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二章 世界の斜塔から。
七 絡み付くナニカ。
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シルビアの音魔法、いじめっ子のワルツを使い、大部屋内の敵を一掃したカリン達。耳を塞いでいてもなお、成長をしたと思しきシルビアから放たれた魔法の余波で、少しの間目に映る世界が揺らめいていました。
室内に目をやれば、ユラユラと揺れていた黒い土筆達は、皆揃って踏まれたかの様に横倒しになっていました。部屋の天井や壁には亀裂が入り、シルビアの魔法の威力が高かった事を意味しています。ですが、カリン達まで影響を受けてしまったのは、別にシルビアが成長した訳ではありません。密室の室内で音が反響し、その威力を上げていただけでした。
「ジーンは無事なのでちか?!」
カリン達は踏み倒された土筆達を飛び越えて、風の精霊王ジーンの元へと急ぎます。そして、檻の中を見たカリン達。耳を塞いだ格好のままで横倒しになり、泡吹くジーンに誰もが冷や汗を掻いていました。
「あーあ、殺っちまったか……」
ミュウはボリボリと頭を掻きながら言います。
「生きとるわーい!」
ガバリ。と起き上がり、鉄格子に抱き付いてミュウに向かって叫びました。それを見たシルビアは、生きてて良かった……。と、内心でホッと胸を撫で下ろします。
「何なのかしら、あの怪音波は」
「アレはコイツが放った魔法だ」
ミュウは言いながらシルビアの頭にポンと手を置くと、シルビアはビクッと反応します。
「折角、声を出して奴等の注意を引き付けておいたのに、酷い仕打ちじゃないかしら」
あ、アレ天然じゃ無かったんだ。カリン達一同はそう思っていました。
「そうは言ってもなジーンよ、あの時はアレがベストだったんだ」
「何処がベストなのかしら! 脳みそが破裂するかと思ったのかしら!」
いい感じのドーム型の部屋は、シルビアが放った音の魔法をいい感じに反射して、電子レンジの様ないい感じになっていた様でした。
「私のブレスを使うって第二案もあったが、そっちの方が良かったか?」
ミュウの言葉に、ジーンの表情は固まり冷や汗を大量に流し始めました。
「アレでベストなのかしら……」
「そうだろう、そうだろう」
どうやら風の精霊王ジーンは納得してくれた様です。あんなモノを部屋内に撒かれた日には、ゲル状になる事請け合いです。
「まぁまぁ。ミュウさんもジーン様も、言い争いはここを脱出してからにしましょうや」
お店のマスターにジーンは鋭い眼光を向けます。その冷たい目を見たお店のマスターは、ゾクリ。とした感覚に戸惑っていました。
「人間如きが生意気な口を利くなかしら」
年齢は相当上ですが、幼女の姿をしたジーンに貶されたお店のマスターは、新たな力に目覚めそうになりました。
「全く……一体誰のお陰でこんな――」
「あー、そういうのはいいから。とっとと逃げるぞ。生贄になりたいのなら話は別だけどな」
「くっ……分かったかしら。でも、このままだと寝覚めが悪いかしら。ひと暴れしてから逃げるかしら」
「その辺は問題ない。こっちの方向にでっかい塔があってな、そいつを派手にぶち壊してから逃げるつもりだったんだ」
「それは実に楽しそうかしら」
ミュウとジーンは口角を吊り上げます。その顔は、神に仕える者の顔ではありませんでした。
「そら来たぞ」
檻から出されたジーンが、久々に感じるシャバの空気を堪能して暫し、カリン達がやって来た部屋の入り口を塞ぐ様にして黒い土筆達が立ちはだかります。
「マズイぞカリンちゃん。こんな状態で炎の魔法でも使われた日には――」
蒸し焼きになる。そうお店のマスターが言いかけた時、黒い土筆達の手にオレンジ色に光る球体が現れました。それに臆する事なく風の精霊王ジーンが一歩前に進み出ます。
「問題ないのかしら。踊り舞えシルフ達――」
ジーンの言葉で彼女の周りに緑色をした妖精が現れ、クルクルと回り始めました。と同時に、黒い土筆達が持っていたオレンジ色をした球体がカリン達に向けて放たれます。
「――触れゆく全てをかっ捌け」
ジーンが黒い土筆達に向けて真っ直ぐに手の平を伸ばすと、彼女の周りで楽しそうに回っていた妖精達は、一致団結して竜巻になりました。そして、オレンジ色の球体を巻き込んで炎の竜巻と化して、黒土筆達を薙ぎ払います。竜巻が通った後にはポッカリと大穴が開いていました。
「スゲェ……」
その威力の凄まじさに、お店のマスターは思わず声を漏らします。
「見たかしら。これが精霊の力なのかしら。人間如きなぞ相手にならないのかしら」
踏ん反り返って平らな鳩胸を張るジーンにカリン達は、そんな人間に捕まってたクセに。と思っていましたが、言い争いになってまた敵に囲まれては面倒なので黙っていました。
「そんな人間に捕まってたヤツが言う台詞じゃないな」
ミュウを除いたその場の者が一斉に視線を向けます。しかし、それぞれの意味は違っていました。カリン達は、あ、言っちゃったよこの龍。と、いう意味で。そしてジーンは、うっさい黙れなのかしらこのオッパイオバケめ。という意味の視線でした。
「と、兎も角。早い所塔を壊して、古龍帝様の所に行くでち。ミュウ、龍化してもあの穴は通れるでち?」
「問題はありませんご主人様」
「それじゃ一気に行くでちよ」
「分かりました」
言ってミュウが上着を脱いだ所で、気の利かないお店のマスターの視界が黒に染まります。
「見ちゃダメですよマスターさん」
「し、シルビアちゃ……」
ミュウが龍化をする際には、すっぽんぽんにならないと服が破けてしまうのです。シルビアの柔らかな手の平がお店のマスターの目を覆い、加えて背中にも柔らかなモノを感じ取ったお店のマスター。裸体を見る事よりも刺激的なその感触に、前屈みになりながら暗黒面との戦闘が始まりました。そんな茶番をよそに、ジーンはツカツカツカッと、カリンに歩み寄ります。
「あなた龍と契約しているのかしら?」
「成り行きでそうなったでちよ」
「フーン……」
ジーンはカリンをジッと見つめます。
「成る程、そういう事なのかしら。あなたも大変なのかしら」
そう言いながら離れてゆくジーンに、疑問符を沢山浮かべているカリンでした。
『準備オーケーです。それでは行きましょう』
龍化を終えたミュウの頭に乗り込み、一気に外へと飛び出します。眩しさのあまり一瞬目が眩むカリン達。目が慣れると眼前には傾いた塔が聳え立ち、眼下には黒く蠢く土筆達が居ます。
「人がゴミの様なのかしら」
ジーンはどこかで聞いた様なセリフを吐くと、両手を前に差し出しました。
「さあ、出ておいでシルフ達。黒い奴等と遊んでくるのかしら」
風の精霊王ジーンから解き放たれたシルフ達は、黒いローブを着ている魔王崇拝者達に取り付くと、強い風を引き起こして転がしたり、砂を巻き上げて目潰ししたり。スカートを捲ったり、服を切り裂いて裸にひん剥いたり。と、好き放題な事をし始めます。
当然の事ながら、魔王崇拝者達は男だけではありません。裸に剥かれた女崇拝者が転ばされて大股を開き、その核心を見てしまった者達の鼻から、赤い噴水が飛び出す参事にもなりました。
勿論ミュウ達も、何もしなかった訳ではありません。騒ぎの元を断つべくやって来た航空戦力を、千里先の山を砕く咆哮と溶解胆液とで一掃してゆきます。シルビアも、音魔法を使って魔王崇拝者達を翻弄し、その影響を受けてしまったジーンに怒られる。という場面もありました。
こうしてカリン達は、二時間程でこの地の魔王崇拝者達を撲滅に追いやったのです。
「見ろ! 塔が崩れてゆくぞ!」
唯一何もしていないお店のマスターが、こいつはオレの役目だ。と、言わんばかりに崩れゆく塔を指差しました。
モウモウと土煙を上げて崩れる塔。露天掘りの頂上では、それを呆然と見ている村の人達が居ました。
『これで彼等も元の村に戻るでしょうね』
「そうでちね。それじゃあ古龍帝の庭園までもうひと頑張り頼むでちよミュウ」
『分かりましたご主人様』
ミュウはバサリ。と羽ばたき、瓦礫と化した塔を背に、古龍帝の庭園へと飛び立ったのでした。
「ジーン!」
「むぎゅうっ!」
古龍帝の庭園へと戻るや否や、ジーンは氷の精霊王エリッサからの熱く冷たい抱擁を受けていました。遠くでは、お店のマスターが羨望の眼差しでそれを見ています。
「おっぱいで窒息させる気かしらっ! それに体温が奪われるかしらっ!」
「無事で良かったどすなぁ」
「フン。あれくらい何時でも抜け出せたかしら」
「困った顔をしてたクセに」
呟きが聞こえたジーンは、その元であるミュウに鋭い視線を向けます。当のミュウは、後ろ頭で手を組んで明後日の方向を向いて、口笛を吹いていました。
「そんなんどうでもええどす。せや、今からウチとお風呂に入ろな? あったかぁい湯に浸かって、疲れを取りまひょ」
「アンタが入ると湯が凍るのかしら!」
エリッサは氷の女王ですので、ホカホカの湯でも凍るのです。
「まぁまぁ、立ち話もなんですからお部屋に入れては如何ですか?」
古龍帝の少女の言葉に、エリッサとジーンは何やら言い合いながら隣室へと入って行きました。
「お疲れ様でしたカリンさん」
「ミッションコンプリートでちよ。古龍帝様」
「ええ、お見事でした」
「古龍帝様、他の者達はどうなったのですか?」
「その事で少し問題が生じたのです。黄龍よ」
「問題……ですか」
「ええ、白龍は目的を達成しこちらに向かっている途中です。赤龍も目的を達成し、別な場所へ向かっております。青龍は少し苦戦している様ですが、こちらも問題無いでしょう。しかし……」
「ヤツですか……」
ミュウにコクリと頷く古龍帝の少女。カリン達の脳裏には、サムズアップしながら歯を光らせている黒龍の姿が思い浮かびます。
「それで、黒龍さんの担当場所は何処なのでち?」
古龍帝の少女はテーブル上に広げられた地図を指差します。
「場所は、カミワノギ大陸。南方にある亜熱帯、タイテー密林です」
古龍帝の少女が指し示すその指先に、カリンはフム。と考え込みました。
「遠くないでちか?」
「はい。ここからですと、ざっと三千キロルメトはあります」
「三千キロ!? 古龍帝様、そいつぁ遠過ぎますゼ……」
あまりの遠さに一同は慄きます。そんな中唯一微動だにしていないのは、大陸の北から南まで一日で踏破出来る。と、ほざいた、距離感が壊滅的なシルビアだけでした。
