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第三章 死闘

第67話 嫉妬

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 水崎翔子の自宅は、あの大きなマンション群の中にあった。

 いつもの様に彼女を自宅の玄関まで送り届けてマンションの玄関ホールに戻ると、紅葉と青葉の姿が無い。ここで待ち合わせている筈なのにどうしたんだろう?と表に出ると、雨の中に赤と青の傘が佇んでいる。

「お待たせしてしまって、すみません。何でこんな処にいるんですか?」

「……水崎さんと、ずいぶん親しいみたいね?」

 え?っと紅葉の顔を見ると、機嫌の悪そうな顔をした彼女がマンションの一角に視線を向けている。それを追いかけてみれば、その先にはベランダから手を振る水崎の姿だ。きっと気が付いたことが嬉しかったのだろう、手の振りが大きく早くなった。

 ユウは軽く手を挙げて、それに応えた。しかし振り向いた先に二人の姿が見当たらず、ユウは驚いてしまう。慌てて姿を探せば、もう随分と遠くまで歩いて行ってしまっているではないか…

「ちょ…ちょっと待って下さいよ、先生!青葉!」

 その言葉を無視して、赤と青の傘はどんどんと遠ざかっていく。

「ねえ、誤解ですって!」

 すると漸く青い傘が立ち止まり、くるりとこちらを振り向いた。そして返してきたのは、震える声。


 「ユウは… ユウは女垂らしです。 ……気安く、話し…掛けないで下さい」
 
 
 ……え? 俺… 泣かせるようなこと、したっけ?


 そして二つの傘影が、雨の中へと消えていく。

 はぁ~………と溜め息を付き、ユウはそれを見送った。





 マンションの敷地内にある公園のパーゴラに一人腰掛けながら、ユウはカシャリと缶珈琲の封を開けた。珈琲の香りが微かに漂ってくる。雨はずっと降り続いているが、ここなら気にせずに、ゆっくりと珈琲を楽しめそうだった。


 ……二人共。 何、怒ってんだよ?

 また溜息を付きかけ、慌てて温かい珈琲を一口、口に含んだ。

 少しだけ、心がほっとする。


 雨音を静かに聞きながら、今日も何の進展も無かったなと思った。しかし、何事も無くて何よりだったと思うべきなのだろう。だけど、いつまでも水崎に同行している訳にもいかないのも事実だ。

 ユウは一人、これからどうしたものかと考えを巡らせる。

 それに……

 それに、何か心に引っ掛かっていた。何か分らないが……?


「……如月君」

 その時、声を掛けられて少々驚いた。声のした先…… 公園の入り口を見ると、二つの笠が揺れている。人影がゆっくりと近付いて来きて、少しずつ顔が見え始める。

「……先生、それに青葉も」

「さっきは、御免なさい。大人気なかったと反省しているわ」

 一つの影は、苦笑いを浮かべていた。もう一つは無表情のままだが、自分の顔をチラチラと見てくる仕草から、反省しているのだろうと思った。

「二人とも酷いですよ。俺が何をしたっていうんです?」

「ごめんなさい。でも何だか、二人の様子を見ていたら無性に腹が立ったの……」

「……まあ、分かってもらえればいいです」

 そしてユウは立ち上がりながら、何にします?と、言った。

「……え?」

「飲み物ですよ。今日は俺がおごります。温かい飲み物で、いいですか?」

 6月に入ってから雨がずっと降り続いているせいで、この時間になると冷え込んだ。正直、半袖のワイシャツ一枚ではキツイ。

「いえ、悪いわ」

「なに言ってるんです?俺達の間で、そんな遠慮は無しです。それとも冷たい飲み物がいいんですか?」

 ユウの言葉に紅葉が、ふふっと嬉しそうに笑った。

「……温かい飲み物を頂くわ。貴方と同じ珈琲でお願いします」

「……私も」

 ユウは了解ですと笑顔で答えながら、自動販売機に歩き出した。





 二人に缶珈琲を手渡してから、ユウはもう一度、珈琲を口にした。

 ………美味い。

 三人で飲む珈琲は、一段と美味しく感じられた。カシャリ……と缶の蓋を開ける音が二つ響くと、続けてほっと息を休める吐息も聞こえてくる。

「……おいしい。ありがとう如月君」

「ユウ、ありがとうございます」

 二人の言葉にコクリと頷きながら、ユウはいずみがいれば、もっと美味しいのになと思う。それは二人も同じだった様で……

「いずみちゃん、今頃、何してるかしら?ふふっ、きっと絵に夢中ね」

 紅葉の言葉に、青葉とユウは頷き合った。

「きっと、夢中です。あ、でも今、クシャミしてるかもですね?」

「ふふっ違いないわね」

 三人は美術室で、クシャミをしている、いずみを思い浮かべながら笑い合った。



「………それはさておき、青葉どうだった?水崎の近くに、何か視えた?」

 ユウの問いに、青葉は首を横に振る。

「視えたは視えたんですけど………悪いモノではないんです。家族?……なのかな?男の子が、いつも水崎さんの側にいるんです」

「………男の子?」

「……弟さん?もしくはお兄さんかしら?」

 ユウと紅葉が尋ねると、青葉はまた首を横に振った。

「……分からないです。でも、いつも側にいます。だけど最近感じているっていう視線の原因ではないですよ。以前から、側にいましたから……」

「そう……」

 青葉の言葉に、ユウも紅葉も言葉が続かなかった。


「とにかく、今までと同じ様に依頼を続けるしかないわ。彼女はずいぶんと不安がっているようだから、今まで以上にサポートしていかないとね」

 ……はい。と答えながら、そろそろ水崎も限界だな、とユウは感じていた。
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