28 / 44
3 101号室 住人 小早川秀章
28.
しおりを挟む
美沙恵さんからの耳と胃の痛い話が済み、目的の品を購入後「和くん」に平謝りをしてから帰路につけた。すっごい冷たい眼差しで口角だけを上げて挨拶をれ、社交辞令を投げつけられたのだが……無事に帰れて本当に良かった。
お礼の件はいつきさんが紅茶を入れる練習をするのでその消費要員になることで後日話がついた。まさかあんなに頻繁に大量に紅茶を飲まされるハメになるとは思わなかったけど。カフェイン耐性あるから別にいいんだが。
その話があったとき、いつきさんにも
「うちも入居者がいないととても困るんですよね。ほら、あの坂道がネックでなかなか人が集まらなくて。せっかく美沙恵さんからご紹介いただけたのにまさか立地ではなくて入居者の問題で渋られるなんて思ってもみませんでしたので。ウチの住人の方はとてもいい人ばかりなはずなんですけど。ねぇ?」
などとじわじわ攻められ、非常に不本意だけれども結局紅茶データ記録係に自ら立候補することで落ち着いた。
同じ住人の相良が報酬付きでやってきていたのがちょっと腹立たしかったが、そこで口をはさむほど愚かではない。礼子さんには哀れむような視線を向けられたがそんなものいらないから魔王と女帝をどうにかしてくれ。
美沙恵さんからあの日散々注意を受けたので、心を入れ替えるつもりはあった。だがしかし、急には無理なのでせめて彼女との接し方だけでも十分に注意するつもりでいた。いつきさんの圧がすごいから。美沙恵さんもニコニコ笑いながら退居していったけど……何故だろう、本人がいないのに存在感がありすぎる。
確かにこれから頻繁に顔を合わせるであろう相手とギクシャクするのもよくない。しかも相手はまだ10代、この間まで高校生だったわけだから、大人げのない態度はよくない。よくないのだが……
「それでこっちのキューブのチーズーがうちの子の好物なんですぅ。そうだ、今度一緒に河原お散歩に行きましょうよ」
休日の午後、新しくショッピングモール内にペットショップができたので花子のご褒美おやつを物色しにきたのだが。学生らしきアルバイトのショートボブヘアの女に先ほどから商品説明と称してかれこれ20分ほど捕まっている。散歩の行き先がドックランやら海やら森林公園やらと次から次へと出てくるのはすごいと思うが。
ほらな、愛想良くしてたらこうなるんだよ。
花子はささみジャーキーが好きなんだ!アンタのとこのトイプードルの好物なんか知らねえよ。と、思いつつも穏やかに会話を試みる。
「……いろいろ説明してくれてありがとうございます。少しゆっくり見てみます。それよりさっきから店長さんかな?お店の人が見てますよ?こっちは大丈夫だから早く仕事に戻ったほうがいいですよ」
店員の視線を少しむっとしてこちらを見ている年配の男性に促すと、店員は慌てて仕事に戻っていた。さほど広くない店内で堂々と客をナンパするのはマズかろう。
ほっとして商品を見ているとスマホにメッセージが届いた。誰だろうと、ポケットからスマホを取り出し確認すると佐谷さんからだった。
『お前!結婚するって本当か??何で黙ってんだ!励ます会に人が全然集まらないんだけど。しかもあんだけ可愛がってやってるのに俺はそんな話一言も聞いてないぞ。ちょっと説明しやがれ』
……どこをどう突っ込んだらいいんだろう。面倒きわまりない。
とりあえず情報の出どこは例の受付嬢だろう。どこまでも厄介なヤツだ。
佐谷さんに簡単に事の経緯を伝えると速攻返事がきた。
『え?何その面白い話。ちょっと今晩つきあえよ』
もちろんお断りだ。今日はいつきさんの美味しい晩飯が待ってるんだ。
再返信してると視界の隅に人影が映った。ショートボブのおそらく女性。背格好からしてまたあの店員か。面倒だなぁ。
「あのう……」
無視してとりあえず返信をする。
「あの、スミマセン」
しつこい!静かに商品みたいって言ったよな?
「何ですか?」
不愉快さを隠さずに睨みながらぶっきらぼうに返答すると、そこに居たのはさっきの店員ではなく、ふわふわしたショートボブの可愛らしい女の子がビクビクしながら立っていた。あ、マズい。人違いだ。
「ご、ごめんなさいっ。鍵が……落ちてたから。落とされなんじゃないかと」
その子はプルプル震えながら鍵手にしている鍵をこちらに見せる。あ、家の鍵だ。さっきスマホ取り出したときにポケットから落としたのだろう。睨んで悪いことをした。
「ああ、オレのですね。すみ……」
「ごめんなさいっ。失礼しますっ」
謝り礼を言って受け取ろうと手を伸ばしたら、あからさまに怯えられ、鍵を押しつけられて逃げられた。
お礼の件はいつきさんが紅茶を入れる練習をするのでその消費要員になることで後日話がついた。まさかあんなに頻繁に大量に紅茶を飲まされるハメになるとは思わなかったけど。カフェイン耐性あるから別にいいんだが。
その話があったとき、いつきさんにも
「うちも入居者がいないととても困るんですよね。ほら、あの坂道がネックでなかなか人が集まらなくて。せっかく美沙恵さんからご紹介いただけたのにまさか立地ではなくて入居者の問題で渋られるなんて思ってもみませんでしたので。ウチの住人の方はとてもいい人ばかりなはずなんですけど。ねぇ?」
などとじわじわ攻められ、非常に不本意だけれども結局紅茶データ記録係に自ら立候補することで落ち着いた。
同じ住人の相良が報酬付きでやってきていたのがちょっと腹立たしかったが、そこで口をはさむほど愚かではない。礼子さんには哀れむような視線を向けられたがそんなものいらないから魔王と女帝をどうにかしてくれ。
美沙恵さんからあの日散々注意を受けたので、心を入れ替えるつもりはあった。だがしかし、急には無理なのでせめて彼女との接し方だけでも十分に注意するつもりでいた。いつきさんの圧がすごいから。美沙恵さんもニコニコ笑いながら退居していったけど……何故だろう、本人がいないのに存在感がありすぎる。
確かにこれから頻繁に顔を合わせるであろう相手とギクシャクするのもよくない。しかも相手はまだ10代、この間まで高校生だったわけだから、大人げのない態度はよくない。よくないのだが……
「それでこっちのキューブのチーズーがうちの子の好物なんですぅ。そうだ、今度一緒に河原お散歩に行きましょうよ」
休日の午後、新しくショッピングモール内にペットショップができたので花子のご褒美おやつを物色しにきたのだが。学生らしきアルバイトのショートボブヘアの女に先ほどから商品説明と称してかれこれ20分ほど捕まっている。散歩の行き先がドックランやら海やら森林公園やらと次から次へと出てくるのはすごいと思うが。
ほらな、愛想良くしてたらこうなるんだよ。
花子はささみジャーキーが好きなんだ!アンタのとこのトイプードルの好物なんか知らねえよ。と、思いつつも穏やかに会話を試みる。
「……いろいろ説明してくれてありがとうございます。少しゆっくり見てみます。それよりさっきから店長さんかな?お店の人が見てますよ?こっちは大丈夫だから早く仕事に戻ったほうがいいですよ」
店員の視線を少しむっとしてこちらを見ている年配の男性に促すと、店員は慌てて仕事に戻っていた。さほど広くない店内で堂々と客をナンパするのはマズかろう。
ほっとして商品を見ているとスマホにメッセージが届いた。誰だろうと、ポケットからスマホを取り出し確認すると佐谷さんからだった。
『お前!結婚するって本当か??何で黙ってんだ!励ます会に人が全然集まらないんだけど。しかもあんだけ可愛がってやってるのに俺はそんな話一言も聞いてないぞ。ちょっと説明しやがれ』
……どこをどう突っ込んだらいいんだろう。面倒きわまりない。
とりあえず情報の出どこは例の受付嬢だろう。どこまでも厄介なヤツだ。
佐谷さんに簡単に事の経緯を伝えると速攻返事がきた。
『え?何その面白い話。ちょっと今晩つきあえよ』
もちろんお断りだ。今日はいつきさんの美味しい晩飯が待ってるんだ。
再返信してると視界の隅に人影が映った。ショートボブのおそらく女性。背格好からしてまたあの店員か。面倒だなぁ。
「あのう……」
無視してとりあえず返信をする。
「あの、スミマセン」
しつこい!静かに商品みたいって言ったよな?
「何ですか?」
不愉快さを隠さずに睨みながらぶっきらぼうに返答すると、そこに居たのはさっきの店員ではなく、ふわふわしたショートボブの可愛らしい女の子がビクビクしながら立っていた。あ、マズい。人違いだ。
「ご、ごめんなさいっ。鍵が……落ちてたから。落とされなんじゃないかと」
その子はプルプル震えながら鍵手にしている鍵をこちらに見せる。あ、家の鍵だ。さっきスマホ取り出したときにポケットから落としたのだろう。睨んで悪いことをした。
「ああ、オレのですね。すみ……」
「ごめんなさいっ。失礼しますっ」
謝り礼を言って受け取ろうと手を伸ばしたら、あからさまに怯えられ、鍵を押しつけられて逃げられた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました
宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。
ーーそれではお幸せに。
以前書いていたお話です。
投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと…
十話完結で既に書き終えてます。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる