18 / 44
2.202号室 住人 宮間礼子
18.
しおりを挟む
「あ、美沙恵!」
夜、仕事が終わって帰宅するとアパートの階段を昇っている美沙恵を見つけたので声をかけた。
「あ、礼子ちゃん。久しぶり~」
美沙恵はセミロングのゆるくかかったパーマをゆらりと揺らせて振り返る。
仕事柄、清潔感を損なわずに、尚且つ少し癖毛のある美沙恵のために提案した髪型を、そういえば彼女はとても喜んでくれた。
「聞いたわよ。ここ、出てくんだって?」
「うん、そうなんだよね。急に決まってねぇ。礼子ちゃん、お弁当?そんなに振ったら大惨事だよ~」
急いで美沙恵に駆け寄ってたら思わぬ指摘がきた。
「焼肉弁当だから大差ないわよ」
今日は牛の焼肉弁当。急に食べたくなったから駅を降りてからコンビニで購入した。ああ、美味しい肉が食べたいもんだ。
「あ、そうなんだ?ウチくる?ミネストローネあるよ~」
美沙恵のすごいところはわりとキッチリ自炊してるところだ。時々、おこぼれに預かる。
「やった!行く行く」
美沙恵の部屋は相変わらずシンプル。あんまり無駄な物は置いていない。本人のフワフワ可愛らしい印象に反していたってシンプル。最初に部屋に入ったときはちょっと驚いた。
美沙恵が弁当を温めてくれるというので遠慮なく差し出した。その間にミネストローネも温めてくれる。至れり尽くせりだ!いいお嫁さんになるよ、美沙恵は。
その間に鞄の中にあった超高級チョコレート屋さんの生チョコを取り出す。
ほんの6粒しかはいっていないけどおっそろしく高いこのチョコレート。ふんわり香るシャンパンがなんとも言えない。自分じゃとてもじゃないけど買えない代物。何故手元にあるのかといえばユキヒロに貢がせたからである。
午前中にユキヒロからスマホに平謝りメッセージが届いたので注文してやった。迷惑料だ。ヤツは今日退院して夕方にチョコを手に店にやってた。もちろん元気いっぱいだった。アタシの心配を返せ。
「あれ?それどうしたの?」
焼肉弁当とミネストローネを手に美沙恵がコタツに戻ってきた。焼肉とスープが最高に美味しそうじゃないの!早くたべたい,お腹空いた。
「あ、ありがと。これ貰い物。一緒に食べよう」
美味しい物はシェアする、なんとなくこのアパートに住み始めてから身についた習慣。でもこのチョコは少ないから女ふたりで山分けだ。
「わ~、いいの?ありがとう~。好きなんだよね、ここのチョコ。あ、ご飯食べてて。お茶入れてくる」
部屋に焼肉の臭いが漂う。よくよく考えたら人様の部屋で焼肉弁当って……ま、いいっか。
さっさとこの焼肉の臭いを消すべく胃に収める。その前にミネストローネを一口、美味しい。空腹に暖かいスープ、ああ癒やされる。トマトの酸味が最高だ。
「あー、スープウマウマ♪」
それにしても彼女が出て行くと、自分がここでの一番の古株になってしまう。なんだか妙な寂しさを感じてしまう。
「で、なんで出てくの?あ、言いにくかったら別に言わなくていいけど」
「和くんが転勤になってね~」
和くん?……ああ、美沙恵の彼氏か。
「数年は戻れないからついてきってって。仕方ないから月末入籍してついてくことにしたの」
マジかっ??え?アンタも結婚??いや、そりゃさっきいい嫁になるとは思ったけどさ。
思わず箸が止まってしまった。
「……おめでとう?」
「うん、ありがとう~」
「転勤ってことは遠方に引っ越しだよね?仕事どうすんの?またイチから職場探すの大変だねぇ」
まぁ、薬剤師なんで求人はホイホイありそうだけど、新たに人間関係を築いていくのは面倒だわなぁ。
「仕事?とりあえず辞めるんだ~」
「え?なんで?もったいない。まさか旦那が専業主婦しろって?今どき?」
「違うよ~。転勤先がドイツなんだよねぇ。日本の薬剤師免許あってもねぇ?」
「……そりゃまた遠くに行くのね」
ビックリした。まさかの国外。
「仕事、いいの?」
美沙恵は今の仕事が職場が楽しいって言ってたのに。勉強だって、アタシにはわかんないけど大変だったはずだ。それなのに辞めちゃうのか。
「うん。まぁ『想定外』な出来事ではあったんだけどねぇ」
「『仕事と俺とどっちが大事?!』って言われた?」
そんな女々しいこと言うヤツに美沙恵はやらん!
