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「ご無沙汰してます」
そういってエドワードは篠宮に会釈した。メリッサと別れてからエドワードはクロウ家の屋敷へと向かった。
篠宮は緑の芝におおわれた中庭にいた。周囲には誰もいない、静かな所だった。
「まあ。私があなたに会えるのをどんなに楽しみにしていたかおわかり?」
篠宮はそういって上品に微笑んだ。
「それは私とて同じです」
「昨夜のあなたのピアノ、とても素晴らしかったわ。共演のヴァイオリンの……」
「メルソン?」
「そう、大ベテランの彼女の音にもひけをとらずに」
篠宮はフフと笑った。
「チェロのカセルラとも相性は良かったようね。彼は独特のセンスを持ってるから共演はどうかと心配してましたのよ。でも三人の個性が気持ちいいくらい調和しててとても良い時間を過ごすことができましたわ」
「恐縮です。ところで。……エイミを最近見かけないのですが。どうかしたのですか?」
「あの子が気になりますの?」
エドワードは篠宮をまっすぐに見つめた。
「はい」
「そう」
篠宮はエドワードから視線をはずした。
黄色く色づく間際の木々。微妙な色合いがエドワードをどこか不安にさせる。
「あの子は……ときどきふらりと戻ってきては又でかけていく」
「いったいどこへ?」
「ファントムの所かもしれませんわね」
エドワードは篠宮をみる。
「あなたまでそんなことを」
「あら、信じていらっしゃらないの?」
「単なる迷信でしょう?」
篠宮はおっとりと笑いエドワードを見る。
「そうでもないのよ」
「どういう……意味ですか?」
篠宮は再び視線をエドワードからはずした。エドワードもつられてそちらを見る。
屋敷の向こうには街が広がっていた。木々の間からチラチラと見える石畳の古い街並み。歴史を感じさせるその石を豊かな木がその葉で、枝で覆い隠す。
「ファントムに魅入られた者は彼しか見えなくなりますの。そしてファントムがその者を忘れるまで、魅入られた者はファントムから目をそらせない」
エドワードは篠宮をみる。
「彼は導きます。どこまでも。……新しい『生徒』が見つかるまでは」
篠宮は一筋涙をこぼす。
「想いは本物でしたの。あの人しか見えなくなって。私は……フランツのことが好きでしたのに。何故?どうして想いを忘れてしまったのかしら」
篠宮はその場で泣き崩れた。エドワードは慌てて支える。
「シノミヤ?どうされました?」
篠宮に声は届いてはいなかった。
「フランツは……彼はどこ?」
錯乱する篠宮を支えながらエドワードは助けを呼んだ。程なくしてあらわれたのはいつかの夜の紳士だった。
彼はゆっくりと歩いてエドワードに近づいた。
「どうされましたかな?」
「少し興奮されて。すみませんがドクターを呼んでいただけますか?」
彼の返答はなかった。不振に思いエドワードは彼の方をみる。
彼は驚いたように篠宮を見つめていた。篠宮はただあの人はどこと呟いている。
「ノブコ?」
紳士は篠宮を呼んだ。篠宮はわずかに反応し、その声のもとをたどるようにゆっくりと顔をあげる。篠宮の目が彼をとらえた。
「フランツ?」
「ああそうだ。どうしたんだい?」
篠宮は大きな涙をポロポロと流す。
「ああ、フランツ。私はどうして……どうして彼の手を取ってしまったの」
紳士は目元を和ませる。
「大丈夫だよ、大丈夫。とりあえず落ちつこう。ゆっくり目を閉じて……そう、少しだけ眠ろう」
紳士の声に、まるで子供のように篠宮は従いそのまま眠りについた。
そういってエドワードは篠宮に会釈した。メリッサと別れてからエドワードはクロウ家の屋敷へと向かった。
篠宮は緑の芝におおわれた中庭にいた。周囲には誰もいない、静かな所だった。
「まあ。私があなたに会えるのをどんなに楽しみにしていたかおわかり?」
篠宮はそういって上品に微笑んだ。
「それは私とて同じです」
「昨夜のあなたのピアノ、とても素晴らしかったわ。共演のヴァイオリンの……」
「メルソン?」
「そう、大ベテランの彼女の音にもひけをとらずに」
篠宮はフフと笑った。
「チェロのカセルラとも相性は良かったようね。彼は独特のセンスを持ってるから共演はどうかと心配してましたのよ。でも三人の個性が気持ちいいくらい調和しててとても良い時間を過ごすことができましたわ」
「恐縮です。ところで。……エイミを最近見かけないのですが。どうかしたのですか?」
「あの子が気になりますの?」
エドワードは篠宮をまっすぐに見つめた。
「はい」
「そう」
篠宮はエドワードから視線をはずした。
黄色く色づく間際の木々。微妙な色合いがエドワードをどこか不安にさせる。
「あの子は……ときどきふらりと戻ってきては又でかけていく」
「いったいどこへ?」
「ファントムの所かもしれませんわね」
エドワードは篠宮をみる。
「あなたまでそんなことを」
「あら、信じていらっしゃらないの?」
「単なる迷信でしょう?」
篠宮はおっとりと笑いエドワードを見る。
「そうでもないのよ」
「どういう……意味ですか?」
篠宮は再び視線をエドワードからはずした。エドワードもつられてそちらを見る。
屋敷の向こうには街が広がっていた。木々の間からチラチラと見える石畳の古い街並み。歴史を感じさせるその石を豊かな木がその葉で、枝で覆い隠す。
「ファントムに魅入られた者は彼しか見えなくなりますの。そしてファントムがその者を忘れるまで、魅入られた者はファントムから目をそらせない」
エドワードは篠宮をみる。
「彼は導きます。どこまでも。……新しい『生徒』が見つかるまでは」
篠宮は一筋涙をこぼす。
「想いは本物でしたの。あの人しか見えなくなって。私は……フランツのことが好きでしたのに。何故?どうして想いを忘れてしまったのかしら」
篠宮はその場で泣き崩れた。エドワードは慌てて支える。
「シノミヤ?どうされました?」
篠宮に声は届いてはいなかった。
「フランツは……彼はどこ?」
錯乱する篠宮を支えながらエドワードは助けを呼んだ。程なくしてあらわれたのはいつかの夜の紳士だった。
彼はゆっくりと歩いてエドワードに近づいた。
「どうされましたかな?」
「少し興奮されて。すみませんがドクターを呼んでいただけますか?」
彼の返答はなかった。不振に思いエドワードは彼の方をみる。
彼は驚いたように篠宮を見つめていた。篠宮はただあの人はどこと呟いている。
「ノブコ?」
紳士は篠宮を呼んだ。篠宮はわずかに反応し、その声のもとをたどるようにゆっくりと顔をあげる。篠宮の目が彼をとらえた。
「フランツ?」
「ああそうだ。どうしたんだい?」
篠宮は大きな涙をポロポロと流す。
「ああ、フランツ。私はどうして……どうして彼の手を取ってしまったの」
紳士は目元を和ませる。
「大丈夫だよ、大丈夫。とりあえず落ちつこう。ゆっくり目を閉じて……そう、少しだけ眠ろう」
紳士の声に、まるで子供のように篠宮は従いそのまま眠りについた。
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