しゃんけ荘の人々

乙原ゆう

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2.202号室 住人 宮間礼子

18.

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「あ、美沙恵!」

 夜、仕事が終わって帰宅するとアパートの階段を昇っている美沙恵を見つけたので声をかけた。

「あ、礼子ちゃん。久しぶり~」

 美沙恵はセミロングのゆるくかかったパーマをゆらりと揺らせて振り返る。
 仕事柄、清潔感を損なわずに、尚且つ少し癖毛のある美沙恵のために提案した髪型を、そういえば彼女はとても喜んでくれた。

「聞いたわよ。ここ、出てくんだって?」

「うん、そうなんだよね。急に決まってねぇ。礼子ちゃん、お弁当?そんなに振ったら大惨事だよ~」

 急いで美沙恵に駆け寄ってたら思わぬ指摘がきた。

「焼肉弁当だから大差ないわよ」

 今日は牛の焼肉弁当。急に食べたくなったから駅を降りてからコンビニで購入した。ああ、美味しい肉が食べたいもんだ。

「あ、そうなんだ?ウチくる?ミネストローネあるよ~」

 美沙恵のすごいところはわりとキッチリ自炊してるところだ。時々、おこぼれに預かる。

「やった!行く行く」


 美沙恵の部屋は相変わらずシンプル。あんまり無駄な物は置いていない。本人のフワフワ可愛らしい印象に反していたってシンプル。最初に部屋に入ったときはちょっと驚いた。
 美沙恵が弁当を温めてくれるというので遠慮なく差し出した。その間にミネストローネも温めてくれる。至れり尽くせりだ!いいお嫁さんになるよ、美沙恵は。

 その間に鞄の中にあった超高級チョコレート屋さんの生チョコを取り出す。
ほんの6粒しかはいっていないけどおっそろしく高いこのチョコレート。ふんわり香るシャンパンがなんとも言えない。自分じゃとてもじゃないけど買えない代物。何故手元にあるのかといえばユキヒロに貢がせたからである。
 午前中にユキヒロからスマホに平謝りメッセージが届いたので注文してやった。迷惑料だ。ヤツは今日退院して夕方にチョコを手に店にやってた。もちろん元気いっぱいだった。アタシの心配を返せ。

「あれ?それどうしたの?」

 焼肉弁当とミネストローネを手に美沙恵がコタツに戻ってきた。焼肉とスープが最高に美味しそうじゃないの!早くたべたい,お腹空いた。
  
「あ、ありがと。これ貰い物。一緒に食べよう」

 美味しい物はシェアする、なんとなくこのアパートに住み始めてから身についた習慣。でもこのチョコは少ないから女ふたりで山分けだ。

「わ~、いいの?ありがとう~。好きなんだよね、ここのチョコ。あ、ご飯食べてて。お茶入れてくる」

 部屋に焼肉の臭いが漂う。よくよく考えたら人様の部屋で焼肉弁当って……ま、いいっか。
 さっさとこの焼肉の臭いを消すべく胃に収める。その前にミネストローネを一口、美味しい。空腹に暖かいスープ、ああ癒やされる。トマトの酸味が最高だ。

「あー、スープウマウマ♪」

 それにしても彼女が出て行くと、自分がここでの一番の古株になってしまう。なんだか妙な寂しさを感じてしまう。

「で、なんで出てくの?あ、言いにくかったら別に言わなくていいけど」

「和くんが転勤になってね~」

 和くん?……ああ、美沙恵の彼氏か。

「数年は戻れないからついてきってって。仕方ないから月末入籍してついてくことにしたの」

 マジかっ??え?アンタも結婚??いや、そりゃさっきいい嫁になるとは思ったけどさ。
 思わず箸が止まってしまった。

「……おめでとう?」

「うん、ありがとう~」

「転勤ってことは遠方に引っ越しだよね?仕事どうすんの?またイチから職場探すの大変だねぇ」
 
 まぁ、薬剤師なんで求人はホイホイありそうだけど、新たに人間関係を築いていくのは面倒だわなぁ。

「仕事?とりあえず辞めるんだ~」

「え?なんで?もったいない。まさか旦那が専業主婦しろって?今どき?」

「違うよ~。転勤先がドイツなんだよねぇ。日本の薬剤師免許あってもねぇ?」

「……そりゃまた遠くに行くのね」

 ビックリした。まさかの国外。

「仕事、いいの?」

 美沙恵は今の仕事が職場が楽しいって言ってたのに。勉強だって、アタシにはわかんないけど大変だったはずだ。それなのに辞めちゃうのか。

「うん。まぁ『想定外』な出来事ではあったんだけどねぇ」

「『仕事と俺とどっちが大事?!』って言われた?」

 そんな女々しいこと言うヤツに美沙恵はやらん!

「アハハ、違う違う。どっちかって言うと泣き落とし?」

 ……余計に悪いわっ。

「今の職場いいトコだし仕事も楽しいけど。和くんひとりで行かせるのもなんか違うなぁって思ったんだよね~」

「何か理不尽」

 なんで女が我慢しなきゃなんないのよ。アタシは自分の夢を捨てられないし付いてこいと言われてたら……そりゃ考えるかもしれないけど多分、ついて行かなかった。アタシは……薄情なのかもしれない。

「私はそこまで仕事に対する情熱はなかったし、ほだされたってのが正しいのかもしれないけどねぇ」

 美沙恵の手がすっと伸びてきて、いいこいいことと頭を撫でられる。 

「礼子ちゃんはお仕事頑張ってるもんねぇ。雑誌、見たよ?とってもかっこよかったよ。ステキな自慢のお友達。他人と比べちゃダメだよ~。人と全く同じ状況になることなんてないからねぇ?」

 ニコニコ笑いながら頭を撫でられる、その手がアタシの頭に触れるのは初めてのこと。いつもはアタシが美沙恵の頭を触ってた。アシスタントの頃からずーっとずーっと触ってたのはアタシ。5年という歳月をかけて向き合っているうちに、いつの間にか培われていた信頼関係。

 美沙恵の手は、なんて気持ちいいんだろうね。
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