しゃんけ荘の人々

乙原ゆう

文字の大きさ
上 下
35 / 44
4 102号室 住人 光井慎

35.

しおりを挟む
 デザートプレートは注文のパンナコッタ、それに加えてティラミスとレモンのジェラート。ティラミスは梅本さんからOKが出たので先月日から自分が任されている品だ。従来のものから少しレシピをかえたのだが是川さんにも好評だったのでとりあえずほっとしている。
 仕込みは済んでいたから後は飾り付けだ。鮮やかなベリーやオレンジのフルーツとチョコレートのソースで盛り合わせた。それぞれ量は普段店で提供しているよりも少し少なめに、多くの種類を食べられるように。華やかなあの人達に食べて欲しい一皿に仕上げたつもりだ。

「お、美味そうだなぁ」

 背後から梅本さんの声が聞こえた。

「いろんな種類の物が食べたいという声を以前聞いたことがあったんです」

 自分がここに来るまではデザート関係のは前菜系の料理を主に担当している是川さんが兼任していたそうだ。客席の増席をするにあたってドルチェ系の専任を雇うことになり、たまたま自分が採用されたらしい。まだ是川さんに色々と教えてもらっている状態だが早く完全に任せて貰えるようになりたいと思っている。
 
 プレートは3つ、梅本さんが一緒に運んでくれることになり厨房を出る。途中、女の子の件を思い出したので一応伝えることにした。

「ウメさん、この辺りでお客様のブレスレットが切れたんです。天然石の丸いヤツが飛び散ってたんですけど。一応全て拾ったつもりなんですけどね」

 見かけたら拾っておいて欲しい旨を伝える。もちろん後でスタッフにも伝えるつもりだったが。

「おお、わかった。落とした人は誰だ?」
「いえ、それが。ホールの端の席の中学生か高校生のお客様で女の子なんですよ。……他のスタッフ呼ぶ前に対面してしまって……スミマセン。ちょっと怖がらせたかもしれません。逃げられたので連絡先もまだお聞きしてないんですけど。どうしましょう?会計のまえにでも聞こうかと思うのですけど」

「……お前も大変だなぁ」

 しみじみと言われてしまった。情けない。

「チェックのワンピースの子だろ?あいつの親オレの知り合いだから。連絡先わかてるから心配すんな。娘がこの春から高校生になるらしくてそのお祝いで来てんだよ。娘と食事会だとデレデレと鼻の下伸ばしやがって」

 悪態ついてる梅本さんを見て、仲がいいのだと悟る。しかもお祝いの席で不快な思いをさせるとは……。

「本当に申し訳ありませんでした」
「……お前さぁ。ちょっと身構えすぎ」
「え?」
「怖がらせるかも?って身構えるから相手も緊張するんだよ。気配殺そうとするから相手も何事かと思って怖がるんだよ。まぁ一朝一夕で直せるようなもんでもないから仕方ないけど。もうちょっと気楽に構えろって。バイトの奴らもそんなにお前のこと怖がってないだろう?」

 ……そうなのだろうか?自分ではわからない。

「まぁ、おいおいな?」

 梅本さんはそう言って二カッと笑った。  


   ***


 プレートを見た瞬間に目を輝かせた3人。自分はこの顔を見るのがとても好きだ。

「新作メニューです。何やらおめでたいことがあったとかで。お得意様に特別サービスです」

 梅本さんがにこりと笑顔で答える。何故厳つい顔なのに様になるのだろうか。

「うわぁ、ありがとうございます」

 三人揃とも息がピッタリだった。皆、梅本さんとはもちろん面識があり、店のオーナーであることも知っている。

「友人が私の結婚を祝ってくれてるんです」

 上品な早紀さんはアルコールが入っても健在だった。自分だけならかなり砕けモードなのだが、梅本さんがいるからか3人ともキッチリしていた。まぁ、いつものことだ。

「ああ、そうなんですね。それはそれは。おめでとうございます」
「ありがとうございます」

 この店のボロネーゼが大好きだと早紀さんに言われれば、梅本さんも嬉しいらしく終始ニコニコ笑顔だ。
 視界の端では礼子さんと京子さんが既にデザートに口をつけている。

「あー、みっちゃんのティラミスが一番好きなんだよね」

 幸せそうにモグモグしている礼子さんに梅本さんが面白そうに反応した。

「おや?光井の作ったものだとおわかりで?」

 途端に礼子さんがはっとして自分を見る。「マズいこと言った??」と視線で返されたのだが何もマズいことはない。

「住んでるアパートが一緒なんですよ。新しいレシピ試すときとかに住人の人に色々試食してもらってるんです。このティラミスも結構な量を食べてもらいました」

「おやそれはご協力ありがとうございます。先日から光井に任せてるんですよ。どうぞご贔屓に」

 軽くウインクして許される中年オヤジは梅本さんぐらいではないのだろうか。「アハハ」と笑う礼子さんと早紀さん、その横で京子さんが「イケオジヤバイ」と謎の言葉を呟いてふらついていた。


   ***


 部屋を出るやいなや、梅本さんが笑い出した。

「お前、みっちゃんって呼ばれてんのか??吹き出しそうになったじゃねぇか!」

 まぁそうだろう。

「あの姉さんなかなかやるなぁ」
「……名付け親はあの人じゃないですよ」
「お前をみっちゃん呼びしたヤツ見てみたいぞ。うちでもみっちゃんと呼ぶか?」

 名付け親は美沙恵さんだ。でも美沙恵さんを見たって絶対信じないと思いますよと、心の中で返答しておく。ちなみに何度か来店してくれてるので出会ったこともあるはずだ。
 みっちゃん呼びは決して嫌いではないけど、呼ばれる度に吹き出されたのではたまらない。礼子さん達のように平常心で呼んで貰えるなら一向に構わないのだが……店のメンバーを見るに、無理なような気がする。

「できればそっと心にしまっておいてください」

 またしても梅本さんは吹き出した。良く笑う人だ。

「まぁ、でもお前、良かったなぁ。いい人に達に出会えて。お前、大丈夫だわ。さっき目がちゃんと笑ってた。ウチ来た当初よりずっとな」

 目が笑う?

「ま、日々成長してるってことだな。さ、ラストまでもうちょっと頑張るぞ」

 梅本さんは上機嫌で厨房へ向かう足を速めた。 


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...