魔の森の鬼人の非日常

暁丸

文字の大きさ
上 下
4 / 124

血塗れデート1

しおりを挟む
 普段は下着一枚で暮らしているステレも、勝負用の外出着を持っていない訳ではない。異性の気を引くためのものではなく、魔獣との勝負で生き抜くためのコーディネートであるのだが。
 謎の男からの勝負を受けて三日後、いつも通りの朝を迎えたステレはいつも通りの朝食の後、鎧櫃から出した巨大魔獣用の装備を身に着け始めた。あれから三日考えた結果である。彼の体捌きは尋常の物ではない上に、どういった手段で闘うかは結局不明のままだ。普通に考えれば格闘だろうが、互いに同条件ならともかく、こちらの武器はなんでも良いと言った以上は、相手も武器を手にする可能性が高い。ならば可能な限りの重装備で行く。この装備ならいかな達人相手でも、一撃では致命傷は受けないはずだ。打ちこんで来た瞬間に切り返す。
 下穿きを締め直し、幅広の包帯を胸に巻き付けて、ささやかな膨らみを潰して固定した。その上に普段は着ない汗取の肌着を着て、要所にクッションのぶ厚いフェルトを縫い付けた鎧下を着ける。その上に膝まで丈のあるホーバーク(鎖帷子)を纏い腰をベルトで停め、更にその上に小札を綴った胴鎧を付ける。魔獣の革を加工したもので、ドルトンは騎槍の一撃でもなければ食い止めると豪語した代物である。寝台に腰かけて、汚れた素足を水桶で洗うと、靴下を着けて膝丈の丈夫な革のブーツを履いて脛当てを巻き付ける。剣帯に短剣を吊るすと。二日分の食糧と水、鉢金と籠手を入れた背負い袋を背負い、入口脇に立てかけてあった愛用のバルディッシュ(長柄斧)を手に小屋を出た。

 小屋の立つ空き地を出ると、そのまま山道とも言えぬ獣道をどんどん登っていく。もうすぐ昼前と言う頃、白骨山脈の本鋒の中腹付近に達すると、周りの風景が変わってきた。植生限界に達している訳でも無いのに、木々がだんだん減って岩場が多くなってきた。更に進むと、周りの木々が石のように結晶化している。
 大きな岩場の影でステレは立ち止まって水筒の水を一口飲むと、荷物から裏にクッションを着けた鉢金を取り出して額に縛り付けた。ステレには小さいながらも角があるので、只人の冑はかぶれない。いろいろ試して冑は諦めた。軍勢同士がぶつかる戦場でもなければ、大丈夫だろうとの判断で、視界を優先した形だ。それから、革手袋を鎖と薄い鉄板で補強した籠手を着ける。ずり落ちないように、端の環をホーバークの袖についたボタンに絡げて留める。これで頭以外は完全防御となる。
 大岩を折れ、進んだ小径の先は岩に囲まれた広場になっていた。正面には岩の壁に神殿のような入り口が口を開けている。入口の周りは、掘り込んだのだろうか、石を積んだのだろうか、崩れかけた列柱がならんでいる。
 ステレは広場の入り口に背負い袋を下すと、真ん中まで進んだ。三日前、彼が演武を行った場所の当りだ。地面に突き立てたバルディッシュの柄を握ったまま。身じろぎもせず待っていると、不意に鳥肌が立つような気配が出現し、遺跡の中から黒衣の男が現れた。
 嬉しそうに、それこそスキップ踏みそうな勢いで、というか後半は完全にスキップして来た男は、距離を置いて正対すると完全装備のステレを上から下へまじまじと見た。

 「気合入れてオシャレして来てくれて嬉しいよ。俺は<夜明けの雲>。君は?」

 <夜明けの雲>というのが名前だろうか。遠目で見るより小柄で、ステレよりも小柄に見える。青い瞳に、紺色?灰色?光の具合で青黒く見える髪、髪は短くしており、髭は無い。年齢は、、、全然判らないが、見た目は年下に見える。見た目も名前も声も戦闘狂には到底思えない。

 「名は捨てた。人には<鬼人卿>と呼ばれてるわ」

 <夜明けの雲>を観察しながら不愛想に答える。ステレは一度死んだ。以降は他人にステレと名乗っていない。

 「へぇ、騎士なんだ」
 「卿のこと?『鬼人の旦那』程度の意味よ。この国じゃ只人じゃなきゃ貴族にはなれないわ」
 「ん?そうだったっけ?、、、まぁいいか。人も鬼も魔も大して変わらないのに、変な所に拘るもんだ」

 ステレは<夜明けの雲>から視線を外さず考える。終始軽い口ぶりだが、特に嘘を付いているようには見えない。駆け引きするタイプにも見えない。もちろん隠し事はしているだろうが。今の会話の中だけでもいろいろな情報がある。嘘を付く気が無いようなら、直接聞いてもいいかもしれない。その情報を持って帰れるかどうか、これから次第ではあるが。

 「あなたは何者なの?」

 ステレは直球で聞いてみることにした。

 「俺?俺はこの森の管理人だよ」
 「管理人?」
 「そ、それがどういう意味かは、そうだね君が生きていたら教えてあげてもいいかな。今のところは、強さの目安くらいに思ってくれていいよ」

 魔獣よりはよほど強いということか。魔獣より弱ければ管理などできない。

 「ま、実際の俺の強さは、闘ってみれば判るってことで、そろそろ闘ろうぜぃ」

 この場でこれ以上情報を引き出すのは無理と考えたステレは、勝負に頭を切り替えた。自分に防御強化の魔法を使う。
 この国では、自分自身に使う魔法は外部に影響を与える魔法使いの魔法とは別のものとされていて、大概の戦士は自己強化の魔法を使える。防御強化は身体強化と共に戦士が使える魔法の中でも一般的なもので、一時的ではあるが素肌でもハードレザー並みの防御を発揮する。
 相手は見た目通り、素手で闘うつもりらしい。甲冑を着こみ長柄のバルディッシュを持つ相手に、素手で挑むというのは、普通なら有り得ないほどの無謀である。確かにステレの全身を覆う鎖帷子は打撃や刺突には弱いが、上に小札の胴鎧を着ている。とすれば、素手で狙うなら、鎧で覆われていない顔、首、脇の下、股間。或いは関節を取るか、投げ、、。いずれにしろ接近してくるはず。ならば、、、
 ステレはバルディッシュを脇構に構えた。防御を固めても、敵の技は未だ不明だ。例え素手の打撃でも安心して食らうつもりも無い。振り下ろしを躱されてのカウンターは避けなければならない。
 <夜明けの雲>は構えもせずに無造作に間合いを詰めてくる。間合いに足を踏み入れた瞬間、風切り音を上げながらバルディッシュが薙ぎ払った。しかし手ごたえは無い。地に伏せて躱した、、、、いや。ステレは目を見開いた。彼は確かに間合いに入った。にも関わらず、時間を巻き戻したごとく<夜明けの雲>は間合いの一歩外で既に構えに入っている。切り返し、、、は間に合わない。振り切った得物をかろうじて胸元に引き寄せた瞬間に、一瞬で飛び込んだ<夜明けの雲>の肘が叩きこまれた。震脚の響きと破裂音と共に、ステレの身体は数歩の距離宙を飛び、勢いのまま二、三度転がってようやく止まった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

彼女の幸福

豆狸
恋愛
私の首は体に繋がっています。今は、まだ。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

私が死んだあとの世界で

もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。 初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。 だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...