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商会の鬼人1
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ステレは夕食の前に、それこそ何年かぶりに風呂で身体をほぐすことができた。焼石を使った蒸し風呂で、今ステレの山小屋の前に作っているのは、これの小型の物になる予定だ。『お世話します』と言って、ぞろぞろと女性店員が付いてきて、くじ引きをしていたのは見ないフリをしておく。最終的には、チェシャと言う、異人種のステレから見ても一目で美人さんと判る獣人の女性がやって来て、現場を仕切っていた。なんと、ドルトンのこの支店の妻だそうだ。交渉に出ていて、ステレ達が帰着した際には不在にしていたと言っていた。
……怖いので「この支店の」という点には突っ込まないことにした。
ニャフニャになって、久しぶりに毛穴の中まで清掃された気分になった。山に戻ったら自分も工事に協力しようと決意したのだった。
夕食は、「まだ慣れておられないでしょう」という気遣いで、いつも小屋までやってくる女性店員達と卓を囲むことになった。……どうにも、商会の一部の女性店員から明後日の方向の期待を込めた視線で見られている気がして落ち着かないステレは、ありがたく好意に甘えることにした。
見知った獣人達と、簡素ではあるが山の生活では作るのが無理な食事を摂りながら、只人が獣人の店でスムーズに働ける理由を聞いてみたら、「小さい頃、皆一緒に育ったので」とのことだった。商会では、捨て子や身寄りの無い子の面倒を、種族問わずに見ているのだそうだ。ドルトンに言わせると、それも投資の一環なのだという。そういう活動を地道にずっと続けていると聞いて、本来は領地を治める貴族がやるべき仕事なのでは…と、元貴族(一応)の放蕩娘はガラにも無いことを考えたりしたのだった。
「打合せ後にすぐ発つ」と言っていたドルトンだが、結局打合せが長引いて、翌朝一での出発となった。
ステレは、商会員達と出発するドルトンを見送りに出た。
明け方に連絡を受け、寝床から這い出して着る物を探して全裸でうろついていたら通報されかけた。とりあえず、渡された下着やらを身につけ、防寒用のコートを着てドルトンを見送りに出たのだが、基本的に布を巻いて締めていたステレには、どうにも下着が頼りなくて不安になる。
(…以前は普通に着てたはずなんだけどなぁ)と思わず遠い目をしてしまった。
エイレンの城壁には、街の背後を流れる川に降りる水の手の門が設けられている。大手口にも負けない立派な門だった。街は台地にあるので、船着き場のある氾濫原までは石造りの立派なスロープが降りている。防御上不利にならないのかとも思うが、一にも二にも水運のために作られた街なのだ。対照的に、船着き場は川が増水すると流されることもあるため、簡素な造りだった。
僅かに疲労の色を滲ませたドルトンは、数人の商会員を伴って舟に乗った。川を下り、所によっては陸路を使って別の川に移り、乗り継いで王都まで下るのだ。水難や河賊の心配はあるが、大雨で氾濫でもしない限りは陸路を行くよりは各段に速い。むしろ冬場で水量が減っており、そちらの方が心配なくらいだ。
「道中で各地の連絡網に指示を送っておきます、早ければ私がが王都に着くより先に第一報が届くかもしれません」
そうドルトンは、請け負った。情報の速さ、正確さは、商人の大きな武器の一つだ。
徹夜明けに無理しないよう言うステレに、ドルトンは「遍歴商人は歩きながら寝るくらいできないと務まりません」と、どこまで本気なんだか判らないことを言って川を下って行った。なんだかんだで、徹夜明けで変なテンションになっていたのかもしれない。
さて、そうして支店で暮らし始めたステレだが、ドルトン言うところの「我らのお嬢様」は、久しぶりのお嬢様生活に早くも辟易し始めている。
着て来た衣服は、鎧も下着…といっても、ほとんどふん〇しなのだが…も含めて、全部洗いと直しに出されてしまった。ブーツまでメンテ中になっている。
「こちらをどうぞ」
そんなこんなで室内着として出されたのは、思わず眉間にシワを作ってしまうような、お嬢様のためにあるような服だった。とりあえず着てみたが、肩回りの逞しさのせいだろうか、短くした髪型のせいだろうか、、、、正直、微妙としか言いようが無い。鏡を見たが、一歩間違うと女装になってしまう。正直に感想を言ったら