「アハハ、違う違う。どっちかって言うと泣き落とし?」
……余計に悪いわっ。
「今の職場いいトコだし仕事も楽しいけど。和くんひとりで行かせるのもなんか違うなぁって思ったんだよね~」
「何か理不尽」
なんで女が我慢しなきゃなんないのよ。アタシは自分の夢を捨てられないし付いてこいと言われてたら……そりゃ考えるかもしれないけど多分、ついて行かなかった。アタシは……薄情なのかもしれない。
「私はそこまで仕事に対する情熱はなかったし、ほだされたってのが正しいのかもしれないけどねぇ」
美沙恵の手がすっと伸びてきて、いいこいいことと頭を撫でられる。
「礼子ちゃんはお仕事頑張ってるもんねぇ。雑誌、見たよ?とってもかっこよかったよ。ステキな自慢のお友達。他人と比べちゃダメだよ~。人と全く同じ状況になることなんてないからねぇ?」
ニコニコ笑いながら頭を撫でられる、その手がアタシの頭に触れるのは初めてのこと。いつもはアタシが美沙恵の頭を触ってた。アシスタントの頃からずーっとずーっと触ってたのはアタシ。5年という歳月をかけて向き合っているうちに、いつの間にか培われていた信頼関係。
美沙恵の手は、なんて気持ちいいんだろうね。
夜、仕事が終わって帰宅するとアパートの階段を昇っている美沙恵を見つけたので声をかけた。
「あ、礼子ちゃん。久しぶり~」
美沙恵はセミロングのゆるくかかったパーマをゆらりと揺らせて振り返る。
仕事柄、清潔感を損なわずに、尚且つ少し癖毛のある美沙恵のために提案した髪型を、そういえば彼女はとても喜んでくれた。
「聞いたわよ。ここ、出てくんだって?」
「うん、そうなんだよね。急に決まってねぇ。礼子ちゃん、お弁当?そんなに振ったら大惨事だよ~」
急いで美沙恵に駆け寄ってたら思わぬ指摘がきた。
「焼肉弁当だから大差ないわよ」
今日は牛の焼肉弁当。急に食べたくなったから駅を降りてからコンビニで購入した。ああ、美味しい肉が食べたいもんだ。
「あ、そうなんだ?ウチくる?ミネストローネあるよ~」
美沙恵のすごいところはわりとキッチリ自炊してるところだ。時々、おこぼれに預かる。
「やった!行く行く」
美沙恵の部屋は相変わらずシンプル。あんまり無駄な物は置いていない。本人のフワフワ可愛らしい印象に反していたってシンプル。最初に部屋に入ったときはちょっと驚いた。
美沙恵が弁当を温めてくれるというので遠慮なく差し出した。その間にミネストローネも温めてくれる。至れり尽くせりだ!いいお嫁さんになるよ、美沙恵は。
その間に鞄の中にあった超高級チョコレート屋さんの生チョコを取り出す。
ほんの6粒しかはいっていないけどおっそろしく高いこのチョコレート。ふんわり香るシャンパンがなんとも言えない。自分じゃとてもじゃないけど買えない代物。何故手元にあるのかといえばユキヒロに貢がせたからである。
午前中にユキヒロからスマホに平謝りメッセージが届いたので注文してやった。迷惑料だ。ヤツは今日退院して夕方にチョコを手に店にやってた。もちろん元気いっぱいだった。アタシの心配を返せ。
「あれ?それどうしたの?」
焼肉弁当とミネストローネを手に美沙恵がコタツに戻ってきた。焼肉とスープが最高に美味しそうじゃないの!早くたべたい,お腹空いた。
「あ、ありがと。これ貰い物。一緒に食べよう」
美味しい物はシェアする、なんとなくこのアパートに住み始めてから身についた習慣。でもこのチョコは少ないから女ふたりで山分けだ。
「わ~、いいの?ありがとう~。好きなんだよね、ここのチョコ。あ、ご飯食べてて。お茶入れてくる」
部屋に焼肉の臭いが漂う。よくよく考えたら人様の部屋で焼肉弁当って……ま、いいっか。
さっさとこの焼肉の臭いを消すべく胃に収める。その前にミネストローネを一口、美味しい。空腹に暖かいスープ、ああ癒やされる。トマトの酸味が最高だ。
「あー、スープウマウマ♪」
それにしても彼女が出て行くと、自分がここでの一番の古株になってしまう。なんだか妙な寂しさを感じてしまう。
「で、なんで出てくの?あ、言いにくかったら別に言わなくていいけど」
「和くんが転勤になってね~」
和くん?……ああ、美沙恵の彼氏か。
「数年は戻れないからついてきってって。仕方ないから月末入籍してついてくことにしたの」
マジかっ??え?アンタも結婚??いや、そりゃさっきいい嫁になるとは思ったけどさ。
思わず箸が止まってしまった。
「……おめでとう?」
「うん、ありがとう~」
「転勤ってことは遠方に引っ越しだよね?仕事どうすんの?またイチから職場探すの大変だねぇ」
まぁ、薬剤師なんで求人はホイホイありそうだけど、新たに人間関係を築いていくのは面倒だわなぁ。
「仕事?とりあえず辞めるんだ~」
「え?なんで?もったいない。まさか旦那が専業主婦しろって?今どき?」
「違うよ~。転勤先がドイツなんだよねぇ。日本の薬剤師免許あってもねぇ?」
「……そりゃまた遠くに行くのね」
ビックリした。まさかの国外。
「仕事、いいの?」
美沙恵は今の仕事が職場が楽しいって言ってたのに。勉強だって、アタシにはわかんないけど大変だったはずだ。それなのに辞めちゃうのか。
「うん。まぁ『想定外』な出来事ではあったんだけどねぇ」
「『仕事と俺とどっちが大事?!』って言われた?」
そんな女々しいこと言うヤツに美沙恵はやらん!
「アハハ、違う違う。どっちかって言うと泣き落とし?」
……余計に悪いわっ。
「今の職場いいトコだし仕事も楽しいけど。和くんひとりで行かせるのもなんか違うなぁって思ったんだよね~」
「何か理不尽」
なんで女が我慢しなきゃなんないのよ。アタシは自分の夢を捨てられないし付いてこいと言われてたら……そりゃ考えるかもしれないけど多分、ついて行かなかった。アタシは……薄情なのかもしれない。
「私はそこまで仕事に対する情熱はなかったし、ほだされたってのが正しいのかもしれないけどねぇ」
美沙恵の手がすっと伸びてきて、いいこいいことと頭を撫でられる。
「礼子ちゃんはお仕事頑張ってるもんねぇ。雑誌、見たよ?とってもかっこよかったよ。ステキな自慢のお友達。他人と比べちゃダメだよ~。人と全く同じ状況になることなんてないからねぇ?」
ニコニコ笑いながら頭を撫でられる、その手がアタシの頭に触れるのは初めてのこと。いつもはアタシが美沙恵の頭を触ってた。アシスタントの頃からずーっとずーっと触ってたのはアタシ。5年という歳月をかけて向き合っているうちに、いつの間にか培われていた信頼関係。
美沙恵の手は、なんて気持ちいいんだろうね。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。


ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる