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二章 世界の斜塔から。
六 ちっちゃなアサシン。
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「待って下さいご主人様」
ゾンビの様にフラフラと出てゆく、村人アンド暴走娘シルビアの跡を付けようとしたカリンをミュウが止めました。
「なんでちかミュウ。見失ってしまうでち」
「この部屋に入ってはいけません」
「どうちてでち?」
「この部屋には毒が蔓延しています」
「「毒?!」」
カリンとお店のマスターは、揃って声を上げて揃って部屋の中を見ます。
「はい。毒と言っても致死性のモノでは無く、精神に作用する様な毒です」
ミュウの話によれば、嗅ぐと段々気持ち良くなってきてしまい、一定以上嗅ぎ続ければ、抗う意志が無くなり従順になってしまうのだそうです。
「ここは外側から空気が入り込んで来ているのでまだ大丈夫ですが、ここから先は危険域になります」
「それは厄介でちね。発生源は分かるのでちか?」
「ええ、恐らくは中央に置かれたお香でしょう」
ミュウが示した指の先には石で出来た台座が置かれていて、その上に鉄製のお椀が置かれ、モウモウと煙を上げていました。
「ですので、私がアレを排除してきます。ご主人様は暫しお待ちを」
ミュウはエンシェントドラゴンですので、様々な状態異常の耐性を持っているのです。
ミュウは誰も居ない事を確認すると、石の台座からお椀を持ち出して部屋の隅に埋めました。そして、背中から翼を生やして村人達が出て行った入り口に向かって、翼を羽ばたかせます。
「ん? 何をしているんだ」
岩の影から見ていたお店のマスターは、ミュウの奇妙な行動に首を傾げます。
「換気をしているのでちよ」
入り口方向に風を送り込む事によって、カリン達がやって来た穴から部屋に向かって、風が流れ込んでいるのが分かります。部屋の中に立ち込めていた霧が晴れると同時に、ミュウも羽ばたきを止めて生やした翼を収納しました。
「これでもう大丈夫です」
「お疲れ様でち」
意気揚々と戻ってきたミュウに、カリンは労いの言葉を掛けます。
「それじゃ、行くでちか」
カリンの言葉にミュウとお店のマスターは頷きました。こうしてカリン達一行は、暴走娘シルビアと村人の救出作戦を開始したのでした。
村人達が捕らわれていた部屋を出てしばし、迷路の様に入り組んだ洞窟を彷徨い歩きやっと見つけた出口の側で、カリン達は身を低くして外を伺っていました。
眼前に見えるのは、山を切り出して造ったと思しき塔があり、比較として良く登場を果たす某ドーム五個分の広さがある露天掘りの中央で、ピサの斜塔の様に傾いていました。そのてっぺんの先には、あの古龍帝の庭園が在るだろう事はカリン達にも分かっていました。
遥か下方、米粒程の大きさをした何かが蠢いているのが見えます。それ等が全て人だとすると、シメニリギ村の人口を遥かに超えています。どうやら、シメニリギだけでなく近隣の村からも労働力を確保していた様です。
「コイツぁ、結構大掛かりだな……どうするカリンちゃん」
「そうでちね……」
カリンはフム。と、考え込みました。古龍帝の庭園滞在時に考えていたプランは、ミュウを龍化して特攻させ、相手が混乱している隙に風の精霊王ジーンを救出、塔を破壊して緊急離脱する。というものでした。しかし、ここまで規模が大きくなると、ミュウが龍化した途端相手に見つかり、龍王派達に囲まれてフルボッコされるのは目に見えています。
「隠密で行動してジーンを救出したと同時に、ミュウは龍化。塔を破壊して離脱するでちよ」
「なる程、コソコソキュウドッカン作戦ですね」
ミュウもお店のマスターと同様に、ネーミングセンスが地に落ちている様でした。そして、カリンが暴走娘シルビアの事を触れていない事に関して、誰一人として指摘をする人は居ませんでした。
「先ずはそこに居る見張りを片付けるでち。合図をするまで待ってるでちよ」
「分かった。カリンちゃん気を付けてな」
