魔の森の鬼人の非日常

暁丸

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鬼人の剣 4

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 ニトリの報告では、剣の中研ぎがほとんど終わった頃、商会を取り巻く監視の動きが慌ただしくなったという。襲撃の気配を感じた番頭は、周囲を巻き添えにせぬようニトリに剣を持たると、わざと監視の目の前で出発させて見せた。同時にいくつか囮の馬車も出したが、ほどなく本命と特定されてしまったようだった。そこで、野営地から夜に紛れて一人抜け出したが、敵は欺瞞を見抜いたらしく追跡の気配を振り切る事が出来ないため、剣を奪われる前にドルトンに引き渡すのを優先してアルカレルの屋敷に飛び込んだという。

 ドルトンは、家宰に事情を説明すると、急ぎ屋敷から離れる事にした。万が一にもアルカレルを巻き添えにする事などできない。受け取った剣をステレに渡すと、ドルトン自らが手綱を取って馬車を出す。ニトリは近傍の支店への連絡に送った。目的はおそらくこの剣だろうから、手ぶらのニトリが襲われる心配は少ない。そして…襲われる人数は少ないに越したことはない。

 ステレは、久しぶりに不破鋼の剣と再会した、革の仮鞘に納められた剣は、柄に滑り止めの革紐がきっちり巻かれている以外は、まだ刀装は一切施されていない。それでも鯉口を切ってみれば、滑らかに仕上げられた刀身は以前と見違えるばかりだった。

 「よくここまで研いだわね」
 「魔の森の砥石と、クヴァルシルの技術の合わせ技です。刀装も発注済みですので、式典には間に合わせますよ」
 「なら、邪魔するヤツにはお帰り願わないとね」

 二人は、敵を撒こうとせず迎え撃つつもりで、予定通り王都への街道を進んだ。夜に強い獣人が振りきれない相手だ、馬車で逃げ切れるとは思えない。それに敵は王都方面からこちらに向かっている、間道は少ないからいずれ鉢合わせする可能性の方が高い。ならば、こちらが不利にならない…周囲を巻き添えにしない場所で戦うべきだろう。

 案の定、街道の途中で武装した男たちが五人待ち構えていた。いずれも煮固めた革の防具を着けている。ドルトンは距離を置いて馬車を停める。二人とも馬車を降りると、5人の男たちと無言で向かい合った。
 真ん中の特徴の無い男以外は、身体から滲み出る殺気を隠そうともしていない。覆面すら着けていないのは、こちらを皆殺しにする自信があるのか、警邏など歯牙にもかけていないのか…それとも両方か。

 「アイツあれだ、エイレンでチンピラけしかけて、物陰からずっと見てたやつ」

 ステレが真ん中の剣士から目を離さず小声でドルトンに伝える。エイレンではついぞ姿は見せなかった、気配も消していた。その気配の消し方でそれと判った。

 「ということは、トレハンの手の物ですか。…ステレ様に手出しするとマズイ事になると、忠告したのですがね」
 「雇い主は引いても、あの手の連中は理屈だけじゃなくて意地で人を殺すからね……。ま、貴族もそうだからあんまり偉そうな事は言えないけどね」

 二人が小声でやり取りしている間、男たちも何事か話をしていたようだが…なぜか仲間割れのような雰囲気になってる。殺気を隠しもしないような小競り合いの後、長い棒を肩にかついだ大男が一人前に出てきた。どうやら一斉に襲い掛かって来る気はないらしい。正々堂々やり合うような連中ではなさそうだから、こちらを侮っているだけかも知れないが。
 剣帯が無いので、ベルトに仮鞘のまま剣を突っ込むと、ドルトンと馬車を巻き添えにしないよう、ステレも前に出る。二人は両者の中間で向かい合った。

 「私に何か……」
 「おう、森番ってのはお前か?あのふざけた黒づくめはお前の知り合いか?」

 ステレが言うより早く、大男=<熊>が手にする棒をステレに向けると大声で怒鳴った。

 「はい?」

 てっきり剣が目的かと思ったら予想外の事を尋ねられ、ステレは困惑する。森でのやり取りを知り様も無いステレの頭には、大量の疑問符が周回していた。

 (森番ってのが私で、ふざけた黒づくめって…<夜明けの雲>の事か?ひょっとして、こいつら森まで行ってアイツと悶着起こしたのか??)

 首をひねるステレだが、ステレが考えている間に焦れた<熊>がキレた。<夜明けの雲>にあしらわれたせいで鬱憤が貯まっていたのだが、とんだ八つ当たりだ。

 「…もういいっ。どのみち殺るだけだ。手ぇ出すなよ、コイツは俺が貰う!」

 仲間に言うや、身長程もある棍棒で殴り掛かってきた。
 他の四人は動かない。<熊>がこう言った以上、手を出せば味方であろうと粉砕する男だ。

 「うぉっ(ブン)ちょ(ブン)ちょっと(ブン)短気っ(ブン)過ぎないっ?」
 「やかましい、とっとと抜きやがれ!」
 「いや(ブン)なんで(ブン)私相手に(ブン)キレてんのっ?」

 叫びながら逃げ回るステレを追いかけて棍を振う。抜く暇も与えないほどの猛攻なのだから、身勝手もいい所だ。
 ステレは振り回される金棒を、本気で躱した。この大男は言ってる事もやってる事も脳筋極まりないが、ただの脳筋ではない。<熊>の持つ棍棒…金砕棒は、通常良く見られる樫木の上に鉄の筋金を張った物では無い。無垢の鋼鉄製だ。これを自在に振り回す<熊>の膂力は尋常でない。<熊>は超一流の脳筋だった。
 だが、「うひゃい」と変な声を上げて避けたステレに追撃を加えようとして、<熊>の動きがぴたりと止まった。
 身を翻したステレがいつの間にかに太刀を抜き放っていたからだ。ステレはゆっくりと剣を掲げる。
 相手は超一流の脳筋。エイレンのチンピラのように、素手であしらえる相手ではない。
 だが、ステレに恐れはない。更に馬鹿げた『剛力』を持つ男を知っているし、木の棒で巨石を砕く棒術の女傑も知っているからだ。

 「やっとやる気になったか」

 <熊>も棒を立てて構えると、一転して慎重に間合いを計った。
 ステレが目を細める。
 (こんにゃろ、本性隠してるな…)
 ステレは体の運びから<熊>が実力を隠していると予想した。それに、馬鹿力だけの男があの胡散臭い剣士の下で働けるとは思えなかった。そしてあの武器……。リーチも長く、並みの剣なら簡単に折ってしまうだろう。この男は剣士と戦うのに絶対の自信を持っている。そんな相手とどう戦うか…

 「この剣なら…斬れるかな?」

 身体強化を発動させ、剣にも魔力を通すとかつてない程の手ごたえがあった。ステレの口の端がにやりと上がる。

 ステレが予想した通り<熊>は力だけの男ではない。棍術をきちんと手の内にしている。<熊>が棍棒を力任せに振り回して見せたのは、一種の誘いだった。力任せに棍を振り回して見せれば、大概の剣士はこちらの大振りの隙に活路を見出そうとする。それを斬り返すのが<熊>の得意とする戦法だった。

 (せいぜい大振りをして見せるか…)

 しかし<熊>がそう思った瞬間、機先を制したステレが「やっ!」という気合と共に踏み込んで気来た。

 「何ッ」

 ステレの打ち込みを金砕棒で受け、<熊>は驚愕した。この棒は剣と同じように、入念に鍛えさせた代物だ。名工にかなりの費えを支払い、この長大な鋼棍にまんべんなく焼きを入れてある。そして<熊>は身体・防御など魔力の体内循環の達人だった。魔力を纏わせて強化された剣だろうと、受けただけで切りつけた剣の方が刃が欠ける。剣を折るための武器と言って良い。なのに、この剣士は躊躇なく斬り込んで来た。
 <熊>は火花を飛ばして剣を受けたが、真っ黒な剣はビクともしない。今の打ち込みで剣の強度を確認したのか、ステレは切り返して更に打ち込む。<熊>はかろうじてそれも受けるが、ステレは構わず剣を振い打ち込み続けた。先ほどとは逆に今度は<熊>が防戦一方となった。
 必死に剣を受け続けた熊は、ほんの僅か見つけた隙に棍を捻じ込もうとした。しかし、更に踏み込んだステレがその棍の出鼻を切っ先でがっちりと受け止めるに及び、<熊>も相手と剣が只物でないと悟った。

 「テメェ…やっぱりその剣は魔法剣か…」

 『にやり』と笑って見せたのがステレの答えだった。
 彼らが「森番」に会おうとした目的の一つは、まだ残っているかもしれない魔金属の剣を探すことだった。そしてそれは確かにあった。だが、「森番」の強さは予想以上だった。そんな使い手が魔金属の剣を振るうと始末に負えない。どうにか、この暴風のような打ち込みを止めねば。
 <熊>は抑える剣を押しのけるように棍を振ると、初めて後方に大きく引いた。そして、次の瞬間には体ごと前に飛び出した。得意とする身体強化を全開にしての体当たりだ。仮に斬られたとしてもかまわない、そのまま「森番」を吹き飛ばすつもりの相打ち覚悟の攻撃は、『ドンッ』という鈍い音と共に、同じく瞬時に前に出たステレに肩口で食い止められた。低い体勢で巨体を受け止めたステレが、そこからジリジリと押し返して来る。
 
