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とある鬼人の前世(?)11 忠誠の形
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3人もの死者を出した合議の間は、検死の医師が駆け付けるなど、大変な騒ぎになって来た。なのにカーラは変わらず微笑したまま立っている。誰かが牢まで連れて戻らねばならないのに、誰もカーラに近づこうとしないからだ。
ブレス王は、そんなカーラを鋭い目で見ていた。
彼女は、どんな手段でアルデ卿の命を奪ったのだ?。
後ろの騎士二人は、トリフランの報告通りと言える。首を折ったのは、さすがに貴族の目の前で人間の頭を粉砕するのは避けたのだろう。だが、アルデ卿は報告の間合いより更に遠距離で、しかも外傷も無しに死んでいる。
この女は、その不可思議な攻撃で、自領を滅ぼし夫を殺害した命を下した王に復讐するために来たのだろうか?。
…そうは思えない。アルデ卿を糾弾した手並みを見れば、彼女はカンフレーとグリフの討伐も黒幕はアルデ卿だと判っていたのだろう。だから、アルデ卿が居るの見て方針を変えた。つまり、最初は本当に王に進言するためだけに来たということになる。
「カーラ夫人、其方は、余の疑問に答えられる…と申したな」
「はい」
「……誰ぞある、キーリング卿をこれへ」
伝令として駆け出した兵が戻ると、その後を息せき切って初老の紳士が走って来た。王と対立して一時的に王に遠ざけられていた、王国宰相のキーリング侯爵である。侯爵は部屋に入る前に二度三度息を整えてから、王の前で最敬礼する。
「陛下のお召しにより参上いたしました」
「宰相、此度の討伐についてカーラ・カンフレーより聞き取りを行っていた所、興奮したアルデ卿が発作を起こし急死した。詳しい話はマーキス卿と円卓の諸侯から確認し、公爵家の相続等について取りまとめよ。マーキス卿、円卓については其方に任せる。……言いたい事があれば、後程聞く」
口を開こうとしたマーキス卿を一声で黙らせる。
「かしこまりました」
王に遠ざけられ、突然の呼び出し、そして公爵の訃報という大事件であるのに、キーリング卿はいささかの驚きも見せなかった。既に情報を耳にして居たのだろう。
それだけではなく、文官の最高位に就くこの男の、それは自負でもある。彼は王ではなく国家に仕えている。王にどう思われようとも、王にどのような処遇をされようとも、国家を運営するためにすべき事をする。王の機嫌など構っている場合ではなかった。
「カーラ夫人、余への回答は謁見の間で聞こう。誰か、カーラ夫人の鎖を解き着替えの用意をいたせ」
「なっ…陛下、お考え直し下さい。あの得体の知れない能力を使われたらいかがいたします」
マーキス卿がブレス王を留めようとした。
マーキス卿は、極秘裏にグリフ支援の動きをしている。だが、ブレス王の失脚を望んでいる訳では無かった。あえて言うなら、両天秤をかけている。彼が望むのは、キブト王を継げる王である。今の所は二人とも不十分と言わざるを得ない。ここでブレス王に倒れられては困るのだ。
「アルデ卿が病死と申したのは其方では無いか」
意に反することを認めざるを得なかった皮肉を込めて王が返した。
「陛下も病死されないとも限りませぬ。何故それほど簡単にカーラ夫人をお信じになります?」
「信じてはおらぬ。だが、アルデ卿の為した事が事実であるなら、余は円卓も信じられぬ。今この場で余が信じることができるのは、ゴージのみだ。もし、夫人がゴージの護りを破る力を持っているならそれまでの事だ。誰も夫人を止めることはできまい」
マーキス卿は言葉に詰まる。王の円卓に対する不信は決定的である。
王、宰相、円卓そしてこの場にはいない兵馬相(軍司令)がすべて円滑に回ってこそ国家は走る。だがアルデ卿の暴走のせいで、それがバラバラになろとしている。アルデ卿を蘇生させて、自分が息の根を止めたいくらいだった。
ーーガシャッ
音に気付いて見れば、カーラの腰に巻かれていた鎖が足元に落ちた音だった。カーラは手枷のまま鎖の端の輪を、素手で切り割って持っている。
「夫人…なんだ今のは?」
マーキス卿が剣呑な声で言った。言ってる矢先になんでややこしい真似をするのだこの女は。
「数日着たきりでしたたので、特に鎖を巻いていた腰は汗でだいぶベタついていまして、着替えをいただけると聞いて嬉しさのあまり……」
「…そうではなく、なぜ素手で鎖の輪が切れるのだ?」
「自分で巻いた鎖ですもの、自分で解けるに決まっているじゃないですか」
「……」
カーラは見た目は只の貴族夫人だ。年齢の割に身体は引き締まっており、容姿もどちらかと言えば男性的なシャープな印象だが、体格は普通の女性だし指も男に比べたらほっそりしている。なのに、指先だけで鉄の鎖の輪をこじ開けた。貴族を煙に巻く言動といい、アルデ卿と騎士二人を一度に殺した技といい、まったく理解できない。したくもない。
だが、二つ判った事がある。
一つは、カーラはわざとやっているに違いないということ。そしてもう一つ。鉄の鎖でもカーラを拘束することはできないといことだ。腰に鎖をぐるぐる巻きにされて連行される哀れな姿は、王城に来るためのポーズでしか無かったのだ。ひょっとするとこの手枷すらも…
「あ、手枷はお願いできます?。これは自分で付けたのでは無いので」
「………」
……絶対わざとやっている。マーキス卿もブレス王も確信した。
だが、ブレス王は、概ねカーラの為人を掴んでいた。カーラがその気であれば、犠牲者はとても3人では済まなかったはずだ。今その事実を見せることで、王の覚悟を計っている…。
「夫人にはその気が無いという事だ。夫人がもし意趣返しに来たのなら、円卓の貴族を皆殺しにする事すら容易いことだっただろう。だが、アルデ卿一人が”病死”しただけだ」
「ですが…」
「もう良い。ゴージ、来い。夫人は準備ができ次第謁見の間へ、他は何人であろうと入る事を許さぬ」
そう言い残し、ブレス王は専用の通路へと姿を消した。
ブレス王は、そんなカーラを鋭い目で見ていた。
彼女は、どんな手段でアルデ卿の命を奪ったのだ?。
後ろの騎士二人は、トリフランの報告通りと言える。首を折ったのは、さすがに貴族の目の前で人間の頭を粉砕するのは避けたのだろう。だが、アルデ卿は報告の間合いより更に遠距離で、しかも外傷も無しに死んでいる。
この女は、その不可思議な攻撃で、自領を滅ぼし夫を殺害した命を下した王に復讐するために来たのだろうか?。
…そうは思えない。アルデ卿を糾弾した手並みを見れば、彼女はカンフレーとグリフの討伐も黒幕はアルデ卿だと判っていたのだろう。だから、アルデ卿が居るの見て方針を変えた。つまり、最初は本当に王に進言するためだけに来たということになる。
「カーラ夫人、其方は、余の疑問に答えられる…と申したな」
「はい」
「……誰ぞある、キーリング卿をこれへ」
伝令として駆け出した兵が戻ると、その後を息せき切って初老の紳士が走って来た。王と対立して一時的に王に遠ざけられていた、王国宰相のキーリング侯爵である。侯爵は部屋に入る前に二度三度息を整えてから、王の前で最敬礼する。
「陛下のお召しにより参上いたしました」
「宰相、此度の討伐についてカーラ・カンフレーより聞き取りを行っていた所、興奮したアルデ卿が発作を起こし急死した。詳しい話はマーキス卿と円卓の諸侯から確認し、公爵家の相続等について取りまとめよ。マーキス卿、円卓については其方に任せる。……言いたい事があれば、後程聞く」
口を開こうとしたマーキス卿を一声で黙らせる。
「かしこまりました」
王に遠ざけられ、突然の呼び出し、そして公爵の訃報という大事件であるのに、キーリング卿はいささかの驚きも見せなかった。既に情報を耳にして居たのだろう。
それだけではなく、文官の最高位に就くこの男の、それは自負でもある。彼は王ではなく国家に仕えている。王にどう思われようとも、王にどのような処遇をされようとも、国家を運営するためにすべき事をする。王の機嫌など構っている場合ではなかった。
「カーラ夫人、余への回答は謁見の間で聞こう。誰か、カーラ夫人の鎖を解き着替えの用意をいたせ」
「なっ…陛下、お考え直し下さい。あの得体の知れない能力を使われたらいかがいたします」
マーキス卿がブレス王を留めようとした。
マーキス卿は、極秘裏にグリフ支援の動きをしている。だが、ブレス王の失脚を望んでいる訳では無かった。あえて言うなら、両天秤をかけている。彼が望むのは、キブト王を継げる王である。今の所は二人とも不十分と言わざるを得ない。ここでブレス王に倒れられては困るのだ。
「アルデ卿が病死と申したのは其方では無いか」
意に反することを認めざるを得なかった皮肉を込めて王が返した。
「陛下も病死されないとも限りませぬ。何故それほど簡単にカーラ夫人をお信じになります?」
「信じてはおらぬ。だが、アルデ卿の為した事が事実であるなら、余は円卓も信じられぬ。今この場で余が信じることができるのは、ゴージのみだ。もし、夫人がゴージの護りを破る力を持っているならそれまでの事だ。誰も夫人を止めることはできまい」
マーキス卿は言葉に詰まる。王の円卓に対する不信は決定的である。
王、宰相、円卓そしてこの場にはいない兵馬相(軍司令)がすべて円滑に回ってこそ国家は走る。だがアルデ卿の暴走のせいで、それがバラバラになろとしている。アルデ卿を蘇生させて、自分が息の根を止めたいくらいだった。
ーーガシャッ
音に気付いて見れば、カーラの腰に巻かれていた鎖が足元に落ちた音だった。カーラは手枷のまま鎖の端の輪を、素手で切り割って持っている。
「夫人…なんだ今のは?」
マーキス卿が剣呑な声で言った。言ってる矢先になんでややこしい真似をするのだこの女は。
「数日着たきりでしたたので、特に鎖を巻いていた腰は汗でだいぶベタついていまして、着替えをいただけると聞いて嬉しさのあまり……」
「…そうではなく、なぜ素手で鎖の輪が切れるのだ?」
「自分で巻いた鎖ですもの、自分で解けるに決まっているじゃないですか」
「……」
カーラは見た目は只の貴族夫人だ。年齢の割に身体は引き締まっており、容姿もどちらかと言えば男性的なシャープな印象だが、体格は普通の女性だし指も男に比べたらほっそりしている。なのに、指先だけで鉄の鎖の輪をこじ開けた。貴族を煙に巻く言動といい、アルデ卿と騎士二人を一度に殺した技といい、まったく理解できない。したくもない。
だが、二つ判った事がある。
一つは、カーラはわざとやっているに違いないということ。そしてもう一つ。鉄の鎖でもカーラを拘束することはできないといことだ。腰に鎖をぐるぐる巻きにされて連行される哀れな姿は、王城に来るためのポーズでしか無かったのだ。ひょっとするとこの手枷すらも…
「あ、手枷はお願いできます?。これは自分で付けたのでは無いので」
「………」
……絶対わざとやっている。マーキス卿もブレス王も確信した。
だが、ブレス王は、概ねカーラの為人を掴んでいた。カーラがその気であれば、犠牲者はとても3人では済まなかったはずだ。今その事実を見せることで、王の覚悟を計っている…。
「夫人にはその気が無いという事だ。夫人がもし意趣返しに来たのなら、円卓の貴族を皆殺しにする事すら容易いことだっただろう。だが、アルデ卿一人が”病死”しただけだ」
「ですが…」
「もう良い。ゴージ、来い。夫人は準備ができ次第謁見の間へ、他は何人であろうと入る事を許さぬ」
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