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第一章 出逢い
第38話 ・・奈落。
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「・・貴方は、本当にイヌさんと話せるのね。ねえ、この子は何を話しているの?」
「お兄ちゃん逃げるなんてひどいよ!せっかくお話出来たのに!」
ユウは何故か正座をさせられ、二人から攻められていた。
「ねえ如月君。この子は今、何て言っているの?」
「え、えーとですね。折角、話せたのに逃げるなんて酷いと、仰っておられます」
「そう・・ 他には何て?」
「他ですか?ああ確か、俺とは話せる気がしていたんだそうです」
「もう、お兄ちゃん!紅葉とばっかり話してないで早く抱いてよ!これ以上待たせるなら、さっきお兄ちゃんが紅葉に抱いてって言われたと勘違いしてドギマギしてたこと、青葉に言いつけるから!」
「ちょっ!ちょっと待って下さい!それだけは許して下さい!抱っこしますから!」
イヌさんに脅され、ユウが慌てて抱き上げると・・
「そうそう、これこれこれなの! あー気持ちいい・・ もう最初から、こうしてくれればいいのに。お兄ちゃん、いっけないんだぁ~♡」
と、ユウの腕の中でイヌさんはご満悦な様子だ。
「・・さっきから二人で何の話をしているの?私にも話の内容を教えてよ」
「え、っとですね・・」
その様子を見ていた紅葉が訝し気な顔で絶対に話したくないイヌさんとの会話の内容を尋ねてきたが、もちろん教える訳にはいかない。
その時、ガチャリと背中で扉が開く音がした。
「・・姉さんに抱いてと言われて、その人が性的に興奮した話をしています」
・・・最悪だ。
最悪だった。絶対に聞かれたくない話を、絶対に聞かれたくない奴に聞かれてしまった。背中から聞こえた青葉の冷たい声に、ユウは奈落の底に突き落とされた気持ちになった。
「・・?そうなの? 私、そんなこと言ったかしら? ふふっでも如月君は、私にそんなことを思ってくれていたのね。それならそうと、ちゃんと話してくれればいいのに。 ・・ねえ如月君。 如月君は、私とどうしたいの?」
そして目の前の彼女が、小悪魔の笑みを浮かべ始める。このままではこの人の悪戯心を完全に刺激してしまう。そう考えたユウは、慌てて弁解を試みたのだが・・
「いやいや、違うんですよ先生!誤解ですって!」
「・・誤解?じゃあ如月君は、私に抱いてと言われても興奮しないってこと?」
紅葉の瞳が怪しい光を放っている。・・どうやら自分はもう、彼女の仕掛けた踏み込んではいけない地雷地帯に踏み込んでしまっているんじゃないのだろうか?
「・・残念。 貴方にとって私は、女性として魅力的じゃないのね」
何を、言い出したんだ?この人は・・
「いや!いや違いました!思い返したら俺、すごく興奮してました!・・いやいやちょっと待って下さい!そういうことじゃなくて・・!」
「如月くん・・そんなの、嘘だよね?」
そして金森いずみの泣きだしそうな声が背中から聞こえた時に、如月ユウはこの奈落の底には、まだまだ深い底があるのだと知った。
結局、誤解を解くのに、かなりの時間を要した。金森の顔にいつもの笑顔が戻った時、ユウは心底ホッとしたものだ。一方の紅葉は面白くない顔をしていたが、よしとする。・・一体、あの人は何がしたいのだろうか?
