6 / 45
本編
LEVEL3 / うちの子に限って
しおりを挟む
勇斗は夏休みに入って以降。いや、実際には夏休みに入るよりもずっと前からドラクエは夢中でプレイしていた。
そして夏休みに入ると、これまで以上にドラクエに費やす時間は長くなっていった。
「いい加減、ゲームはやめなさい!」
母親の美香は、息子の熱中ぶりにウンザリし、度々注意を促すものの、
「だって、夏休みの課題をやってんだし~」
そう、勇斗がやっているのは単なるゲームではない。れっきとした学校の「宿題」なのだ。
「一生懸命宿題やってんじゃん。だから褒めてよ」
「何言ってんの、たまたま変な宿題を出されたからって」
「じゃあ、俺じゃなくて先生に文句言えば?」
こう言われてしまっては、親としても言い返すのは難しい。
「とにかく、宿題は国語だけじゃないでしょ?」
「でも、国語をやらなくていいってわけじゃないし」
「英語も、数学も、ちゃんとやりなさい!」
「はい、はい」
今の美香に出来る、精一杯の「お説教」だ。
「それにしても玉野先生、一体何考えているんだか……」
宿題であることを「免罪符」にし、朝から晩までゲームを続ける息子。そして、それを注意するどころか奨励するかのような今回の課題……
確かに、こればっかりは抗議した方がよいのかもしれない。
「でも、その前に」
もしかしたら、既に学校に大量の抗議が来ているのかもしれない。そう思うと、何も自分が先頭に立って抗議をする必要なんかないんじゃないか。少なくとも美香はそう思った。
ところが、そんな考えはあまりにも楽観的だった。そう気付くのに時間はあまりかからなかった。
▽
「えっ、やっぱりお宅もそうなんですか?」
「そうですよ。全く玉野先生、一体何考えているんだか……」
7月も終わりに近づいた頃の夜8時。美香はクラスの連絡網で、同じクラスの佐田弘の母親である真奈と電話で話していた。
本来、連絡網はLINEで済ますはずだった。しかしどういうわけか彼女は直接電話をかけてきた。
そして真奈が息子から聞いた話によると、彼女の息子も一日中、ドラクエをプレイしているらしい。そしてゲームをやめるよう注意すると、夏休みの課題なのだから仕方ないという。
加えてゲーム感想文はドラクエを持っている子だけに課された宿題であり、そしてドラクエを持っていない子には夏休みの課題が免除となっているということらしい。
「だったら、ドラクエ。というより、ゲーム機自体持っていないと言えばよかったのに……」
「でも、うちの子は学校で友達とゲームの話をしていたみたいで、嘘はつけなかったみたい」
「そう……確かにそうかもしれませんね」
ちなみに、ドラクエのゲーム感想文は最新作でなくてもよいらしい。だがそうなると、おそらくほどんとの男の子はドラクエをプレイした経験があるだろう。
そんな状況で、単に夏休みの宿題をやりたくないという理由で「(ドラクエを)持っていない」と嘘をついたらどうなるか?
