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本編

LEVEL17 / ドラクエ世代

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 「そもそも何で、ゲーム会社が我々のような学校に?」
 「見てのとおりですよ」
 「見てのとおり、といいますと?」
 「教育事業への新規しんき参入さんにゅうです」
 「新規参入……ですか」

 ゲームを使って勉強をする。確かに方法として存在しないわけではない。

 例えば日本史や世界史、いわゆる「社会科」は学習漫画というジャンルが既に確立かくりつしているし、おそらく歴史が得意な生徒の大半はそれを読んでいるだろう。


 とはいえ、そういった漫画はむしろ「例外的れいがいてきな存在」だ。漫画にしろゲームにしろ、あるいはアニメといったものは基本的に勉強の時間をうばうもの。そういった考えから、ゲームそのものに対して否定的な態度をとる大人は少なくない。現に玉野自身もそのような考えである。

 しかし、もし仮に「学習ゲーム」。それも最近のスマホの普及ふきゅうで、歴史の学習漫画レベルの「学習ゲームアプリ」なるものが完成していたとしたら……


 いや、少なくとも既にそういったゲームは数多く出回っている。ゲーム機でプレイするTOEICや英検の学習ソフトは存在しているし、他にも「資格試験対策シリーズ」として、試験の過去問かこもんが収録されているソフトは実際、目にしたことがある。

 とはいえ、そういったソフトの売り上げは決して高くはないだろう。資格試験を受けようなんて人間がそもそも少数派だし、そんな小規模しょうきぼな市場に何故、現にヒット作を次々と生み出しているゲームメーカーが新規参入をする必要があるのだろうか?


 「何も、わざわざそんな市場に参入しなくても」
 「今のままでいい、ということでしょうか?」
 「いや、そういうわけじゃ……」
 「もって、あと5年。いや3年かもしれない」
 「3年、といいますと?」
 「法律の改正ですよ。いや、改悪かいあくかな」
 「改悪……ですか?」

 彼に言わせると、スマホゲームが儲かるのは「課金かきんシステム」にあるらしい。

 確かに、学校の生徒の話題でも課金という言葉はしばしば耳にする。いわゆる「ガチャ」と呼ばれ、一定の確率で「レアアイテム」あるいは「レアなカード」を手に入れる「福引のようなもの」をする権利をお金で買う。そのためのお金に「糸目いとめを付けない」人間が多く存在するというのだ。


 それは大人だけでなく、子供までもが「親に無断で」高額な課金をするケースが後を絶たないらしい。当然だが、高額な課金がされたスマホの請求書を見て、親は「腰を抜かす」ことになる……

 結果として、「課金額に上限じょうげんもうけるべき」という話が新聞やTVでも度々登場し、実際に学校でも職員会議や保護者会等で問題として取り上げられることが何度もあった。

 そういう意味で、彼等は学校にとって「非常に迷惑めいわくな存在」だ。そして、そのような彼等が教育事業に参入するとなれば、やはり「警戒せざるを得ない」のである。


 「それにしても、たった3年とは」
 「これでも、まだ楽観的らっかんてきな見方ですよ」
 「そうなんですか……」

 教育者や教育機関を管轄かんかつする文部もんぶ科学省かがくしょう、というのは基本的に鈍重どんじゅうな組織である。いくら子供の為に教育改革というものが必要だと叫んだところで、実際に実行に移すまでは何年……場合によっては何十年たっても動かないなんてことがだ。

 一方、経済けいざい産業省さんぎょうしょうはどうだろうか?むろん、同じ国の機関である以上、民間に比べてスピードは決して速いとはいえない。


 ところが消費者しょうひしゃのクレームという、いわば「にしき御旗みはた」を掲げられた場合、彼等にとっても放置したまま、というわけにはいかない。とりわけ消費者問題を専門に扱う「消費者庁しょうひしゃちょう」が新設されたのも、やはりそういった問題に対してより迅速じんそくに対応すべきだというのが国の判断ではないだろうか。

 そして和久井の立場で言う改悪、即ち「課金でお金を使いすぎるのを何とかして欲しい」という声が大きくなればなるほど、その規制法を制定しようという流れになってしまうのはある意味、必然だといえるのである。

 もし、仮にそういった規制法案が提出されたとして、実際に施行しこうされるのは5年後か、あるいは3年後か……あるいは1年後かもしれない。そう考えると、彼の考えは必ずしも間違っているとはいえない。


 「一人に10万円を支払わせるのは難しいですが」
 「確かに、そうですね」
 「でも、1000円を100人に支払わせるのは簡単です」
 「それもそうですね。で、それが教育事業だと?」
 「おっしゃるとおりです」

 なるほど、確かに子供がスマホのゲームに月10万円、ともなれば当然ながら一大事だ。子供はよくても、親は黙っていない。

 しかし、その上限が1000円。しかも「学習アプリ」ならばどうだろうか?当然だが親はそれに正面切って反対もしづらいのではないか?

