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番外編
(番外編)大陸の<人間> 1
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この世界では、ヒトだけが<人間>ではない。ヒトに近い姿を持ち、一定の知能、価値観、倫理観、文化を持つ者は皆<人間>と総称されている。
只人(ヒューマン)
いわゆる<ヒト>。
能力はとがった所が無い。平均的…といえば聞こえがいいが、万遍なく低いともいえる器用貧乏。
一対一で戦えば、どうしても他種族の得意分野に押される事になる。逆に水準以上に鍛え上げた只人は、オールマイティな能力を持つ事になるが、そんな超人は稀である。
只人は長く<蛮族>(人型の野獣)の圧迫を受けて来た。『襲って奪う』のに最も組し易いのが只人だったからだ。身体能力でも魔法能力でも優位に立てず、ずるすると棲息範囲を削られていった只人は、発想の大転換を行う。
只人の王は、中央集権を進め、社会保障制度の充実、教育制度の充実、軍政改革など、社会制度の改変を進めた。子供の死亡率を下げ、知識・技術の習得を国が後押しして能力の底上げを図った。そして、種族としての脆弱さを集団としてまとまる事で克服したのである。その結果、一定以上の水準の均質な兵力を多数揃える軍を編成し、数の力に物を言わせて蛮族を押し返し、駆逐し、中原の支配者となった。只人は個の能力で劣っても、軍としてまとまるとその戦力は種族随一となったのである。それは只人の力を侮っていた他種族の考えを改めさせるの十分なほどであり。大陸の覇者となった只人の国家は大きな発言力を持つ事となる。
しかし、そういった社会の成り立ちから、只人の国家は全体主義的な傾向が進むようになる。結果として自軍の犠牲すら数字上の問題としてしか見ないような戦法も平気で取るようになり、他種族から眉を顰められるようになった。しかも、只人の政策は国が豊かでなければ成り立たない。他種族に対抗する人口を維持し続け、その人口に等しく教育と社会保障を…何より、食料を提供するため、只人の国家は際限ない拡張を必要することになった。
その過程で、只人の国は主義主張や利害の対立から、幾つもの国に分裂する事になってしまう。分裂し、対立しながらも、利害が噛み合えば手を組んで戦う。他種族から見れば、只人の国家は、他種族とも只人同士でも戦い続けなければ気が済まないような国家として映る事になる。
更に中原の覇者となった只人は傲慢になった。一部の人間は「只人の社会こそが文化的であり、他種族は蛮族に等しい。亜人である」…という思想を持つに至る。拡張主義とこの傲慢の二つが結び付き、他種族を支配下に置き『文明化』する…。そんな馬鹿げた思想の宗教が勢力を伸ばすまでになってしまった。これは、種族間で最も短い平均寿命が禍いしたとも言える。短命種ゆえに、新しいものを尊び、古いものを切り捨て、経験・教訓が受け継がれず忘れ去られる。
森人などは鼻で笑い「あいつらは小鬼(ゴブリン)となんら変わらん」と蔑んでいたりする。国家の制度としては更に全体主義的傾向が強い森人にここまで嫌われるんだから、ある意味大したものとも言える。
<蛮族>に脅かされ続けた只人が、生き残るため社会制度を発展させて、団結し、覇者となったら、今度は自分達が他種族に<混沌の者>扱いされる羽目になったのであるから、皮肉としか言いようが無い。
とはいえ、他の種族も大なり小なり、種族として執着する欲を持っている。只人はそれが征服欲という他者への迷惑がデカイ物だったというだけの話であり、他種族も只人を滅ぼそうとまでは思っていなかった。そして、他の<人間>種族との関係に決定的破局が訪れる前に遣わされた勇者の『宗教改革(物理)』により過激思想の只人の一部は粛清され、只人も少しは我に返ったらしく、他種族との摩擦にも気を遣うようになった。
まぁ只人なので世代交代するうちに忘れる可能性はあるが、当面は傲慢さを控えてくれるだろう…と、その程度は期待されている。
森人(エルフ)
非常に長命。スペックは満遍なく高く、完全に只人の上位互換。外見は金髪とがり耳、美形揃いのテンプレ通りの容姿である。
