11 / 21
11.
しおりを挟む
瑛美とフランツは打ち合わせのために篠宮の部屋を後にしたが、エドワードはひとり残っていた。
いつまでも立っているエドワードに篠宮はやさしく笑いかけた。
「どうされたのですか、エドワード。椅子におかけになって」
エドワードはおとなしくその言葉に従った。
エドワードは混乱していた。多くの出来事が一度に押し寄せてきたので整理がつかないでいたがただひとつだけわかっていることがある。
このままでは瑛美は篠宮と同じ道を歩んでしまう。彼女は名声を得るという。それも並大抵ではない、世界一のソプラノ歌手としてこれから活躍していくのだという。
それは喜ばしい出来事だった。瑛美の才を知るエドワードとしては多くの人に彼女の声を早く知ってもらいたかった。だが……
その裏にはファントムの存在があるという。彼がいなくとも瑛美はきっと世界で通用するはずなのに。
ファントムと出会ったことで瑛美の運命が、そしてエドワードの運命が大きく変わろうとしている。
(どうすればいい?)
エドワードは自問する。瑛美を悪魔から取り戻さなくてはならない。
「ファントムと出会ってしまえばどうすることもできませんの」
篠宮は静かに話しかけた。
「周囲が何を言っても耳には届きません」
エドワードは篠宮を見る。
「それはあなたの経験ですか?」
篠宮はゆっくりと頷く。
「私あのとき、フランツを本当に愛してましたの。でも彼と出会って……彼の声を聞いているうちにもう彼しか見えなくなってしまいました」
不思議でしょうと篠宮は笑う。
「私がいままで歌えたのはあの人を想っていたからなのです。あの人のために、あの人を想って今まで歌い続けてきました。何万人もの観客を前にしても、二度と会えなかったあの人の為だけに三十年以上歌い続けてきたのです」
篠宮は窓の外を見る。
黄色く色づく木々の葉がどこか寂しげに舞い落ちた。
「フランツへの想いを思い出した今、私には二度と今までのようには歌えませんの」
エドワードは立ち上がり窓の側へと近づいた。
「今になってどうして思い出せたのです?」
篠宮はフフと笑う。
「あの人が新しい『生徒』を……瑛美を見つけたからでしょう。最近の彼女の歌をお聞きになって?」
「いいえ」
「あの子は素晴らしく伸びてますの。彼との出会いが彼女を変えたのでしょうね。……おかしなものね。あの人を想っている間はあの人を誰にも渡したくなかったのに。今ではすっかりそんな気持ちはなくなってしまった。私のあの人への想いは……あの人が私に見せたまやかしだったのかもしれませんわね」
窓の外を見たままでエドワードは言った。
「エイミは……彼女はどうなるのです?」
「あのこの名は世界に広く知られるでしょう。そしてあの人の為に歌い続ける。あの人に会った瞬間からあの子の運命は決まってしまったのです。もう誰にも止められません」
エドワードは拳を堅く握りしめた。その白い手のふるえを止めることができなかった。
(誰にも止められないのなら自分がとめるしかない)
エドワードの心は決まった。
いつまでも立っているエドワードに篠宮はやさしく笑いかけた。
「どうされたのですか、エドワード。椅子におかけになって」
エドワードはおとなしくその言葉に従った。
エドワードは混乱していた。多くの出来事が一度に押し寄せてきたので整理がつかないでいたがただひとつだけわかっていることがある。
このままでは瑛美は篠宮と同じ道を歩んでしまう。彼女は名声を得るという。それも並大抵ではない、世界一のソプラノ歌手としてこれから活躍していくのだという。
それは喜ばしい出来事だった。瑛美の才を知るエドワードとしては多くの人に彼女の声を早く知ってもらいたかった。だが……
その裏にはファントムの存在があるという。彼がいなくとも瑛美はきっと世界で通用するはずなのに。
ファントムと出会ったことで瑛美の運命が、そしてエドワードの運命が大きく変わろうとしている。
(どうすればいい?)
エドワードは自問する。瑛美を悪魔から取り戻さなくてはならない。
「ファントムと出会ってしまえばどうすることもできませんの」
篠宮は静かに話しかけた。
「周囲が何を言っても耳には届きません」
エドワードは篠宮を見る。
「それはあなたの経験ですか?」
篠宮はゆっくりと頷く。
「私あのとき、フランツを本当に愛してましたの。でも彼と出会って……彼の声を聞いているうちにもう彼しか見えなくなってしまいました」
不思議でしょうと篠宮は笑う。
「私がいままで歌えたのはあの人を想っていたからなのです。あの人のために、あの人を想って今まで歌い続けてきました。何万人もの観客を前にしても、二度と会えなかったあの人の為だけに三十年以上歌い続けてきたのです」
篠宮は窓の外を見る。
黄色く色づく木々の葉がどこか寂しげに舞い落ちた。
「フランツへの想いを思い出した今、私には二度と今までのようには歌えませんの」
エドワードは立ち上がり窓の側へと近づいた。
「今になってどうして思い出せたのです?」
篠宮はフフと笑う。
「あの人が新しい『生徒』を……瑛美を見つけたからでしょう。最近の彼女の歌をお聞きになって?」
「いいえ」
「あの子は素晴らしく伸びてますの。彼との出会いが彼女を変えたのでしょうね。……おかしなものね。あの人を想っている間はあの人を誰にも渡したくなかったのに。今ではすっかりそんな気持ちはなくなってしまった。私のあの人への想いは……あの人が私に見せたまやかしだったのかもしれませんわね」
窓の外を見たままでエドワードは言った。
「エイミは……彼女はどうなるのです?」
「あのこの名は世界に広く知られるでしょう。そしてあの人の為に歌い続ける。あの人に会った瞬間からあの子の運命は決まってしまったのです。もう誰にも止められません」
エドワードは拳を堅く握りしめた。その白い手のふるえを止めることができなかった。
(誰にも止められないのなら自分がとめるしかない)
エドワードの心は決まった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
0
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる