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3 101号室 住人 小早川秀章
27.
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「あぁ、美沙恵さん……」
面倒なときに面倒な人に出会ってしまった。決して礼儀を欠かすことのないこの姉さんにオレは頭が上がらない。
入居初っぱなにちょっとばかり失礼な態度をとったために、この人から食堂で正座させられて話し合いの場を持ったことがある。それもいつものふんわりニコニコ笑顔で。話し合いが始まるやいなや、その場にいた人が皆一目散に逃げ出したので二人きりとなったわけだが……。
「秀章くん、女性嫌いなのは構わないんだけどねぇ。社会人としてその態度はどうかと思うよ?ちなみに私は顔面偏差値高い彼氏いるからね~。礼子ちゃんにしてもいつきくん見慣れてるし。それに秀章くんイケメンだけどワイルドさに欠けるて言ってたから余計な心配しなくて大丈夫だよ~。やっぱり頻繁に顔を合わせるんだから皆が気持ちよく生活できるように気配りできなきゃねぇ?思春期まっただ中の子供じゃないんだから、秀章くん、大丈夫だよね?」
と、低身長ながらも女帝のような貫禄でコンコンと説き伏せられ、精神をゴリゴリと削られながら、解放されたのは1時間ほどしてから。しかも逃げ帰っていたいつきさんが様子を見に来てくれたから解放されたわけで。
美沙恵さんが部屋に戻った後、足がしびれて動けず床に転がったオレをいつきさんが気の毒そうに見ながらコーヒーをいれてくた。
「美沙恵さん、基本寛容な方なんですけど……居心地よい環境作りには尽力される方でして。礼儀さえきちんとしていれば暴君ではありませんので大丈夫ですよ?」
笑って話している内容がおかしくないか?
恐怖から解放されると沸々と怒りが込みあげる。こんなとこ住んでられるか!っと思って口をひらこうとした瞬間。
「でもよかったですね?女性住人は美沙恵さんと礼子さんですけど、美沙恵さんはあの通りの方ですし、礼子さんもお好みからは見事に外れてるそうですよ?どちらもサバサバした方なんで非礼がない限りは快適に過ごせますよ」
それからしばらくして花子がやってきて今に至るわけだが。確かに逆鱗にさえ触れなければ快適な生活を送れる居心地のよい住処だ。後から考えれば入居当初のアレは自分の八つ当たりだったという自覚もあるために、美沙恵さんからの説教も仕方なかったとは思える。思えるのだが……植え付けられた恐怖はなかなか根深い。躾けられた犬ってこんな感じなのかもしれない。
じーとこちらを見つめる美沙恵さんの目は相変わらずニコニコしていた。うん。困ってるんです。助けてくださいと目で訴えてみる。この女帝、怖いけれど頼りになることもここ数年の付き合いで知っている。
「秀章くん、こちらの方は?」
「……取引会社の方。(名前は知りません)」
「星崎美沙恵と申します。彼がいつもお世話になっております」
大変キレイに美沙恵さんは会釈した。これには受付嬢もビックリしたらしく、一瞬ひるんだ。
「こちらこそ。小早川さんとは先日夕食をご一緒させていただきましたので。お礼とご挨拶をと思いまして、ね?」
『私はこの人と食事に行く仲なのよ』との意味を込めて、受付嬢はこっちに視線を寄越す。美沙恵さんにケンカは売らない方が賢明だと、もちろん伝える義理はないので黙っておく。
「まぁそうでしたか。わざわざ御丁寧に。彼、よく食べるでしょう?昨夜も肉じゃがを驚くほど食べて。いつも余るかもしれないと思いながら(いつきが)多めに作るんですけど料理をキレイに食べてくれるから」
『頻繁に手料理食べさせてるんだけど?この意味わかんないわけないわよね?』と静にゴングが鳴らされた。
「……星崎さんは、もしかして小早川さんのご姉妹かご親戚の方ですか?」
「いいえ?」
