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ドレスアップ?
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ステレは、全身倦怠と節々に痛みがあるものの、それ以外は元気だった。そう聞いて胸をなでおろしたオーウェンだったが、ステレに近づこうとする前に部屋から引き摺り出された。部屋を覗いた家令が寝間着のままのステレに血相を変えて、オーウェンを連れ出しにかかったのだ。
「旦那様、あれほど自重をと申し上げましたのに……」
「判った判った」
剣幕に押されて一旦、素直に部屋を出かけたオーウェンは、唐突にステレがどういうヤツか思い出した。
(コイツは放っておくと、そのうち(最悪今日のうちに)『世話になったな』とだけ言い残して出奔する)
ハッとしたオーウェンは、家令を振り切ると、寝室のドアを開けるのももどかしく顔だけ突っ込んだ。
「ステレ、この後話があるから、勝手にいなくなるなよ」
そこまで言ったところで、とうとうキレた家令に引きずられて連れ出されていった。
釘を刺された形のステレが小さく舌打ちしていたのに気づいたドルトンは、(さすがに付き合いが長いだけのことはある)と、妙な所に感心したものである。
出鼻をくじかれた形のステレであったが、特に気にもしていない。とりあえず『大事をとってしばらく休め』などと言い出して、寝台に押し込むようなヤツがいないのは幸いだった。そんなことをされたら、本当に脱走してやるつもりだったのだ。それに、『自分がそういうヤツだと思われている』といいう点については、ステレの自己評価とも一致している。なので、(まぁ自分の主人が女…というにはかなりゴツいが、まぁ性別としては女だ…の寝室に突入して、寝間着のままの女と痴話喧嘩じみたことを始めたら、そりゃまぁ黙ってはおれないだろうなぁ…)と他人事のように家令に同情していたりする。自分がふらりといなくなったら、家令は喜んだだろうか?
動けるようになったら直ぐ出ていこうと思っていたのは事実だが、待てと言われたら待つだけの律儀さは持っている。それをいいことにパン粥啜りを再開したステレはパン粥を追加で2杯食べて、ついでに『次の食事は麦粥でお願い』とリクエストするのも忘れなかった。
……正直、肉が出てもいけそうな気がしたが、今朝まで病人として世話になっていた身としてはあまり余計な心配はかけたくなかった。意識を取り戻して早々にパン粥三杯食っておいて今更な気もするが。三杯目は椀をそっと出したので大丈夫だろう……多分。
食後は桶で湯が持ち込まれ、洗い場で体と髪を洗ってもらった。いつもなら遠慮するところだが、さすがに長期寝たきりだったので、このままのなりで侯爵と会うのは憚られる。最低限の身だしなみは世話になることにした。世話をしてくれたのは商会から来た女たちなので、気兼ねをしなくて良いのは助かる。拭き上げられて、着替えは結局男装する。オーウェンと大差ない体格なのだから仕方ない。さすがに仕立てる時間は無かったろうから、似た体格の服を用意したのだろう。体格は男性並みだがステレは”いちおう”女性なので、あちこち締めたり詰めたりしないと、微妙にフィットしない。一度試着した後、腰回りや肩回りは侍女達が突貫でタックを入れている(進行形)。
化粧もされそうになったが、全力で拒否した。「大丈夫、男性向けメイクもできます」とかドヤ顔で言ってるけど、「違う、そうじゃない」と言いたい。
(……侯爵の屋敷なのでさすがに抑えているけど、こいつらさっきオーウェンとやりあってたとき、小声で「尊い」と呟いてたの聞こえたわよ。黙っていると何されるか分かったものじゃない……だいたい)
大きな姿見に映る自分の顔を見た。山小屋に大きな鏡は無いし、エイレンの支店でも気ままに一人で身支度を許してもらっていたから、まじまじと自分の顔を見たのは久しぶりだ。髪は水気を切って櫛を通しただけだ。下山してからそのままなので少し伸びていたが、まだまだ髪型をどうこうできる長さにななっていない。
(化粧したって、笑い話にしかならないわよね)
ふと、両手で前髪をかきあげて額を出してみる。子供の頃は前髪を上げることは無かった。成長してからも髪を短くしていたので、結上げることも無かった。放浪中は男所帯を刺激しないように、なるべく素顔を出さないようにしていた。(”今の顔”ならこれもアリかな)そのままオールバックに撫で付けてみた。額の角がくっきりと目立ち、絵物語の”わるいおに”そのままに見えた。…描かれた鬼よりは、各段にいい”男”だが。
そんなステレを見て、周りでは侍女達が早手回しに整髪料の追加についてバタバタ準備を始めている、『そっちの路線もアリですか』とか不穏な事を言ってるが、ステレは意識的にスルーした。
鬼になって数年、鏡の中の自分の顔はやはり自分の顔ではないように思える。元の容姿から変わってしまったことも、女性にしては厳しすぎる顔つきになってしまったこともそれほど気にはしていなかった。ただ、改めて見るとやはりどうしても慣れない。
(何が気に入らないって、男っぽくなりながら、元の顔からきっちり美化されてるって判るのが、なんか腹立つのよね…)
しばらくそのままだったステレは、両手でくしゃくしゃと髪を乱すと、手櫛で元の髪に戻した。周りの侍女たちが、あからさまにガッカリしてる気配がするけど、もう慣れた。
