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1.203号室 住人 橘鈴音
4.
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私はノラちゃんを避けてベンチの端に座っている。もうこの子は触っても逃げないのかもしれない。
笑顔の少年は深川伊織くんといい、今の高校のサッカー部に入りたくて昨年から親元を離れてこちらで暮らしているそうだ。管理人さんとは親戚だそうで、なんとも行動力のある子だなぁ。
伊織くんはマグカップにお湯を注いでいた。
「はい、選んで!コーヒーと紅茶と緑茶、どれがいい?ちなみにインスタントとティーパックだけど」
と、いきなり勢いよく三択を迫られてビックリしたけど。今時の高校生の男の子ってすごいなぁ、ちゃんとカップを温めてるよ。ちなみに先ほどの問いには反射的に「紅茶」と返事をしている。コーヒーはちょっと苦手だ。「お子様だね」ってバカにされることもあるから言わないけどね。
伊織くんは紅茶を入れる間に手際よくチョコレートケーキを小皿に乗せていく。なんか手慣れているなぁ。
差し出されたのはガトーショコラ。断面がキレイで美味しそう。
「みっちゃんがたまに試作品入れてくれてるんだよね」
食堂に置いてあるモノは冷蔵庫の中を含め、誰でも自由に食べていいし、入れてもいいらしい。みっちゃんさんは、ここの住人でイタリア料理のお店で働いているらしい。時々料理やらお菓子やらを作って入れてくれるそうだ。
どうぞと。差し出されたマグカップからはアールグレイの香りがした。
「あ、ありがとう」
伊織くんはコーヒー入りのマグカップを持ってテーブルの向いに腰掛けた。そして勢いよく手を合わせる。
「いただきまーす」
チョコレートケーキは勢いよく消えていった。ケーキがさほど大きくなかったということもあるけれど、三口で完食である。いくらなんでもはやすぎではなかろうか。そして育ち盛りの高校生、あれでは物足りないのではなかろうか。
「ごちそうさまっ。あー、うまかった!ねーちゃんも早く食べなよ」
「……えっと。これも食べる?」
伊織くんはニコニコ笑う。
「いいって、いいって。それより早く食べてみなよ」
ガッツリ見られててちょっと食べにくいんだけど……って思ってたら伊織くんはサラリと視線を逸らしてコーヒーを飲み始めた。
「……いただきます」
フォークでケーキを切り分けると思いのほか軽かった。口の中に入れてビックリ。
「うわぁ」
思わず声がでてしまう。軽いのにしっとりしてる不思議な食感。しかも何これ!美味しい!甘さも絶妙でチョコの香りにうっとりだよ。
「なぁ?うまいだろう?みっちゃん様々なんだよね~」
伊織くんは冷蔵庫のドアにマグネットで貼り付けてある紙を1枚ぴらりとはがすとテーブルに置いた。そして何やら書き込み始める。
その間にケーキは完食。これいくらでも食べられるよ、きっと。みっちゃんさん、ありがとうございます。
「ごちそうさま。伊織くんありがとう。すごく美味しかった!」
お裾分けしてくれた伊織くんにも感謝だ。紅茶も美味しかったしなんだか幸せだ。
じーっと伊織くんを見てたら不意に視線が合った。
「あ、鈴ねーちゃんも書く?」
そう言って先ほどの紙を差し出された。メモ用紙には『ガトーショコラ。日曜夜まで』と几帳面な筆跡で書かれてあり、その後ろに力強い文字で『みっちゃん、天才!うまかった。チョコ最高 伊織』と書かれてある。
「私も書いていいのかなぁ?」
「いいって、いいって。ばあちゃんが『感謝や嬉しい気持ちはしっかりキッチリ言葉にしろ』って言ってたし」
「おばあさん?」
「父方の祖母。はい、これで書いて」
ボールペンまで差し出されて、まったく至れり尽くせりだ。でもそうだよね、おいしいケーキのお礼は伝えたい。ああ、でもちょっと緊張するよね。出会ったこともない人へ手紙って。紙も小さいからあまりスペースないしなぁ。うーん。
『はじめまして。ケーキ、ごちそうさまでした。軽くてしっとりしててビックリするくらい美味しかったです。橘鈴音』
書き終わって顔を上げると伊織くんの後ろ姿が目に入った。ああっ。使った食器洗ってくれてる!しかも終わってる。なんなの??この子、気が利きすぎる!
「あ、伊織くん、ありがとう。ゴメンね」
「いいって。鈴ねーちゃんお客さんなんだから。で?美沙恵ねーちゃんの後に入るの?」
「うーん、まだ検討中。それにここ入居すのに面接あるって聞いてるし」
「面接?そんなのあったかなぁ?検討中ってことは何?何か問題あんの?」
「問題というか…あの坂道がね」
住処に戻るためにあの坂道を避けては通れない。毎日のことだからなぁ。
「え?坂道?」
伊織くんがきょとんとしている。何か問題があるのかと、その顔にありありと書いてある。問題?大ありだよ。
「のぼるのが大変で……」
答えながら、サッカー部に所属するような男子高校生には思いもつかない返答なんだと気がついた。流石の気遣い少年も言葉をなくしてしまった。ごめんね、でも運動部に入ってなかったインドア女子なんて皆こんなカンジだよ……多分。
「あー……でもほら。慣れるんじゃないの?そのうち」
慣れるのかなぁ。伊織くんに言われてもあんまり説得力ないんだけど。
そんな心の声が聞こえたのか、伊織くんはあははと乾いた愛想笑いをした。
笑顔の少年は深川伊織くんといい、今の高校のサッカー部に入りたくて昨年から親元を離れてこちらで暮らしているそうだ。管理人さんとは親戚だそうで、なんとも行動力のある子だなぁ。
伊織くんはマグカップにお湯を注いでいた。
「はい、選んで!コーヒーと紅茶と緑茶、どれがいい?ちなみにインスタントとティーパックだけど」
と、いきなり勢いよく三択を迫られてビックリしたけど。今時の高校生の男の子ってすごいなぁ、ちゃんとカップを温めてるよ。ちなみに先ほどの問いには反射的に「紅茶」と返事をしている。コーヒーはちょっと苦手だ。「お子様だね」ってバカにされることもあるから言わないけどね。
伊織くんは紅茶を入れる間に手際よくチョコレートケーキを小皿に乗せていく。なんか手慣れているなぁ。
差し出されたのはガトーショコラ。断面がキレイで美味しそう。
「みっちゃんがたまに試作品入れてくれてるんだよね」
食堂に置いてあるモノは冷蔵庫の中を含め、誰でも自由に食べていいし、入れてもいいらしい。みっちゃんさんは、ここの住人でイタリア料理のお店で働いているらしい。時々料理やらお菓子やらを作って入れてくれるそうだ。
どうぞと。差し出されたマグカップからはアールグレイの香りがした。
「あ、ありがとう」
伊織くんはコーヒー入りのマグカップを持ってテーブルの向いに腰掛けた。そして勢いよく手を合わせる。
「いただきまーす」
チョコレートケーキは勢いよく消えていった。ケーキがさほど大きくなかったということもあるけれど、三口で完食である。いくらなんでもはやすぎではなかろうか。そして育ち盛りの高校生、あれでは物足りないのではなかろうか。
「ごちそうさまっ。あー、うまかった!ねーちゃんも早く食べなよ」
「……えっと。これも食べる?」
伊織くんはニコニコ笑う。
「いいって、いいって。それより早く食べてみなよ」
ガッツリ見られててちょっと食べにくいんだけど……って思ってたら伊織くんはサラリと視線を逸らしてコーヒーを飲み始めた。
「……いただきます」
フォークでケーキを切り分けると思いのほか軽かった。口の中に入れてビックリ。
「うわぁ」
思わず声がでてしまう。軽いのにしっとりしてる不思議な食感。しかも何これ!美味しい!甘さも絶妙でチョコの香りにうっとりだよ。
「なぁ?うまいだろう?みっちゃん様々なんだよね~」
伊織くんは冷蔵庫のドアにマグネットで貼り付けてある紙を1枚ぴらりとはがすとテーブルに置いた。そして何やら書き込み始める。
その間にケーキは完食。これいくらでも食べられるよ、きっと。みっちゃんさん、ありがとうございます。
「ごちそうさま。伊織くんありがとう。すごく美味しかった!」
お裾分けしてくれた伊織くんにも感謝だ。紅茶も美味しかったしなんだか幸せだ。
じーっと伊織くんを見てたら不意に視線が合った。
「あ、鈴ねーちゃんも書く?」
そう言って先ほどの紙を差し出された。メモ用紙には『ガトーショコラ。日曜夜まで』と几帳面な筆跡で書かれてあり、その後ろに力強い文字で『みっちゃん、天才!うまかった。チョコ最高 伊織』と書かれてある。
「私も書いていいのかなぁ?」
「いいって、いいって。ばあちゃんが『感謝や嬉しい気持ちはしっかりキッチリ言葉にしろ』って言ってたし」
「おばあさん?」
「父方の祖母。はい、これで書いて」
ボールペンまで差し出されて、まったく至れり尽くせりだ。でもそうだよね、おいしいケーキのお礼は伝えたい。ああ、でもちょっと緊張するよね。出会ったこともない人へ手紙って。紙も小さいからあまりスペースないしなぁ。うーん。
『はじめまして。ケーキ、ごちそうさまでした。軽くてしっとりしててビックリするくらい美味しかったです。橘鈴音』
書き終わって顔を上げると伊織くんの後ろ姿が目に入った。ああっ。使った食器洗ってくれてる!しかも終わってる。なんなの??この子、気が利きすぎる!
「あ、伊織くん、ありがとう。ゴメンね」
「いいって。鈴ねーちゃんお客さんなんだから。で?美沙恵ねーちゃんの後に入るの?」
「うーん、まだ検討中。それにここ入居すのに面接あるって聞いてるし」
「面接?そんなのあったかなぁ?検討中ってことは何?何か問題あんの?」
「問題というか…あの坂道がね」
住処に戻るためにあの坂道を避けては通れない。毎日のことだからなぁ。
「え?坂道?」
伊織くんがきょとんとしている。何か問題があるのかと、その顔にありありと書いてある。問題?大ありだよ。
「のぼるのが大変で……」
答えながら、サッカー部に所属するような男子高校生には思いもつかない返答なんだと気がついた。流石の気遣い少年も言葉をなくしてしまった。ごめんね、でも運動部に入ってなかったインドア女子なんて皆こんなカンジだよ……多分。
「あー……でもほら。慣れるんじゃないの?そのうち」
慣れるのかなぁ。伊織くんに言われてもあんまり説得力ないんだけど。
そんな心の声が聞こえたのか、伊織くんはあははと乾いた愛想笑いをした。
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