「ではこちらを」
身体の線を出さない服、というのが出てきた。……なんだろう、この細身の女性の胴回りほどありそうな袖は。
「あー、なんか傭兵が、こんな派手派手な服着てましたよねー」
とか当り障りの無い感想を言いつつ着てみたら、身動きが取れなくなった。傭兵は下はキュロットとかホーズだったが、この服は引きずるようなスカートなので仕方ない。
……いや、ちゃんと女性には見えたのだ。
……いろいろな装備で頭まですっぽり覆われて、露出してるのが顔だけだったから。
…涙目で懇願して、男物の服を用意してもらった。また妙に熱い視線と、変な声が聞こえるが、こっちの方がまだマシだ。
着替えてようやく落ち着いたステレは一転、居候の遠慮もどこ吹く風で抗議に出た。
そもそも、わざわざ仕立てでもしない限り、ステレの体格に合う女物の服があるはずがないということに気づいたのだ。一日二日で出来ることでは無いから、ドルトンがあらかじめ用意していたとしか思えない。
「余計な費用は使わないようにって言ったのに!」
と抗議したら、商会員は口ごもりつつ
「実は男性向けの需要がございまして、少数ですが古着が流通してます…」
と怖いことを言い出したので、ステレもそれ以上のツッコミに困って黙るしか無かった。
(うぅ、下界は怖い所だよ…)と、すっかり山岳民族のお上りさんになっていた自分に気が付いたりもしたが、世話になっている礼儀もあるので、一応は無礼にならないよう心掛けている。ただまぁ、基本的に中身が蛮族なので、どうやってもお嬢様(仮)以上に振る舞うのは難しい。
そうして、「会長夫人」であるところのチェシャからお茶のお誘いを受けたステレは、かつての礼儀作法を思い出しながら、恐る恐るテーブルを囲むことになった。中庭にしつらえたテーブルセットに優雅なしぐさでステレを迎えたチェシャは、準備が済むと人払いをしてニヤリと笑った。
「慣れない暮らしで苦労してるみたいね、あたしと同じだわ」
意外や意外、チェシャは「こっち側」の人間だった。
ドルトン商会は獣人一族の店だが、只人主導のこの国では獣人だけで店を切盛りするには何かと摩擦が起きる。だから支配人を含め、表側は只人の店員で主となって回している。それでも重要な交渉に出る時には、責任者として獣人が一緒に出た方が良い。獣人は下働きなどではなく、店の経営が獣人だということを明確にするためだ。そのために、只人視点でも美人に見える「会長夫人」のチェシャは適任なのだそうだ。
「見てくれだけは立派だからね。あたしにはなんの決定権ない、空っぽの造花なのにね」
そう言って笑う。
交渉に出ていたというから、商会を任されているやり手なのかと思ったら、自分は「獣人の商会の単なる看板」なのだという。
「あたしは、腕も頭もからきしでさ。見た目しか取り柄が無くてね。大した特技も無いから一族では半端者なのよ。だから身体売るぐらいしか道が無かったんだけど、ダンナはそんなあたしを見かねて、お買い上げしてくれたって訳」
そうあけすけに言うチェシャに唖然としてしまった。
ステレは、美しさだって立派な取り柄だろうと思うのだが、総数の少ない獣人は伝統的に一騎当千……とまでは言わなくとも、三人前できて一人前と、実力主義の社会なのだそうだ。
それにしても、ドルトンは家族の話は一切しなかったし、妻がいるようなそぶりを見せたことも無い。それほどお盛んには見えないのだが、こんな美人さんを国中(国外にも?)あちこちに囲っているのだろうか?そんなことを聞いてみたら、
「あんたも、ひょっとしたら「魔の森での妻」になってたかもね」
と、意外な事を言われて驚いた。性格はともかく、見た目はチェシャとステレは正反対なのだ。
「え、えーーーー?、ドルトンの好みってどういうものなの?結構なんでもあり?」
「ダンナはね、力を持ってるやつは、苦も楽も清も濁も、他人より多く背負いこむって主義でね。大勢の優秀な手下を持ってどんどん勢力を大きくしていって、その一方であたしみたいに使い物にならないヤツやら、身内を無くした子供やら、見捨てられた年寄りやら、沢山世話している。只人もね」
チェシャは、ステレが先日商会員に聞いた、子供の養育をしているという話をした。子供だけでなく老人の面倒まで見ているらしい。
「そりゃまぁ、私も結構なポンコツだけど、腕っぷしはそこそこあるつもりなんだけどなぁ」
「どうかな、魔の森ですぐにでも死にそうに見えたのかもね。自分では力不足だって諦めたみたいよ。……まあ実際んところ、ダンナが選ぶ基準?ってのもよく判んないのよね。ちなみに妻が全部で何人いるかもわかんない」
そう言ってチェシャはあっけらかんと笑っている。
「只人の面倒見たりして、身内から攻撃されたりしないの?」
気になったことを聞いてみた。この国で只人の金持ちが他種族に大っぴらな援助をしたりすれば、『何故只人に金を出さない』と必ず難癖を付けてくる者が現れるはずだ。
「よく思わないヤツも居るわね。でも、ダンナだけじゃなくて、ダンナの親父も、そのまた親父もそうしてたそうよ。行くあての無い子を一族として面倒見て、ちゃんと読み書きも計算も教えてる。一人立ちできるようになったら、そっから先はあたし達と縁を切って只人の世界で生きてもいいし、あたし達の手伝いをしても良い。ここの店の只人がそうね。人一人を一人前以上に育て上げるには大変な費用が掛かるわ。でも、獣人を知る只人が一人増えれば、獣人達もその分暮らしやすくなるだろって、ずーっと続けてるんだってさ」
山暮らしに慣れて、金の有難味を忘れかけていたステレは、改めて商人ドルトンを見直した。金の稼ぎ方も使い方も知っている。自分には及びもつかない人物だった。
「…スゴイわね。王都でも読み書きできない子供がまだ居るし、地方じゃ凍死や餓死だっているって聞いたけど」
「あたし達だって、全てを救い上げるのは無理ね。ダンナは投資だって言い切ってるわよ。あと、平穏を金で買うってね」
チェシャは、獣人の暗部に触れるのは敢えて避けた。
争ってまで国はいらない。只人の国に間借りできれば十分だ。
勢力でどうやっても只人を逆転できないと悟ったとき、平穏を求める獣人達はそう生きることにした。
一方で信用を得るために、そういう生き方ができない同族を押さえつけてる。一族には、獣人の能力を利用して、盗みを生業にしたり、金で殺しを請け負ってる連中も居た。そういう輩を長い年月をかけて少しづつ潰して行った。そうして『只人に媚びる』生き方と批判されるドルトンは、一部の同族の恨みも買っているのだ。
「私、そんなに死にそうに見えたのかな?」
お茶会の終わりに、そうつぶやいたステレを、チェシャは複雑な笑顔で見た。
「何もかも拒否する相手に手を差し伸べるときは、何か口実があった方が受け入れやすいって思ってるんじゃないかな」
過去の自分を懐かしむような、響きだった。
「あたしもそうだったわ」
……怖いので「この支店の」という点には突っ込まないことにした。
ニャフニャになって、久しぶりに毛穴の中まで清掃された気分になった。山に戻ったら自分も工事に協力しようと決意したのだった。
夕食は、「まだ慣れておられないでしょう」という気遣いで、いつも小屋までやってくる女性店員達と卓を囲むことになった。……どうにも、商会の一部の女性店員から明後日の方向の期待を込めた視線で見られている気がして落ち着かないステレは、ありがたく好意に甘えることにした。
見知った獣人達と、簡素ではあるが山の生活では作るのが無理な食事を摂りながら、只人が獣人の店でスムーズに働ける理由を聞いてみたら、「小さい頃、皆一緒に育ったので」とのことだった。商会では、捨て子や身寄りの無い子の面倒を、種族問わずに見ているのだそうだ。ドルトンに言わせると、それも投資の一環なのだという。そういう活動を地道にずっと続けていると聞いて、本来は領地を治める貴族がやるべき仕事なのでは…と、元貴族(一応)の放蕩娘はガラにも無いことを考えたりしたのだった。
「打合せ後にすぐ発つ」と言っていたドルトンだが、結局打合せが長引いて、翌朝一での出発となった。
ステレは、商会員達と出発するドルトンを見送りに出た。
明け方に連絡を受け、寝床から這い出して着る物を探して全裸でうろついていたら通報されかけた。とりあえず、渡された下着やらを身につけ、防寒用のコートを着てドルトンを見送りに出たのだが、基本的に布を巻いて締めていたステレには、どうにも下着が頼りなくて不安になる。
(…以前は普通に着てたはずなんだけどなぁ)と思わず遠い目をしてしまった。
エイレンの城壁には、街の背後を流れる川に降りる水の手の門が設けられている。大手口にも負けない立派な門だった。街は台地にあるので、船着き場のある氾濫原までは石造りの立派なスロープが降りている。防御上不利にならないのかとも思うが、一にも二にも水運のために作られた街なのだ。対照的に、船着き場は川が増水すると流されることもあるため、簡素な造りだった。
僅かに疲労の色を滲ませたドルトンは、数人の商会員を伴って舟に乗った。川を下り、所によっては陸路を使って別の川に移り、乗り継いで王都まで下るのだ。水難や河賊の心配はあるが、大雨で氾濫でもしない限りは陸路を行くよりは各段に速い。むしろ冬場で水量が減っており、そちらの方が心配なくらいだ。
「道中で各地の連絡網に指示を送っておきます、早ければ私がが王都に着くより先に第一報が届くかもしれません」
そうドルトンは、請け負った。情報の速さ、正確さは、商人の大きな武器の一つだ。
徹夜明けに無理しないよう言うステレに、ドルトンは「遍歴商人は歩きながら寝るくらいできないと務まりません」と、どこまで本気なんだか判らないことを言って川を下って行った。なんだかんだで、徹夜明けで変なテンションになっていたのかもしれない。
さて、そうして支店で暮らし始めたステレだが、ドルトン言うところの「我らのお嬢様」は、久しぶりのお嬢様生活に早くも辟易し始めている。
着て来た衣服は、鎧も下着…といっても、ほとんどふん〇しなのだが…も含めて、全部洗いと直しに出されてしまった。ブーツまでメンテ中になっている。
「こちらをどうぞ」
そんなこんなで室内着として出されたのは、思わず眉間にシワを作ってしまうような、お嬢様のためにあるような服だった。とりあえず着てみたが、肩回りの逞しさのせいだろうか、短くした髪型のせいだろうか、、、、正直、微妙としか言いようが無い。鏡を見たが、一歩間違うと女装になってしまう。正直に感想を言ったら
「ではこちらを」
身体の線を出さない服、というのが出てきた。……なんだろう、この細身の女性の胴回りほどありそうな袖は。
「あー、なんか傭兵が、こんな派手派手な服着てましたよねー」
とか当り障りの無い感想を言いつつ着てみたら、身動きが取れなくなった。傭兵は下はキュロットとかホーズだったが、この服は引きずるようなスカートなので仕方ない。
……いや、ちゃんと女性には見えたのだ。
……いろいろな装備で頭まですっぽり覆われて、露出してるのが顔だけだったから。
…涙目で懇願して、男物の服を用意してもらった。また妙に熱い視線と、変な声が聞こえるが、こっちの方がまだマシだ。
着替えてようやく落ち着いたステレは一転、居候の遠慮もどこ吹く風で抗議に出た。
そもそも、わざわざ仕立てでもしない限り、ステレの体格に合う女物の服があるはずがないということに気づいたのだ。一日二日で出来ることでは無いから、ドルトンがあらかじめ用意していたとしか思えない。
「余計な費用は使わないようにって言ったのに!」
と抗議したら、商会員は口ごもりつつ
「実は男性向けの需要がございまして、少数ですが古着が流通してます…」
と怖いことを言い出したので、ステレもそれ以上のツッコミに困って黙るしか無かった。
(うぅ、下界は怖い所だよ…)と、すっかり山岳民族のお上りさんになっていた自分に気が付いたりもしたが、世話になっている礼儀もあるので、一応は無礼にならないよう心掛けている。ただまぁ、基本的に中身が蛮族なので、どうやってもお嬢様(仮)以上に振る舞うのは難しい。
そうして、「会長夫人」であるところのチェシャからお茶のお誘いを受けたステレは、かつての礼儀作法を思い出しながら、恐る恐るテーブルを囲むことになった。中庭にしつらえたテーブルセットに優雅なしぐさでステレを迎えたチェシャは、準備が済むと人払いをしてニヤリと笑った。
「慣れない暮らしで苦労してるみたいね、あたしと同じだわ」
意外や意外、チェシャは「こっち側」の人間だった。
ドルトン商会は獣人一族の店だが、只人主導のこの国では獣人だけで店を切盛りするには何かと摩擦が起きる。だから支配人を含め、表側は只人の店員で主となって回している。それでも重要な交渉に出る時には、責任者として獣人が一緒に出た方が良い。獣人は下働きなどではなく、店の経営が獣人だということを明確にするためだ。そのために、只人視点でも美人に見える「会長夫人」のチェシャは適任なのだそうだ。
「見てくれだけは立派だからね。あたしにはなんの決定権ない、空っぽの造花なのにね」
そう言って笑う。