長命なためか絶対数は少ない。結界で守った森の奥に住んでいるから森人と呼ばれる。一説によれば、世に出す事のできない古代の遺跡を護っているのだという。
一部の傲慢な只人は自分達以外を<亜人>と呼んでいるが、森人からすれば只人こそ森人の劣化種族でしかない。何しろ、鍛え上げた只人の英雄が、森人の一般水準なのだから。
森人は純血主義であり、混血を嫌う。人数が少ないため、国家という概念が薄い。長老たちを指導者とし、各地の深い森を自分たちの領域とし、そこに住み着いて暮らしてはいるが、『集落』と言っていい規模である。だから出身を名乗るときも「〇〇の森の誰それ」と名乗る。そんな集落の集合体が、大軍を擁する只人の国家と互角に渡り合うのだから、森人がいかに恐るべき種族か判ろうというものである。
森人のコミュニティで暮らす事ができるのは、基本的に森人だけである。森人は成人し宣誓の儀で戒律を遵守する事を誓うと、魔法で額に紋章が刻まれる。この紋章が森人の身分証明となり、能力増加の加護が発動する。ただでさえハイスペックの森人に更にブーストがかかるのである。これがために、紋章持ちの森人は少数でありながら他種族に互する、恐るべき種族となったのである。
誓いを破ると紋章と加護は失われ、紋章を失った<堕ちた森人>はコミュニティから追放される。それゆえに森人は掟を守り、保守的な暮らしを続けている。紋章が失われる基準は良く判っていないが、この判断は絶対であり異を唱える事はできない。彼らの戒律には、同族を殺してはならないこと、近い親等・他種族とのとの姦淫の禁止、戦時には指揮官に従って戦うこと…等、森人が共同で生活するにあたって必要な掟が含まれており、いわば、憲法が魔法で体に刻み付けられ縛られていると言える。そういった意味では只人の国家を上回るバリバリの全体主義国家とも言える。
だが、彼らは只人ととは異なり、勢力の拡張に興味は無い。彼らの戦いは自分達の郷の守護であるが、故郷を死守して玉砕する気も無い。何しろ長寿なのだから、逃げてやり直せばいいのである。郷は森人を守るために必要だから守るのであり、人命をすり減らしてまで護るのは本末転倒なのだ。ここが只人の国家と違う所である(それは少数精鋭だから成り立つのだが…)。
そんな訳で、同じく全体主義的な政策でありながら、自国の民の命をリソースとして他者を侵略する只人の国家を軽蔑している。
彼らの最も忌むべき罪は、同族殺しである。だから森人に死刑は無い。……それがたとえ最大の罪である<同族殺しの森人>でも、彼らは同族の命を奪う事はなく追放する。
只人の世界で暮らす森人は、ほぼ全てが<堕ちた森人>であるが、仕方の無い事情で掟を破った森人もおり、<堕ちた森人>が全て悪人という訳ではない。むしろ、<堕ちた森人>のほとんどは訳ありの森人であり、重犯罪人の森人を見る事はほとんどない。現在所在が判明している重犯罪の森人は、とある勇者の監視下に居る<同族殺し>として知られる一人しかいない。
他の重犯罪者がどこに潜伏しているのか、只人の国家は躍起になって探している。何しろ、加護を失ったとしても只人を全ての面で上回る種族であるから、彼らが犯罪に走ればその影響は計り知れない。彼らは闇に潜んで生きているだの、<混沌の者>の領域に入ったなどの物騒な噂も聞こえるが、彼らがどこに潜伏したのか判然としていない。当の森人達は「森人にはそのような悪行を犯す者はいない」とすっ呆け、捜索に協力する気も無いようである。
稀に森を出た紋章付きの森人を見かける事もあるが、彼らを正当な理由無く害すると、森人が総出で報復に来る。下手すると戦争なので、紋章付きの森人は基本的にアンタッチャブルである。只人の街の治安維持担当からは「<堕ちた森人>より、紋章持ちの森人の方が数段面倒くさい」と嫌われている。
詰まる所、森人もたいがい『傲慢』である。あまり問題にならないのは、自制心も只人の上位互換だからである。岩人などは、「彼らが只人を殊更嫌うのは、自分達が隠そうとしている傲慢さを、あからさまに発露させているからだ」と言う。「要するに同族嫌悪なんだよ」…と。
