19 / 100
第一章 出逢い
第19話 覚悟
しおりを挟む
「如月君。さっき私が言った通り、貴方は強い人よ。でも、どんなに強くても絶対に耐えられる事ではないし、あまりにも危険だわ」
「・・じゃあ、記憶を戻す方法はないんですか?」
「方法は一つだけある」
思わぬ応えに、ユウは思わず顔を上げた。
「いずみちゃんの時の話を覚えてる?私が車というキーワードから事故の記憶を切り離したこと。
あの時と同じ様に一つの言葉に絞って、少しずつ記憶を取り戻していく方法。一つの言葉で思い出した事を一つ一つ実際に経験したことなのか、ただの情報なのか整理していくの」
なるほど・・確かにその方法なら、無理なく記憶を思い出していけるかもしれない。
「でも、その方法にも問題はあるわ。先程、話した最悪の状況にならない様に出来るだけ小さいキーワードに絞って、細心の注意を払いながら催眠を行わなければならないから、それには膨大な時間が必要なの。だてキーワードが、あまりにも多過ぎるもの。それに・・」
「・・それに、なんですか?」
ユウは正直な気持ちを言えば、話を聞いている内に心が折れかけていた。・・これ以上、何も聞きたくない。でも今の自分に出来る事は全てを聞き、そしてその上で今後すべきことを落ち着いて考えていく事だけだろう。
「それに催眠を掛ける人が、貴方にとって本当に信頼出来る人でなければならない」
・・どういう事だろう?
「催眠では先程、話した様に、完全に記憶を消す事は出来ない。そして経験していない事柄を作り出すことも出来ない。あたかも本当にあった出来事の様に思わせることは出来るかもしれないけれど、あくまでも経験ではなくて情報として刷り込むだけよ。けれど、記憶を曲げることは出来るわ」
「曲げる、ですか?」
「そうよ。例えば如月君に記憶を失う前にお付き合いしていた人がいたとして、その人のことを本当に愛していたとする。・・その相手と私を、すり替えることが出来るってこと」
隣で金森が、ガタッと音を立てた。
「・・いずみちゃん。あくまで例えよ」
「分かってます!紅葉ちゃんは、そんなことしないし・・ 如月くんにだって、そんな人・・」
金森がチラッとユウを見た。だが今のユウには、金森のそんな様子に気が付くほど余裕はなかった。
「つまり催眠を行う人の都合よく、思い出をすり替えることが出来てしまうってことですか?」
「そうね。人の記憶は、とてもアヤフヤなものなの。記憶違いや、記憶を自分自身で変えてしまうことは誰にでもあるでしょう?人は自分にとって都合の悪い記憶をねじ曲げて、都合よく置き換えたりもする。それを他人が行うことも、もちろん出来る」
黒木先輩は、そこで小さく溜息をついた。
「だから・・ だからね、如月君。貴方に催眠を行う人は、貴方にとって本当に信頼出来る人でないといけないの。私は貴方にとって、そこまで信頼出来る人かしら?
私に貴方の人生を、預ける覚悟はある?」
また部屋を沈黙が包み込んだ。
何と答えていいかユウが分からずにいると、先に沈黙を破ったのは黒木先輩だった。
「・・ズルい言い方だったわね。正直に言えば覚悟がないのは私の方なの。私には貴方の人生を預かる覚悟がない。
もし催眠に失敗して貴方を最悪の状態にしてしまったら、どうやっても責任はとれないし、自分を許すことは出来ないと思うわ」
ユウも金森も、もう何も言葉が出てこなかった。・・確かに、先輩の言う通りだ。
催眠療法を行ってもらうにはお互いに対する信頼関係が必要で、お互いが長い時間と大きなリスクを伴うのだ。
「・・先輩、充分に理解出来ました。無理なお願いをして、本当に申し訳ありませんでした。今日、初めてお会いしたのに信じてもらえないと思いますが、俺はお話をお聞きしていて、黒木先輩は信頼出来る人だと感じました。
でも先輩に、そんなに大きなリスクを背負ってもらう訳にはいかないです。ですから、どうか今の話は忘れて下さい」
そう言って、ユウは深々と頭を下げた。
「・・それに普通に生活しているうちに、自然に少しづつ記憶が戻っていくかもしれませんしね」
そしてユウは、ニッコリと笑顔を浮かべた。もちろんそれは強がりで浮かべた笑顔だ。でもこれ以上、この人を困らせる訳にはいかなかった。
「黒木先輩、今日は時間を頂いて本当にありがとうございました。後は自分で何とかしてみます」
椅子から立ち上がって退室しようとするユウに、待って、如月くん!と、金森も慌てて後を追い掛けてくる。だが扉まであと数歩という処で、黒木先輩の声が如月ユウを立ち止まらせた。
「・・待ちなさい如月君。まだ話は終わってないわ」
ユウはゆっくりと振り向き、黒木紅葉の次の言葉を待つ。
「貴方、この部に入部する気はない?」
「・・じゃあ、記憶を戻す方法はないんですか?」
「方法は一つだけある」
思わぬ応えに、ユウは思わず顔を上げた。
「いずみちゃんの時の話を覚えてる?私が車というキーワードから事故の記憶を切り離したこと。
あの時と同じ様に一つの言葉に絞って、少しずつ記憶を取り戻していく方法。一つの言葉で思い出した事を一つ一つ実際に経験したことなのか、ただの情報なのか整理していくの」
なるほど・・確かにその方法なら、無理なく記憶を思い出していけるかもしれない。
「でも、その方法にも問題はあるわ。先程、話した最悪の状況にならない様に出来るだけ小さいキーワードに絞って、細心の注意を払いながら催眠を行わなければならないから、それには膨大な時間が必要なの。だてキーワードが、あまりにも多過ぎるもの。それに・・」
「・・それに、なんですか?」
ユウは正直な気持ちを言えば、話を聞いている内に心が折れかけていた。・・これ以上、何も聞きたくない。でも今の自分に出来る事は全てを聞き、そしてその上で今後すべきことを落ち着いて考えていく事だけだろう。
「それに催眠を掛ける人が、貴方にとって本当に信頼出来る人でなければならない」
・・どういう事だろう?
「催眠では先程、話した様に、完全に記憶を消す事は出来ない。そして経験していない事柄を作り出すことも出来ない。あたかも本当にあった出来事の様に思わせることは出来るかもしれないけれど、あくまでも経験ではなくて情報として刷り込むだけよ。けれど、記憶を曲げることは出来るわ」
「曲げる、ですか?」
「そうよ。例えば如月君に記憶を失う前にお付き合いしていた人がいたとして、その人のことを本当に愛していたとする。・・その相手と私を、すり替えることが出来るってこと」
隣で金森が、ガタッと音を立てた。
「・・いずみちゃん。あくまで例えよ」
「分かってます!紅葉ちゃんは、そんなことしないし・・ 如月くんにだって、そんな人・・」
金森がチラッとユウを見た。だが今のユウには、金森のそんな様子に気が付くほど余裕はなかった。
「つまり催眠を行う人の都合よく、思い出をすり替えることが出来てしまうってことですか?」
「そうね。人の記憶は、とてもアヤフヤなものなの。記憶違いや、記憶を自分自身で変えてしまうことは誰にでもあるでしょう?人は自分にとって都合の悪い記憶をねじ曲げて、都合よく置き換えたりもする。それを他人が行うことも、もちろん出来る」
黒木先輩は、そこで小さく溜息をついた。
「だから・・ だからね、如月君。貴方に催眠を行う人は、貴方にとって本当に信頼出来る人でないといけないの。私は貴方にとって、そこまで信頼出来る人かしら?
私に貴方の人生を、預ける覚悟はある?」
また部屋を沈黙が包み込んだ。
何と答えていいかユウが分からずにいると、先に沈黙を破ったのは黒木先輩だった。
「・・ズルい言い方だったわね。正直に言えば覚悟がないのは私の方なの。私には貴方の人生を預かる覚悟がない。
もし催眠に失敗して貴方を最悪の状態にしてしまったら、どうやっても責任はとれないし、自分を許すことは出来ないと思うわ」
ユウも金森も、もう何も言葉が出てこなかった。・・確かに、先輩の言う通りだ。
催眠療法を行ってもらうにはお互いに対する信頼関係が必要で、お互いが長い時間と大きなリスクを伴うのだ。
「・・先輩、充分に理解出来ました。無理なお願いをして、本当に申し訳ありませんでした。今日、初めてお会いしたのに信じてもらえないと思いますが、俺はお話をお聞きしていて、黒木先輩は信頼出来る人だと感じました。
でも先輩に、そんなに大きなリスクを背負ってもらう訳にはいかないです。ですから、どうか今の話は忘れて下さい」
そう言って、ユウは深々と頭を下げた。
「・・それに普通に生活しているうちに、自然に少しづつ記憶が戻っていくかもしれませんしね」
そしてユウは、ニッコリと笑顔を浮かべた。もちろんそれは強がりで浮かべた笑顔だ。でもこれ以上、この人を困らせる訳にはいかなかった。
「黒木先輩、今日は時間を頂いて本当にありがとうございました。後は自分で何とかしてみます」
椅子から立ち上がって退室しようとするユウに、待って、如月くん!と、金森も慌てて後を追い掛けてくる。だが扉まであと数歩という処で、黒木先輩の声が如月ユウを立ち止まらせた。
「・・待ちなさい如月君。まだ話は終わってないわ」
ユウはゆっくりと振り向き、黒木紅葉の次の言葉を待つ。
「貴方、この部に入部する気はない?」
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
おてんばプロレスの女神たち ~男子で、女子大生で、女子プロレスラーのジュリーという生き方~
ちひろ
青春
おてんば女子大学初の“男子の女子大生”ジュリー。憧れの大学生活では想定外のジレンマを抱えながらも、涼子先輩が立ち上げた女子プロレスごっこ団体・おてんばプロレスで開花し、地元のプロレスファン(特にオッさん連中!)をとりこに。青春派プロレスノベル「おてんばプロレスの女神たち」のアナザーストーリー。
M性に目覚めた若かりしころの思い出
kazu106
青春
わたし自身が生涯の性癖として持ち合わせるM性について、それをはじめて自覚した中学時代の体験になります。歳を重ねた者の、人生の回顧録のひとつとして、読んでいただけましたら幸いです。
一部、フィクションも交えながら、述べさせていただいてます。フィクション/ノンフィクションの境界は、読んでくださった方の想像におまかせいたします。
努力の方向性
鈴ノ本 正秋
青春
小学校の卒業式。卒業生として壇上に立った少年、若林透真は「プロサッカー選手になる」と高らかに宣言した。そして、中学校のサッカー部で活躍し、プロのサッカーチームのユースにスカウトされることを考えていた。進学した公立の中学校であったが、前回大会で県ベスト8まで出ている強豪だ。そこで苦悩しながらも、成長していく物語。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる