ちっちゃなメイドが世界を救うハメになりました。

ネコヅキ

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二章 世界の斜塔から。

八 ゴホンといえば……。

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 古龍帝の庭園で黒い球体に乗せられて射出されたカリン達。約二時間後、強烈な振動と共に身体に掛かっていたGの支配から解き放たれ、拘束具の解除と同時に誰も彼も床に膝を付いていました。

「シルビア、大丈夫でちか……?」

 カリンの言葉にシルビアは頭を横にブンブンと振ります。

「だ、ダメ。も、もう立てない……」

 他人とは少しばかり違う拘束のされ方をしたシルビア。床へと伸びる腕は勿論の事、付く膝もプルプルと震えています。

ご主人様マスターご主人様マスターも少しお休みになられて下さい。その間、私が外で警戒をしていますので」

 誰も彼もが憔悴しきっている只中で、唯一何の影響も受けていないミュウが、周囲の哨戒を買って出ます。正直、カリンも一杯一杯でしたので、それに甘える事にしました。

「分かったでち。それじゃミュウ頼んだでちよ」

「お任せ下さい」

 満面の笑みで応えたミュウは、球体の入り口を開けて外へ出て行きました。

「それじゃ、二時間程休むで……ちよ」

 ミュウを見送ったカリンが振り返ると、シルビアとお店のマスターは既に寝息を立てているのが目に止まりました。それを見たカリンは、二人を起こさぬ様にソッと荷物を取り出して、それを枕に目を閉じました。



 死んだ様に眠りこけていたカリン達。それも暫くの時間が過ぎた頃でした。

「(ん……?)」

 Gから解き放たれた筈の身体に、ズシリとした重さを感じました。その重りを除けようと手を伸ばすと、重さに似合わぬ柔らかな何かが当たります。クラゲの様な柔らかさを持つ奇妙な物体に目を開けたお店のマスター。ポッコリと膨らんだお腹の上には、結構離れて寝ていた筈のシルビアの姿がありました。

「し、シルビアちゃ……」

 ふに。

「んっ……んー? アレ、マスターさん何でこんな所に……あ」

「あ、いや……」

 ふにふに。

「こ、これはだな……」

 ふにふにふに。

「ご、誤解だ!」

 ふにふにふにふに……。

 そこまで揉んでしまっては、誤解もへったくれもありません。しかし、止められない止まらないのは男のさがといえるでしょう。シルビアは胸を押さえながら床にペタンと座り込み、俯いて身体をふるわせていました。

「ま……」

「ま?」

 シルビアの小さな呟きを聞き取ったお店のマスターは、次の言葉を聞き逃さない様にその顔をシルビアに近付けます。しかし、それが仇となりました。

「マスターさんのえっちぃ!」

「げふうっ!」

 シルビアが放ったコークスクリューをまともに顎に受けたお店のマスターは、生身でありながら宙を舞い、壁にぶち当たってシルビアに覆い被さる様に倒れました。

「…………!」

 まさか自分に返って来るとは露にも思わなかったシルビアは、手の甲で唇を押さえながらお店のマスターから抜け出したのです。

「まったく。そういう事は他でやってくれないでちか?」

 騒ぎで目を覚ましたカリンが見たのは、シルビアに覆い被さってチューをするお店のマスターの姿でした。

「ちっ、違っ! これは事故なんだからっ! そうでしょマスターさん?!」

 シルビアが答えを求めたお店のマスターは現在、白目を剥いて倒れていますのでその真相は分からず仕舞いでした。



 カリンは立ち上がって身体の具合を確かめます。完全回復には程遠いですが、それなりに動ける様だとカリンは思いながら頷きます。

「大体六割って所でちかね……」

 もし、戦いになった場合、短期決戦ならば何とか動ける事を意味しています。体力HPが三割を下回ると、身体の動きが鈍くなってしまうのです。

 カリンは立ち上がり球体のドアを開けると、土や葉の独特な香りと共に爽やかな……とは真逆のムシムシした空気が内部に入り込みます。そのねっとりした粘りつく様な空気に、カリン達の身体からは瞬く間に汗が吹き出してしまいました。

「かっ、カリン。そこ早く閉めてっ」

 亜熱帯特有の気候に、シルビアは早くもギブアップした様です。

「何を言ってるでちか。これからこの中を進まなければならないのでち。少しは慣れておいた方が良いに決まっているでちよ」

 カリンの言う事はもっともです。カリン達はこれから、この粘りつく様な空気が蔓延する環境の中を斜塔まで進んで、魔王崇拝者の手の内からベヒモースを救い出さなければならないのです。

「そんな事言ったって、シャツがベトベトして気持ち悪い……」

 溢れ出た汗はシャツに吸収されますが、その許容量を超えたシャツは一体どうなるのか? その答えは、現在進行形でシルビアが体現していました。今現在のシルビアの姿をお店のマスターが見た時、彼の銀河内心では暗黒面ダークサイドとの全面戦争が起こる事でしょう。

「全く……これからジャングルを進むんでちから、最低でも革製の物を着ておかないと、擦り傷だらけになるでちよ。間違ってもそんなスケスケのシャツは着ないでくれでち」

 言われて自身の胸を見るシルビア。薄手のシャツは汗で濡れてその内側を曝け出そうとしています。慌てて胸を隠し、お店のマスターの方をソッと覗き見ましたが、お店のマスターは未だ白目を剥いた瞑想から戻って来てはおらず、ホッと胸を撫で下ろしたシルビアでした。



ご主人様マスター。昨夜はお楽しみ……いえ、よくお休みになられましたか?」

 外へ出て来たカリンを見つけたミュウは、バサリと翼を羽ばたかせてカリンの元へ降り立ちます。そしてその口からは、何処ぞの荒くれ者の様な台詞を吐き出しました。

「別に楽しんで無いでちよ」

 ◯ふぱふ。というよりふにふに。としていたのはお店のマスターです。

「長めに休ませてくれたお陰で、体力は六割って所でち。こまめに休めば日暮れまで保つでちよ」

「ここではどんな魔物が生息しているか分かりません。あまりご無理をなさらぬ様に」

「もしもの時はミュウに任せるでち。頼むでちよ」

「は、はいっ!」

 主人に頼られたとあってミュウの表情はパアッと明るくなりました。

「カリンー、これダサい。可愛くない……」

 カリンに着る様に言われたシルビアは、茶色で草臥れた革製の装備を身に付けてボヤきます。

「我慢するでちよ。また裸同然になりたいのでちか?」

「うー……」

 その地味さに納得がいかない感じの表情をするシルビアですが、逆にお洒落な革の鎧なんて物を見てみたいものです。



 バチリ。焚き火の薪が爆ぜてカラコロと崩れてゆきました。食事を終えてお茶を啜るひと時も、誰一人として言葉を発する者は居ません。初めはそこそこの言葉を交わしながら進んでいたカリン達ですが、一同に襲い掛かる亜熱帯特有の気候はまるで耐え難い拷問。拷問ならば吐いてしまえば大抵は楽になるモノですが、スライムが全身に纏わり付く様なネットリ感は日が陰っても暮れても変わる事は無く、一向に楽にはなりません。

「ミュウ」

「あ、はい」

 茶を啜ってくつろいでいたミュウは慌てて居直ります。

「目的地まで後どれくらいでちか?」

「後三日って所ですね」

 ミュウは時折背中に翼を生やして、密林の上から目標を確認していました。

「マジか……」

「うえー」

 ミュウの言葉にシルビアとお店のマスターも愕然としました。ミュウが龍化して飛んでいけば直ぐに着きますが、例によって魔王崇拝者に見付かってしまうので、地上をえっちらと進んでいる次第です。



 夜も更けてそろそろ寝ようか。という時でした。カリンとミュウがほぼ同時に何かに気付いた様に立ち上がります。

ご主人様マスター……」

「分かっているでち。敵襲でち。警戒するでちよ」

「何っ!?」

「てっ、てててっ……敵襲?!」

 八割程寝に入っていたシルビアは、カリンからの敵襲の報に飛び起きます。そして、慌ててエコーロケーションで周囲の索敵をすると、カリン達をグルリ。と取り囲む様に反応が返ってきます。

「不味いよ囲まれちゃってるっ」

「魔王崇拝の奴等か……どうしてここが分かったんだ……?」

「これでちよ」

 カリンは警戒しつつ焚き火に指を差しました。それを見て成る程。とお店のマスターは思いますが、実はそれだけではありません。

 ほぼ大気圏外から飛来した物体が近場に落ちたら、誰しも見に来る事でしょう。彼等魔王崇拝者達もそういった理由で調査隊を派遣し、人が居ない筈の密林の只中で焚き火が放つオレンジの光を見つけたのです。

「何でちか、この声は……」

 魔王崇拝者達がその包囲網を狭める只中で、カリンの耳に奇妙な声が届きます。

「声……?」

 お店のマスターが耳を澄ませど何も聞こえてはきません。しかし、風と土の属性を持つカリンに聞こえたのですから、聞き間違いでは無いだろうと思っていました。

「この……声。まさか!」

 音のエキスパート、無属性の中でも稀有な音属性を持つシルビアが、その声の主に気付いて空を仰ぎ見ます。それにつられてカリン達も空を凝視します。

眠り姫の誘惑スリーピング・フェアフュールっ!」

 カリン達に耐え難い睡魔が襲い掛かります。この呪文は眠りに堕ちた者を快楽の園に誘う。という追加効果を持っています。つまり、眠りに堕ちる直前に見た異性。もしくは、自分が想いを寄せる人物と夢の中でイイ関係になってしまうのです。

 最初に崩れ落ちたのは魔法抵抗力が最も低い魔王崇拝者の複数人。呪文を放った声の主は、味方をも巻き添えにした様です。

 同時に、同じく魔法抵抗力の低いお店のマスターが崩れ堕ちました。お店のマスターの場合、その相手はシルビアでした。球体での出来事が彼の中で強く残っていた様です。

 続いて堕ちたのはシルビアです。彼女は魔術を扱う事が出来ますので抵抗力は常人よりは上です。しかし、まだまだ未熟者な為に抵抗は一瞬のみでした。彼女のお相手は、襲う気満々だったエリザ王女です。

 そして最後にカリンが崩れ落ちました。彼女は熟練の冒険者ですので、襲い来る魔力に自身の魔力をぶつけて抵抗を試みましたが、完全回復には程遠い体力もあって力尽きてしまいました。

 ちなみにミュウはエンシェントドラゴンですので、この様な術は効かないのです。

ご主人様マスターっ!」

 駆け寄って抱き起こしカリンを揺さぶるミュウですが、カリンは既に眠りに堕ちていました。カリンのお相手は、遠い昔若き頃の甘い甘い思い出です。

 ミュウは空を仰ぎ、大きな丸い衛星の中の影を見据えます。カリン達に呪文攻撃をしたその影は、龍王派に寝返った緑龍のセーラ。そして、呪文を行使したエリザ王女だったのです。

「クッ! エリザァァ……貴様ぁぁっ!」

『何事かと思って来てみれば、まさかお姉ちゃん達と会うなんてね。久し振りお姉様。元気だった?』

「この裏切り者がぁっ!」

 ミュウは口を大きく開けて、セーラに向かって吠えました。セーラはバサリ。と羽ばたいて、衛星の中から場所を移します。ミュウが千里の山をも砕くと云われる龍の咆哮を放ったからでした。

