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第二章 絆

第64話 絆(上)

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 「……素敵な妹さんね。お兄ちゃんのこと、大好きなのね」

 ユメの背中を見送った後で、紅葉がそう声を掛けてきた。その言葉に、ユウは髪をモシャモシャとした。そんなユウの様子をみた紅葉が、ふふっと小さく微笑んでいる。自分では気付いていないが、それがユウの照れた時の癖なのだそうだ。

「……ちょっと待ってて下さいね。お茶でも淹れてきます。先生と、いずみは紅茶がいいですよね?パックのしかないけど、すみません。青葉は俺と一緒で、珈琲でいいのかな?」

 頷く青葉を確認してからキッチンへと向かうユウに、紅葉が声を掛けてきた。

「……如月君は、珈琲が好きなの?」

「はい。紅茶もお茶も好きですけど、珈琲を一番よく飲みますね。缶コーヒーは、一つの銘柄以外はあまり好きじゃないんですけど」

「それじゃあ、私も珈琲を頂こうかしら。いつもあなたが飲んでいるものを、飲んでみたいの」

 その会話を聞いていたいずみも、私も珈琲がいい!と、手を挙げる。

「ふふっ無理しなくていいのよ。いずみちゃんは珈琲が苦手じゃない」

「だ、大丈夫!子供じゃないし、もう飲めるから……!」

 紅葉のツッコミに慌てている、いずみの仕草が可笑しくって思わず笑顔になる。「了解」と、笑顔で答えてユウはキッチンへと向かった。



「どうぞ、お菓子もよかったら食べて下さい」

 暫くしてユウが淹れたばかりの珈琲を運んでいくと、六つの瞳がそれを迎えた。

「……いい香り。ありがとう如月君。」

 一人の彼女は暫く香りを楽しんでからカップを持ち上げ、それを口へと運こぶ。そして「……おいしい」と、その鳶色の瞳を潤ませた。

「ユウくんの珈琲、甘い香りがする。 ……頂きます。 うん!ほんとに、おいしい!全然苦くないんだね!」

 もう一人の彼女は、パッと顔を輝かせて微笑んでくれた。

 ……どうやら二人共、ユウの淹れた珈琲を気に入ってくれた様子だ。


「俺、モカが好きなんですよね。うちのは安い珈琲豆ですけど、気に入ってくれたのなら良かったです」


「ユウの珈琲、本当においしいです」

 そして声がした方を見ると三人目の彼女が、湯気に揺れる珈琲色の水面をじっと見つめている。

「……毎日、飲みたいです」

 その言葉にいずみが、ぶっ!と咽た。

「あ、青葉ちゃん!?な、何言い出すの!?」

 また始まったなとユウが苦笑いを浮かべた時、スマホが鳴った。どうやら紅葉のスマートフォンに電話の着信があった様だ。

 画面を確認した彼女の顔色が、少しだけ硬くなった。「……ちょっと御免なさい」と、断りをいれてから電話に出た紅葉は部屋の隅で相手と話していたが、話を終えるともう一度、何処かへ電話をかけ始めた。

 暫くして戻ってきた紅葉に、「……依頼ですか?」と青葉が聞き、それに少し困った顔をした紅葉が「ええ」と応えた。

「今の電話、前回の依頼者からだったわ。最近、誰かに見られている気がするから、暫く身辺を見守ってくれないかって…… 要するに、ボディーガードの依頼ね」

「ボディーガード?オカルト研究部って、そんな事もするんですか?」

「勿論、そんな事はしないけれど…… オカルトに関係しているのなら、部の活動に関係してくるかもしれない。今回はその可能性も考えられるから、判断に困るわね」

 そう言ってから、紅葉はチラリと、いずみを見た。

 
 ……前回の依頼者からということは、今の電話の相手は水崎だったのだろう。だとすると、例の悪霊の一件はまだ解決していなかったということだろうか? いや待て、水崎が通学に使っているあの路線…… 

 ユウの脳裏に十年前の記憶が蘇る。それはあの赤い花柄模様の白いワンピースの彼女の恐ろしい記憶だ。あの記憶の中で男が浮かべていた厭らしい笑みと、あの路線でこの十年間で10人以上も少女たちが行方不明になっているという紅葉の言葉。

 ……あの男は、まだ捕まってはいないのだ。

 確かに紅葉の言う通り、水崎が感じている視線の先にいるのは悪霊かもしれないし、あの暴行犯、もとい殺人犯の可能性だってあるのではないのか?

 そんな恐ろしい考えに、ユウの背中に冷たい汗が流れ始めた時だった。


「……紅葉ちゃん達、また危ないことするつもりなの?」

 そんなユウ達の様子に気が付いたのか、 いずみが視線を合わさないまま言った。

「いずみちゃん……」

 視線を合わせようとしないいずみに、困った様な複雑な表情を浮かべている紅葉。そんな二人の様子を見ていたユウは、ずっと話そうと思っていた提案を、二人にしてみることにした。

「……先生、青葉も、ちょっといいかな?今回の事はともかく、いずみにちゃんと二人の話をしてほしいんです」

 そして、そのユウの言葉を聞いた紅葉と青葉の顔色が変わった。

「……何を話せって言うの?貴方、いずみちゃんを巻き込むつもり?」

 紅葉の言い方には、明らかに怒りの色があった。

「ユウ。いずみちゃんに、何か話したんですか?」

 そして、それは青葉の同じだ。

 ……二人は、本当にいずみのこと大切に思っているのだ。何故なら青葉はともかく、紅葉のこんなに怖い顔は見たことはなかったから。


「……いずみは全部、知っています。いや、気付いているんです。
 自分にしか視えない世界のせいで、青葉が小さい時からどんな気持ちで生きて来たのか。それから…… 憑りついているあの怖ろしい存在のこともです。先生が、そいつからどれだけの覚悟で青葉を守ってきたのかも、いずみは全部気が付いているんですよ」

 紅葉も青葉もハッとして、いずみを見た。

「いずみちゃん、貴女……」

「いずみ……ちゃん」

 驚いた顔をした紅葉とは違い、青葉は怯えた表情をした。初めて見せる表情に、ユウは青葉の気持ちを想う。

 ……怖いんだ。

 あの化物の存在をいずみが知ったら、今までの皆がそうだった様に自分から離れて行ってしまうんじゃないかって?

 ……だけど信じろよ。

 お前の親友は、そんなに器の小さい人じゃない。
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