おそらくクラスでいじめに遭うかもしれない。そう考えるとシラを切るのも困難だ。
「それにしても不思議ですよね。うちの弘が言うには、玉野先生は大のゲーム嫌いで、生徒からゲーム機を取り上げたら卒業するまで返してくれないそうじゃないですか」
「そうなんですか……何か変ですよね」
確かに、今年教師になったばかりの若い先生ならばこんな奇抜な課題を考えても不思議ではない。しかし、玉野先生は教員生活20年以上のベテランだ。
もし仮に若い先生が今回の課題のようなものを提案しても、最初に「待った」をかけるような人ではないか、少なくとも美香はそう思っていた。
「やっぱり抗議した方がいいんでしょうか?」
真奈の声からは、やはり腹ただしさが隠せないらしい。そして、その声はワナワナと震えている。
「もう少し様子を見た方がよいのではないでしょうか?」
「でも、すぐに8月ですよ?」
「宿題なんて、そんな早く終わるものでもないでしょう」
その一言で、少々冷静さを取り戻したのか、
「確かに、そうですよね」
ゲームばかりやっているのは確かに感心できることではない。しかし、考えても見れば夏休みの子供なんて「ゲーム漬け」の毎日であることが珍しくないのだ。
そう思えば、結局のところ「いつもと同じ」でしかない。
「夏休み、暇だからと言って繁華街をほっつき歩く。それも夜中に。それに比べればゲームに熱中してくれた方がまだマシなのでは?」
中学生ともなると、悪い話にも興味を持ち始める。そして夏休みともなれば、そういった話への興味をきっかけに非行に走る生徒も存在するという。
いや、もしかしたら玉野先生が言いたかったのはこれなのかもしれない。そう考えるとゲーム感想文というのは、一種の「非行防止策」と考えられなくもない。
「もう少し、考えてみた方が……」
少なくとも美香の言葉に嘘偽りはなかった。そして、その態度が電話越しにも伝わったのか、
「そうですね、もうちょっと……もうちょっとですよ」
相変わらず怒りが収まらない感じであるものの、真奈も少し我慢して様子を見ようという気になったようだ。
そして夏休みに入ると、これまで以上にドラクエに費やす時間は長くなっていった。
「いい加減、ゲームはやめなさい!」
母親の美香は、息子の熱中ぶりにウンザリし、度々注意を促すものの、
「だって、夏休みの課題をやってんだし~」
そう、勇斗がやっているのは単なるゲームではない。れっきとした学校の「宿題」なのだ。
「一生懸命宿題やってんじゃん。だから褒めてよ」
「何言ってんの、たまたま変な宿題を出されたからって」
「じゃあ、俺じゃなくて先生に文句言えば?」
こう言われてしまっては、親としても言い返すのは難しい。
「とにかく、宿題は国語だけじゃないでしょ?」
「でも、国語をやらなくていいってわけじゃないし」
「英語も、数学も、ちゃんとやりなさい!」
「はい、はい」
今の美香に出来る、精一杯の「お説教」だ。
「それにしても玉野先生、一体何考えているんだか……」
宿題であることを「免罪符」にし、朝から晩までゲームを続ける息子。そして、それを注意するどころか奨励するかのような今回の課題……
確かに、こればっかりは抗議した方がよいのかもしれない。
「でも、その前に」
もしかしたら、既に学校に大量の抗議が来ているのかもしれない。そう思うと、何も自分が先頭に立って抗議をする必要なんかないんじゃないか。少なくとも美香はそう思った。
ところが、そんな考えはあまりにも楽観的だった。そう気付くのに時間はあまりかからなかった。
▽
「えっ、やっぱりお宅もそうなんですか?」
「そうですよ。全く玉野先生、一体何考えているんだか……」
7月も終わりに近づいた頃の夜8時。美香はクラスの連絡網で、同じクラスの佐田弘の母親である真奈と電話で話していた。
本来、連絡網はLINEで済ますはずだった。しかしどういうわけか彼女は直接電話をかけてきた。
そして真奈が息子から聞いた話によると、彼女の息子も一日中、ドラクエをプレイしているらしい。そしてゲームをやめるよう注意すると、夏休みの課題なのだから仕方ないという。
加えてゲーム感想文はドラクエを持っている子だけに課された宿題であり、そしてドラクエを持っていない子には夏休みの課題が免除となっているということらしい。
「だったら、ドラクエ。というより、ゲーム機自体持っていないと言えばよかったのに……」
「でも、うちの子は学校で友達とゲームの話をしていたみたいで、嘘はつけなかったみたい」
「そう……確かにそうかもしれませんね」
ちなみに、ドラクエのゲーム感想文は最新作でなくてもよいらしい。だがそうなると、おそらくほどんとの男の子はドラクエをプレイした経験があるだろう。
そんな状況で、単に夏休みの宿題をやりたくないという理由で「(ドラクエを)持っていない」と嘘をついたらどうなるか?
おそらくクラスでいじめに遭うかもしれない。そう考えるとシラを切るのも困難だ。
「それにしても不思議ですよね。うちの弘が言うには、玉野先生は大のゲーム嫌いで、生徒からゲーム機を取り上げたら卒業するまで返してくれないそうじゃないですか」
「そうなんですか……何か変ですよね」
確かに、今年教師になったばかりの若い先生ならばこんな奇抜な課題を考えても不思議ではない。しかし、玉野先生は教員生活20年以上のベテランだ。
もし仮に若い先生が今回の課題のようなものを提案しても、最初に「待った」をかけるような人ではないか、少なくとも美香はそう思っていた。
「やっぱり抗議した方がいいんでしょうか?」
真奈の声からは、やはり腹ただしさが隠せないらしい。そして、その声はワナワナと震えている。
「もう少し様子を見た方がよいのではないでしょうか?」
「でも、すぐに8月ですよ?」
「宿題なんて、そんな早く終わるものでもないでしょう」
その一言で、少々冷静さを取り戻したのか、
「確かに、そうですよね」
ゲームばかりやっているのは確かに感心できることではない。しかし、考えても見れば夏休みの子供なんて「ゲーム漬け」の毎日であることが珍しくないのだ。
そう思えば、結局のところ「いつもと同じ」でしかない。
「夏休み、暇だからと言って繁華街をほっつき歩く。それも夜中に。それに比べればゲームに熱中してくれた方がまだマシなのでは?」
中学生ともなると、悪い話にも興味を持ち始める。そして夏休みともなれば、そういった話への興味をきっかけに非行に走る生徒も存在するという。
いや、もしかしたら玉野先生が言いたかったのはこれなのかもしれない。そう考えるとゲーム感想文というのは、一種の「非行防止策」と考えられなくもない。
「もう少し、考えてみた方が……」
少なくとも美香の言葉に嘘偽りはなかった。そして、その態度が電話越しにも伝わったのか、
「そうですね、もうちょっと……もうちょっとですよ」
相変わらず怒りが収まらない感じであるものの、真奈も少し我慢して様子を見ようという気になったようだ。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
田中天狼のシリアスな日常
朽縄咲良
青春
とある県の平凡な県立高校「東総倉高等学校」に通う、名前以外は平凡な少年が、個性的な人間たちに翻弄され、振り回され続ける学園コメディ!
彼は、ごくごく平凡な男子高校生である。…名前を除けば。
田中天狼と書いてタナカシリウス、それが彼の名前。
この奇妙な名前のせいで、今までの人生に余計な気苦労が耐えなかった彼は、せめて、高校生になったら、平凡で平和な日常を送りたいとするのだが、高校入学後の初動に失敗。
ぼっちとなってしまった彼に話しかけてきたのは、春夏秋冬水と名乗る、一人の少女だった。
そして彼らは、二年生の矢的杏途龍、そして撫子という変人……もとい、独特な先輩達に、珍しい名を持つ者たちが集まる「奇名部」という部活への起ち上げを誘われるのだった……。
・表紙画像は、紅蓮のたまり醤油様から頂きました!
・小説家になろうにて投稿したものと同じです。
全体的にどうしようもない高校生日記
天平 楓
青春
ある年の春、高校生になった僕、金沢籘華(かなざわとうか)は念願の玉津高校に入学することができた。そこで出会ったのは中学時代からの友人北見奏輝と喜多方楓の二人。喜多方のどうしようもない性格に奔放されつつも、北見の秘められた性格、そして自身では気づくことのなかった能力に気づいていき…。
ブラックジョーク要素が含まれていますが、決して特定の民族並びに集団を侮蔑、攻撃、または礼賛する意図はありません。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
夏の決意
S.H.L
青春
主人公の遥(はるか)は高校3年生の女子バスケットボール部のキャプテン。部員たちとともに全国大会出場を目指して練習に励んでいたが、ある日、突然のアクシデントによりチームは崩壊の危機に瀕する。そんな中、遥は自らの決意を示すため、坊主頭になることを決意する。この決意はチームを再び一つにまとめるきっかけとなり、仲間たちとの絆を深め、成長していく青春ストーリー。
初恋の味はチョコレート【完結】
華周夏
青春
由梨の幼馴染みの、遠縁の親戚の男の子の惟臣(由梨はオミと呼んでいた)その子との別れは悲しいものだった。オミは心臓が悪かった。走れないオミは、走って療養のために訪れていた村を去る、軽トラの由梨を追いかける。発作を起こして倒れ混む姿が、由梨がオミを見た最後の姿だった。高校生になったユリはオミを忘れられずに──?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる