44 / 100
第二章 絆
第44話 本能
しおりを挟む
私鉄のホームで一人、電車の到着を待つ。電車が到着するまでのあと少しの時間、頭に浮かぶのは先程の紅葉の笑顔。
……全く、あの人は何を考えているんだ?
メールアドレスのこといい、完全に彼女にからかわれているな、俺。
そんなことを考えながら、ユウは電車を待っていた。
これから乗る私鉄は地下を走っていて、途中から地上へと上がっていく。今、ユウが立っている駅はまだ地下を走っているエリアの中にあり、紅葉からの連絡によれば水崎と青葉を乗せた電車があと5分ほどでこの駅に到着するそうだ。ユウと青葉は、その電車内で合流する予定になっていた。
そうだ、今のうちに金森に連絡しておくか……
約束を思い出したユウは、金森いずみにSNSを送ることにした。
『ゴメン!部の用事で、急に外出することになった。今日は先に帰ってくれ』
すると直ぐに、彼女からの返信が入る。
『了!まだ怪我が完治してないんだから、くれぐれも無理は駄目だよ!』
しかしその文章とは裏腹に、怒こっているキャラクターまで一緒に送られてきて、また思わず笑ってしまった。
『了解だ。そっちこそ雨が結構降ってるから、帰り道は気を付けるんだぞ』
すると今度は、嬉しそうに”ありがとうございます”と言っているキャラクターに添えて、『そっちこそ、気を付けて。また後で連絡するね……』の言葉。
彼女の気遣いに感謝しつつ、ユウはスマホの画面を閉じた。
大きくポッカリと開いた穴の向こうから風が吹いてきた。その穴の先は、只々…まっ暗な闇。風に混じって、地下鉄特融の匂いが強くなった。マシン油と排気ガスが混じった、この独特な匂い。
嫌いな人もいるだろうが、ユウはこの匂いが好きだった。何故かは分からないが、この匂いを嗅ぐと新聞紙のインクの匂いを思い出す。久しぶりに嗅いだこの匂いは、ユウを少しだけ幸せな気分にさせた。
今度は暗闇の向こうから、金属と金属の擦れ合う音が聞こえてきた。そしてその音は段々と大きくなっていく。…直に、電車がこの駅に入ってくる。
ユウは近くの柱の陰に隠れて、電車が到着するのを待った。紅葉からの連絡によれば、水崎は2号車、青葉は3号車に乗車しているそうだ。
先程の部室での紅葉との会話を思い出し、ユウの緊張感は膨れ上がっていった。自分に何が出来るか分からないが、取り返しの付かない事態だけは防ぎたかった。
そのまま1分ほど待っていると、大きな音と共に電車が駅に入ってきた。キーというブレーキ音と共に、電車が減速していく。そして停止したのと同時にドアの開く音。ユウは柱の陰から、スッと車両に向かって歩き出した。
男性駅員の電車到着を告げるアナウンスを聞きながら、ユウは自分の乗る車両が間違いなく3号車である事を確認しながら、開いたままの扉に向かった。どうやらその扉からこの駅に降車する人はいないらく、そのまま乗り込む。
帰宅ラッシュには、まだ少し早い時間帯だ。車内は、あまり混み合ってはいない。左右を見回すと、2号車と3号車を繋ぐ扉の近くに青葉らしき姿を見つけて、近付いていく。
「……黒木先輩、どんな様子ですか?」
向かいの席に座りながら、ユウは青葉に声を掛けた。彼女はチラリとユウを見てから、その質問に応えた。
「駅で二人の人と合流して、今は三人で行動してます。多分、一緒に儀式を行った二人だと思います。先程、姉さんから貰ったお守りを渡していましたから…」
そっと後ろを確認すると、なるほど三人でなにやら楽しげに話し込んでいる。それぞれ別の高校の制服を着ているが、その内の一人は左手を肩から吊るしていて怪我をしている様子だ。きっと彼女が骨折をしたという友人なのだろう。
「あの二人から、何か感じますか?」
青葉に向き直り、気になっていた事を聞いてみた。その質問に彼女は、首を横にふりながら、何も感じないですと応えた。
確かにユウも、あの二人からは何も禍々しいものは感じなかった。もっとも自分に、そんなことを感じる能力が、あるのかも分からないのだが。
……だとするとやはり、悪霊が憑りついているとすれば火東華衣なのか。
「先輩はどう思います?今回の件、悪霊が関わっていると思いますか?」
ユウは、素直に聞いてみることにした。色々考えていても仕方がないのだ、何せ自分は間違いなくこの手のことには素人で、目の前にいる彼女は玄人なのだろうから。
「……さあ? 興味ないです」
「え?」
「あの人達に何か憑りついていようがいまいが、関係ないですよ?だって知らない人達ですから。私は視えたり感じた事を、そのまま姉さんに報告するだけです」
無表情のまま、彼女はそう言った。そしてユウはその言葉を受けて、口を噤むしかなかった。確かに彼女の言っことは、その通りだからだ。
ユウは、推し量りかねている。今、目の前に座っているこの美し過ぎる人は、その言葉通りの冷たい感情の無い人なのだろうか?
……いや違う。この人は、それだけの人じゃない筈だ。
それじゃなければ金森や紅葉にだけ見せる、あの顔の彼女は一体誰なんだ?
ユウが押し黙っていると、驚いたことに彼女が話し始めた。
「でも、もしソイツが私達に何かしてきたら……」
しかしそこまで話して彼女は、口を閉ざしてしまう。
「してきたら…… 先輩は、どうするんですか?」
頸の辺りにピリピリとした何かを感じながら、ユウは彼女に続きを促していた。
「消えて、もらいます」
そしてピリピリと感じていた何かは、彼女のその言葉を聞いた瞬間にぞわりとした悪寒に変わった。一瞬で全身の毛穴が、恐ろしさに粟立つ。
……やはり、やはりだ。
この女は、何か得体の知れない存在だ。
この女には、これ以上は絶対に関わるんじゃない。
ユウの思いとは別に、本能が彼女に関わってはいけないと告げている。
……全く、あの人は何を考えているんだ?
メールアドレスのこといい、完全に彼女にからかわれているな、俺。
そんなことを考えながら、ユウは電車を待っていた。
これから乗る私鉄は地下を走っていて、途中から地上へと上がっていく。今、ユウが立っている駅はまだ地下を走っているエリアの中にあり、紅葉からの連絡によれば水崎と青葉を乗せた電車があと5分ほどでこの駅に到着するそうだ。ユウと青葉は、その電車内で合流する予定になっていた。
そうだ、今のうちに金森に連絡しておくか……
約束を思い出したユウは、金森いずみにSNSを送ることにした。
『ゴメン!部の用事で、急に外出することになった。今日は先に帰ってくれ』
すると直ぐに、彼女からの返信が入る。
『了!まだ怪我が完治してないんだから、くれぐれも無理は駄目だよ!』
しかしその文章とは裏腹に、怒こっているキャラクターまで一緒に送られてきて、また思わず笑ってしまった。
『了解だ。そっちこそ雨が結構降ってるから、帰り道は気を付けるんだぞ』
すると今度は、嬉しそうに”ありがとうございます”と言っているキャラクターに添えて、『そっちこそ、気を付けて。また後で連絡するね……』の言葉。
彼女の気遣いに感謝しつつ、ユウはスマホの画面を閉じた。
大きくポッカリと開いた穴の向こうから風が吹いてきた。その穴の先は、只々…まっ暗な闇。風に混じって、地下鉄特融の匂いが強くなった。マシン油と排気ガスが混じった、この独特な匂い。
嫌いな人もいるだろうが、ユウはこの匂いが好きだった。何故かは分からないが、この匂いを嗅ぐと新聞紙のインクの匂いを思い出す。久しぶりに嗅いだこの匂いは、ユウを少しだけ幸せな気分にさせた。
今度は暗闇の向こうから、金属と金属の擦れ合う音が聞こえてきた。そしてその音は段々と大きくなっていく。…直に、電車がこの駅に入ってくる。
ユウは近くの柱の陰に隠れて、電車が到着するのを待った。紅葉からの連絡によれば、水崎は2号車、青葉は3号車に乗車しているそうだ。
先程の部室での紅葉との会話を思い出し、ユウの緊張感は膨れ上がっていった。自分に何が出来るか分からないが、取り返しの付かない事態だけは防ぎたかった。
そのまま1分ほど待っていると、大きな音と共に電車が駅に入ってきた。キーというブレーキ音と共に、電車が減速していく。そして停止したのと同時にドアの開く音。ユウは柱の陰から、スッと車両に向かって歩き出した。
男性駅員の電車到着を告げるアナウンスを聞きながら、ユウは自分の乗る車両が間違いなく3号車である事を確認しながら、開いたままの扉に向かった。どうやらその扉からこの駅に降車する人はいないらく、そのまま乗り込む。
帰宅ラッシュには、まだ少し早い時間帯だ。車内は、あまり混み合ってはいない。左右を見回すと、2号車と3号車を繋ぐ扉の近くに青葉らしき姿を見つけて、近付いていく。
「……黒木先輩、どんな様子ですか?」
向かいの席に座りながら、ユウは青葉に声を掛けた。彼女はチラリとユウを見てから、その質問に応えた。
「駅で二人の人と合流して、今は三人で行動してます。多分、一緒に儀式を行った二人だと思います。先程、姉さんから貰ったお守りを渡していましたから…」
そっと後ろを確認すると、なるほど三人でなにやら楽しげに話し込んでいる。それぞれ別の高校の制服を着ているが、その内の一人は左手を肩から吊るしていて怪我をしている様子だ。きっと彼女が骨折をしたという友人なのだろう。
「あの二人から、何か感じますか?」
青葉に向き直り、気になっていた事を聞いてみた。その質問に彼女は、首を横にふりながら、何も感じないですと応えた。
確かにユウも、あの二人からは何も禍々しいものは感じなかった。もっとも自分に、そんなことを感じる能力が、あるのかも分からないのだが。
……だとするとやはり、悪霊が憑りついているとすれば火東華衣なのか。
「先輩はどう思います?今回の件、悪霊が関わっていると思いますか?」
ユウは、素直に聞いてみることにした。色々考えていても仕方がないのだ、何せ自分は間違いなくこの手のことには素人で、目の前にいる彼女は玄人なのだろうから。
「……さあ? 興味ないです」
「え?」
「あの人達に何か憑りついていようがいまいが、関係ないですよ?だって知らない人達ですから。私は視えたり感じた事を、そのまま姉さんに報告するだけです」
無表情のまま、彼女はそう言った。そしてユウはその言葉を受けて、口を噤むしかなかった。確かに彼女の言っことは、その通りだからだ。
ユウは、推し量りかねている。今、目の前に座っているこの美し過ぎる人は、その言葉通りの冷たい感情の無い人なのだろうか?
……いや違う。この人は、それだけの人じゃない筈だ。
それじゃなければ金森や紅葉にだけ見せる、あの顔の彼女は一体誰なんだ?
ユウが押し黙っていると、驚いたことに彼女が話し始めた。
「でも、もしソイツが私達に何かしてきたら……」
しかしそこまで話して彼女は、口を閉ざしてしまう。
「してきたら…… 先輩は、どうするんですか?」
頸の辺りにピリピリとした何かを感じながら、ユウは彼女に続きを促していた。
「消えて、もらいます」
そしてピリピリと感じていた何かは、彼女のその言葉を聞いた瞬間にぞわりとした悪寒に変わった。一瞬で全身の毛穴が、恐ろしさに粟立つ。
……やはり、やはりだ。
この女は、何か得体の知れない存在だ。
この女には、これ以上は絶対に関わるんじゃない。
ユウの思いとは別に、本能が彼女に関わってはいけないと告げている。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
坊主頭の絆:学校を変えた一歩【シリーズ】
S.H.L
青春
高校生のあかりとユイは、学校を襲う謎の病に立ち向かうため、伝説に基づく古い儀式に従い、坊主頭になる決断をします。この一見小さな行動は、学校全体に大きな影響を与え、生徒や教職員の間で新しい絆と理解を生み出します。
物語は、あかりとユイが学校の秘密を解き明かし、新しい伝統を築く過程を追いながら、彼女たちの内面の成長と変革の旅を描きます。彼女たちの行動は、生徒たちにインスピレーションを与え、更には教師にも影響を及ぼし、伝統的な教育コミュニティに新たな風を吹き込みます。
普通の男子高校生である俺の日常は、どうやら美少女が絶対につきものらしいです。~どうやら現実は思ったよりも俺に優しいようでした~
サチ
青春
普通の男子高校生だと自称する高校2年生の鏡坂刻。彼はある日ふとした出会いをきっかけにPhotoClubなる部活に入部することになる。そこには学校一の美女や幼馴染達がいて、それまでの学校生活とは一転した生活に変わっていく。
これは普通の高校生が送る、日常ラブコメディである。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
全体的にどうしようもない高校生日記
天平 楓
青春
ある年の春、高校生になった僕、金沢籘華(かなざわとうか)は念願の玉津高校に入学することができた。そこで出会ったのは中学時代からの友人北見奏輝と喜多方楓の二人。喜多方のどうしようもない性格に奔放されつつも、北見の秘められた性格、そして自身では気づくことのなかった能力に気づいていき…。
ブラックジョーク要素が含まれていますが、決して特定の民族並びに集団を侮蔑、攻撃、または礼賛する意図はありません。
乙男女じぇねれーしょん
ムラハチ
青春
見知らぬ街でセーラー服を着るはめになったほぼニートのおじさんが、『乙男女《おつとめ》じぇねれーしょん』というアイドルグループに加入し、神戸を舞台に事件に巻き込まれながらトップアイドルを目指す青春群像劇! 怪しいおじさん達の周りで巻き起こる少女誘拐事件、そして消えた3億円の行方は……。
小説家になろうは現在休止中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる