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4 102号室 住人 光井慎
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菓子を作っていて良かったと思うことが多々あるが……今回も菓子に助けられた。菓子作りをしていて本当に良かった。
目をキラキラと輝かせタルトを前にしている橘さんは、なんというか……とても素直だった。
彼女に近づき手に持ったままだったタルトをずいっと全面に出せば、見る見る間に目が輝きだした。「食べたい!」という気持ちがダイレクトに伝わってきてほっとした。
とりあえずダイニングの椅子を勧め、食器棚から皿を2枚出す。タルトは既に切り分けていたからそれぞれ皿に乗せ、残りを冷蔵庫に入れた。準備してきたメモ書きも冷蔵庫に貼り付ける。
「橘さん、飲み物は何がいいですか?コーヒー、紅茶、緑茶、ハーブティーがありますけど」
「えっと……」
戸惑う様子にああ、あまり自己主張のできない子なんだなと悟る。コーヒーは好き嫌いが分かれる飲み物だ。
「コーヒーは飲めますか?」
「いいえ」
「紅茶は?」
「大丈夫です」
「では自分も紅茶が飲みたいので……そうですね、セイロンのディンブラにしましょうか?」
「はい」
心なしか嬉しそうだ。ディンブラならクセがなくて紅茶が好きなら抵抗なく飲めるだろう。
「ちょっと仕事が忙しくてバタバタしてたのでお礼が遅くなりましたけど、タオルありがとうございました。とても肌触りがよくて気に入りました。」
「良かったです。こちらこそスミマセンでした。直接お渡しできれば良かったんですけど」
急遽新メニュー開発を梅本さんが言い出した。店で突然勉強会があったりして休日もつぶれ、なかなか慌ただしかったのだ。
何か手伝うほうが良いのかとソワソワしている橘さんをとりあえず落ち着かせて湯を沸かす。
自分がここへ来た当初、慣れない仕事に落ち込むことが多かった。そんなとき、何故か美沙恵さんと頻繁に出会い、よくお茶に誘われてここで飲んでいた。そのうち何故かお茶の入れ方講座が始まり半年後には立派に免許皆伝(?)となった。その後はさほど美沙恵さんと会うこともなくなったので、あれはきっと美沙恵さんの気配りだったのだろうと思う。
そんな訳でいつきさんほどではないけれど自分も紅茶を入れることができる。そういえば送別会の時にいつきさんが入れてくれたミルクティーは美味しかった。美沙恵さんのミルクティーそのものだった。やはりいつきさんはすごい。
カップを取り出すために食器棚に向かう。自分のマグカップと……今まで食器棚にはなかった、見慣れたマグカップの色違い。淡いピンクの柄のそれは美沙恵さんと同じマグカップだった。それを手に取り橘さんに問いかける。
「橘さんのカップはこれで合ってますか?」
「そうです。美沙恵ちゃんが進学祝いにくれたんです。1度こちらに遊びに来たときに美沙恵ちゃんのカップが可愛いいて言ったらプレゼントしてくれました」
ちょと嬉しそうにはにかむ。仲は良かったのだろうと思う。美沙恵さんの話をする橘さんを見てそう思った。
「みっちゃんさんは……」
うん??みっちゃんさん?……そういえば自己紹介をしていなかった。なんだかこの子といると色々調子が狂う。
「スミマセン、自己紹介してませんでしたね。光井慎といいます。光る井戸にりっしんべんの真。「慎重」の慎です。みっちゃんで結構ですよ」
「もしかして光井さんだからみっちゃん、ですか?」
「そうです。美沙恵さんが名付け親です」
橘さんがぱっと笑う。
「さすが美沙恵ちゃん!光井でみっちゃんって思いつかないですよね!」
うん、そっちに反応するのか、この子は。普通は顔とのギャップに反応するんだけど……そういえばこの子、ぜんぜん怖がるそぶりがない。送別会で小早川さんが責められてるのを聞いていた話と随分違う。
「あ、私、橘鈴音といいます。いつも美味しいお菓子をありがとうございます」
「いえ、こちらこそいつも暖かいメッセージをありがとうございます」
橘さんは照れ笑いを浮かべた。美沙恵さんの話がでたからか、緊張が解けたようだった。
「最初に来たときに伊織くんに勧められたんです。あ、ガトーショコラもすっごく美味しくて。お店で似たようなのを買うんですけど違うんです」
どうやら本当にガトーショコラを気に入って貰えていたようだ。使用するチョコレートにもこだわりがあるので正直嬉しい。
「えっと……みっちゃん?はパティシエさんなんですか?お店に勤めてるって聞いたんですけど」
何故「みっちゃん」と呼ぶのに照れるのだろう。……こちが恥ずかしくなる。
「ああ、イタリア料理のお店で働いているんです。個人経営のお店なんでデザート系も作ってますけど前菜とかの料理も作ってます」
そう答えるとちょっとだけ橘さんが悲しそうな顔をしていた。……どこに悲しくなる要素があったのかがわからない。
「……何か、気になることでも?」
お湯が沸いたのでポットを温め茶葉を入れて湯を注ぐ。それからタイマーをセットして茶葉を蒸らしていく。その間に残り湯でカップも温める。
「いえ……」
気落ちの理由を告げる気はないらしい。でも原因は自分なんだろうなと思う。いつになく口数が多くなっているから声のトーンがいつもの調子に戻っていたのかもしれない。本当に……いろいろと難しい。
目をキラキラと輝かせタルトを前にしている橘さんは、なんというか……とても素直だった。
彼女に近づき手に持ったままだったタルトをずいっと全面に出せば、見る見る間に目が輝きだした。「食べたい!」という気持ちがダイレクトに伝わってきてほっとした。
とりあえずダイニングの椅子を勧め、食器棚から皿を2枚出す。タルトは既に切り分けていたからそれぞれ皿に乗せ、残りを冷蔵庫に入れた。準備してきたメモ書きも冷蔵庫に貼り付ける。
「橘さん、飲み物は何がいいですか?コーヒー、紅茶、緑茶、ハーブティーがありますけど」
「えっと……」
戸惑う様子にああ、あまり自己主張のできない子なんだなと悟る。コーヒーは好き嫌いが分かれる飲み物だ。
「コーヒーは飲めますか?」
「いいえ」
「紅茶は?」
「大丈夫です」
「では自分も紅茶が飲みたいので……そうですね、セイロンのディンブラにしましょうか?」
「はい」
心なしか嬉しそうだ。ディンブラならクセがなくて紅茶が好きなら抵抗なく飲めるだろう。
「ちょっと仕事が忙しくてバタバタしてたのでお礼が遅くなりましたけど、タオルありがとうございました。とても肌触りがよくて気に入りました。」
「良かったです。こちらこそスミマセンでした。直接お渡しできれば良かったんですけど」
急遽新メニュー開発を梅本さんが言い出した。店で突然勉強会があったりして休日もつぶれ、なかなか慌ただしかったのだ。
何か手伝うほうが良いのかとソワソワしている橘さんをとりあえず落ち着かせて湯を沸かす。
自分がここへ来た当初、慣れない仕事に落ち込むことが多かった。そんなとき、何故か美沙恵さんと頻繁に出会い、よくお茶に誘われてここで飲んでいた。そのうち何故かお茶の入れ方講座が始まり半年後には立派に免許皆伝(?)となった。その後はさほど美沙恵さんと会うこともなくなったので、あれはきっと美沙恵さんの気配りだったのだろうと思う。
そんな訳でいつきさんほどではないけれど自分も紅茶を入れることができる。そういえば送別会の時にいつきさんが入れてくれたミルクティーは美味しかった。美沙恵さんのミルクティーそのものだった。やはりいつきさんはすごい。
カップを取り出すために食器棚に向かう。自分のマグカップと……今まで食器棚にはなかった、見慣れたマグカップの色違い。淡いピンクの柄のそれは美沙恵さんと同じマグカップだった。それを手に取り橘さんに問いかける。
「橘さんのカップはこれで合ってますか?」
「そうです。美沙恵ちゃんが進学祝いにくれたんです。1度こちらに遊びに来たときに美沙恵ちゃんのカップが可愛いいて言ったらプレゼントしてくれました」
ちょと嬉しそうにはにかむ。仲は良かったのだろうと思う。美沙恵さんの話をする橘さんを見てそう思った。
「みっちゃんさんは……」
うん??みっちゃんさん?……そういえば自己紹介をしていなかった。なんだかこの子といると色々調子が狂う。
「スミマセン、自己紹介してませんでしたね。光井慎といいます。光る井戸にりっしんべんの真。「慎重」の慎です。みっちゃんで結構ですよ」
「もしかして光井さんだからみっちゃん、ですか?」
「そうです。美沙恵さんが名付け親です」
橘さんがぱっと笑う。
「さすが美沙恵ちゃん!光井でみっちゃんって思いつかないですよね!」
うん、そっちに反応するのか、この子は。普通は顔とのギャップに反応するんだけど……そういえばこの子、ぜんぜん怖がるそぶりがない。送別会で小早川さんが責められてるのを聞いていた話と随分違う。
「あ、私、橘鈴音といいます。いつも美味しいお菓子をありがとうございます」
「いえ、こちらこそいつも暖かいメッセージをありがとうございます」
橘さんは照れ笑いを浮かべた。美沙恵さんの話がでたからか、緊張が解けたようだった。
「最初に来たときに伊織くんに勧められたんです。あ、ガトーショコラもすっごく美味しくて。お店で似たようなのを買うんですけど違うんです」
どうやら本当にガトーショコラを気に入って貰えていたようだ。使用するチョコレートにもこだわりがあるので正直嬉しい。
「えっと……みっちゃん?はパティシエさんなんですか?お店に勤めてるって聞いたんですけど」
何故「みっちゃん」と呼ぶのに照れるのだろう。……こちが恥ずかしくなる。
「ああ、イタリア料理のお店で働いているんです。個人経営のお店なんでデザート系も作ってますけど前菜とかの料理も作ってます」
そう答えるとちょっとだけ橘さんが悲しそうな顔をしていた。……どこに悲しくなる要素があったのかがわからない。
「……何か、気になることでも?」
お湯が沸いたのでポットを温め茶葉を入れて湯を注ぐ。それからタイマーをセットして茶葉を蒸らしていく。その間に残り湯でカップも温める。
「いえ……」
気落ちの理由を告げる気はないらしい。でも原因は自分なんだろうなと思う。いつになく口数が多くなっているから声のトーンがいつもの調子に戻っていたのかもしれない。本当に……いろいろと難しい。
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