「まぁ、失礼しました。お見受けしたところ年上のようですし小早川さんと名字が違うのでご結婚されたお姉様かと」
「まぁ。私、未婚ですし親戚でもありませんよ。……同じ屋根の下では暮らしておりますけど」
美沙恵はフフと左手で口元を隠して笑う。その薬指にキランキランに輝く指輪をしっかりと受付嬢に見せつける。
案の定、受付嬢はぎょっとしていた。
「でもそうですね。近いうちに予定はあるんですけど……」
にこやかに美沙恵さんは笑っている。もうそろそろ居心地悪くなってきた。列も徐々に進んでるけどまだまだ先は長そうだ。後ろもそこそこ並んでるからこれぞまさしく板挟み。
「……お嬢様。あ、申し訳ありません、お名前をお伺いしておりませんでしたので」
美沙恵はニッコリと笑う。『小娘サン。アナタ名乗りもしていませんよー。こっちは名乗ってるのになんて礼儀知らずなんでしょうねー』という副音声がはっきりと聞こえた。
「彼は少し頼りないところがあるかもしれませんが、今後ともよろしくお願い致します。あら?あちらにお友達がいらっしゃるのですか?長らく引き留めてしまって申し訳ございません」
受付嬢は大人しく元いた列へと戻っていった。
短時間でありながら実に壮絶なバトルだ。女って怖い。そして美沙恵さんは一切ウソを言っていない。勝手に受付嬢が誤解をして勝手に退散していった。恐るべし、女帝。
「えっと……ありがとうございました」
小声で一応礼を言う。気まずい。とっても気まずいけれどお礼は大事。
美沙恵さんは雰囲気と言葉使いをごろっと変た。
「秀章くんさぁ。独学が無理ならいつきくんにでもああいう人の対処方法教えてもらったほうがよくない?不機嫌にしてるだけじゃ何も解決しないよ~」
返す言葉がない。まったくもってその通り。
「ついでだから一緒に並んだげるよ~。ここのケーキ美味しいんだよねぇ」
「助かります、スミマセン。オレ、姪の誕生日に買ってこいっと言われて並んでるだけなんでよく知らないんです」
「あ、そうなんだ?姪っ子ちゃん、目が高いよ~」
いや、多分目が高いのは姉だ。
「……さっきのお礼にココのケーキおごります」
「いいよ、そんなの気にしなくて」
「でも……」
「それに他の男の人に買ってもらったら和くんに怒られるもん」
和くん?ああ、顔偏差値高い美沙恵さんの婚約者ね。
「そういえばご結婚されるそうで。おめでとうございます」
「ありがとう~」
思えばこの人は最初から最後まで媚びることなく、理不尽な要求をすることもなく接してくれた数少ない女性だった。貴重な友人がアパートを出て行くのはほんの少しだけ寂しい気がする。
「でね?私の後に従姉妹の鈴ちゃんが入る予定なんだけど……先週見学がてら遊びに来てたの~。で、その時に坂道でとってもカッコイイシェパードに出会ったんだって。触りたくて飼い主さんの様子を伺ったらものすごく睨まれたんだって~」
タラタラと冷や汗が流れてくる。なんか心当たりあるんだけど。
え?あの子のことか?しかもあのキラキラ視線、オレじゃなくて花子見てたのか?
「もう、本当にとっても気の弱い子でねぇ。そんな怖い人が居るとこには住めないって入居を嫌がってるんだよねぇ」
「いつきくんも伊織くんも、礼子ちゃんも。花子もノラも出会ってるんだけど。みんな鈴ちゃんが来ることを喜んでるんだけどねぇ。当の鈴ちゃんが怖がっちゃって」
ほぼ全員か?オレはほぼ全員を敵に回してるのか??勘弁してくれ。
「あ」
美沙恵がバックからスマホを出した。何やらメッセージがきたらしい。
「離れろ、近いだって」
「?」
「和くんから~。ほらあそこで待ってもらってるの~」
少し離れた催事場の隅に和くんとやらの姿があった。多分年上で銀縁細フレームの眼鏡をかけた仕事出来そうなエリート風男。確かに顔面偏差値高いけど……うえぇ。怖ぇ。。。。めちゃくちゃ睨まれてる。いや、絶対手なんて出してませんから!こんな恐ろしい人オレには無理ですって!