 いや、子供が積極的に勉強するとなれば、逆にそれを推奨するかもしれない。むしろ「子供の反対を押し切っても」だ。


 「それに……ドッグイヤーですから」
 「ドッグイヤー?」
 「この言葉はご存知ですか?」
 「ええ、聞いたことはあります」

 ドッグイヤー、という言葉を聞いたことがある。人の寿命じゅみょうは最大で100年程度だが、それに対して犬は20年程度しか生きる事が出来ない。

 だとすれば、単純計算して、犬の1年は人間の5年分にも匹敵ひってきする。

 技術の進歩、あるいは流行の入れ替わりが激しい業界は、さながら犬のように短いサイクルで「日進月歩」を続けているというのだ。


 「3年。だとすれば、彼等の感覚では15年か……」

 確かに、それは決して短期間の予測とは言い切れない。10年を一昔とすれば、彼等にとっては「2年一昔」といっても決して大袈裟ではないのだろう。

 
 「つまり、今の勢いを維持いじするのは難しいと?」
 「そのとおりです」
 「確かに、発売した作品が常にヒットする保証はないですよね」

 彼等は今、時代の波に乗っている。だがそのようなヒット作が常に生まれ続け、その勢いを維持し続ける事が可能かというと、果たしてどうだろうか?

 実際に玉野自身、子供の頃に慣れ親しんだ、そして学校で話題となっていたゲームを作っている制作会社が合併がっぺい、あるいは倒産とうさんしていったニュースを何度も目にしている。


 (規制が先か、それとも今の勢いがおとろえるのが先か……)

 いずれにせよ、今の内に「次の一手」を準備しておく必要があるということだろう。


 「もう一つ、質問があるのですが」
 「何でしょうか?」
 「ゲーム感想文は、なぜ「ドラクエ」なのですか?」
 「自社のゲームでないといけない、と?」
 「いや、そういうわけじゃないんですが……」
 「保護者対策ですよ」
 「保護者対策?」

 おそらく彼等が今、ヒットさせているゲームを感想文の課題にすれば、生徒達の多くは喜んで取り組むだろう。

 だが、保護者はどうだろうか?実際に子供が、彼等のゲームを「学校の課題だから」という理由でプレイしているのを見たとする……とりわけ「課金トラブル」で苦い思いをした保護者ならば、きっと不信感を抱くかもしれない。


 「ドラクエに夢中になった方は多いですからね」

 なるほど、確かに玉野自身は「ドラクエ世代」といってもいいのかもしれない。本格的な家庭用ゲーム機としては最も初期しょきのハードである「ファミリーコンピューター」、即ち「ファミコン」をリアルタイムで体験した世代の一人だ。


 「そういうわけですか、なるほど」

 保護者の中にも子供の頃、夢中になった。いや、もしかしたら今の保護者のほとんどが「かつて、ドラクエに夢中だった子供達」ではないだろうか。


 (シリーズでいえば1~5あたりだろうか。あるいは、最新作でも……)

 そういう意味では、子供よりもむしろ、親の方が夢中になるかもしれない。

 結果として、子供に対してゲームを容認することにもなる。何故なら「親自身がプレイしたいから」だ。


 中には「子供の宿題を手伝う」と称し、子供そっちのけで自らゲームに嵌っている親がいたとしても、それは決して不思議なことではない。

 もし仮に、今から「ゲーム感想文」という課題が定着ていちゃくするとして……

 将来、その子達が大人になる。そしてさらに、彼等の子供達が今の彼等の年齢になった頃、もしかしたら自社のゲームを「課題ゲーム」に指定するつもりなのかもしれない。


 「よろしくお願いします、先生。損はさせませんから」

 正直言って、今の玉野には「選択の余地よち」など存在しない。和久井から既に謝礼を受け取ってしまったし、そしてその見返りとして「ゲーム感想文」を夏休みの課題にしてしまった。

 そしてその結果、出版社とは事実上「喧嘩別けんかわかれ」の状態である。もし彼がこの現状を知ったならば、謝礼をしぶる。あるいはこちらに「より不利な」条件を提示して来てもおかしくない。


 ところが彼は……自分の現状を知っているのかどうかは別として、弱みにつけ込んでくるどころか逆に、丁重ていちょうに頭を下げてお願いをしているではないか。

 これを断る理由なんてないだろうし、そもそも断れる人間が果たして存在するだろうか?

 「分かりました。こちらからも、ぜひ」
 「ありがとうございます」

 再び和久井は笑顔を見せる。そう、あの「おじさんキラー」の笑顔だ。


 (完敗だ……)

 玉野は心の中でそう、思った。とはいえ、今さら引き返すことなど出来ない。

 結局、この若者に自分の将来をゆだねるしかない……そんな状況に追い込まれていることを、思ったよりも冷静に受け止めている自分が存在していたこともまた、事実であった。
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