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4 102号室 住人 光井慎
35.
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デザートプレートは注文のパンナコッタ、それに加えてティラミスとレモンのジェラート。ティラミスは梅本さんからOKが出たので先月日から自分が任されている品だ。従来のものから少しレシピをかえたのだが是川さんにも好評だったのでとりあえずほっとしている。
仕込みは済んでいたから後は飾り付けだ。鮮やかなベリーやオレンジのフルーツとチョコレートのソースで盛り合わせた。それぞれ量は普段店で提供しているよりも少し少なめに、多くの種類を食べられるように。華やかなあの人達に食べて欲しい一皿に仕上げたつもりだ。
「お、美味そうだなぁ」
背後から梅本さんの声が聞こえた。
「いろんな種類の物が食べたいという声を以前聞いたことがあったんです」
自分がここに来るまではデザート関係のは前菜系の料理を主に担当している是川さんが兼任していたそうだ。客席の増席をするにあたってドルチェ系の専任を雇うことになり、たまたま自分が採用されたらしい。まだ是川さんに色々と教えてもらっている状態だが早く完全に任せて貰えるようになりたいと思っている。
プレートは3つ、梅本さんが一緒に運んでくれることになり厨房を出る。途中、女の子の件を思い出したので一応伝えることにした。
「ウメさん、この辺りでお客様のブレスレットが切れたんです。天然石の丸いヤツが飛び散ってたんですけど。一応全て拾ったつもりなんですけどね」
見かけたら拾っておいて欲しい旨を伝える。もちろん後でスタッフにも伝えるつもりだったが。
「おお、わかった。落とした人は誰だ?」
「いえ、それが。ホールの端の席の中学生か高校生のお客様で女の子なんですよ。……他のスタッフ呼ぶ前に対面してしまって……スミマセン。ちょっと怖がらせたかもしれません。逃げられたので連絡先もまだお聞きしてないんですけど。どうしましょう?会計のまえにでも聞こうかと思うのですけど」
「……お前も大変だなぁ」
しみじみと言われてしまった。情けない。
「チェックのワンピースの子だろ?あいつの親オレの知り合いだから。連絡先わかてるから心配すんな。娘がこの春から高校生になるらしくてそのお祝いで来てんだよ。娘と食事会だとデレデレと鼻の下伸ばしやがって」
悪態ついてる梅本さんを見て、仲がいいのだと悟る。しかもお祝いの席で不快な思いをさせるとは……。
「本当に申し訳ありませんでした」
「……お前さぁ。ちょっと身構えすぎ」
「え?」
「怖がらせるかも?って身構えるから相手も緊張するんだよ。気配殺そうとするから相手も何事かと思って怖がるんだよ。まぁ一朝一夕で直せるようなもんでもないから仕方ないけど。もうちょっと気楽に構えろって。バイトの奴らもそんなにお前のこと怖がってないだろう?」
……そうなのだろうか?自分ではわからない。
「まぁ、おいおいな?」
梅本さんはそう言って二カッと笑った。
***
プレートを見た瞬間に目を輝かせた3人。自分はこの顔を見るのがとても好きだ。
「新作メニューです。何やらおめでたいことがあったとかで。お得意様に特別サービスです」
梅本さんがにこりと笑顔で答える。何故厳つい顔なのに様になるのだろうか。
「うわぁ、ありがとうございます」
三人揃とも息がピッタリだった。皆、梅本さんとはもちろん面識があり、店のオーナーであることも知っている。
「友人が私の結婚を祝ってくれてるんです」
上品な早紀さんはアルコールが入っても健在だった。自分だけならかなり砕けモードなのだが、梅本さんがいるからか3人ともキッチリしていた。まぁ、いつものことだ。
「ああ、そうなんですね。それはそれは。おめでとうございます」
「ありがとうございます」
この店のボロネーゼが大好きだと早紀さんに言われれば、梅本さんも嬉しいらしく終始ニコニコ笑顔だ。
視界の端では礼子さんと京子さんが既にデザートに口をつけている。
「あー、みっちゃんのティラミスが一番好きなんだよね」
幸せそうにモグモグしている礼子さんに梅本さんが面白そうに反応した。
「おや?光井の作ったものだとおわかりで?」
途端に礼子さんがはっとして自分を見る。「マズいこと言った??」と視線で返されたのだが何もマズいことはない。
「住んでるアパートが一緒なんですよ。新しいレシピ試すときとかに住人の人に色々試食してもらってるんです。このティラミスも結構な量を食べてもらいました」
「おやそれはご協力ありがとうございます。先日から光井に任せてるんですよ。どうぞご贔屓に」
軽くウインクして許される中年オヤジは梅本さんぐらいではないのだろうか。「アハハ」と笑う礼子さんと早紀さん、その横で京子さんが「イケオジヤバイ」と謎の言葉を呟いてふらついていた。
***
部屋を出るやいなや、梅本さんが笑い出した。
「お前、みっちゃんって呼ばれてんのか??吹き出しそうになったじゃねぇか!」
まぁそうだろう。
「あの姉さんなかなかやるなぁ」
「……名付け親はあの人じゃないですよ」
「お前をみっちゃん呼びしたヤツ見てみたいぞ。うちでもみっちゃんと呼ぶか?」
名付け親は美沙恵さんだ。でも美沙恵さんを見たって絶対信じないと思いますよと、心の中で返答しておく。ちなみに何度か来店してくれてるので出会ったこともあるはずだ。
みっちゃん呼びは決して嫌いではないけど、呼ばれる度に吹き出されたのではたまらない。礼子さん達のように平常心で呼んで貰えるなら一向に構わないのだが……店のメンバーを見るに、無理なような気がする。
「できればそっと心にしまっておいてください」
またしても梅本さんは吹き出した。良く笑う人だ。
「まぁ、でもお前、良かったなぁ。いい人に達に出会えて。お前、大丈夫だわ。さっき目がちゃんと笑ってた。ウチ来た当初よりずっとな」
目が笑う?
「ま、日々成長してるってことだな。さ、ラストまでもうちょっと頑張るぞ」
梅本さんは上機嫌で厨房へ向かう足を速めた。
仕込みは済んでいたから後は飾り付けだ。鮮やかなベリーやオレンジのフルーツとチョコレートのソースで盛り合わせた。それぞれ量は普段店で提供しているよりも少し少なめに、多くの種類を食べられるように。華やかなあの人達に食べて欲しい一皿に仕上げたつもりだ。
「お、美味そうだなぁ」
背後から梅本さんの声が聞こえた。
「いろんな種類の物が食べたいという声を以前聞いたことがあったんです」
自分がここに来るまではデザート関係のは前菜系の料理を主に担当している是川さんが兼任していたそうだ。客席の増席をするにあたってドルチェ系の専任を雇うことになり、たまたま自分が採用されたらしい。まだ是川さんに色々と教えてもらっている状態だが早く完全に任せて貰えるようになりたいと思っている。
プレートは3つ、梅本さんが一緒に運んでくれることになり厨房を出る。途中、女の子の件を思い出したので一応伝えることにした。
「ウメさん、この辺りでお客様のブレスレットが切れたんです。天然石の丸いヤツが飛び散ってたんですけど。一応全て拾ったつもりなんですけどね」
見かけたら拾っておいて欲しい旨を伝える。もちろん後でスタッフにも伝えるつもりだったが。
「おお、わかった。落とした人は誰だ?」
「いえ、それが。ホールの端の席の中学生か高校生のお客様で女の子なんですよ。……他のスタッフ呼ぶ前に対面してしまって……スミマセン。ちょっと怖がらせたかもしれません。逃げられたので連絡先もまだお聞きしてないんですけど。どうしましょう?会計のまえにでも聞こうかと思うのですけど」
「……お前も大変だなぁ」
しみじみと言われてしまった。情けない。
「チェックのワンピースの子だろ?あいつの親オレの知り合いだから。連絡先わかてるから心配すんな。娘がこの春から高校生になるらしくてそのお祝いで来てんだよ。娘と食事会だとデレデレと鼻の下伸ばしやがって」
悪態ついてる梅本さんを見て、仲がいいのだと悟る。しかもお祝いの席で不快な思いをさせるとは……。
「本当に申し訳ありませんでした」
「……お前さぁ。ちょっと身構えすぎ」
「え?」
「怖がらせるかも?って身構えるから相手も緊張するんだよ。気配殺そうとするから相手も何事かと思って怖がるんだよ。まぁ一朝一夕で直せるようなもんでもないから仕方ないけど。もうちょっと気楽に構えろって。バイトの奴らもそんなにお前のこと怖がってないだろう?」
……そうなのだろうか?自分ではわからない。
「まぁ、おいおいな?」
梅本さんはそう言って二カッと笑った。
***
プレートを見た瞬間に目を輝かせた3人。自分はこの顔を見るのがとても好きだ。
「新作メニューです。何やらおめでたいことがあったとかで。お得意様に特別サービスです」
梅本さんがにこりと笑顔で答える。何故厳つい顔なのに様になるのだろうか。
「うわぁ、ありがとうございます」
三人揃とも息がピッタリだった。皆、梅本さんとはもちろん面識があり、店のオーナーであることも知っている。
「友人が私の結婚を祝ってくれてるんです」
上品な早紀さんはアルコールが入っても健在だった。自分だけならかなり砕けモードなのだが、梅本さんがいるからか3人ともキッチリしていた。まぁ、いつものことだ。
「ああ、そうなんですね。それはそれは。おめでとうございます」
「ありがとうございます」
この店のボロネーゼが大好きだと早紀さんに言われれば、梅本さんも嬉しいらしく終始ニコニコ笑顔だ。
視界の端では礼子さんと京子さんが既にデザートに口をつけている。
「あー、みっちゃんのティラミスが一番好きなんだよね」
幸せそうにモグモグしている礼子さんに梅本さんが面白そうに反応した。
「おや?光井の作ったものだとおわかりで?」
途端に礼子さんがはっとして自分を見る。「マズいこと言った??」と視線で返されたのだが何もマズいことはない。
「住んでるアパートが一緒なんですよ。新しいレシピ試すときとかに住人の人に色々試食してもらってるんです。このティラミスも結構な量を食べてもらいました」
「おやそれはご協力ありがとうございます。先日から光井に任せてるんですよ。どうぞご贔屓に」
軽くウインクして許される中年オヤジは梅本さんぐらいではないのだろうか。「アハハ」と笑う礼子さんと早紀さん、その横で京子さんが「イケオジヤバイ」と謎の言葉を呟いてふらついていた。
***
部屋を出るやいなや、梅本さんが笑い出した。
「お前、みっちゃんって呼ばれてんのか??吹き出しそうになったじゃねぇか!」
まぁそうだろう。
「あの姉さんなかなかやるなぁ」
「……名付け親はあの人じゃないですよ」
「お前をみっちゃん呼びしたヤツ見てみたいぞ。うちでもみっちゃんと呼ぶか?」
名付け親は美沙恵さんだ。でも美沙恵さんを見たって絶対信じないと思いますよと、心の中で返答しておく。ちなみに何度か来店してくれてるので出会ったこともあるはずだ。
みっちゃん呼びは決して嫌いではないけど、呼ばれる度に吹き出されたのではたまらない。礼子さん達のように平常心で呼んで貰えるなら一向に構わないのだが……店のメンバーを見るに、無理なような気がする。
「できればそっと心にしまっておいてください」
またしても梅本さんは吹き出した。良く笑う人だ。
「まぁ、でもお前、良かったなぁ。いい人に達に出会えて。お前、大丈夫だわ。さっき目がちゃんと笑ってた。ウチ来た当初よりずっとな」
目が笑う?
「ま、日々成長してるってことだな。さ、ラストまでもうちょっと頑張るぞ」
梅本さんは上機嫌で厨房へ向かう足を速めた。
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