ステレと侍女たちのしょーもない思惑が交差しつつ、修正の入った衣服を身に着け終わると、見計らったように『侯爵が面会いたします』との言付けが届いたのだった。
「旦那様、あれほど自重をと申し上げましたのに……」
「判った判った」
剣幕に押されて一旦、素直に部屋を出かけたオーウェンは、唐突にステレがどういうヤツか思い出した。
(コイツは放っておくと、そのうち(最悪今日のうちに)『世話になったな』とだけ言い残して出奔する)
ハッとしたオーウェンは、家令を振り切ると、寝室のドアを開けるのももどかしく顔だけ突っ込んだ。
「ステレ、この後話があるから、勝手にいなくなるなよ」
そこまで言ったところで、とうとうキレた家令に引きずられて連れ出されていった。
釘を刺された形のステレが小さく舌打ちしていたのに気づいたドルトンは、(さすがに付き合いが長いだけのことはある)と、妙な所に感心したものである。
出鼻をくじかれた形のステレであったが、特に気にもしていない。とりあえず『大事をとってしばらく休め』などと言い出して、寝台に押し込むようなヤツがいないのは幸いだった。そんなことをされたら、本当に脱走してやるつもりだったのだ。それに、『自分がそういうヤツだと思われている』といいう点については、ステレの自己評価とも一致している。なので、(まぁ自分の主人が女…というにはかなりゴツいが、まぁ性別としては女だ…の寝室に突入して、寝間着のままの女と痴話喧嘩じみたことを始めたら、そりゃまぁ黙ってはおれないだろうなぁ…)と他人事のように家令に同情していたりする。自分がふらりといなくなったら、家令は喜んだだろうか?
動けるようになったら直ぐ出ていこうと思っていたのは事実だが、待てと言われたら待つだけの律儀さは持っている。それをいいことにパン粥啜りを再開したステレはパン粥を追加で2杯食べて、ついでに『次の食事は麦粥でお願い』とリクエストするのも忘れなかった。
……正直、肉が出てもいけそうな気がしたが、今朝まで病人として世話になっていた身としてはあまり余計な心配はかけたくなかった。意識を取り戻して早々にパン粥三杯食っておいて今更な気もするが。三杯目は椀をそっと出したので大丈夫だろう……多分。
食後は桶で湯が持ち込まれ、洗い場で体と髪を洗ってもらった。いつもなら遠慮するところだが、さすがに長期寝たきりだったので、このままのなりで侯爵と会うのは憚られる。最低限の身だしなみは世話になることにした。世話をしてくれたのは商会から来た女たちなので、気兼ねをしなくて良いのは助かる。拭き上げられて、着替えは結局男装する。オーウェンと大差ない体格なのだから仕方ない。さすがに仕立てる時間は無かったろうから、似た体格の服を用意したのだろう。体格は男性並みだがステレは”いちおう”女性なので、あちこち締めたり詰めたりしないと、微妙にフィットしない。一度試着した後、腰回りや肩回りは侍女達が突貫でタックを入れている(進行形)。
化粧もされそうになったが、全力で拒否した。「大丈夫、男性向けメイクもできます」とかドヤ顔で言ってるけど、「違う、そうじゃない」と言いたい。
(……侯爵の屋敷なのでさすがに抑えているけど、こいつらさっきオーウェンとやりあってたとき、小声で「尊い」と呟いてたの聞こえたわよ。黙っていると何されるか分かったものじゃない……だいたい)
大きな姿見に映る自分の顔を見た。山小屋に大きな鏡は無いし、エイレンの支店でも気ままに一人で身支度を許してもらっていたから、まじまじと自分の顔を見たのは久しぶりだ。髪は水気を切って櫛を通しただけだ。下山してからそのままなので少し伸びていたが、まだまだ髪型をどうこうできる長さにななっていない。
(化粧したって、笑い話にしかならないわよね)
ふと、両手で前髪をかきあげて額を出してみる。子供の頃は前髪を上げることは無かった。成長してからも髪を短くしていたので、結上げることも無かった。放浪中は男所帯を刺激しないように、なるべく素顔を出さないようにしていた。(”今の顔”ならこれもアリかな)そのままオールバックに撫で付けてみた。額の角がくっきりと目立ち、絵物語の”わるいおに”そのままに見えた。…描かれた鬼よりは、各段にいい”男”だが。
そんなステレを見て、周りでは侍女達が早手回しに整髪料の追加についてバタバタ準備を始めている、『そっちの路線もアリですか』とか不穏な事を言ってるが、ステレは意識的にスルーした。
鬼になって数年、鏡の中の自分の顔はやはり自分の顔ではないように思える。元の容姿から変わってしまったことも、女性にしては厳しすぎる顔つきになってしまったこともそれほど気にはしていなかった。ただ、改めて見るとやはりどうしても慣れない。
(何が気に入らないって、男っぽくなりながら、元の顔からきっちり美化されてるって判るのが、なんか腹立つのよね…)
しばらくそのままだったステレは、両手でくしゃくしゃと髪を乱すと、手櫛で元の髪に戻した。周りの侍女たちが、あからさまにガッカリしてる気配がするけど、もう慣れた。
ステレと侍女たちのしょーもない思惑が交差しつつ、修正の入った衣服を身に着け終わると、見計らったように『侯爵が面会いたします』との言付けが届いたのだった。
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