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第一章 出逢い

第19話 覚悟

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「如月君。さっき私が言った通り、貴方は強い人よ。でも、どんなに強くても絶対に耐えられる事ではないし、あまりにも危険だわ」

「・・じゃあ、記憶を戻す方法はないんですか?」

「方法は一つだけある」

思わぬ応えに、ユウは思わず顔を上げた。

「いずみちゃんの時の話を覚えてる?私が車というキーワードから事故の記憶を切り離したこと。
あの時と同じ様に一つの言葉に絞って、少しずつ記憶を取り戻していく方法。一つの言葉で思い出した事を一つ一つ実際に経験したことなのか、ただの情報なのか整理していくの」

なるほど・・確かにその方法なら、無理なく記憶を思い出していけるかもしれない。

「でも、その方法にも問題はあるわ。先程、話した最悪の状況にならない様に出来るだけ小さいキーワードに絞って、細心の注意を払いながら催眠を行わなければならないから、それには膨大な時間が必要なの。だてキーワードが、あまりにも多過ぎるもの。それに・・」

「・・それに、なんですか?」

ユウは正直な気持ちを言えば、話を聞いている内に心が折れかけていた。・・これ以上、何も聞きたくない。でも今の自分に出来る事は全てを聞き、そしてその上で今後すべきことを落ち着いて考えていく事だけだろう。

「それに催眠を掛ける人が、貴方にとって本当に信頼出来る人でなければならない」

・・どういう事だろう?

「催眠では先程、話した様に、完全に記憶を消す事は出来ない。そして経験していない事柄を作り出すことも出来ない。あたかも本当にあった出来事の様に思わせることは出来るかもしれないけれど、あくまでも経験ではなくて情報として刷り込むだけよ。けれど、記憶を曲げることは出来るわ」

「曲げる、ですか?」

「そうよ。例えば如月君に記憶を失う前にお付き合いしていた人がいたとして、その人のことを本当に愛していたとする。・・その相手と私を、すり替えることが出来るってこと」

隣で金森が、ガタッと音を立てた。

「・・いずみちゃん。あくまで例えよ」

「分かってます!紅葉ちゃんは、そんなことしないし・・ 如月くんにだって、そんな人・・」

金森がチラッとユウを見た。だが今のユウには、金森のそんな様子に気が付くほど余裕はなかった。

「つまり催眠を行う人の都合よく、思い出をすり替えることが出来てしまうってことですか?」

「そうね。人の記憶は、とてもアヤフヤなものなの。記憶違いや、記憶を自分自身で変えてしまうことは誰にでもあるでしょう?人は自分にとって都合の悪い記憶をねじ曲げて、都合よく置き換えたりもする。それを他人が行うことも、もちろん出来る」

黒木先輩は、そこで小さく溜息をついた。

「だから・・ だからね、如月君。貴方に催眠を行う人は、貴方にとって本当に信頼出来る人でないといけないの。私は貴方にとって、そこまで信頼出来る人かしら?
私に貴方の人生を、預ける覚悟はある?」

また部屋を沈黙が包み込んだ。

何と答えていいかユウが分からずにいると、先に沈黙を破ったのは黒木先輩だった。

「・・ズルい言い方だったわね。正直に言えば覚悟がないのは私の方なの。私には貴方の人生を預かる覚悟がない。
もし催眠に失敗して貴方を最悪の状態にしてしまったら、どうやっても責任はとれないし、自分を許すことは出来ないと思うわ」

ユウも金森も、もう何も言葉が出てこなかった。・・確かに、先輩の言う通りだ。
催眠療法を行ってもらうにはお互いに対する信頼関係が必要で、お互いが長い時間と大きなリスクを伴うのだ。

「・・先輩、充分に理解出来ました。無理なお願いをして、本当に申し訳ありませんでした。今日、初めてお会いしたのに信じてもらえないと思いますが、俺はお話をお聞きしていて、黒木先輩は信頼出来る人だと感じました。
でも先輩に、そんなに大きなリスクを背負ってもらう訳にはいかないです。ですから、どうか今の話は忘れて下さい」

そう言って、ユウは深々と頭を下げた。

「・・それに普通に生活しているうちに、自然に少しづつ記憶が戻っていくかもしれませんしね」

そしてユウは、ニッコリと笑顔を浮かべた。もちろんそれは強がりで浮かべた笑顔だ。でもこれ以上、この人を困らせる訳にはいかなかった。

「黒木先輩、今日は時間を頂いて本当にありがとうございました。後は自分で何とかしてみます」

椅子から立ち上がって退室しようとするユウに、待って、如月くん!と、金森も慌てて後を追い掛けてくる。だが扉まであと数歩という処で、黒木先輩の声が如月ユウを立ち止まらせた。

「・・待ちなさい如月君。まだ話は終わってないわ」

ユウはゆっくりと振り向き、黒木紅葉の次の言葉を待つ。


「貴方、この部に入部する気はない?」
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