不死身のボッカ

暁丸

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逓信ギルドの特急運搬人

運搬人と魔猟師スタークの小隊 1

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 頑丈そうな戦闘靴の音を響かせて、武装した男がフロアに入って来た。
 男は、黒髪を短く刈り込んだ、20代半ばの若い男だった。茶色を基本にした地味だが頑丈な作りの衣服を身に着けていた。身体の要所は同じく地味な色の固めた革鎧で防御し、腰には使い込まれた片手剣を下げている。一見傭兵にも見えるが、この男の職業は魔獣猟師という。男は、この地域の魔獣猟師の中堅であり、堅実な仕事ぶりで知られている。
 ここは、中原の外れ、シンダイの街の魔獣猟師ギルド。魔獣猟師略して魔猟師は、魔力を吸収する事で変異した野獣=魔獣を狩る事を専門にしたハンターである。通常の獣なら、狩人の姿を見たら逃げるが、魔獣はむしろ襲い掛かって来る場合の方が多い。通常の野獣より遥かに強力で好戦的で危険な魔獣を狩るのは、普通の猟師には無理で、それ相応の力とノウハウを持った専門の猟師が必要だった。狩人とは思えないその物騒な装備がその証である。装備を見ても判る通り、狩人というよりは探索者に近い職業であった。


 この世界の人々は、多くの脅威に曝されている。その脅威に立ち向かうのに、国家の救いの手はあまりに小さく短かった。それを補うために国を跨いで同業者を束ね、管理し、契約を代行するのがギルドと呼ばれる組織である。
 無法者たちを統制するために探索者ギルドが作られ、国を跨ぐ通信ネットワークを作るために逓信ギルドがつくられれたように、その立ち上げの理由はギルドごとに異なる。
 魔猟師ギルドは、最初は口入屋同様の街毎の小さな組合だった。魔獣の情報を分析し、適切な狩人を斡旋する事で犠牲と損害を減らそうというのである。やがて離合集散の末に統合されて、国家内の斡旋を一手に扱う統一組織となり、最終的には国家の枠をまたいで提携するようになったのである。何しろ魔獣は国境なんか知ったこっちゃ無いのだから、それらを狩る彼らも必要に応じて国をまたぐ便宜を必要としたのだ。さすがに国境地帯でもなければ、国境をまたいでの仕事がそうそうある訳ではないが、こういった組織が出来たおかげで、魔獣猟師は提携が交された国ならば、国境を越えて魔獣を追っても事後報告で済むよう便宜が図られている。民間組織が国家に無理を通させた形である。ギルドがどれだけ必要とされているかが判ろうというものである。
 魔猟師ギルドはまた、ある程度の価格の統制も許されていた。希少な魔獣の素材の取引価格に支部ごとに差があるのは好ましくない。転売が横行したら、真面目に魔獣を狩ろうとする魔猟師が居なくなってしまう。
 こうして、魔猟師に仕事を斡旋し彼らを保護する事でギルドは収入を得て運営されているのだ。


 男はホールになった建物内で、手すきの受付を探そうとした。彼が率いる小隊の臨時の補充を紹介してもらう事になっていたのだ。

 「スタークさんですか?」

 抑揚に欠けた声で呼ばれ、男は振り向いた。

 「そうだが、君は?」
 「組合から派遣された歩荷です」
 「え?」

 声をかけたのは、言わずと知れたボッカである。シンダイの支部に予定を大幅に繰り上げて到着したら、翌日には魔猟師ギルドの小隊歩荷に急遽欠員が出たと、臨時仕事のお鉢が回って来たのだ。
 (早めに目的地についたら、御覧の有様だよ…)
 と愚痴りたい気持ちはぐっと我慢する。そもそも、予定通りに着けば余計な仕事は背負い込まないのだが、ボッカが走ればこの時間で着いてしまうのだから仕方ない。まぁ、魔猟師の小隊歩荷なら迷宮より遥かにマシだ。とにかく、『地上』ならどうとでもなる。

 そんなボッカの事情は露知らず、スタークは(まさか)という想いで、歩荷と名乗った人物を見ていた。背はスタークより一回り小さい上に、厚みも横幅もない。そのうえ、例によって頭のてっぺんから指先まで布で覆って、素肌が見えている場所は一か所も無い。正直に言えば、歩荷じゃなくて暗殺者にしか見えない。

 強力な魔獣を狩る魔獣猟師の仕事は、迷宮の魔物を相手にする探索者と似たものになる。数人の小隊を作って狩りに挑むのが普通であるが、狩りは数日のキャンプになる場合が多く、道中の食糧や武具の替えを運び、狩りが終わった後は獲物を持ち帰るために、小隊歩荷は必須だった。何しろ相手は危険な魔獣で、しかも強力な魔獣はだいたい巨体なのである。苦労して倒した挙句に大半を置き去りにしなければならない事態は全く割りに合わない。それに普通の狩人と異なり、装備も武器も過剰なほど充実させておく必要があった。
 小隊歩荷の仕事は探索者も魔猟師も大差ない。基本的に狩りには加わらないが、小隊と共に道なき道を行き、狩場の近くにキャンプを構えて小隊を支援しなければならない。狩りに参加しないと言っても、魔獣から見たら全部敵(あるいは御馳走)である、大荷物を運べる体力、魔獣と対峙できる胆力を持ち、まかり間違っても荷物を持ち逃げなどしない信用がなければ務まらない。第一線を退いた年配の魔猟師や、逆にまだ第一線は無理な見習いが務める事も多い。専属の小隊歩荷を小隊に所属させている場合もあるが、魔獣猟師ギルドに所属している歩荷を斡旋される事が多い。スタークも専属は雇っておらず、いつも組合に依頼している。
 スタークの小隊には大食らいが一人いる。その分の大荷物をちゃんと運べる歩荷でなければ務まらないのだ。