岩人(ドワーフ)
魔法と工芸に長ける小人族。森人と仲が悪い。
…と書くとテンプレ通りだが、髭のビア樽ではなく体形は普通…というか…むしろ合法ショタ&ロリ。只人の10歳程度の見た目から外見的には歳を取らなくなり、そのまま寿命を迎える。男女とも魔力に長けるが体力に劣り、適正はほぼ完全に魔法使いになる。見た目は只人の子供に近いが、髪の色が恐ろしくカラフルなので一目で岩人と判る。只人に紛れ込み「見た目は子供、頭脳は大人」で詐欺はできない。
岩人と呼ばれるが、別に坑道や岩山で暮らしている訳ではない。この世界の神話では、神が塵と泥をこねて人を作ったという事になっている。岩人に伝わる神話では、その際に岩人は石から削り出された頭を乗せたので、知恵と魔法に優れ、年齢で容姿の変わらない種族になったが、その代わりに石の重さで背が縮んだ…とされている。これが自らを岩人と称する由来である。
国家は王政で、王がいて貴族もいるが、王は世襲ではなく貴族の中から実力で選ばれる。「石の代わりに宝石の頭を乗せた岩人が指導者になった」という伝承があり、貴族は<(宝石名)の頭>、特に王は<金剛石の頭>が雅称として使われる。また、彼らの頭髪がカラフルなのは、鉱物の恩寵とされている。
とはいえ、地下に潜っている岩人が多いのも事実である。彼らの国は大陸最大の地下古代遺跡の上にある。この遺跡を護り、発掘し、研究するのが彼らの生き甲斐なのである(まっとうな方の<探索者>である)。
表向きの国家は、地上にある一見普通の街並みである。が、彼らの技により機械化と魔法化で生活補助が行われており、所々にそれらが突き出した一種異様な街並みとなっている。街暮らしの岩人は体力が益々落ちる傾向にあるが、それが進化だと思っているフシさえある。
一方で屋外暮らしの岩人もおり、特に希少鉱物を求めてあちこちの山を歩き回っている岩人は、只人の鉱山の後始末を請負っているために歓迎されている。彼らは、ズリ山からの鉱毒の元になる金属を分離して無害化するのであるが、その際には有用金属も抽出されるので、総合すると只人の鉱山主以上の利益まで出したりする。物理的な採掘、精錬ではとても採算が取れないような品位の鉱山でも彼らの魔法なら抽出可能なのである。只人の鉱山主も後始末をしてもらっている以上、文句を言う訳にもいかず悔しがっているという。
魔猟師や探索者になるのはそう言ったアウトドア派の岩人で、目的は未知の土地や文物への興味のためである。
戦闘職魔法使いとしての岩人は、火力を追及する、起動までの速度を追及する、連射を追及する…等、トンがった方向に走りがちとなる。只人からは「普通に魔法使えよ」と事ある毎に言われるのがお約束である。
戦闘技能としての魔法以外に、彼らだけが使える<創造の理>と呼ばれる特殊な魔法があり、数人がかりで協力しての建築から、精密加工、錬金術まで魔法でこなす。これらは何でも作れる魔法ではない。イメージとしては、加工を魔力で代行しているようなものである。従って、作りたい物を把握して術式を組まないと、うまく作る事はできない。岩人は戦闘にしろ生活にしろ魔法を多用する種族ではあるが、全般的には技術者や生産職に就く者が多い。
見た目が子供なので、外交で訪れた他種族使節などは「子供の王国ごっこ」に付き合っているような錯覚を覚える者もいるらしい。だが、岩人の魔法兵団と来たら、並みの城塞都市など七日もかからずに灰燼に帰す力をもっている。どこの国も「見た目で判断」なポカをやらかすような使節は送らないように気を配っている。もっとも、王や貴族が身に付けている彼らの手による装飾品の見事さを見たら、「ごっこ遊び」などと言う愚か者は居ないだろうが。
こんな見た目だが長命種であり、寿命は只人より長い。
岩人は種族揃って技術&知識オタであり、地下の遺跡だけではなく、先史文明からの貴重な記録や文献、遺物を多数保管・収蔵し、日夜修理・解読に勤しんでいる。そして、度々遺物を求めて古代遺跡を護っている森人の所に押しかけては追い返されている。森人も岩人の貴重な資料の収集保管については賛辞を惜しまないが、それでも彼らに古代文明の遺産等を渡したらロクな結果にならないと知っているのである。何しろ、知識のためなら良識や倫理観をすっ飛ばしかねない連中なのだ。
『押すと世界が破滅する』と書かれたスイッチを見つけたら、とりあえずあらゆる点からスイッチについて検討を重ねた後で「じゃ、本当に破滅するか押してみよう」というのが岩人なのである。
只人(ヒューマン)
いわゆる<ヒト>。
能力はとがった所が無い。平均的…といえば聞こえがいいが、万遍なく低いともいえる器用貧乏。
一対一で戦えば、どうしても他種族の得意分野に押される事になる。逆に水準以上に鍛え上げた只人は、オールマイティな能力を持つ事になるが、そんな超人は稀である。
只人は長く<蛮族>(人型の野獣)の圧迫を受けて来た。『襲って奪う』のに最も組し易いのが只人だったからだ。身体能力でも魔法能力でも優位に立てず、ずるすると棲息範囲を削られていった只人は、発想の大転換を行う。
只人の王は、中央集権を進め、社会保障制度の充実、教育制度の充実、軍政改革など、社会制度の改変を進めた。子供の死亡率を下げ、知識・技術の習得を国が後押しして能力の底上げを図った。そして、種族としての脆弱さを集団としてまとまる事で克服したのである。その結果、一定以上の水準の均質な兵力を多数揃える軍を編成し、数の力に物を言わせて蛮族を押し返し、駆逐し、中原の支配者となった。只人は個の能力で劣っても、軍としてまとまるとその戦力は種族随一となったのである。それは只人の力を侮っていた他種族の考えを改めさせるの十分なほどであり。大陸の覇者となった只人の国家は大きな発言力を持つ事となる。
しかし、そういった社会の成り立ちから、只人の国家は全体主義的な傾向が進むようになる。結果として自軍の犠牲すら数字上の問題としてしか見ないような戦法も平気で取るようになり、他種族から眉を顰められるようになった。しかも、只人の政策は国が豊かでなければ成り立たない。他種族に対抗する人口を維持し続け、その人口に等しく教育と社会保障を…何より、食料を提供するため、只人の国家は際限ない拡張を必要することになった。
その過程で、只人の国は主義主張や利害の対立から、幾つもの国に分裂する事になってしまう。分裂し、対立しながらも、利害が噛み合えば手を組んで戦う。他種族から見れば、只人の国家は、他種族とも只人同士でも戦い続けなければ気が済まないような国家として映る事になる。
更に中原の覇者となった只人は傲慢になった。一部の人間は「只人の社会こそが文化的であり、他種族は蛮族に等しい。亜人である」…という思想を持つに至る。拡張主義とこの傲慢の二つが結び付き、他種族を支配下に置き『文明化』する…。そんな馬鹿げた思想の宗教が勢力を伸ばすまでになってしまった。これは、種族間で最も短い平均寿命が禍いしたとも言える。短命種ゆえに、新しいものを尊び、古いものを切り捨て、経験・教訓が受け継がれず忘れ去られる。
森人などは鼻で笑い「あいつらは小鬼(ゴブリン)となんら変わらん」と蔑んでいたりする。国家の制度としては更に全体主義的傾向が強い森人にここまで嫌われるんだから、ある意味大したものとも言える。
<蛮族>に脅かされ続けた只人が、生き残るため社会制度を発展させて、団結し、覇者となったら、今度は自分達が他種族に<混沌の者>扱いされる羽目になったのであるから、皮肉としか言いようが無い。
とはいえ、他の種族も大なり小なり、種族として執着する欲を持っている。只人はそれが征服欲という他者への迷惑がデカイ物だったというだけの話であり、他種族も只人を滅ぼそうとまでは思っていなかった。そして、他の<人間>種族との関係に決定的破局が訪れる前に遣わされた勇者の『宗教改革(物理)』により過激思想の只人の一部は粛清され、只人も少しは我に返ったらしく、他種族との摩擦にも気を遣うようになった。
まぁ只人なので世代交代するうちに忘れる可能性はあるが、当面は傲慢さを控えてくれるだろう…と、その程度は期待されている。
森人(エルフ)
非常に長命。スペックは満遍なく高く、完全に只人の上位互換。外見は金髪とがり耳、美形揃いのテンプレ通りの容姿である。
長命なためか絶対数は少ない。結界で守った森の奥に住んでいるから森人と呼ばれる。一説によれば、世に出す事のできない古代の遺跡を護っているのだという。
一部の傲慢な只人は自分達以外を<亜人>と呼んでいるが、森人からすれば只人こそ森人の劣化種族でしかない。何しろ、鍛え上げた只人の英雄が、森人の一般水準なのだから。
森人は純血主義であり、混血を嫌う。人数が少ないため、国家という概念が薄い。長老たちを指導者とし、各地の深い森を自分たちの領域とし、そこに住み着いて暮らしてはいるが、『集落』と言っていい規模である。だから出身を名乗るときも「〇〇の森の誰それ」と名乗る。そんな集落の集合体が、大軍を擁する只人の国家と互角に渡り合うのだから、森人がいかに恐るべき種族か判ろうというものである。
森人のコミュニティで暮らす事ができるのは、基本的に森人だけである。森人は成人し宣誓の儀で戒律を遵守する事を誓うと、魔法で額に紋章が刻まれる。この紋章が森人の身分証明となり、能力増加の加護が発動する。ただでさえハイスペックの森人に更にブーストがかかるのである。これがために、紋章持ちの森人は少数でありながら他種族に互する、恐るべき種族となったのである。
誓いを破ると紋章と加護は失われ、紋章を失った<堕ちた森人>はコミュニティから追放される。それゆえに森人は掟を守り、保守的な暮らしを続けている。紋章が失われる基準は良く判っていないが、この判断は絶対であり異を唱える事はできない。彼らの戒律には、同族を殺してはならないこと、近い親等・他種族とのとの姦淫の禁止、戦時には指揮官に従って戦うこと…等、森人が共同で生活するにあたって必要な掟が含まれており、いわば、憲法が魔法で体に刻み付けられ縛られていると言える。そういった意味では只人の国家を上回るバリバリの全体主義国家とも言える。
だが、彼らは只人ととは異なり、勢力の拡張に興味は無い。彼らの戦いは自分達の郷の守護であるが、故郷を死守して玉砕する気も無い。何しろ長寿なのだから、逃げてやり直せばいいのである。郷は森人を守るために必要だから守るのであり、人命をすり減らしてまで護るのは本末転倒なのだ。ここが只人の国家と違う所である(それは少数精鋭だから成り立つのだが…)。
そんな訳で、同じく全体主義的な政策でありながら、自国の民の命をリソースとして他者を侵略する只人の国家を軽蔑している。
彼らの最も忌むべき罪は、同族殺しである。だから森人に死刑は無い。……それがたとえ最大の罪である<同族殺しの森人>でも、彼らは同族の命を奪う事はなく追放する。
只人の世界で暮らす森人は、ほぼ全てが<堕ちた森人>であるが、仕方の無い事情で掟を破った森人もおり、<堕ちた森人>が全て悪人という訳ではない。むしろ、<堕ちた森人>のほとんどは訳ありの森人であり、重犯罪人の森人を見る事はほとんどない。現在所在が判明している重犯罪の森人は、とある勇者の監視下に居る<同族殺し>として知られる一人しかいない。
他の重犯罪者がどこに潜伏しているのか、只人の国家は躍起になって探している。何しろ、加護を失ったとしても只人を全ての面で上回る種族であるから、彼らが犯罪に走ればその影響は計り知れない。彼らは闇に潜んで生きているだの、<混沌の者>の領域に入ったなどの物騒な噂も聞こえるが、彼らがどこに潜伏したのか判然としていない。当の森人達は「森人にはそのような悪行を犯す者はいない」とすっ呆け、捜索に協力する気も無いようである。
稀に森を出た紋章付きの森人を見かける事もあるが、彼らを正当な理由無く害すると、森人が総出で報復に来る。下手すると戦争なので、紋章付きの森人は基本的にアンタッチャブルである。只人の街の治安維持担当からは「<堕ちた森人>より、紋章持ちの森人の方が数段面倒くさい」と嫌われている。
詰まる所、森人もたいがい『傲慢』である。あまり問題にならないのは、自制心も只人の上位互換だからである。岩人などは、「彼らが只人を殊更嫌うのは、自分達が隠そうとしている傲慢さを、あからさまに発露させているからだ」と言う。「要するに同族嫌悪なんだよ」…と。
岩人(ドワーフ)
魔法と工芸に長ける小人族。森人と仲が悪い。