 「体当たりを使う剣士が自分だけかと思ったかい?」
 「くそッ」

 力を込めて押し合い続けた二人は、申し合わせたかのように同時に飛びのいた。
 ステレは即座に踏み込むと、守勢に回らず猛然と剣を振るい手数で<熊>を圧倒する。
 <熊>の得物とその怪力を目にして、ステレは<熊>の戦法が相手の剣毎、剣士も粉砕するものだと予測した。それは正鵠を射ていた。だからこそ、隙を突いた<熊>の一撃も、咄嗟に踏み込む事でどうにか芯を外して受け止める事ができたのだ。
 だが、武器の質量の差は如何ともしがたい。充分な体勢で打ち込まれたら、いかに剣が丈夫でも剣毎吹き飛ばされかねない。それをさせないために、ステレは先の先を取って打ち込み続けているのだ。
 そしてそれだけでなく…

 金属が噛み合う甲高い音と火花を飛ばして打ち合いが続いたが、やがてゴキンッという歪な音と共に、<熊>の金砕棒が半ばから切断された。

 「なっ…」

 ステレは、棍の特定の位置で受けざるを得ないよう斬り込んでいた。斬り込みを重ねた末に鋼鉄の棍を削り切ったのだ。
 剣を砕くはずの金棒を斬り折られた<熊>は、しかし瞬時に思考を切り替えた。目の前の剣士は剣を振り切っている。<熊>はそのまま切断された金砕棒をステレに突き出す。長大な金砕棒をステレに負けぬ速度で振り回した力だ、半分になった金棒は紫電の速度でステレの顔面を捉えたかに見えた。

 「ぐあっ」

 しかし、響いたのは<熊>のうめき声だった。
 ステレはそれ以上の速度で身をひるがえしていた。剣と共に。
 回転したステレが<熊>に剣を向け直したその瞬間には<熊>の右腕の肘から先が斬り飛ばされていた。

 「ははッ」

 鈍い音と共に、腕ごと地面に突き立つ金棒の片割れを見たステレの口から笑いが漏れる。
 咄嗟に右腕付け根の血管を押さえた<熊>を一瞥すると、ステレは<鴉>達に剣を向けた。この男はもう闘えない。闘えないヤツに用は無い。あいつは、あの剣士はもっと強い。

 ステレは見誤っていた。確かに腕を失った<熊>にはもうステレを斃す事はできない。だが、ステレの笑いが<熊>を激昂させていた。(舐められた)そう感じた<熊>は、自分の死すら忘れた。
 <熊>は剣を上げようとするステレに後ろからしがみ付いた。巨大な手が剣を持つ左手首をがっちりと掴んでいる。右腕から流れる血がステレを紅に染めたが、直ぐに止まった。熊はしがみつくと同時に、限界を超えて防御強化を発動したのだ。出血を止めるだけでなく、自分の身体の自由が効かなくなるほどに。

 「殺…れ」

 決死の<熊>が不自由になった口で叫んだその瞬間、覚悟を悟った4人が武器を構え、投げ、飛び込もうとする。ステレの後ろからドルトンが間に割り込もうと飛び出す気配も感じた。
 ステレは咄嗟に右手で剣の刀身を掴むと、そのまま逆手で背後の<熊>に突き立てる。胴鎧と防御強化された身体と肋骨をも簡単に貫き、<熊>の右脇腹から、左胸まで剣が突き立った。

 「う…む……」

 ステレの頭に、<熊>の口から噴き出した血がかかった。吐息のような断末魔を漏らし<熊>の身体から力が抜けた瞬間、ステレは腰を落とすと右手で<熊>の股下を担ぎ上げ、肩車で左前方に叩き落した。

 それはほんの一瞬の間だった。鴉たちもドルトンも一歩踏み込んだ所で止まっていた。
 半ば石と化した<熊>の巨体はステレを完全に抑え込んでいたが、<熊>は右手を失っていた。二の腕は抑え込まれいるが右手自体はかろうじて自由が利いたから、抜け出すことができた。それでも並みの剣では全く通らなかっただろう。
 投げを打った体制から素早く身を起こしたステレは、その瞬間には剣を引き抜いていた。、一振りすると剣を掲げる。
 反撃を警戒してちらりと<熊>を見たステレは<鴉>に意識を戻した。既に<熊>は息絶えていた。
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