しゃんけ荘の人々

乙原ゆう

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3 101号室 住人 小早川秀章

24.

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「小早川さん、すごいですね!流石ですぅ」

 ばっちりとメイクをしてうっとりと自分に見とれるているのは確か、取引先の会社の受付嬢だったか?意味のわからん賛辞は聞いててイライラする。それがとってつけたようなものなら尚更。
  居酒屋で女共にやいやいと騒ぎ立てられているんだが。就業時間はとっくに終了してるんだ、そろそろプライベートモードに戻ってもいいだろうか。戻りたいのに戻れない。これが全く会社と関係のない女相手ならキッパリ言えるのに。
 内心イライラしながら平静を装い飯を食べる。焼き鳥もビールもうまいけど、BGMは最悪だ。

 午前中、2歳年上の会社の先輩である佐谷さんにばったり出会ったのがまずかった。もっとも出会ってなくても連絡が来て結果は同じだったんだろうけど。

「おう、小早川!丁度いいところに!」

 ニカっと笑いながら佐谷さんが近寄ってくる。この笑い方をしてるときの彼とは正直あまり付き合いたくはないんだが。逃れられないことも経験上、熟知している。実に面倒だ。

「今日、古川を励ます会するぞ。場所はいつものとこ」

 ○○を励ます会と称して時々佐谷さんは飲み会を開催する。○○は女に振られたか彼女と分かれたかしたヤツの名前が入る飲み会で、内情はいわゆる合コンだ。「○○を励まして(新しい出会いを提供する)会」らしい。ついでにそのおこぼれに預かろうという輩が集まってくるので参加希望者多数の飲み会である。

 古川は会社の後輩で「可愛い顔した癒やし系男子」らしい。
 2年近く同じ会社の美咲ちゃんとやらに片思いしていてグチグチとどうにもならない悩み事相談を佐谷さんは受けていた。何故自分がそんなコトを知っているのかと言えば、時々巻き添えを食らって一緒に連行されていたからである。
 突撃したら玉砕確定で実行することもなかったために不完全燃焼だったわけだが。先日見事に美咲ちゃんとその思い人がひっついてしまったらしい。

「……なんで断定するんですか。オレの予定聞いてくださいよ」
「おまえ、何も予定ねぇじゃん。あってもどうせジム行くくらいだろうが」
「立派な予定ですよ。1週間分のストレス発散の時間ですからね」
「古川すっごい落ち込んでるからさぁ。ちょっとぱーっと騒いだら元気になる」
「片思い期間が長すぎてそうそう簡単に復活なんかできませんよ」
「いんや?『励ます会しようか?』って言ったら是非ともって言ってたぞ」

 古川、切り替え早すぎないか?そんなこちらの心の声を読んだかのごとく、佐谷さんは続ける。

「まぁ、予感あったから覚悟決めてたんだろう。な?可愛い後輩のためじゃないか。お前が参加したら女子の参加率が全然違うんだからさ」

 いわゆる「イケメン」らしいオレをいつもの如く客寄せならぬ女寄せパンダに仕立てる彼に腹が立つ。自分を目当てに来る女を寄せ集めても嬉しくないだろうと以前言ったことがるのだが

「そんなもん切っ掛けだけの問題だからいいんだよ。店に入らなきゃ商品買って貰えないだろうが。お前はいわばスーパーの広告の品だ。それを目当てに主婦は店に殺到するんだよ。広告の品が手に入らなくても何らかの商品を買って帰るだろうが?」

とキッパリ言われたのだが……何かが違う。
 だがしかし、入社当時に世話になった先輩の頼みを無碍にするわけにもいかず、しかも自分が面倒を見ている後輩関係ときた。本当にいつも断りにくい誘いを絶妙に持ちかけてくる人だ。そして自分が断れないのを知っていて……おそらく既に自分は参加者に含まれていて他に誘いをかけ終えてるのだ。仕事もできる人だが本当にタチが悪い。

「参加費そっちで持ってくださいよ」
「おお、もちろん」
「あといつものように適当に抜けさせてもらいますからね」
「おお、いいぞいいぞ。むしろ歓迎だ」

  そんなやりとりがあって現在に至るわけだが。
 男女総勢20数名も集まれば、店内ではもう何がなんだかわからない状態だ。問題の古川は……え?大丈夫なのか?なんかあきらかに肉食系女に引っかかってるんだけど。まぁ本人まんざらでもないみたいだし……いいのか。

「それでぇ、今度一緒に行っていただけませんか?」

 受付嬢にさりげなくボディータッチされて我に返る。勝手に触れるな、男が触れたら痴漢呼ばわりされるのに何で女なら許されるんだ?全く解せぬ。食べるものも食べ終えたしそろそろ本気で帰りたい。
 するとこれまた絶妙なタイミングでスマホが鳴った。音量は抑えてあるけど微かに両隣に聞こえる程度の呼び出し音。佐谷さんからだった。うるさく話しかけてきていた女に礼儀として断りを入れて電話に出る。

『よお。おつかれさん』
「お疲れ様です」
『お前の左側の彼女可愛いじゃん。お前の連絡先聞いてきたら教えてもいいか?』
「……いいえ。そちらの件につきましては難しいかと」
『もったいないなぁ。まぁいいけど。そろそろひきあげてもいいぞ』
「ありがとうございます。ではよろしくお願いします」

「申し訳ありませんが火急の案件ができましたので失礼します」

 佐谷さんのすごいところは、無理矢理引っ張り出してはうるけれどこっちがマジギレする直前にタイミングを見計らって引き上げさせてくれるところだ。まったく何なんだ、あの人は。

「そうなんですかぁ?お仕事大変ですねぇ。私、お料理得意なんですよ。小早川さん、お仕事忙しそうだから……」

 オレがニッコリと今夜初めての営業スマイルを浮かべると、目の前の彼女は真っ赤になって言葉をなくした。そうそう、大人しく口をつぐんでもらわなきゃ困るんだよ。あきらかに面倒な言葉は聞きたくない。

「急いでますので失礼しますね」

 オレだってサラリーマンである。嫌な顧客に笑顔で対応だってできるんだよ。ただし仕事に限る!だけどな。
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