交渉に出ていたというから、商会を任されているやり手なのかと思ったら、自分は「獣人の商会の単なる看板」なのだという。
「あたしは、腕も頭もからきしでさ。見た目しか取り柄が無くてね。大した特技も無いから一族では半端者なのよ。だから身体売るぐらいしか道が無かったんだけど、ダンナはそんなあたしを見かねて、お買い上げしてくれたって訳」
そうあけすけに言うチェシャに唖然としてしまった。
ステレは、美しさだって立派な取り柄だろうと思うのだが、総数の少ない獣人は伝統的に一騎当千……とまでは言わなくとも、三人前できて一人前と、実力主義の社会なのだそうだ。
それにしても、ドルトンは家族の話は一切しなかったし、妻がいるようなそぶりを見せたことも無い。それほどお盛んには見えないのだが、こんな美人さんを国中(国外にも?)あちこちに囲っているのだろうか?そんなことを聞いてみたら、
「あんたも、ひょっとしたら「魔の森での妻」になってたかもね」
と、意外な事を言われて驚いた。性格はともかく、見た目はチェシャとステレは正反対なのだ。
「え、えーーーー?、ドルトンの好みってどういうものなの?結構なんでもあり?」
「ダンナはね、力を持ってるやつは、苦も楽も清も濁も、他人より多く背負いこむって主義でね。大勢の優秀な手下を持ってどんどん勢力を大きくしていって、その一方であたしみたいに使い物にならないヤツやら、身内を無くした子供やら、見捨てられた年寄りやら、沢山世話している。只人もね」
チェシャは、ステレが先日商会員に聞いた、子供の養育をしているという話をした。子供だけでなく老人の面倒まで見ているらしい。
「そりゃまぁ、私も結構なポンコツだけど、腕っぷしはそこそこあるつもりなんだけどなぁ」
「どうかな、魔の森ですぐにでも死にそうに見えたのかもね。自分では力不足だって諦めたみたいよ。……まあ実際んところ、ダンナが選ぶ基準?ってのもよく判んないのよね。ちなみに妻が全部で何人いるかもわかんない」
そう言ってチェシャはあっけらかんと笑っている。
「只人の面倒見たりして、身内から攻撃されたりしないの?」
気になったことを聞いてみた。この国で只人の金持ちが他種族に大っぴらな援助をしたりすれば、『何故只人に金を出さない』と必ず難癖を付けてくる者が現れるはずだ。
「よく思わないヤツも居るわね。でも、ダンナだけじゃなくて、ダンナの親父も、そのまた親父もそうしてたそうよ。行くあての無い子を一族として面倒見て、ちゃんと読み書きも計算も教えてる。一人立ちできるようになったら、そっから先はあたし達と縁を切って只人の世界で生きてもいいし、あたし達の手伝いをしても良い。ここの店の只人がそうね。人一人を一人前以上に育て上げるには大変な費用が掛かるわ。でも、獣人を知る只人が一人増えれば、獣人達もその分暮らしやすくなるだろって、ずーっと続けてるんだってさ」
山暮らしに慣れて、金の有難味を忘れかけていたステレは、改めて商人ドルトンを見直した。金の稼ぎ方も使い方も知っている。自分には及びもつかない人物だった。
「…スゴイわね。王都でも読み書きできない子供がまだ居るし、地方じゃ凍死や餓死だっているって聞いたけど」
「あたし達だって、全てを救い上げるのは無理ね。ダンナは投資だって言い切ってるわよ。あと、平穏を金で買うってね」
チェシャは、獣人の暗部に触れるのは敢えて避けた。
争ってまで国はいらない。只人の国に間借りできれば十分だ。
勢力でどうやっても只人を逆転できないと悟ったとき、平穏を求める獣人達はそう生きることにした。
一方で信用を得るために、そういう生き方ができない同族を押さえつけてる。一族には、獣人の能力を利用して、盗みを生業にしたり、金で殺しを請け負ってる連中も居た。そういう輩を長い年月をかけて少しづつ潰して行った。そうして『只人に媚びる』生き方と批判されるドルトンは、一部の同族の恨みも買っているのだ。
「私、そんなに死にそうに見えたのかな?」
お茶会の終わりに、そうつぶやいたステレを、チェシャは複雑な笑顔で見た。
「何もかも拒否する相手に手を差し伸べるときは、何か口実があった方が受け入れやすいって思ってるんじゃないかな」
過去の自分を懐かしむような、響きだった。
「あたしもそうだったわ」
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