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第二章 絆
第55話 10年前の記憶
しおりを挟む「まあまあ二人共、落ち着いて。それより依頼主は、先程帰ったところよ」
この場にいずみが居るので、名前の明言を避けて紅葉は言った。二人とは、水崎翔子と火東華衣のこと。ユウと青葉が呼び出しを受けている間に、二人はこのオカルト研究部に顔を出していたのだ。
「すみません、先生一人に任せてしまって。二人の様子は、どうでしたか?」
「二人共、もう大丈夫よ。すっかり、お守りの効果を信じて疑わなかったわ。もう二度と危険な行為は行わない様に窘めておいたから、馬鹿な行為も二度としないと思う」
「そうですか、良かったです。でも今回の件は、昨日俺達が会った女性の霊とは関係あったんですかね?」
「多分、関係ないと思う。もし彼女が憑りついていたなら、青葉が見落とす筈ないもの。依頼者の友人が視た女性の姿は、強いストレスが原因で幻覚を視たと考えるのが自然ね。効果があると思い込んでいるお守りを持った途端に、怪現象が起こらなくなったのが証拠でもある」
「そうですね。俺もそう思います」
そう応えながらも、ユウの顔は曇っていた。そんなユウの様子に気が付いた紅葉が声を掛けてきた。
「……彼女のこと、気になるのね?」
「……はい。あの時、俺は確かに彼女の記憶を視ましたから、他人事とは思えないんですよね」
苦い笑いを浮かべるユウに、優しい眼差しを送りながら紅葉が小さく溜息を付く。
「昨夜、貴方から提出されたレポートを読んで私なりに調べてみたんだけれど、この事件と彼女は関係あるんじゃないかしら?」
紅葉は鞄から何枚かの紙を取り出し、ユウに手渡した。それは新聞記事やインターネット記事をコピーした紙だった。10年前、あの団地で起こった女子高校生が刺殺された事件の記事。当時は全国で報道される程、世間を震撼とさせた事件である。
だがその記事に詳しく目を通すと、大人数での捜査も空しく結局は犯人の逮捕に至っていないではないか。
「……嘘だろ。あの犯人、まだ捕まっていないんですか!?」
記事の書かれた紙を両手で強く握りしめながら、ユウの声は震えている。
「可哀そうに、浮かばれなくて当然ね。……如月君、この彼女で間違いない?」
そして紅葉は、一枚の写真をユウに手渡した。
……間違いない。
それはユウが昨日視た、白い花柄ワンピースを着た女の子が笑顔で写っている写真だった。
「間違い、ないです」
「……そう。それからこの事件を調べていて、気になる事があったの。あの路線の周辺で、この10年の間に十件以上も若い女性が行方不明になっていたの。まだ同じ犯人と決まった訳じゃないけれど、悪い予感がするわね」
「あの男が、同じことを繰り返しているんですか!?」
その話を聞いて、ユウは怒りで全身の毛が逆立っていった。そしてそんなユウの様子を見つめていた紅葉が、一呼吸置いてから言う。
「如月君、落ち着いて。あくまで可能性の話よ。被害者の記憶を視たのだから気持ちは分かるけれど、引っ張られ過ぎては駄目。……冷静に、ね」
「……はい」
「私なりに、もう少し調べてみる。警察には、ちょっとしたツテがあるの。今、起こっている事件について聞いてみるわね。勿論、警察には守秘義務があるから、どこまで教えてもらえるか分からないけれど、それから考えましょう」
紅葉がユウの肩を優しくポンと叩き、元気づけるように微笑んでいる。確かに彼女の言う通りだった。今は、冷静にならなければいけないようだ。
「貴方は、犯人の顔をハッキリと視ているんでしょう?その記憶が必ず役に立つ時が来るから、それまでは決して無茶な行動をしては駄目よ?」
「……はい」
「ちょっと待ってよ!」
その時だ。黙って二人のやり取りを聞いていたいずみが、突然声を上げた。
「殺人とか行方不明とか、何でそんな危ない話になっているの!? 部の活動は私が口を挟むことじゃないけど、紅葉ちゃんもユウくんも何でそんな危ないことに関わろうとしているの!?」
今まで見たことがない怖い表情で、いずみが二人に詰め寄ってきた。
「いや、金森。これには事情がさ……」
「いずみで、いいって言ってるでしょ! ……どんな事情なの?それは紅葉ちゃんやユウくんを、危険な目に遭せてもいい程の事情なの!?」
目に涙を浮かべながら真剣に訴えてくるその言葉に、部屋がシーンと静まり返る。
「……ねえ、ユウくん。私、絶対に無茶しちゃ駄目だって言ったよね?私、ユウくんに危険なことをさせる為に、紅葉ちゃんに会わせたんじゃないんだよ? 私……紅葉ちゃんも、青葉ちゃんも、ユウくんも大好きなの。だから危ないことだけは止めて」
言葉が出なかった。いずみの言う通りだったからだ。
「……いずみちゃん、心配させてごめんね。本当にいずみちゃんの言う通り、絶対に危険な事はしないし、させないから安心して」
紅葉がいずみを宥めるように、抱きしめている。
「貴女には、昔から心配ばかり掛けているね。私たち姉妹がこうしていられるのも本当に貴女のお陰なのよ、いずみちゃん」
「感謝はいいよ、お互い様だから。でもいくら人助けだって言ったって、危険な事に首を突っ込んで二人とも優し過ぎだよ。ユウくんだって、絶対そういう人なんだから…… だけど無茶だけはしないって約束して、お願い」
紅葉に抱きしめられながら彼女が言った言葉に、ユウの胸はじんわりと温かくなってゆく。
「……いずみ。絶対、無茶なことはしないって俺も約束する。心配してくれて、本当にありがとう」
「うん! ユウくん、約束だよ!」
彼女の見せた笑顔を見つめながら、この人には絶対に敵わないなとユウは心の中で思っていた。
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