「現地に辿り着くまでに、どれだけの時間が掛かるか分からないでちよ?」
「ええ、ですから射出装置を使います」
「「「カタパルト?」」でちか?」
「え!? 古龍帝様、アレを使うのですか!?」
古龍帝の少女はコクリ。と頷きました。
「なんだいミュウさん。カタパルトってのは……?」
「それについてこれから説明致します」
古龍帝の少女によれば、青龍お手製の球体にカリン達が乗り込み、それをこの庭園の下部に備え付けられている大砲から撃ち出すのだそうです。
速度は射出時と落下の速度が加わり音速の十以上で、約二時間で到着予定。との事でした。
「それって、わたち達は無事で辿り着けるのでちか……?」
「はい。安全面については保証します」
つまり、それ以外は保証しない。と意味しています。
「龍基準で言われても困るのでちが……?」
「ええ、その辺も含めて心配ご無用です。(恐らく)」
「恐らくじゃ困るのでちよ」
古龍帝の少女の呟きは、カリンにガッツリと聞こえていました。
「ねぇ。別に私達が行かなくても、ソレで塔を攻撃すれば良いんじゃないの?」
シルビアの一言はその場に沈黙を齎しました。
「そ、そうは言っても彼の地には、地の精霊王ベヒモースが居ります。彼女を救い出さなくてはなりません」
「でも、ここへの攻撃は免れますよね」
再び沈黙がその場を支配しました。
「……シルビア。あんた、たまに恐ろしい事を口にするでちね……」
シルビアの言いようでは、地の精霊王を犠牲にしろ。と言っている様にしか思えません。
「シルビアさん。あなたの言う事は最もです」
古龍帝の少女はテーブルから離れて窓際に立ち、手の平をソッと窓ガラスに添えました。
「ですが、私達はベヒモースを失う訳にはいかないのです。何故なら……」
古龍帝の少女はクルリ。と、カリン達に向き直りました。
「他の精霊王もそうですが、彼女もまた暗黒龍シルファーの封印に一枚噛んでいるのですっ!」
古龍帝の少女の言いようは、まるで悪事に手を貸してる様な言い回しでした。
「……って事はでち。地の精霊王を失うという事は、その封印が弱まる。と、いう事でちか……」
「ええ、女性が着ている服を一枚脱がす様なモノです」
「古龍帝様、その例え分かり難いです」
「えっ?!」
シルビアの言葉に古龍帝の少女は驚きます。
「あなた方人間に合わせた例えでしたが、分かり難いですか……?」
どうやら古龍帝の少女は、封印の一つを女性が着ている服に見立てた様でした。その服を脱がせ続ければ、裸体が解き放たれる。そう言いたい様ですが、何分相手は人外の龍ですので、理解し難いのも当然と言えるでしょう。
古龍帝の少女に連れられて、庭園の下層部へとやって来たカリン達。通路を抜けた先の光景に驚いていました。庭園下層部は空洞になっていて、粘土なのか金属なのかも分からない四角いブロック達が互いにぶつかり合って弾かれ、他のブロックにぶつかる。といった、動きを見せています。壁に積み重なったブロックも同様で、数字のパズルを指先で並び替えるオモチャの様に行ったり来たりを繰り返していました。
「ここは龍族のみが入れる事が出来る、この庭園の心臓部です」
王族のみが入る事を許された、某天空城と似たようなモノです。ですが、レーザー兵器を内蔵した衛兵は居ない様です。
「カリン、すっごいね……」
「そうでちね。この技術を売れば大儲けが出来るでちよ」
カリンはフェリングという流通業を営む種族ですので根っからの商い人なのです。
「残念ながらこれ等を持ち出す事は出来ませんよ。龍族のみに伝わる技術ですし、仮に漏れたとしても人の手では到底作り出す事は出来ないでしょう」
「残念だったね」
シルビアはカリンの頭にポン。と手を乗せました。乗せられたカリンは、これがあれば世界が変わるのに本当に残念だ。と、思っていたのですが、こんなモノをポンポンと作り出されてしまっては、空中天空城だらけになってしまいます。
「さあ、着きましたよ」
下層部の空洞を抜けて通路を歩く事しばし、カリン達一行は射出場へとやって来ました。体育館程の広さの部屋には壁一面に何かの装置が並びランプが光っていて、部屋の中央には龍化したミュウがすっぽりと二人は入れる程の大きな黒光りをした球体が置いてありました。
「アレ、でちか……?」
「はい。そうです」
「結構でかいな……」
「大きいですが外角は衝撃緩和剤などで埋められていますので、実際はもっと狭いですよ」
今現在のカリン達の心境は大きい小さいの問題では無く、本当に大丈夫かどうかだけです。
「さあ、それでは乗り込んで下さい」
「え……古龍帝様。乗り込むっつったって入口がありませんぜ?」
見ても入口の様なモノは見当たらず、球体は只々黒光りしているだけでした。
「裏手に入口がありますよ」
古龍帝の少女が言う通りにカリン達が裏手に回るとポッカリと口が開いています。普通、こういった場面の時は入口を正面にするものですが、そこは龍ジョークの一環なのです。中に入るとそこは十畳程の空間となっていて、内部にはモノリスの様な板状の柱が五本立っていました。
「何でちか? アレは」
「皆さんの身体を固定する為の拘束具ですよ」