『おっとっと。危ない危ない。お姉様、大人しくしていて下さい。でなければ、眠りこけている者達が巻き添えを食う事になりますよ』

「クッ!」

 カリン達が健在ならば、それなりの抵抗をして逃げるのですが、行動不能な現在において問答無用に攻撃されては、流石のミュウもカリン達を護りきる自信はありません。

「緑龍。無駄話などしている場合ではありませんわよ。奴等を捕らえるつもりがおありならば、急いだ方が宜しいですわ」

『どういう事だ?』

「あの子供……。一瞬でしたがわたくしの術に抵抗してみせましたわ。術の掛かりが悪い可能性がありますのよ」

『ふむ、そうか。ならば、とっとと用事を済ませるか。者共! 奴等を捕らえるのだ!』

 緑龍セーラの号令によって、密林の闇に潜んでいた魔王崇拝者達が続々と姿を現し、カリン達を縛り上げてゆきます。

『お姉様。抵抗をすれば……お分かりですね?』

 セーラの言いたい事はミュウにも分かっていました。もし、ミュウが少しでも抵抗したならば、味方の被害など構う事なくブレスを撃ち込む気なのです。

「ああ、さっさとやれ。大人しく従ってやる。だがなセーラ、ご主人様マスターに傷を一つでも付けたなら、この地を灰燼に帰してやるぞ」

『はいはい。分かってますよ。おっと、忘れる所だった。ついでにこれも付けて下さいね』

 セーラの手から離れた何かは、ボトリ。とミュウの側に落ちました。地面に転がるそれは、無駄に綺羅びやかな装飾が施された白い輪っかでした。

「首輪……? コイツを付ければ良いのだな?」

 ミュウが自分の首に輪っかを近付けると、ガチリ。とした音と共に首輪がロックされます。途端ミュウの身に強い脱力感が襲い掛かりました。

「な、なんだ?! 力が……抜ける?!」

 ミュウは堪らずその場に膝を落とし、セーラを睨み付けました。

『はっはっは、効果覿面こうかてきめんだね』

「何をした!?」

『お姉様に付けて貰った首輪はね。ボク等龍が持っている気。龍気を拡散させる首輪なんだ。つい最近完成したんだよ』

「龍気を拡散だと……?」

『そう。名付けて――龍拡散!』

 この名前を聞いて、円形の器に入った白い粉を思い浮かべた方もいらっしゃると思いますが、全くの別物です。

『この首輪を付けている間は、龍はタダの人に成り下がるんだよ。便利なアイテムだよね』

 とある人物が作ったこのマジックアイテムは、首輪に刻まれた特殊な文様と装飾品の配置などによって、龍に内在している気を外部に垂れ流し続けるのです。それによって、これを装着した龍はその能力の殆どが使えなくなり、人間と大差無い状態になってしまうのです。

『さあっ、恐れるものは無くなった! この者等を拘束し、アジトへと戻るぞっ!』

 及び腰だった魔王崇拝者達は、セーラの号令によって活気とは程遠い返事を返してカリン達を縛り上げ始めます。カリン、シルビア、お店のマスターは後ろ手に手首同士を縛り上げ、それから胴体をぐるぐる巻にされました。ミュウも後ろ手に手首を縛られるまではカリン達と同じだったのですが、そこから先は違う縛り方だったのです。

「何で私だけこんな縛り方を……」

『だって、その方が見栄えが良いインスタ映えするでしょ?』

 亀甲に縛られたミュウをセーラはその視線を何度も往復させます。その仕草はまるで、女に無縁な太った頭の薄いオッサンと遜色ありません。どうやらセーラの中にはちっちゃなオッサンが棲んでいる様でした。



 エリザ王女の魔法によって淫眠に誘われたカリン達。結構乱暴に扱われていたにもかかわらず眠りこけ、一行はタイテー密林ジャングルの奥深くに切り開かれた魔王崇拝タイテー支部へと運ばれてきました。木を切り倒し、木の根を退かして土地をならして作られた、某ドーム五個分位の広さを持つ広場の真ん中に塔が建てられ、例によって傾いています。その塔から少し離れた場所に、周囲の木を切り倒して作ったと思しきログハウスが幾つも建っていて、その一つにカリン達が閉じ込められていました。

ご主人様マスターっ! ご主人様マスターっ!」

 亀甲に縛られたミュウが、大の字で寝ているカリンの上に覆い被さり、そのたわわに実るホルスタイン級を、芋虫の様に身体をクネらせながら顔に押し付けます。

「(な、何でちかこれは……? スライムが顔から離れていかないでち……)」

 プルプル。とカリンの顔を覆い尽くす人肌に温められたそのスライムは、カリンが手で退けても再び顔に張り付いて、カリンから新鮮な空気を奪います。

「苦しいでち、邪魔でちよっ!」

「うぉっほっ!」

 そのスライムからはゴリラに似た声が吐き出されました。妙な鳴き声にカリンが目を覚ますと、床に這い蹲りピクピク。と小刻みに震えているミュウが居ました。どうやらカリンの膝蹴りが鳩尾にクリーンヒットした様です。

「お、お目覚めですかご主人様マスター

 冷や汗を掻きながらも、笑顔でカリンを迎えるミュウ。カリンはそれを冷ややかな目で見下ろします。

「……ミュウ、少し見ないうちにソッチに目覚めたのでちね」

「イヤイヤイヤ! これは奴等にこういう風に縛られただけで――」

「分かっているでちよ。ところで、ここは何処でちか?」

「奴等の本拠地です」

 ミュウはカリン達が眠りに就いた後の事を話し始めます。声の主は矢張りエリザ王女であった事。眠りこけたカリン達を盾にされ、仕方無しに捕まった事などを話して聞かせました。

「ベヒモースの気配は分かるでちか?」

「ええ、アッチの方角からプンプン臭います。ついでに黒龍の臭いもします」

 ミュウは這い蹲ったままで顎をクイクイッとその方向へ動かします。その方角には、くだんの塔がありました。

「あそこでちか……」

 カリンは自身の顎に指の腹を当て、ふむ。と考え込みます。そんなカリンをミュウはジッと見つめていました。

「…………あの。すみませんが、これ解いて貰いませんか……?」

「ん……? 好きでやっているのでちよね?」

「イヤイヤイヤ! 誰も好んでこんな縛られ方した訳じゃ無いですって!」

 好んでする方も居られますが、ミュウはしない派の様です。カリンは仕方なしにミュウの亀甲を解いてあげました。

「それで、どうします?」

 食い込んだ色々な部位を直しながら、ミュウはこれからの事をカリンに尋ねます。

「そうでちね。取り敢えず、シルビアとマスターを起こしてここから脱出。塔へ侵入してベヒモースを救出して退却でちね」

「…………エリザの事は、いかがします?」

「アレがここに居たのは誤算だったでち」

 かつての仲間も既にアレ呼ばわりなカリンです。

「アレに掛けられた術を解く方法を見付けない事には、このまま正面からヤり合ってもまた負けるだけでちね」

「一発ぶん殴ってやれば、目が覚めるんじゃないですかね」

「そうなら苦労は無いのでちがね」

 寧ろ、別な魔物M癖が目覚めるのでは? と、カリンは心配していました。

「まあ、それは古龍帝様の元に戻った時に考えるとちて、今はベヒモース救出に全力を上げるでち。シルビア達を起こすから準備を頼むでちよ」

「あーご主人様マスター、その事なんですが……」

 ミュウは視線を明後日の方向へと飛ばし、頬を掻きながら申し訳なさそうにしていました。

「どうしたんでち?」

「私、フツーの女の子になりました」

「何でちって?!」

 ミュウの口から、人気アイドルが芸能界引退宣言した様な台詞が飛び出し、カリンを大いに驚かせました。

「私の首にハメられたこの首輪の所為で、龍としての力を失っているのです」

 とある人物が作り出した拘束具。それは通称『龍拡散』と云われています。決して、ゴホンと云えば……のアレではありません。

「全く何も出来ないのでち?」

「ええ、龍の身体に漲る龍気を拡散させられていますので、力が全く出ません」

 この通り。と、ミュウはカリンの手を取り力一杯握り締めます。本来ならば、そんな事をすればカリンの掌は見るも無残な肉塊に変わる所ですが、『コイツ、本当に力入れてんのか?』と、思う程に痛くも痒くもありませんでした。代わりにカリンがグッと力を入れると、ミュウは一瞬で手を離しました。結構痛かった様です。

「とまあ、こんな風でして。普通の女の子になっちゃったんです」

「つまりは、タダのエロイお姉さんになった訳でちね」

「いや、エロくないですって……」

 力は普通ですが色々な部分は普通ではありませんので、カリンの言う通りに『エロイ身体つきのお姉さん』が相応しいでしょう。

「兎に角、シルビア達を起こすでち。話はそれからでちよ」

「分かりました」



 カリンとミュウによって漸く目が覚めたシルビアとお店のマスター。小屋の中央にドカリ。と座り込んで、ベヒモース救出作戦の会議が始まりました。

「そういう事だったのか……」

 今までの経緯を聞かされて、お店のマスターは腕を組んで難しい顔をしていました。

「私の魔法でお姉様を救えないかな……?」

 起こされた当初、もう少しだったのに。と、不満を漏らしたシルビアも、今は落ち着いたようで真面目な顔をしています。

「どんな魔法だ?」

「また煩いヤツでちか?」

「ううん。別のだよ」

 シルビアが言う魔法とは、特定の対象に音波を浴びせて対象内部を振動させる。というモノでした。それを聞いたカリンは、シルビアの肩にポンと手を置きます。

「それはまあ、またの機会でちね」

「えー、何でよう」

 カリンにやんわりと却下された事にシルビアは不満の声を上げました。

「じゃあ、試しに――アレにやってみろ」

「切り株だね。簡単簡単」

 シルビアは魔法を発動させる為にスウッと息を吸い込みます。それを見たカリン達は、自分達に音が届かない様に各々耳を塞ぎます。そして、シルビアの口が開かれると同時に、確かな圧力を感じたカリン達。ですが、その口からは音は一切聞こえてきませんでした。そして、『アレ? 音がない』と夫々が思って耳を塞いでいた手を下ろした瞬間、バフォッとした大きな音と共にソレが爆ぜたのです。

 亜熱帯地方特有の湿気を帯びた、スライムの様な風がカリン達の身体を舐めて通り過ぎてゆきます。舞い落ちる木片。突然の出来事に呆然とする魔王崇拝者達。そしてカリン達もまた、突然開けた景色に唖然としていたのでした――
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