…と書くとテンプレ通りだが、髭のビア樽ではなく体形は普通…というか…むしろ合法ショタ&ロリ。只人の10歳程度の見た目から外見的には歳を取らなくなり、そのまま寿命を迎える。男女とも魔力に長けるが体力に劣り、適正はほぼ完全に魔法使いになる。見た目は只人の子供に近いが、髪の色が恐ろしくカラフルなので一目で岩人と判る。只人に紛れ込み「見た目は子供、頭脳は大人」で詐欺はできない。
岩人と呼ばれるが、別に坑道や岩山で暮らしている訳ではない。この世界の神話では、神が塵と泥をこねて人を作ったという事になっている。岩人に伝わる神話では、その際に岩人は石から削り出された頭を乗せたので、知恵と魔法に優れ、年齢で容姿の変わらない種族になったが、その代わりに石の重さで背が縮んだ…とされている。これが自らを岩人と称する由来である。
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とはいえ、地下に潜っている岩人が多いのも事実である。彼らの国は大陸最大の地下古代遺跡の上にある。この遺跡を護り、発掘し、研究するのが彼らの生き甲斐なのである(まっとうな方の<探索者>である)。
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一方で屋外暮らしの岩人もおり、特に希少鉱物を求めてあちこちの山を歩き回っている岩人は、只人の鉱山の後始末を請負っているために歓迎されている。彼らは、ズリ山からの鉱毒の元になる金属を分離して無害化するのであるが、その際には有用金属も抽出されるので、総合すると只人の鉱山主以上の利益まで出したりする。物理的な採掘、精錬ではとても採算が取れないような品位の鉱山でも彼らの魔法なら抽出可能なのである。只人の鉱山主も後始末をしてもらっている以上、文句を言う訳にもいかず悔しがっているという。
魔猟師や探索者になるのはそう言ったアウトドア派の岩人で、目的は未知の土地や文物への興味のためである。
戦闘職魔法使いとしての岩人は、火力を追及する、起動までの速度を追及する、連射を追及する…等、トンがった方向に走りがちとなる。只人からは「普通に魔法使えよ」と事ある毎に言われるのがお約束である。
戦闘技能としての魔法以外に、彼らだけが使える<創造の理>と呼ばれる特殊な魔法があり、数人がかりで協力しての建築から、精密加工、錬金術まで魔法でこなす。これらは何でも作れる魔法ではない。イメージとしては、加工を魔力で代行しているようなものである。従って、作りたい物を把握して術式を組まないと、うまく作る事はできない。岩人は戦闘にしろ生活にしろ魔法を多用する種族ではあるが、全般的には技術者や生産職に就く者が多い。
見た目が子供なので、外交で訪れた他種族使節などは「子供の王国ごっこ」に付き合っているような錯覚を覚える者もいるらしい。だが、岩人の魔法兵団と来たら、並みの城塞都市など七日もかからずに灰燼に帰す力をもっている。どこの国も「見た目で判断」なポカをやらかすような使節は送らないように気を配っている。もっとも、王や貴族が身に付けている彼らの手による装飾品の見事さを見たら、「ごっこ遊び」などと言う愚か者は居ないだろうが。
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岩人は種族揃って技術&知識オタであり、地下の遺跡だけではなく、先史文明からの貴重な記録や文献、遺物を多数保管・収蔵し、日夜修理・解読に勤しんでいる。そして、度々遺物を求めて古代遺跡を護っている森人の所に押しかけては追い返されている。森人も岩人の貴重な資料の収集保管については賛辞を惜しまないが、それでも彼らに古代文明の遺産等を渡したらロクな結果にならないと知っているのである。何しろ、知識のためなら良識や倫理観をすっ飛ばしかねない連中なのだ。
『押すと世界が破滅する』と書かれたスイッチを見つけたら、とりあえずあらゆる点からスイッチについて検討を重ねた後で「じゃ、本当に破滅するか押してみよう」というのが岩人なのである。
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