「……えっと。美沙恵さん。ありがとうございました。まさかお連れの方が一緒とは知らずに。お待たせするのも何ですから……」
「大丈夫だよ~」
いやいや、絶対大丈夫じゃないって。
「それにお話が途中だしね~」
「……」
お祓いにでもいったほうがいいのかと、真剣に悩んだ週末だった。
面倒なときに面倒な人に出会ってしまった。決して礼儀を欠かすことのないこの姉さんにオレは頭が上がらない。
入居初っぱなにちょっとばかり失礼な態度をとったために、この人から食堂で正座させられて話し合いの場を持ったことがある。それもいつものふんわりニコニコ笑顔で。話し合いが始まるやいなや、その場にいた人が皆一目散に逃げ出したので二人きりとなったわけだが……。
「秀章くん、女性嫌いなのは構わないんだけどねぇ。社会人としてその態度はどうかと思うよ?ちなみに私は顔面偏差値高い彼氏いるからね~。礼子ちゃんにしてもいつきくん見慣れてるし。それに秀章くんイケメンだけどワイルドさに欠けるて言ってたから余計な心配しなくて大丈夫だよ~。やっぱり頻繁に顔を合わせるんだから皆が気持ちよく生活できるように気配りできなきゃねぇ?思春期まっただ中の子供じゃないんだから、秀章くん、大丈夫だよね?」
と、低身長ながらも女帝のような貫禄でコンコンと説き伏せられ、精神をゴリゴリと削られながら、解放されたのは1時間ほどしてから。しかも逃げ帰っていたいつきさんが様子を見に来てくれたから解放されたわけで。
美沙恵さんが部屋に戻った後、足がしびれて動けず床に転がったオレをいつきさんが気の毒そうに見ながらコーヒーをいれてくた。
「美沙恵さん、基本寛容な方なんですけど……居心地よい環境作りには尽力される方でして。礼儀さえきちんとしていれば暴君ではありませんので大丈夫ですよ?」
笑って話している内容がおかしくないか?
恐怖から解放されると沸々と怒りが込みあげる。こんなとこ住んでられるか!っと思って口をひらこうとした瞬間。
「でもよかったですね?女性住人は美沙恵さんと礼子さんですけど、美沙恵さんはあの通りの方ですし、礼子さんもお好みからは見事に外れてるそうですよ?どちらもサバサバした方なんで非礼がない限りは快適に過ごせますよ」
それからしばらくして花子がやってきて今に至るわけだが。確かに逆鱗にさえ触れなければ快適な生活を送れる居心地のよい住処だ。後から考えれば入居当初のアレは自分の八つ当たりだったという自覚もあるために、美沙恵さんからの説教も仕方なかったとは思える。思えるのだが……植え付けられた恐怖はなかなか根深い。躾けられた犬ってこんな感じなのかもしれない。
じーとこちらを見つめる美沙恵さんの目は相変わらずニコニコしていた。うん。困ってるんです。助けてくださいと目で訴えてみる。この女帝、怖いけれど頼りになることもここ数年の付き合いで知っている。
「秀章くん、こちらの方は?」
「……取引会社の方。(名前は知りません)」
「星崎美沙恵と申します。彼がいつもお世話になっております」
大変キレイに美沙恵さんは会釈した。これには受付嬢もビックリしたらしく、一瞬ひるんだ。
「こちらこそ。小早川さんとは先日夕食をご一緒させていただきましたので。お礼とご挨拶をと思いまして、ね?」
『私はこの人と食事に行く仲なのよ』との意味を込めて、受付嬢はこっちに視線を寄越す。美沙恵さんにケンカは売らない方が賢明だと、もちろん伝える義理はないので黙っておく。
「まぁそうでしたか。わざわざ御丁寧に。彼、よく食べるでしょう?昨夜も肉じゃがを驚くほど食べて。いつも余るかもしれないと思いながら(いつきが)多めに作るんですけど料理をキレイに食べてくれるから」
『頻繁に手料理食べさせてるんだけど?この意味わかんないわけないわよね?』と静にゴングが鳴らされた。
「……星崎さんは、もしかして小早川さんのご姉妹かご親戚の方ですか?」
「いいえ?」
「まぁ、失礼しました。お見受けしたところ年上のようですし小早川さんと名字が違うのでご結婚されたお姉様かと」
「まぁ。私、未婚ですし親戚でもありませんよ。……同じ屋根の下では暮らしておりますけど」
