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第二章 絆
第62話 ……疑念。
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ユウはフラフラとソファーから立ち上がろうとしたが、上手く体が動かなかった。頭の芯が、痺れた様に働かないのだ。
「如月君、無理はダメよ。まだ座っていた方がいいわ」
紅葉のその言葉に甘えて、ユウは再びソファーに腰を下ろした。
「すみません、先生。俺、何だか頭が上手く廻らなくて‥‥」
「そうなのね。それなら、暫く横になっていた方がいいわ」
彼女はそう言うと、ユウの体を優しく寝かしつけてくれた。するといずみと青葉が心配そうにユウの顔を覗き込んできた。
「……私は催眠が解けても全然何ともなかったけど、やっぱり人によって違うんだね。ユウくん、大丈夫?」
「私も姉さんに催眠を掛けられた時に、同じようになりました。だからきっとユウも、直ぐにいつも通りになるはずです。……ユウ、心配いらないですよ?」
「え?青葉ちゃんも、催眠に掛かったことがあるの?」
はい、昔ちょっと…… と応えた青葉に、いずみが安心したように、ホッと胸を撫でおろしている。
「……よかった。私だけ催眠に掛かっちゃうのかと思ったよ」
「ふふっ、そんなことはないわ。条件さえ満たせば、誰だって催眠には掛かるのよ。だからそんなに心配しなくてもいいのよ、いずみちゃん」
「そうなんだ。それじゃあ青葉ちゃんも、私みたいに直ぐに催眠にかかったんだね」
「いいえ、私も最初はなかなか掛からなかったんです。それに初めて催眠状態になった後は、暫くはユウみたいに頭が痺れて上手く働かなかったんですよ」
「そ、そうなんだ…… それじゃあさ、何で私は直ぐに掛かっちゃったのかな?ねえ紅葉ちゃん、私だけ催眠が解けた後に何ともなかったのは何でなのかな?」
「ふ、不思議ね。いずみちゃんは…… きっとほら、催眠に掛かり易い性格なのね」
今にも泣き出しそうな顔のいずみに詰め寄られ、紅葉は困り顔だ。
「そんなことないもん。たまたま昨日は、掛かりやすかっただけだもん」
「そ、そうかもしれないわね。悪かったわ」
「……ねえ紅葉ちゃん。ひょっとして私って、本当に……なのかな?」
「そ、そんなことあるわけないわ。きっと偶々よ、たまたま…… ねえ青葉?」
「……私、思うんですけど。いずみちゃんは、いつも催眠に掛かっている様なものなのかもしれません。だからきっと、何ともないんじゃないでしょうか?」
きっと助け船を出してもらいたかったに違いなかったのに、しかしそこに掛けられたのはその場の雰囲気を荒らすような青葉の言葉だった。
「ひ、ひどいよ!青葉ちゃん、そんな言い方ひどいよ!」
「ふふっ、ねえ青葉?少しだけ、黙っていてくれなぁい?あなたはそろそろ、空気を読むという言葉を覚えたらどうかしら?」
そして、ついに泣き始めてしまったいずみを紅葉がまあまあと落ち着かせる事態となってしまった。
「……それより如月君、何か視えたの?」
いずみが落ち着きを取り戻した頃合いを見計らって、三人の会話を黙って聞いていたユウに紅葉が尋ねてきた。彼女たちの仲の良さを感じる漫才の様なやり取りを聞いている内に、頭の中は段々とスッキリしてきていた。
「……男の子が、視えました」
「男の子?」
三人が顔を見合わせている。彼女達からすれば、意外な言葉だったのかもしれない。
「ええ、この間、先生達の家に向かう途中にあった川辺の公園とよく似た場所でした。そこで俺は、男の子と遊んでいたんです」
「……どんな男の子なの?」
「ええ、と…… 1~2才位の子で、色白で薔薇色のほっぺをした天使みたいに可愛らしい子ですね」
「まあ!お話を聞いているだけでも可愛らしい子ね。その子が誰なのか、心当たりはある?」
ユウは心を落ち着かせて、先程の光景を思い出してみた。……風に優しく揺れていたモシャモシャのくせっ毛の下で、キラキラと輝いているつぶらな瞳をユウに向けてきたあの男の子の笑顔だ。
……俺、あの子を知ってる。
しかし思い出そうとすると、頭の芯が痺れた様に何も考えられなってしまう。
「……すみません思い出せません。でも、とても大切な人だった気がするんですよ」