「まだまだ分からないことばかりだけど、少なくとも妹が精神疾患を患っていないのだけは分かったわ。イヌさんと話していることに関しては、私は妹が統合失調症を患っている可能性もあると考えていたの。でも貴方もイヌさんの声が聞けるのなら、要因はもっと別の何かなのね」
帰り際に二人になったタイミングで、紅葉に話し掛けられた言葉を思い出す。
土手沿いの道を一人歩きながら、ユウは暮れゆく景色の中を帰路に着いていた。山の向こうに先程隠れた夕日が、山の輪郭をくっきりと浮かび上がらせている。日の落ちた辺りの空は白藍色をしていたが、東に行くほど濃い藍色になり光の強い星はチラホラと姿を見せ始めた。
昼と夜の境にいるのが、一目で分かる空。早朝と同じくらい、好きな時間帯だ。
「・・不思議な一日だったよな」
と、独り言を呟く。 ・・本当に不思議な一日だった。
金森と二人で観た、大きくて優しいポプラの木。沢山の花や木に囲まれた勿忘草色をした家とそこで出会った優しそうな金森のご両親。・・そして、お寺に住む一癖も二癖もある姉妹と、最後には言葉をしゃべる犬ときたものだ。
一日に色々あり過ぎてユウにはどう表現していいか分からなかったが、不思議という言葉が一番しっくりきた。
家に帰ったら、ユメに何から話そうか。そんなことを考えながらユウは歩を進める。
夜の帳が下りつつあり段々と顔の表情は見えにくくなってはいたが、ユウの口元には確かに笑みが浮かんでいた。
「お兄ちゃん逃げるなんてひどいよ!せっかくお話出来たのに!」
ユウは何故か正座をさせられ、二人から攻められていた。
「ねえ如月君。この子は今、何て言っているの?」
「え、えーとですね。折角、話せたのに逃げるなんて酷いと、仰っておられます」
「そう・・ 他には何て?」
「他ですか?ああ確か、俺とは話せる気がしていたんだそうです」
「もう、お兄ちゃん!紅葉とばっかり話してないで早く抱いてよ!これ以上待たせるなら、さっきお兄ちゃんが紅葉に抱いてって言われたと勘違いしてドギマギしてたこと、青葉に言いつけるから!」
「ちょっ!ちょっと待って下さい!それだけは許して下さい!抱っこしますから!」
イヌさんに脅され、ユウが慌てて抱き上げると・・
「そうそう、これこれこれなの! あー気持ちいい・・ もう最初から、こうしてくれればいいのに。お兄ちゃん、いっけないんだぁ~♡」
と、ユウの腕の中でイヌさんはご満悦な様子だ。
「・・さっきから二人で何の話をしているの?私にも話の内容を教えてよ」
「え、っとですね・・」
その様子を見ていた紅葉が訝し気な顔で絶対に話したくないイヌさんとの会話の内容を尋ねてきたが、もちろん教える訳にはいかない。
その時、ガチャリと背中で扉が開く音がした。
「・・姉さんに抱いてと言われて、その人が性的に興奮した話をしています」
・・・最悪だ。
最悪だった。絶対に聞かれたくない話を、絶対に聞かれたくない奴に聞かれてしまった。背中から聞こえた青葉の冷たい声に、ユウは奈落の底に突き落とされた気持ちになった。
「・・?そうなの? 私、そんなこと言ったかしら? ふふっでも如月君は、私にそんなことを思ってくれていたのね。それならそうと、ちゃんと話してくれればいいのに。 ・・ねえ如月君。 如月君は、私とどうしたいの?」
そして目の前の彼女が、小悪魔の笑みを浮かべ始める。このままではこの人の悪戯心を完全に刺激してしまう。そう考えたユウは、慌てて弁解を試みたのだが・・
「いやいや、違うんですよ先生!誤解ですって!」
「・・誤解?じゃあ如月君は、私に抱いてと言われても興奮しないってこと?」
紅葉の瞳が怪しい光を放っている。・・どうやら自分はもう、彼女の仕掛けた踏み込んではいけない地雷地帯に踏み込んでしまっているんじゃないのだろうか?
「・・残念。 貴方にとって私は、女性として魅力的じゃないのね」
何を、言い出したんだ?この人は・・
「いや!いや違いました!思い返したら俺、すごく興奮してました!・・いやいやちょっと待って下さい!そういうことじゃなくて・・!」
「如月くん・・そんなの、嘘だよね?」
そして金森いずみの泣きだしそうな声が背中から聞こえた時に、如月ユウはこの奈落の底には、まだまだ深い底があるのだと知った。
結局、誤解を解くのに、かなりの時間を要した。金森の顔にいつもの笑顔が戻った時、ユウは心底ホッとしたものだ。一方の紅葉は面白くない顔をしていたが、よしとする。・・一体、あの人は何がしたいのだろうか?
「まだまだ分からないことばかりだけど、少なくとも妹が精神疾患を患っていないのだけは分かったわ。イヌさんと話していることに関しては、私は妹が統合失調症を患っている可能性もあると考えていたの。でも貴方もイヌさんの声が聞けるのなら、要因はもっと別の何かなのね」
帰り際に二人になったタイミングで、紅葉に話し掛けられた言葉を思い出す。
土手沿いの道を一人歩きながら、ユウは暮れゆく景色の中を帰路に着いていた。山の向こうに先程隠れた夕日が、山の輪郭をくっきりと浮かび上がらせている。日の落ちた辺りの空は白藍色をしていたが、東に行くほど濃い藍色になり光の強い星はチラホラと姿を見せ始めた。
昼と夜の境にいるのが、一目で分かる空。早朝と同じくらい、好きな時間帯だ。
「・・不思議な一日だったよな」
と、独り言を呟く。 ・・本当に不思議な一日だった。
金森と二人で観た、大きくて優しいポプラの木。沢山の花や木に囲まれた勿忘草色をした家とそこで出会った優しそうな金森のご両親。・・そして、お寺に住む一癖も二癖もある姉妹と、最後には言葉をしゃべる犬ときたものだ。
一日に色々あり過ぎてユウにはどう表現していいか分からなかったが、不思議という言葉が一番しっくりきた。
家に帰ったら、ユメに何から話そうか。そんなことを考えながらユウは歩を進める。
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