美沙恵はフフと左手で口元を隠して笑う。その薬指にキランキランに輝く指輪をしっかりと受付嬢に見せつける。
案の定、受付嬢はぎょっとしていた。
「でもそうですね。近いうちに予定はあるんですけど……」
にこやかに美沙恵さんは笑っている。もうそろそろ居心地悪くなってきた。列も徐々に進んでるけどまだまだ先は長そうだ。後ろもそこそこ並んでるからこれぞまさしく板挟み。
「……お嬢様。あ、申し訳ありません、お名前をお伺いしておりませんでしたので」
美沙恵はニッコリと笑う。『小娘サン。アナタ名乗りもしていませんよー。こっちは名乗ってるのになんて礼儀知らずなんでしょうねー』という副音声がはっきりと聞こえた。
「彼は少し頼りないところがあるかもしれませんが、今後ともよろしくお願い致します。あら?あちらにお友達がいらっしゃるのですか?長らく引き留めてしまって申し訳ございません」
受付嬢は大人しく元いた列へと戻っていった。
短時間でありながら実に壮絶なバトルだ。女って怖い。そして美沙恵さんは一切ウソを言っていない。勝手に受付嬢が誤解をして勝手に退散していった。恐るべし、女帝。
「えっと……ありがとうございました」
小声で一応礼を言う。気まずい。とっても気まずいけれどお礼は大事。
美沙恵さんは雰囲気と言葉使いをごろっと変た。
「秀章くんさぁ。独学が無理ならいつきくんにでもああいう人の対処方法教えてもらったほうがよくない?不機嫌にしてるだけじゃ何も解決しないよ~」
返す言葉がない。まったくもってその通り。
「ついでだから一緒に並んだげるよ~。ここのケーキ美味しいんだよねぇ」
「助かります、スミマセン。オレ、姪の誕生日に買ってこいっと言われて並んでるだけなんでよく知らないんです」
「あ、そうなんだ?姪っ子ちゃん、目が高いよ~」
いや、多分目が高いのは姉だ。
「……さっきのお礼にココのケーキおごります」
「いいよ、そんなの気にしなくて」
「でも……」
「それに他の男の人に買ってもらったら和くんに怒られるもん」
和くん?ああ、顔偏差値高い美沙恵さんの婚約者ね。
「そういえばご結婚されるそうで。おめでとうございます」
「ありがとう~」
思えばこの人は最初から最後まで媚びることなく、理不尽な要求をすることもなく接してくれた数少ない女性だった。貴重な友人がアパートを出て行くのはほんの少しだけ寂しい気がする。
「でね?私の後に従姉妹の鈴ちゃんが入る予定なんだけど……先週見学がてら遊びに来てたの~。で、その時に坂道でとってもカッコイイシェパードに出会ったんだって。触りたくて飼い主さんの様子を伺ったらものすごく睨まれたんだって~」
タラタラと冷や汗が流れてくる。なんか心当たりあるんだけど。
え?あの子のことか?しかもあのキラキラ視線、オレじゃなくて花子見てたのか?
「もう、本当にとっても気の弱い子でねぇ。そんな怖い人が居るとこには住めないって入居を嫌がってるんだよねぇ」
「いつきくんも伊織くんも、礼子ちゃんも。花子もノラも出会ってるんだけど。みんな鈴ちゃんが来ることを喜んでるんだけどねぇ。当の鈴ちゃんが怖がっちゃって」
ほぼ全員か?オレはほぼ全員を敵に回してるのか??勘弁してくれ。
「あ」
美沙恵がバックからスマホを出した。何やらメッセージがきたらしい。
「離れろ、近いだって」
「?」
「和くんから~。ほらあそこで待ってもらってるの~」
少し離れた催事場の隅に和くんとやらの姿があった。多分年上で銀縁細フレームの眼鏡をかけた仕事出来そうなエリート風男。確かに顔面偏差値高いけど……うえぇ。怖ぇ。。。。めちゃくちゃ睨まれてる。いや、絶対手なんて出してませんから!こんな恐ろしい人オレには無理ですって!
「……えっと。美沙恵さん。ありがとうございました。まさかお連れの方が一緒とは知らずに。お待たせするのも何ですから……」
「大丈夫だよ~」
いやいや、絶対大丈夫じゃないって。
「それにお話が途中だしね~」
「……」
お祓いにでもいったほうがいいのかと、真剣に悩んだ週末だった。
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