「そうでちか…………。あ、そうだシルビア」
「ん? 何? カリン」
ちょっとちょっと。と、手招きするカリンに、シルビアは何だろ何だろ。と、思いながら近寄ります。そして、手招きしていたカリンの手の平がシルビアのお腹に当てられると、そのままドンッ。とモノリスに向かって押し込みました。
「ちょ、カリン?! 何すんのぉぉぉぉっ!」
押されたシルビアはバランスを崩してそのまま後退り、モノリスに背中を打ち付けます。
「非道いじゃない! 急に押すな……んて?」
モノリスから生えてきたナニカがシルビアのお腹を絡め取って磔にしました。
「え……? ナニコレ……?」
続いて足首を絡め取って固定し、そして太腿も同様に固定します。その時何故かは分かりませんが、ゆっくりと舐める様に巻き付いたその感触に、シルビアは思わずアッチ方面の声が出てしまいました。更に胸部も感触を楽しむかの様にゆっくりと巻き付き、その姿は軟体生物に絡め取られた女性の様に見えます。ですがこれは身体を固定するのにやむを得ない事なのです。何しろ音速十で飛翔する様な代物ですので、安全第一なのです。そして次なる安全第一は股からやって来ました。股下から生え出した黒いナニカが、シルビアの肩に向かって伸びてゆきます。
「ちょっ?! 擦れてる擦れてるっ!」
そんなシルビアの言葉に耳を貸さず、黒いナニカはゆっくりと、しかし確実に舐める様にゾゾゾゾ。と肩を目指します。
「だからぁ擦れてるってぇ……」
固定が終わる頃にはシルビアはグッタリとしていて項垂れていました。そんなあられもないシルビアの姿を見ていたお店のマスターは、直立不動では居られませんでした。
「全く大袈裟だぞ?」
「そ、そんな事言ったってぇ……。ミュウさんだってきっとこうなりますよ」
身体を若干反応させながら、シルビアはミュウに言いました。
「フン。私はそんなヤワではない。ではご主人様お先に」
言ってミュウがモノリスに寄り掛かると、シルビアの時と同じ様に黒いナニカに絡み付かれましたが、別に何事もなく平然として終わりました。それを見ていたシルビアは、もしかして自分の身体が変なのでは? と思っていましたが、ミュウはエンシェントドラゴンですので感じる場所は人とは違うのです。
その後お店のマスター、そしてカリンと、身体を固定しましたが、別に何事も無く、又黒いナニカも機械的に固定しただけでした。『何で私だけこんな目に……?』と、そう思っているシルビアですが、エリザ王女が居ない現在は彼女がその代わりを務める事など決して気付かないでしょう。
「それでは黄龍、皆さん。よろしくお願いします」
古龍帝の少女が外に出て扉を閉めると、球体に振動が伝わります。感覚からしてどうやら下へと運ばれている様です。そしてその振動に合わせて、シルビアがモジモジとし始めました。
「シルビア、トイレに行きたいのでち?」
「ち、違っ! あの……その。し、振動が……」
「振動……?」
何を言っているのか理解が出来ないミュウとお店のマスターは互いに顔を見合わせます。唯一、その事情を知っているカリンは、心の中で極楽浄土への道を楽しんでくれ。と思っていたのでした。
黒光りの球体は右へ行ったり左へ行ったり。何度かそれを繰り返して射出口へと運ばれてゆきます。それもピタリ。と止むと、何かで固定された様な音が聞こえて来ました。そして、どこからともなく古龍帝の少女の声が聞こえます。
『固定完了しました。カウントダウンを始めますね』
カウントは十から始まり少しづつ減ってゆきます。
『五、四、三……』
ゴクリ。カリン達に緊張が走ります。僅かに震える手を固く握りしめるシルビアは緊張どころではありませんでした。
『ゼロ! 射出っ!』
古龍帝の少女の声と同時にカリン達に凄まじい重力が襲いかかります。
「あっ! くっ食い込みがっ、振動がぁぁんっ!」
誰も彼もが押し潰されそうになるのを必死に堪えている只中で、シルビアだけは極楽浄土への道を歩み始めました。こうしてカリン達は古龍帝の庭園を離れ、一路カミワノギ大陸南方にある亜熱帯、タイテー密林へと旅立って行ったのでした。
その頃のジーン。
「ハァ……。久々のお風呂なのかしら。気持ちいいのかしら」
ジーンが手拭いを膨らませて湯に沈めてブクブクっと中の空気を湯面に浮かべていると、強烈な振動が伝わってきました。
「な! 何なのかしら!?」
敵襲では!? と思い、大きな窓から外を眺め見ると、黒光りする球体が庭園から離れてゆくのが見えます。
「あ、あいつ等が出発したのかしら。それにしても、あいつ等で大丈夫かしら。ベヒモースは特殊なヤツかしら」
ジーンが彼女達の行く先の心配をしていると、ブルリッとその身体が小さく震えます。
「湯冷めしたのかしら。お風呂に入り直すのかしら」
ジーンが湯船に戻ろうと振り向くと、室内には氷柱が何本も垂れ下がっているのが見えました。
「つ、氷柱なのかしら?! ま、まさかなのかしら……」
恐る恐る脱衣所の方向に視線を向けるジーン。と同時に、カラリ。とその戸が開かれて風呂場に入って来た人物と視線がかち合います。
「ジーン、一緒してもよろしおすかぁ。お背中流してあげますぇ」
「エリッサなのかしら!? 止めろ来るななのかしら! 湯が、湯が凍るなのかしらぁぁぁっ!」
こうして風の精霊王ジーンは、氷の精霊王であるエリッサと共に久々のお風呂を堪能したのでした。
室内に目をやれば、ユラユラと揺れていた黒い土筆達は、皆揃って踏まれたかの様に横倒しになっていました。部屋の天井や壁には亀裂が入り、シルビアの魔法の威力が高かった事を意味しています。ですが、カリン達まで影響を受けてしまったのは、別にシルビアが成長した訳ではありません。密室の室内で音が反響し、その威力を上げていただけでした。
「ジーンは無事なのでちか?!」
カリン達は踏み倒された土筆達を飛び越えて、風の精霊王ジーンの元へと急ぎます。そして、檻の中を見たカリン達。耳を塞いだ格好のままで横倒しになり、泡吹くジーンに誰もが冷や汗を掻いていました。
「あーあ、殺っちまったか……」
ミュウはボリボリと頭を掻きながら言います。
「生きとるわーい!」
ガバリ。と起き上がり、鉄格子に抱き付いてミュウに向かって叫びました。それを見たシルビアは、生きてて良かった……。と、内心でホッと胸を撫で下ろします。
「何なのかしら、あの怪音波は」
「アレはコイツが放った魔法だ」
ミュウは言いながらシルビアの頭にポンと手を置くと、シルビアはビクッと反応します。
「折角、声を出して奴等の注意を引き付けておいたのに、酷い仕打ちじゃないかしら」
あ、アレ天然じゃ無かったんだ。カリン達一同はそう思っていました。
「そうは言ってもなジーンよ、あの時はアレがベストだったんだ」
「何処がベストなのかしら! 脳みそが破裂するかと思ったのかしら!」
いい感じのドーム型の部屋は、シルビアが放った音の魔法をいい感じに反射して、電子レンジの様ないい感じになっていた様でした。
「私のブレスを使うって第二案もあったが、そっちの方が良かったか?」
ミュウの言葉に、ジーンの表情は固まり冷や汗を大量に流し始めました。
「アレでベストなのかしら……」
「そうだろう、そうだろう」
どうやら風の精霊王ジーンは納得してくれた様です。あんなモノを部屋内に撒かれた日には、ゲル状になる事請け合いです。
「まぁまぁ。ミュウさんもジーン様も、言い争いはここを脱出してからにしましょうや」
お店のマスターにジーンは鋭い眼光を向けます。その冷たい目を見たお店のマスターは、ゾクリ。とした感覚に戸惑っていました。
「人間如きが生意気な口を利くなかしら」
年齢は相当上ですが、幼女の姿をしたジーンに貶されたお店のマスターは、新たな力に目覚めそうになりました。
「全く……一体誰のお陰でこんな――」
「あー、そういうのはいいから。とっとと逃げるぞ。生贄になりたいのなら話は別だけどな」
「くっ……分かったかしら。でも、このままだと寝覚めが悪いかしら。ひと暴れしてから逃げるかしら」
「その辺は問題ない。こっちの方向にでっかい塔があってな、そいつを派手にぶち壊してから逃げるつもりだったんだ」
「それは実に楽しそうかしら」
ミュウとジーンは口角を吊り上げます。その顔は、神に仕える者の顔ではありませんでした。
「そら来たぞ」
檻から出されたジーンが、久々に感じるシャバの空気を堪能して暫し、カリン達がやって来た部屋の入り口を塞ぐ様にして黒い土筆達が立ちはだかります。
「マズイぞカリンちゃん。こんな状態で炎の魔法でも使われた日には――」
蒸し焼きになる。そうお店のマスターが言いかけた時、黒い土筆達の手にオレンジ色に光る球体が現れました。それに臆する事なく風の精霊王ジーンが一歩前に進み出ます。
「問題ないのかしら。踊り舞えシルフ達――」
ジーンの言葉で彼女の周りに緑色をした妖精が現れ、クルクルと回り始めました。と同時に、黒い土筆達が持っていたオレンジ色をした球体がカリン達に向けて放たれます。
「――触れゆく全てをかっ捌け」
ジーンが黒い土筆達に向けて真っ直ぐに手の平を伸ばすと、彼女の周りで楽しそうに回っていた妖精達は、一致団結して竜巻になりました。そして、オレンジ色の球体を巻き込んで炎の竜巻と化して、黒土筆達を薙ぎ払います。竜巻が通った後にはポッカリと大穴が開いていました。
「スゲェ……」
その威力の凄まじさに、お店のマスターは思わず声を漏らします。
「見たかしら。これが精霊の力なのかしら。人間如きなぞ相手にならないのかしら」
踏ん反り返って平らな鳩胸を張るジーンにカリン達は、そんな人間に捕まってたクセに。と思っていましたが、言い争いになってまた敵に囲まれては面倒なので黙っていました。
「そんな人間に捕まってたヤツが言う台詞じゃないな」
ミュウを除いたその場の者が一斉に視線を向けます。しかし、それぞれの意味は違っていました。カリン達は、あ、言っちゃったよこの龍。と、いう意味で。そしてジーンは、うっさい黙れなのかしらこのオッパイオバケめ。という意味の視線でした。
「と、兎も角。早い所塔を壊して、古龍帝様の所に行くでち。ミュウ、龍化してもあの穴は通れるでち?」
「問題はありませんご主人様」
「それじゃ一気に行くでちよ」
「分かりました」
言ってミュウが上着を脱いだ所で、気の利かないお店のマスターの視界が黒に染まります。
「見ちゃダメですよマスターさん」
「し、シルビアちゃ……」
ミュウが龍化をする際には、すっぽんぽんにならないと服が破けてしまうのです。シルビアの柔らかな手の平がお店のマスターの目を覆い、加えて背中にも柔らかなモノを感じ取ったお店のマスター。裸体を見る事よりも刺激的なその感触に、前屈みになりながら暗黒面との戦闘が始まりました。そんな茶番をよそに、ジーンはツカツカツカッと、カリンに歩み寄ります。
「あなた龍と契約しているのかしら?」
「成り行きでそうなったでちよ」
「フーン……」
ジーンはカリンをジッと見つめます。
「成る程、そういう事なのかしら。あなたも大変なのかしら」
そう言いながら離れてゆくジーンに、疑問符を沢山浮かべているカリンでした。
『準備オーケーです。それでは行きましょう』
龍化を終えたミュウの頭に乗り込み、一気に外へと飛び出します。眩しさのあまり一瞬目が眩むカリン達。目が慣れると眼前には傾いた塔が聳え立ち、眼下には黒く蠢く土筆達が居ます。
「人がゴミの様なのかしら」
ジーンはどこかで聞いた様なセリフを吐くと、両手を前に差し出しました。
「さあ、出ておいでシルフ達。黒い奴等と遊んでくるのかしら」
風の精霊王ジーンから解き放たれたシルフ達は、黒いローブを着ている魔王崇拝者達に取り付くと、強い風を引き起こして転がしたり、砂を巻き上げて目潰ししたり。スカートを捲ったり、服を切り裂いて裸にひん剥いたり。と、好き放題な事をし始めます。
当然の事ながら、魔王崇拝者達は男だけではありません。裸に剥かれた女崇拝者が転ばされて大股を開き、その核心を見てしまった者達の鼻から、赤い噴水が飛び出す参事にもなりました。
勿論ミュウ達も、何もしなかった訳ではありません。騒ぎの元を断つべくやって来た航空戦力を、千里先の山を砕く咆哮と溶解胆液とで一掃してゆきます。シルビアも、音魔法を使って魔王崇拝者達を翻弄し、その影響を受けてしまったジーンに怒られる。という場面もありました。
こうしてカリン達は、二時間程でこの地の魔王崇拝者達を撲滅に追いやったのです。
「見ろ! 塔が崩れてゆくぞ!」
唯一何もしていないお店のマスターが、こいつはオレの役目だ。と、言わんばかりに崩れゆく塔を指差しました。
モウモウと土煙を上げて崩れる塔。露天掘りの頂上では、それを呆然と見ている村の人達が居ました。
『これで彼等も元の村に戻るでしょうね』
「そうでちね。それじゃあ古龍帝の庭園までもうひと頑張り頼むでちよミュウ」
『分かりましたご主人様』
ミュウはバサリ。と羽ばたき、瓦礫と化した塔を背に、古龍帝の庭園へと飛び立ったのでした。
「ジーン!」
「むぎゅうっ!」
古龍帝の庭園へと戻るや否や、ジーンは氷の精霊王エリッサからの熱く冷たい抱擁を受けていました。遠くでは、お店のマスターが羨望の眼差しでそれを見ています。
「おっぱいで窒息させる気かしらっ! それに体温が奪われるかしらっ!」
「無事で良かったどすなぁ」
「フン。あれくらい何時でも抜け出せたかしら」
「困った顔をしてたクセに」
呟きが聞こえたジーンは、その元であるミュウに鋭い視線を向けます。当のミュウは、後ろ頭で手を組んで明後日の方向を向いて、口笛を吹いていました。
「そんなんどうでもええどす。せや、今からウチとお風呂に入ろな? あったかぁい湯に浸かって、疲れを取りまひょ」
「アンタが入ると湯が凍るのかしら!」
エリッサは氷の女王ですので、ホカホカの湯でも凍るのです。
「まぁまぁ、立ち話もなんですからお部屋に入れては如何ですか?」
古龍帝の少女の言葉に、エリッサとジーンは何やら言い合いながら隣室へと入って行きました。
「お疲れ様でしたカリンさん」
「ミッションコンプリートでちよ。古龍帝様」
「ええ、お見事でした」
「古龍帝様、他の者達はどうなったのですか?」
「その事で少し問題が生じたのです。黄龍よ」
「問題……ですか」
「ええ、白龍は目的を達成しこちらに向かっている途中です。赤龍も目的を達成し、別な場所へ向かっております。青龍は少し苦戦している様ですが、こちらも問題無いでしょう。しかし……」
「ヤツですか……」
ミュウにコクリと頷く古龍帝の少女。カリン達の脳裏には、サムズアップしながら歯を光らせている黒龍の姿が思い浮かびます。
「それで、黒龍さんの担当場所は何処なのでち?」
古龍帝の少女はテーブル上に広げられた地図を指差します。
「場所は、カミワノギ大陸。南方にある亜熱帯、タイテー密林です」
古龍帝の少女が指し示すその指先に、カリンはフム。と考え込みました。
「遠くないでちか?」
「はい。ここからですと、ざっと三千キロルメトはあります」
「三千キロ!? 古龍帝様、そいつぁ遠過ぎますゼ……」
あまりの遠さに一同は慄きます。そんな中唯一微動だにしていないのは、大陸の北から南まで一日で踏破出来る。と、ほざいた、距離感が壊滅的なシルビアだけでした。
「現地に辿り着くまでに、どれだけの時間が掛かるか分からないでちよ?」
「ええ、ですから射出装置を使います」
「「「カタパルト?」」でちか?」
「え!? 古龍帝様、アレを使うのですか!?」
古龍帝の少女はコクリ。と頷きました。
「なんだいミュウさん。カタパルトってのは……?」
「それについてこれから説明致します」
古龍帝の少女によれば、青龍お手製の球体にカリン達が乗り込み、それをこの庭園の下部に備え付けられている大砲から撃ち出すのだそうです。
速度は射出時と落下の速度が加わり音速の十以上で、約二時間で到着予定。との事でした。
「それって、わたち達は無事で辿り着けるのでちか……?」
「はい。安全面については保証します」
つまり、それ以外は保証しない。と意味しています。
「龍基準で言われても困るのでちが……?」
「ええ、その辺も含めて心配ご無用です。(恐らく)」
「恐らくじゃ困るのでちよ」
古龍帝の少女の呟きは、カリンにガッツリと聞こえていました。
「ねぇ。別に私達が行かなくても、ソレで塔を攻撃すれば良いんじゃないの?」
シルビアの一言はその場に沈黙を齎しました。
「そ、そうは言っても彼の地には、地の精霊王ベヒモースが居ります。彼女を救い出さなくてはなりません」
「でも、ここへの攻撃は免れますよね」
再び沈黙がその場を支配しました。
「……シルビア。あんた、たまに恐ろしい事を口にするでちね……」
シルビアの言いようでは、地の精霊王を犠牲にしろ。と言っている様にしか思えません。
「シルビアさん。あなたの言う事は最もです」
古龍帝の少女はテーブルから離れて窓際に立ち、手の平をソッと窓ガラスに添えました。
「ですが、私達はベヒモースを失う訳にはいかないのです。何故なら……」
古龍帝の少女はクルリ。と、カリン達に向き直りました。
「他の精霊王もそうですが、彼女もまた暗黒龍シルファーの封印に一枚噛んでいるのですっ!」
古龍帝の少女の言いようは、まるで悪事に手を貸してる様な言い回しでした。
「……って事はでち。地の精霊王を失うという事は、その封印が弱まる。と、いう事でちか……」
「ええ、女性が着ている服を一枚脱がす様なモノです」
「古龍帝様、その例え分かり難いです」
「えっ?!」
シルビアの言葉に古龍帝の少女は驚きます。
「あなた方人間に合わせた例えでしたが、分かり難いですか……?」
どうやら古龍帝の少女は、封印の一つを女性が着ている服に見立てた様でした。その服を脱がせ続ければ、裸体が解き放たれる。そう言いたい様ですが、何分相手は人外の龍ですので、理解し難いのも当然と言えるでしょう。
古龍帝の少女に連れられて、庭園の下層部へとやって来たカリン達。通路を抜けた先の光景に驚いていました。庭園下層部は空洞になっていて、粘土なのか金属なのかも分からない四角いブロック達が互いにぶつかり合って弾かれ、他のブロックにぶつかる。といった、動きを見せています。壁に積み重なったブロックも同様で、数字のパズルを指先で並び替えるオモチャの様に行ったり来たりを繰り返していました。
「ここは龍族のみが入れる事が出来る、この庭園の心臓部です」
王族のみが入る事を許された、某天空城と似たようなモノです。ですが、レーザー兵器を内蔵した衛兵は居ない様です。
「カリン、すっごいね……」
「そうでちね。この技術を売れば大儲けが出来るでちよ」
カリンはフェリングという流通業を営む種族ですので根っからの商い人なのです。
「残念ながらこれ等を持ち出す事は出来ませんよ。龍族のみに伝わる技術ですし、仮に漏れたとしても人の手では到底作り出す事は出来ないでしょう」
「残念だったね」
シルビアはカリンの頭にポン。と手を乗せました。乗せられたカリンは、これがあれば世界が変わるのに本当に残念だ。と、思っていたのですが、こんなモノをポンポンと作り出されてしまっては、空中天空城だらけになってしまいます。
「さあ、着きましたよ」
下層部の空洞を抜けて通路を歩く事しばし、カリン達一行は射出場へとやって来ました。体育館程の広さの部屋には壁一面に何かの装置が並びランプが光っていて、部屋の中央には龍化したミュウがすっぽりと二人は入れる程の大きな黒光りをした球体が置いてありました。
「アレ、でちか……?」
「はい。そうです」
「結構でかいな……」
「大きいですが外角は衝撃緩和剤などで埋められていますので、実際はもっと狭いですよ」
今現在のカリン達の心境は大きい小さいの問題では無く、本当に大丈夫かどうかだけです。
「さあ、それでは乗り込んで下さい」
「え……古龍帝様。乗り込むっつったって入口がありませんぜ?」
見ても入口の様なモノは見当たらず、球体は只々黒光りしているだけでした。
「裏手に入口がありますよ」
古龍帝の少女が言う通りにカリン達が裏手に回るとポッカリと口が開いています。普通、こういった場面の時は入口を正面にするものですが、そこは龍ジョークの一環なのです。中に入るとそこは十畳程の空間となっていて、内部にはモノリスの様な板状の柱が五本立っていました。
「何でちか? アレは」
「皆さんの身体を固定する為の拘束具ですよ」
「そうでちか…………。あ、そうだシルビア」
「ん? 何? カリン」
ちょっとちょっと。と、手招きするカリンに、シルビアは何だろ何だろ。と、思いながら近寄ります。そして、手招きしていたカリンの手の平がシルビアのお腹に当てられると、そのままドンッ。とモノリスに向かって押し込みました。
「ちょ、カリン?! 何すんのぉぉぉぉっ!」
押されたシルビアはバランスを崩してそのまま後退り、モノリスに背中を打ち付けます。
「非道いじゃない! 急に押すな……んて?」
モノリスから生えてきたナニカがシルビアのお腹を絡め取って磔にしました。
「え……? ナニコレ……?」
続いて足首を絡め取って固定し、そして太腿も同様に固定します。その時何故かは分かりませんが、ゆっくりと舐める様に巻き付いたその感触に、シルビアは思わずアッチ方面の声が出てしまいました。更に胸部も感触を楽しむかの様にゆっくりと巻き付き、その姿は軟体生物に絡め取られた女性の様に見えます。ですがこれは身体を固定するのにやむを得ない事なのです。何しろ音速十で飛翔する様な代物ですので、安全第一なのです。そして次なる安全第一は股からやって来ました。股下から生え出した黒いナニカが、シルビアの肩に向かって伸びてゆきます。
「ちょっ?! 擦れてる擦れてるっ!」
そんなシルビアの言葉に耳を貸さず、黒いナニカはゆっくりと、しかし確実に舐める様にゾゾゾゾ。と肩を目指します。
「だからぁ擦れてるってぇ……」
固定が終わる頃にはシルビアはグッタリとしていて項垂れていました。そんなあられもないシルビアの姿を見ていたお店のマスターは、直立不動では居られませんでした。
「全く大袈裟だぞ?」
「そ、そんな事言ったってぇ……。ミュウさんだってきっとこうなりますよ」
身体を若干反応させながら、シルビアはミュウに言いました。
「フン。私はそんなヤワではない。ではご主人様お先に」
言ってミュウがモノリスに寄り掛かると、シルビアの時と同じ様に黒いナニカに絡み付かれましたが、別に何事もなく平然として終わりました。それを見ていたシルビアは、もしかして自分の身体が変なのでは? と思っていましたが、ミュウはエンシェントドラゴンですので感じる場所は人とは違うのです。
その後お店のマスター、そしてカリンと、身体を固定しましたが、別に何事も無く、又黒いナニカも機械的に固定しただけでした。『何で私だけこんな目に……?』と、そう思っているシルビアですが、エリザ王女が居ない現在は彼女がその代わりを務める事など決して気付かないでしょう。
「それでは黄龍、皆さん。よろしくお願いします」
古龍帝の少女が外に出て扉を閉めると、球体に振動が伝わります。感覚からしてどうやら下へと運ばれている様です。そしてその振動に合わせて、シルビアがモジモジとし始めました。
「シルビア、トイレに行きたいのでち?」
「ち、違っ! あの……その。し、振動が……」
「振動……?」
何を言っているのか理解が出来ないミュウとお店のマスターは互いに顔を見合わせます。唯一、その事情を知っているカリンは、心の中で極楽浄土への道を楽しんでくれ。と思っていたのでした。
黒光りの球体は右へ行ったり左へ行ったり。何度かそれを繰り返して射出口へと運ばれてゆきます。それもピタリ。と止むと、何かで固定された様な音が聞こえて来ました。そして、どこからともなく古龍帝の少女の声が聞こえます。
『固定完了しました。カウントダウンを始めますね』
カウントは十から始まり少しづつ減ってゆきます。
『五、四、三……』
ゴクリ。カリン達に緊張が走ります。僅かに震える手を固く握りしめるシルビアは緊張どころではありませんでした。
『ゼロ! 射出っ!』
古龍帝の少女の声と同時にカリン達に凄まじい重力が襲いかかります。
「あっ! くっ食い込みがっ、振動がぁぁんっ!」
誰も彼もが押し潰されそうになるのを必死に堪えている只中で、シルビアだけは極楽浄土への道を歩み始めました。こうしてカリン達は古龍帝の庭園を離れ、一路カミワノギ大陸南方にある亜熱帯、タイテー密林へと旅立って行ったのでした。
その頃のジーン。
「ハァ……。久々のお風呂なのかしら。気持ちいいのかしら」
ジーンが手拭いを膨らませて湯に沈めてブクブクっと中の空気を湯面に浮かべていると、強烈な振動が伝わってきました。
「な! 何なのかしら!?」
敵襲では!? と思い、大きな窓から外を眺め見ると、黒光りする球体が庭園から離れてゆくのが見えます。
「あ、あいつ等が出発したのかしら。それにしても、あいつ等で大丈夫かしら。ベヒモースは特殊なヤツかしら」
ジーンが彼女達の行く先の心配をしていると、ブルリッとその身体が小さく震えます。
「湯冷めしたのかしら。お風呂に入り直すのかしら」
ジーンが湯船に戻ろうと振り向くと、室内には氷柱が何本も垂れ下がっているのが見えました。
「つ、氷柱なのかしら?! ま、まさかなのかしら……」
恐る恐る脱衣所の方向に視線を向けるジーン。と同時に、カラリ。とその戸が開かれて風呂場に入って来た人物と視線がかち合います。
「ジーン、一緒してもよろしおすかぁ。お背中流してあげますぇ」
「エリッサなのかしら!? 止めろ来るななのかしら! 湯が、湯が凍るなのかしらぁぁぁっ!」
こうして風の精霊王ジーンは、氷の精霊王であるエリッサと共に久々のお風呂を堪能したのでした。
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