迎えてしまったのだと……。
「私は変わらなかったのに、なんでみんな、変わっちゃったんだよぅ……」
違う。
本当は分かってる。
みんなが変わってしまったように、私だって変わらなければダメだったんだ……。
周りが助けてくれる事を期待して、自分で動くことも、自分で選ぶことも、なに1つしてこなかった私が、望む未来など手に入れられるわけが無かったんだ……!
師匠もアルもゼルじいちゃんも、悪くないなんて絶対に思わない。
……思わないけれど、彼らが変わってしまったなら、彼らを変えてしまったのが私だったのなら、私も変わらないといけなかったんだ。私も動かなければいけなかったんだ……。
私の弱さが招いたことなら、私は強くならなければいけない。
師匠とアルの死を無駄にしないために、私自身が強くならないといけないんだ……!
私は変わる。変わらなきゃいけない。
このままではトーマたちが作る新しい時代についていけない。
私はこの時初めて、自分で何かを選んだような気がした。
0
お気に入りに追加
394
あなたにおすすめの小説

ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~
石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。
ありがとうございます
主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。
転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。
ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。
『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。
ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする
「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

やさしい異世界転移
みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公
神洞 優斗。
彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった!
元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……?
この時の優斗は気付いていなかったのだ。
己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。
この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。

S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります
内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品]
冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた!
物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。
職人ギルドから追放された美少女ソフィア。
逃亡中の魔法使いノエル。
騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。
彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。
カクヨムにて完結済み。
( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )

貧弱の英雄
カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。
貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。
自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる――
※修正要請のコメントは対処後に削除します。


Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!
仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。
しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる