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5章 カルネジア・ハロイツァ

088 違和感

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 そもそもの話なんだけど、そういえば俺って今日、人を殺してるんだよ。
 それにしてはあまりにも淡白すぎないか?我ながら。

 確かにリーンを守ると誓った。
 その為に、どんな障害も排除してみせると決めた。

 この世界に来てから、数え切れないほどの魔物を殺した。
 人型の魔物を殺しても、何も感じない。

 
 ……でもさ。

 人型の魔物と、実際の人間は、別物だろう?


 頭だって叩き潰したし、真っ二つにだってしてやった。
 あの時、俺ってなに考えてた?
 あの時の俺を、単純に冷静だっただけ、と表現して良いのか……?


 確かに日本に居た時から、そんなに熱くなる方ではなかった。
 人付き合いでも常に一線は引いていたし、自分が社交的だと思ったことはない。

 それでも……、普通の日本人だったはずだ。
 血を見るのは嫌いで、可愛いものが好きだった。

 痛いのは嫌いで、痛みは感じるのも与えるのも、好きじゃなかった。
 傷つくのも傷つけるのも嫌で、人と必要以上に関わろうとしなかった。


 それでも、平気で人を殺せるような人間では、なかったはずだ……。
 人を殺しても平然と、何も感じられなくなるような人間では、なかったはずなんだ……。

 
 今の俺って、どう思ってた?
 そもそもSPを見るまで、今日人を殺してしまったことを、忘れていなかったか……?
 高揚感も嫌悪感も忌避感もなく、本当にただ平然と、日常を過ごしていなかったか……?


 急に寒気がする。

 寝ていた体を起こして、意味もなく額に手を当てる。


「「トーマ……?」」


 俺は俺だ。
 『佐渡 藤馬』のままのはずだ。
 意識も体も違和感なく、俺のものだと認識している。

 しかし今になって唐突に、俺が俺でないような、猛烈な違和感を抱いてしまう。


 俺は俺だ。
 日本で生きてきた記憶もちゃんと残っているし、リンカーズで暮らしてきた日々も、ちゃんと記憶している。

 自分が自分である確信はあるのに、記憶と感性が一致していないかのようだ。
 人を殺してもなんとも思わないような人間が、日本で普通に暮らしていられたのか?


 転移の時に何かされた?それとも魔法の取得時?スキルの取得時?
 分からないけれど絶対に何かされたはずだ。

 我ながら好戦的すぎるだろう今の俺は。


 百歩譲って、魔物を狩るところまでは良いとしよう。
 感触もあって100%現実体験なのは分かってはいたが、それでもどこかゲーム感覚だったのだから。

 おかしいな。絶対におかしい。
 感情の起伏がなさすぎないか?いくらなんでも。


 いつからだ?
 思い返せば始めの方で既に、自分はリンカーズに馴染むのが速い、とか思っていた気がする。

 あれが適正とかなんて話じゃなく、なんらかの操作・干渉を受けたからだとすれば、辻褄が合ってしまわないか?


 そういえば、俺にしか使えないらしいステータス閲覧、あれもステータスに表示されてない。
 魔法でもスキルでもない特殊能力。
 そういった何らかの干渉を受けている可能性が、あるんじゃないのか……?

 心当たりは2つ。
 俺を転移させた神と、経験値取得の副作用。今思いつくのはこれしかない。


「トーマ!トーマ!大丈夫!?」


 リーンに呼ばれて我に帰る。
 気付くと俺は汗びっしょりになっていた。

 美少女2人と同じ布団で汗びっしょりとか、言い訳も出来ないシーンだ。自分に洗浄をかける。


 そう、こういうところだ。
 なにか起きた時に自分を俯瞰する、もう1つの思考。
 これは俺が元々持っていたものなのか、誰かに与えられたものなのか。


「悪い悪い。なんか今更、襲撃の事思い出しちゃってな」


 ウソは言ってない。

 心配をかけてしまったようなので、適当に誤魔化しておく。
 そういえば、違和感といえばこの2人の距離感にも違和感あるんだよな。


 リーンの境遇を考えれば、今なら仕方ないかと思わなくも無いけど、トルネなんか3つも穴あけた相手だぞ俺は。
 なんか卑猥な意味に聞こえるのは気のせいだな、気のせいに決まってる。


「起きたついでに聞いていい?
 リーンはまぁ……、俺がしたことを考えると軽率だったな、って想いはあるんだけどさ。
 トルネの距離の詰め方おかしくない?今日の夕方まで対立してたじゃん俺ら。
 絶対服従ってのは安全面のことであって、別に情事を頼む気はないんだけど?」

「……トーマ、本気で言ってます?」

「トルネ諦めて。トーマは完全に本気だから」


 なんか諦められた。


「トーマは自分のしたことが全然分かってないんだよ。
 私にしてくれたことも、トルネにしたこともね」

「リーンも、苦労されたんですね……」


 なんか2人が一気に仲良くなったな。良いことですね。


「なんか知らんけど、俺はユリンさんにもモテない判定頂いてるんだよ。
 だから自分が女に好かれるって状況が、いまいち理解できないんだよねー」


 ユリンさんに言われたことを2人にも話すと、「なるほどねー」とリーンは納得したような顔になった。


「ユリンさんは何も困ってなかったから、分からなかったんだろうなー。
 トーマはさ、ズルいんだよ。私達の気持ちも、トルネの気持ちも、ぜーんぶ理解した上で、手を差し伸べておいてさー。
 いざ私のほうから近付こうとすると、サッと引いちゃうんだよね。
 ズルいし酷いしなんなのよもー!トーマのどこが一線引いてるのよー!
 私達の線だけあっさり壊しておきながら、自分のほうの一線は死守するのってなんなのよーーー!
 何でもできるくせに、何にも出来ない顔するなー!ずるいずるいずーるーいー!」

「ああ、トーマってそういう方なんですね……。
 私にはトーマ、貴方の言葉は救いだったんです。母が死んだ後のカルネジア家に、私の居場所はありませんでした。
 カルネジア家に私の味方はいませんでした。私の理解者もいませんでした。
 トーマは私の置かれた状況も、私の心の奥の想いにも気付いてくれた。そして手を差し伸べてくれたんです。
 ………………距離の詰め方がおかしいとか言いましたね?
 あそこまでやっておきながら受け入れてくれない貴方の方が、ぜーったいにおかしいですよーっ!」


 せやろか?
 リーンはともかくとして、トルネにはそれほど大したことしたとは思えないけどなぁ。


「おお、そう言われてみれば確かに、ユリンさんに言われた『モテたければ線を踏み越えろ』は達成していたかも知れないのか。
 俺も知らないうちに、モテ男ムーブをこなしていたとは気付かなかった」

「だからそういうところがずるいって言ってるのよー!なんでトーマだけ冷静なの!?
 私これでも、どっかのバカに狙われるくらいの美少女なんですけどーーっ!?」

「私だって、カルネジア家の当代様であるブルガーゾ様に見初められた母に、良く似ていると自負しております!
 なんで同じベッドに寝てるのに、トーマだけ他人事なんですか!絶対トーマのほうがおかしいですよーーっ!」


 思えばそれも違和感あるっちゃあるよな。
 実際俺は日本では全く女性に縁がなかったから、リンカーズではハメ外そうって思ってた気がするんだが?


 ……あれ?思ってなかったっけ?

 あれー?
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