しゃんけ荘の人々

乙原ゆう

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3 101号室 住人 小早川秀章

28.

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 美沙恵さんからの耳と胃の痛い話が済み、目的の品を購入後「和くん」に平謝りをしてから帰路につけた。すっごい冷たい眼差しで口角だけを上げて挨拶をれ、社交辞令を投げつけられたのだが……無事に帰れて本当に良かった。

 お礼の件はいつきさんが紅茶を入れる練習をするのでその消費要員になることで後日話がついた。まさかあんなに頻繁に大量に紅茶を飲まされるハメになるとは思わなかったけど。カフェイン耐性あるから別にいいんだが。

 その話があったとき、いつきさんにも

「うちも入居者がいないととても困るんですよね。ほら、あの坂道がネックでなかなか人が集まらなくて。せっかく美沙恵さんからご紹介いただけたのにまさか立地ではなくて入居者の問題で渋られるなんて思ってもみませんでしたので。ウチの住人の方はとてもいい人ばかりなはずなんですけど。ねぇ?」

 などとじわじわ攻められ、非常に不本意だけれども結局紅茶データ記録係に自ら立候補することで落ち着いた。
 同じ住人の相良が報酬付きでやってきていたのがちょっと腹立たしかったが、そこで口をはさむほど愚かではない。礼子さんには哀れむような視線を向けられたがそんなものいらないから魔王と女帝をどうにかしてくれ。

 美沙恵さんからあの日散々注意を受けたので、心を入れ替えるつもりはあった。だがしかし、急には無理なのでせめて彼女との接し方だけでも十分に注意するつもりでいた。いつきさんの圧がすごいから。美沙恵さんもニコニコ笑いながら退居していったけど……何故だろう、本人がいないのに存在感がありすぎる。
 確かにこれから頻繁に顔を合わせるであろう相手とギクシャクするのもよくない。しかも相手はまだ10代、この間まで高校生だったわけだから、大人げのない態度はよくない。よくないのだが……

「それでこっちのキューブのチーズーがうちの子の好物なんですぅ。そうだ、今度一緒に河原お散歩に行きましょうよ」

 休日の午後、新しくショッピングモール内にペットショップができたので花子のご褒美おやつを物色しにきたのだが。学生らしきアルバイトのショートボブヘアの女に先ほどから商品説明と称してかれこれ20分ほど捕まっている。散歩の行き先がドックランやら海やら森林公園やらと次から次へと出てくるのはすごいと思うが。

 ほらな、愛想良くしてたらこうなるんだよ。
 花子はささみジャーキーが好きなんだ!アンタのとこのトイプードルの好物なんか知らねえよ。と、思いつつも穏やかに会話を試みる。

「……いろいろ説明してくれてありがとうございます。少しゆっくり見てみます。それよりさっきから店長さんかな?お店の人が見てますよ?こっちは大丈夫だから早く仕事に戻ったほうがいいですよ」

 店員の視線を少しむっとしてこちらを見ている年配の男性に促すと、店員は慌てて仕事に戻っていた。さほど広くない店内で堂々と客をナンパするのはマズかろう。

 ほっとして商品を見ているとスマホにメッセージが届いた。誰だろうと、ポケットからスマホを取り出し確認すると佐谷さんからだった。

『お前!結婚するって本当か??何で黙ってんだ!励ます会に人が全然集まらないんだけど。しかもあんだけ可愛がってやってるのに俺はそんな話一言も聞いてないぞ。ちょっと説明しやがれ』

 ……どこをどう突っ込んだらいいんだろう。面倒きわまりない。
 とりあえず情報の出どこは例の受付嬢だろう。どこまでも厄介なヤツだ。
 佐谷さんに簡単に事の経緯を伝えると速攻返事がきた。

『え?何その面白い話。ちょっと今晩つきあえよ』

 もちろんお断りだ。今日はいつきさんの美味しい晩飯が待ってるんだ。
 再返信してると視界の隅に人影が映った。ショートボブのおそらく女性。背格好からしてまたあの店員か。面倒だなぁ。

「あのう……」

 無視してとりあえず返信をする。

「あの、スミマセン」

 しつこい!静かに商品みたいって言ったよな?

「何ですか?」

 不愉快さを隠さずに睨みながらぶっきらぼうに返答すると、そこに居たのはさっきの店員ではなく、ふわふわしたショートボブの可愛らしい女の子がビクビクしながら立っていた。あ、マズい。人違いだ。

「ご、ごめんなさいっ。鍵が……落ちてたから。落とされなんじゃないかと」

 その子はプルプル震えながら鍵手にしている鍵をこちらに見せる。あ、家の鍵だ。さっきスマホ取り出したときにポケットから落としたのだろう。睨んで悪いことをした。

「ああ、オレのですね。すみ……」
「ごめんなさいっ。失礼しますっ」

 謝り礼を言って受け取ろうと手を伸ばしたら、あからさまに怯えられ、鍵を押しつけられて逃げられた。
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