 「君が?そんな身体で?他に誰か来るのかい?二人雇う余裕は無いんだけど」
 「俺一人です。この格好が気に入らないならすみません……」

 ボッカはスタークにゆっくり近づくと、声を落とした。

 「甲殻人なんです。顔を見せると驚かれるので隠しています」

 言いながら、覆面で覆われた自分の頬を指で叩いた。コツコツと乾いた音がする。

 「あぁ、なるほど…」

 ボッカの覆面に覆われた顔からは目だけが覗いているが、よく見れば、その瞳はただののっぺりとした黒いレンズのようにしか見えず、白目も瞳孔も無いし、瞬きもしない。

 「判った。…こちらで話そう」

 そう言うと、スタークはホールの端にある交渉・歓談のスペースに向かい、席を確保して対面に座った。

 「見た目が胡散臭いかと思いますが、規定の荷物は俺一人で運べますから心配は要りません。あ、念のためこれを」

 そう言ってボッカは首から下げた逓信ギルドの登録証を引っ張り出した。

 「魔猟師ギルドじゃ無いのか…」
 「はい。仕事柄、こっちにも知り合いがいまして。ハンジさんに今回限りってことで頼み込まれました。予定してた人が怪我しちゃったそうです。この通り、特急便だけじゃなくて荷運びでも登録してますので、信用してください」

 目の前に出された登録証には、手紙、小荷物の配送のほか、大荷物の運搬、小隊の荷運びも記載されている。逓信ギルドは、国境をいくつも跨いで仕事をすることが当たり前であるうえ、戦争においては通信・補給に最優先で動員される事になるから、身元の確認は魔猟師ギルドや探索者ギルドよりも格段に厳しい。歩荷に必要な信頼は問題無いということになる。
 スタークはちらりと受け付けを見た。人間に熊と猫を足して大量の愛嬌を振りかけたような獣人の職員が、営業スマイルで魔猟師の対応をしている。彼はああ見えて規則を曲げるようような対応はしない優秀な事務員である。

 「判った、組合の紹介なら問題ないだろう。この依頼が終わるまでよろしく」
 「よろしくお願いします」

 握手すると、指は籠手を着けたようにゴツごとした固いものだった。甲殻人は只人より筋力が高いことで知られている。この体格でも、規定の荷物を運べるという言葉に嘘は無いのだろう。

 「えぇと、君の名は?何と呼べばいいかな?」
 「あぁ、『ボッカ』でいいですよ。今回だけの臨時仕事ですし、本名は人間には発音できませんから」
 「ふぅん…」

 スタークは、一瞬だけ怪訝な顔をした。
 甲殻人の本名がこちらの大陸の『人間』に発音できないのはその通りだが、大概はこちらで使う名前を持っている。ギルドの登録証にも記載があるはずだが、さっきもそれを見せないようにしていた。何か訳ありなのだろうか…だが、人員を斡旋して何かあれば魔猟師ギルドの責任になる。逓信ギルドの登録証も偽物には見えなかった。

 (まぁこの稼業してたら詮索は野暮ってもんか。ちゃんと仕事をしてくれるならそれでいいさ)

 スタークはそう割り切ることにした。魔猟師も探索者も傭兵も、基本的に食詰め者の集まりだ。そう言った意味では身元の確かな逓信ギルドの方が、遥かに信用がおけるのだから。

 「明日の朝一で出発して海岸に向かう。聞いてるとは思うが、俺の小隊は俺を入れて4人、最大三泊四日の予定だ。少なくとも、その分の食糧を運んでもらう。一人大食いがいてな、かなり食料が多くなる。今回は小鬼(ゴブリン)の駆除なんで、帰りの荷物は魚の干物くらいだから、そっちの心配はしなくていい」
 「……それで採算が取れるんですか?」

 ボッカが疑問を口にする。
 依頼という形で仕事を受けるが、魔猟師の主たる収入源は普通の猟師と同じ『獲物』である。依頼料など小隊の頭数で割ったら大した金額にならない。狩った魔獣を組合に売る事で収入を得ているのだ。小鬼には食用になる肉もなければ毛皮もない。実をいえば小鬼は魔獣ですらない。<混沌の者>と呼ばれる人型の魔物なのだ。獲物としての価値が無い小鬼退治は人気の無い仕事で、本来は駆け出しが腕試しにやる程度だった。中堅の四人小隊で請ける仕事では無い。ましてや歩荷を雇ったら赤字にしかならないだろう。

 「そりゃもう、全然取れないねぇ」

 スタークは正直にそう言って苦笑いした。

 「まぁ、誰もやらない仕事をやって『評価』を買ってるって事さ」
 「……なるほど、承知しました」
 「じゃ、明日の夜明けに、南門前で」
 「はい」

 立ち上がって一礼するとボッカは建物を出て行った。

 ボッカは宿にしている逓信ギルに向かいながら、(今度はマトモそうな人で良かった)と、初対面で好印象を抱いていたのだが、もちろんスタークは知る由も無い。

 当のスタークはというと、こちらもボッカの対応に好印象を持っていた。確かに、彼…『俺』と言っていたから男性なのだろう…は、魔猟師や探索者とは雰囲気が異なる。礼儀正しく言葉遣いも丁寧で、どちらかと言えば商人のような雰囲気だった。見た目は暗殺者のように胡散臭いが、甲殻人なら仕方ないだろう。

 「甲殻人かの歩荷か……どちらかと言えば…あいつの方が心配だな…」

 小隊の問題児の顔を思い出して、スタークはため息をついた。(ひょっとすると、ボッカに伝えておいた方が良かったのかもしれない…)と思っていた。
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