俺は、あの子を知っている。
その証拠に、思い出そうとすると胸がこんなに苦しいじゃないか。
「……分かったわ。無理をさせてごめんなさい。私が今日、貴方に掛けた催眠のキーワードは『幸せ』よ。きっと貴方にとってその男の子は大切な人なのね」
ユウの肩に優しく手を置きながら、紅葉は言った。
「………………」
その後、シーンと室内の空気は静まり返った。ユウの神妙な雰囲気に、皆がみんな言葉が出てこなかったのだ。それからもう一つ、ある疑念が三人の脳裏に浮かんでいたのもこの静けさの理由の一つだろう。
「……ユウ。もしかして、子供がいるんですか?」
その重い空気を破る様に、青葉が口を開いた。そしてそれは、皆の頭の中を掠めている疑念でもあった。誰もが口にすることを躊躇っていた疑念だ。
「そ、そそ、そんな訳ないよ!だって私たち、まだ高校生だし……っ! あ、青葉ちゃんなに言ってるの?ねえユウくん、そんなことあるわけないよね?」
「ふふっ、そうよ青葉。あなたはまた何を突拍子のないことを言い出したのかしら?ほら…如月君に謝りなさい。いくら如月君が高校生にしては大人びているっていっても、まさか一児の父親だなんてことはないわよ。ねえ如月君、そうよね?」
その言葉を聞いてからの二人の反応は真逆のものだった。慌てふためくいずみと、逆に冷静さを保とうとする紅葉だ。しかしそんな二人に共通していたのは、言葉では責めてはいたが、心の中ではよくぞ聞いてくれましたと青葉を称賛していたことだ。
「……はあ?それは無いと思います。昔の写真を見ても彼女らしき人の写真は一枚も無かったし、妹に聞いた時も俺にそんな相手はいなかったって言ってましたよ?」
そしてユウから返ってきた答えは、その場にいた全員の胸をほっと撫で下ろさせるものだった。急に笑顔になったいずみに、同じ表情を浮かべた紅葉も同意している。
「ほ、ほらね!そんな訳ないんだから!きっと親戚の子とかなんだよね?」
「ふふっ、きっとそうね。ほら……如月君って、面倒見が良さそうだものね」
―――ガチャリ
「……ただいまー」
そんな時だった。リビングの扉がガチャリと開き、恐る恐るという様子でユメが顔を覗かせた。
「如月君、無理はダメよ。まだ座っていた方がいいわ」
紅葉のその言葉に甘えて、ユウは再びソファーに腰を下ろした。
「すみません、先生。俺、何だか頭が上手く廻らなくて‥‥」
「そうなのね。それなら、暫く横になっていた方がいいわ」
彼女はそう言うと、ユウの体を優しく寝かしつけてくれた。するといずみと青葉が心配そうにユウの顔を覗き込んできた。
「……私は催眠が解けても全然何ともなかったけど、やっぱり人によって違うんだね。ユウくん、大丈夫?」
「私も姉さんに催眠を掛けられた時に、同じようになりました。だからきっとユウも、直ぐにいつも通りになるはずです。……ユウ、心配いらないですよ?」
「え?青葉ちゃんも、催眠に掛かったことがあるの?」
はい、昔ちょっと…… と応えた青葉に、いずみが安心したように、ホッと胸を撫でおろしている。
「……よかった。私だけ催眠に掛かっちゃうのかと思ったよ」
「ふふっ、そんなことはないわ。条件さえ満たせば、誰だって催眠には掛かるのよ。だからそんなに心配しなくてもいいのよ、いずみちゃん」
「そうなんだ。それじゃあ青葉ちゃんも、私みたいに直ぐに催眠にかかったんだね」
「いいえ、私も最初はなかなか掛からなかったんです。それに初めて催眠状態になった後は、暫くはユウみたいに頭が痺れて上手く働かなかったんですよ」
「そ、そうなんだ…… それじゃあさ、何で私は直ぐに掛かっちゃったのかな?ねえ紅葉ちゃん、私だけ催眠が解けた後に何ともなかったのは何でなのかな?」
「ふ、不思議ね。いずみちゃんは…… きっとほら、催眠に掛かり易い性格なのね」
今にも泣き出しそうな顔のいずみに詰め寄られ、紅葉は困り顔だ。
「そんなことないもん。たまたま昨日は、掛かりやすかっただけだもん」
「そ、そうかもしれないわね。悪かったわ」
「……ねえ紅葉ちゃん。ひょっとして私って、本当に……なのかな?」
「そ、そんなことあるわけないわ。きっと偶々よ、たまたま…… ねえ青葉?」
