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第二章 絆

第51話 ……涙雨。

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 夢を見ていた。

 夕焼けに真っ赤に染まる公園で、小さな女の子が泣いている。

 黒いワンピースを着て、ストレートロングの黒髪の小さな女の子。


「どうしたの?迷子になっちゃった?」

 ユウは片膝を付いて、女の子の前にしゃがみ込んだ。

「……ううん。違うの」

 女の子が両手で目蓋を覆いながら首を横に振る。

「……哀しいの」

「どうして哀しいの?お兄ちゃんに話してごらんよ」

「分からない。でも哀しいの」

 また女の子は首を横に振る。

「そっか。じゃあ、お兄ちゃんが哀しくなくなるまで一緒にいてあげるよ」

「……本当?」

 女の子は涙を浮かべたまま、ユウの顔を見た。

「ああ、本当だ。一緒にいてあげる」

 ユウは優しく女の子の頭を撫でた。そして撫でながら、この子どこかで見たことあるな、と思った。

「うん!約束ね!」

 笑顔で応える女の子の顔に、ユウは確かに見覚えがあった。


 ……青葉先輩?

 年は違うが、目の前の女の子は確かに黒木青葉にそっくりだった。




 そこで、目が覚めた。

 
 ……ここは? 俺はどうしたんだっけ?

 
 視線を上げると、青葉と目が合った。彼女は夢の中と同じ様に泣きながら、ユウを心配そうに見つめている。でも目の前の彼女は、確かにユウの知っている高校生の青葉だった。

「……先輩? ここは? 俺はどうして?」

 ユウの質問に彼女は、無言で首を振った。堰を切ったように溢れ出した涙を振り払う様にイヤイヤと顔を振る姿は、まるで小さな女の子ようだ。
 首の下が温かい。温かくて柔らかい。そこでユウは自分が駅のベンチに横になりながら、彼女に膝枕をされていることに気が付いた。

 慌てて起き上がろうとしたが、体に力が入らずにまた膝の上に寝ころんでしまう。

「……すみません。なんだか力が入らなくて」

 また彼女は、黙って首を横に振った。

 優しくユウの頭を撫でながらも、彼女の涙は止まらない。彼女から溢れ落ちた涙が、いく粒もユウの顔に落ちてくる。

「……ねえ先輩、何で泣いているんですか?」

「……分から…ない…です」

 消え入りそうな声で、彼女が応える。

「俺のこと、心配してくれているんですか?俺なら、もう大丈夫ですから泣かないで下さい」

 今度は何度も頷く彼女、しかし涙は止まる様子はなかった。頭を撫でている手も止まらなかった。

 正直に言えば、ずっとこのままでいたい安心感を感じていたが、そういう訳にもいかない。 ……まるで、母親にあやされている小さな子供の気分だった。


「……でも良かったです。先輩、ちゃんと泣いているじゃないですか」

 震えながら何とか左手を彼女の顔まで持ち上げて、ユウはそっと涙を拭った。

 それに驚いたのか両目を大きくしている彼女。でも涙を拭われるままにしている彼女は、やはりさっきの小さな彼女と重なって見えた。





 その時、二人がいる向かい側のホームに下りの電車が到着した。その電車から何人もの人が降車してくる。そしてその中には、紅葉の姿もあった。

 走り去っていく電車を見送った後で、紅葉は向かいのホームから二人の姿を確認した。

「‥‥あらあら、二人は随分と仲良しになったのね。ふふっ、少し妬けるかも‥‥」

 独り言を呟きながらも、彼女の口元には笑みが浮んでいた。


 紅葉は青葉からの連絡を受けて、直ぐに電車へと飛び乗ったのだ。妹からの連絡で状況は把握していた。自分にも経験があるから分かるが、直に如月君も動ける様になるだろう。

 二人に向かう為に、ゆっくりと階段を登っていく。わざとゆっくりと歩いたのは、二人への気遣いっだったのかもしれない。


 ……それにしても、二人は案外隅に置けないのね。

 あんな目立つところで膝枕なんて、……ね。


 金森いずみが見たら、卒倒しそうな光景である。そういう自分も、何故か心中は穏やかではない。

 きっと…… 二人のあの姿は、多くの生徒や学校関係者に見られただろう。明日、二学年の生活指導をしている天野先生に呼び出しを受けるのは二人は覚悟しておかないといけない。

「……ふう。全く、うちの新入部員はモテモテね。先が思いやられるわ」

 自分の口から出た思わぬ言葉に、紅葉はまた一人微笑む。

 
 ……先が、あればだけれど。

 
 自分の失態だった。アミュレットの力を過信し過ぎたのだ。

 如月君に非が無いことは、十分に分かっている。彼を危険な目に遭わせてしまったのは自分なのだ。

 
 ……あんな恐怖に、耐えられる人なんている筈がないじゃない。

 分かっているでしょう、紅葉?

 ……彼を、せめてはダメよ。


 そんな考えが、紅葉の足取りを更に重くした。
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