「……私、思うんですけど。いずみちゃんは、いつも催眠に掛かっている様なものなのかもしれません。だからきっと、何ともないんじゃないでしょうか?」
きっと助け船を出してもらいたかったに違いなかったのに、しかしそこに掛けられたのはその場の雰囲気を荒らすような青葉の言葉だった。
「ひ、ひどいよ!青葉ちゃん、そんな言い方ひどいよ!」
「ふふっ、ねえ青葉?少しだけ、黙っていてくれなぁい?あなたはそろそろ、空気を読むという言葉を覚えたらどうかしら?」
そして、ついに泣き始めてしまったいずみを紅葉がまあまあと落ち着かせる事態となってしまった。
「……それより如月君、何か視えたの?」
いずみが落ち着きを取り戻した頃合いを見計らって、三人の会話を黙って聞いていたユウに紅葉が尋ねてきた。彼女たちの仲の良さを感じる漫才の様なやり取りを聞いている内に、頭の中は段々とスッキリしてきていた。
「……男の子が、視えました」
「男の子?」
三人が顔を見合わせている。彼女達からすれば、意外な言葉だったのかもしれない。
「ええ、この間、先生達の家に向かう途中にあった川辺の公園とよく似た場所でした。そこで俺は、男の子と遊んでいたんです」
「……どんな男の子なの?」
「ええ、と…… 1~2才位の子で、色白で薔薇色のほっぺをした天使みたいに可愛らしい子ですね」
「まあ!お話を聞いているだけでも可愛らしい子ね。その子が誰なのか、心当たりはある?」
ユウは心を落ち着かせて、先程の光景を思い出してみた。……風に優しく揺れていたモシャモシャのくせっ毛の下で、キラキラと輝いているつぶらな瞳をユウに向けてきたあの男の子の笑顔だ。
……俺、あの子を知ってる。
しかし思い出そうとすると、頭の芯が痺れた様に何も考えられなってしまう。
「……すみません思い出せません。でも、とても大切な人だった気がするんですよ」
俺は、あの子を知っている。
その証拠に、思い出そうとすると胸がこんなに苦しいじゃないか。
「……分かったわ。無理をさせてごめんなさい。私が今日、貴方に掛けた催眠のキーワードは『幸せ』よ。きっと貴方にとってその男の子は大切な人なのね」
ユウの肩に優しく手を置きながら、紅葉は言った。
「………………」
その後、シーンと室内の空気は静まり返った。ユウの神妙な雰囲気に、皆がみんな言葉が出てこなかったのだ。それからもう一つ、ある疑念が三人の脳裏に浮かんでいたのもこの静けさの理由の一つだろう。
「……ユウ。もしかして、子供がいるんですか?」
その重い空気を破る様に、青葉が口を開いた。そしてそれは、皆の頭の中を掠めている疑念でもあった。誰もが口にすることを躊躇っていた疑念だ。
「そ、そそ、そんな訳ないよ!だって私たち、まだ高校生だし……っ! あ、青葉ちゃんなに言ってるの?ねえユウくん、そんなことあるわけないよね?」
「ふふっ、そうよ青葉。あなたはまた何を突拍子のないことを言い出したのかしら?ほら…如月君に謝りなさい。いくら如月君が高校生にしては大人びているっていっても、まさか一児の父親だなんてことはないわよ。ねえ如月君、そうよね?」
その言葉を聞いてからの二人の反応は真逆のものだった。慌てふためくいずみと、逆に冷静さを保とうとする紅葉だ。しかしそんな二人に共通していたのは、言葉では責めてはいたが、心の中ではよくぞ聞いてくれましたと青葉を称賛していたことだ。
「……はあ?それは無いと思います。昔の写真を見ても彼女らしき人の写真は一枚も無かったし、妹に聞いた時も俺にそんな相手はいなかったって言ってましたよ?」
そしてユウから返ってきた答えは、その場にいた全員の胸をほっと撫で下ろさせるものだった。急に笑顔になったいずみに、同じ表情を浮かべた紅葉も同意している。
「ほ、ほらね!そんな訳ないんだから!きっと親戚の子とかなんだよね?」
「ふふっ、きっとそうね。ほら……如月君って、面倒見が良さそうだものね」
―――ガチャリ
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そんな時だった。リビングの扉がガチャリと開き、恐る恐るという様子でユメが顔を覗かせた。
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