お店のマスターにサムズアップで応えたカリンは、シュタタタタ。と、低い背を更に低くして、足音を立てずに駆け抜けます。そして、カリン達に背を向けて塔方向を警戒に当たっていた、黒いローブを羽織った人物の背中に飛び付くとその頭を掴みました。
ゴキュリ。とした音と共に、その人物の視線が絶対に見える事の無い方向へと向けられてその場に崩れ落ちます。他の見張りに気付かれていない事を確認したカリンは、驚いた表情のままで真後ろを向いている。既に事切れた男をズルズルっと引き摺って物陰に隠します。その鮮やかな手口は、まるで暗殺者の様でした。
「スゲェ……」
優美ともいえる所作で、あっという間に見張りの一人を無力化したカリンに、お店のマスターは感嘆の呟きを漏らします。
「感心していないでさっさと行くぞ。ご主人様が呼んでいる」
ミュウに言われて我に返ったお店のマスターがカリンを見ると、ちっちゃな手の平をちょこちょこと動かして、コッチに来る様にジェスチャーをしていました。
「オーケー。それじゃ行こう」
ミュウとお店のマスターは、先程のカリンの行動に習って、出来うる限り身を低くしてカリンの元へと移動します。
それを何度か繰り返し、カリン達一行は露天掘りの下層までやって来ました。しかし、ここまで来ると流石に監視の目も厳しくなり、一歩も進めません。どうしたものか。と、思案を進めるカリンにミュウは指を差します。
「ご主人様。あそこから中に入って、監視が緩い場所に移動してはどうでしょうか?」
「そうでちね。このまま進んでも見つかるだけでち。反対側からなら行けるかもしれないでちね」
スススッ。と、物陰に隠れながら、カリン達はポッカリと開いている横穴へと進みます。穴の手前で周囲を見渡し、誰にも気付かれてない事を確認したカリン達は一気に横穴に侵入します。しかし、今まで見つからなかったのはタダの偶然。と言わんばかりに、バッタリ。と敵対勢力と遭遇してしまいました。黒いローブを羽織る者は二名で、恐らくは職場放棄して歓談していたのでしょう。バタバタバタッとした音に何事かと視線を向けると、そこには背の低い子供と胸部を弾ませる妖艶な女、そしてどうでも良いおっさんが走る姿が目に映ります。たゆんたゆん。と揺れる女の胸部に一瞬目を取られた黒ローブ達は、ハッと我に返って大声を上げようとしました。
「なっ、何もっ……!」
声を張り上げようとした矢先、ブヅリ。と小さな音がして、直後に喉から液体が吹き出します。ミュウのおっぱいに気を取られた一瞬の隙に、カリンが投げナイフを放っていたのです。カリンはそのままシュタタタ。と駆け、壁を蹴ってもう片方の黒ローブの頭に全体重を掛けます。走り込みと壁を蹴った勢いで質量が増したカリンの体重が掛かり、ゴギュリ。と音を立て黒ローブの首が真横に向き、戦闘は終わりました。
「ふう、驚いたぜ。まさかこんな所でサボってやがったとはな……」
「ああ、だが流石はご主人様。鮮やかな勝利でした」
「わたちもビックリしたでち。大声出されなくて良かったでちよ」
「んじゃ、コイツ等運んで隠蔽を――」
「やらなくて良いでち」
カリンは刺さっている投げナイフを抜き取り、付いた液体をローブで拭って仕舞いました。
「地面を見れば何かあったのは一目瞭然でち。こうなった以上はとっととジーンを救出して逃げるでちよ」
出来れば穏便に済ませたかったカリンですが、ここからは時間が勝負の要となります。見つかって騒がれるのが先か、風の精霊王ジーンの救出が先か。カリン達は気を引き締め、廊下を駆けてゆくのでした――
カリン達の怒涛の快進撃は続いていました。散発的に立っている見張りの首をへし折り、時には投げナイフを飛ばして無力化します。ある時は置いてあった段ボー……木箱に隠れてやり過ごしたりしていました。そこそこの時間が経過しましたが、未だバレてはいないようです。
「ここは……牢屋か?」
大人数の見張りを回避する為に、上の階下の階を行ったり来たりしている内に、カリン達一行は地下牢へとやって来た様でした。ポツリポツリ。と灯されているランタンの明かりを頼りに、ジメジメとした通路を進むカリン達。一応牢屋の中を確認しながら進んでいましたが、内部の住人は返事がないタダの屍ばかりです。と、カリン達の姿を見て、ガシャリ。と、鉄格子に飛び付いた住人が居ました。
「か、カリン?!」
「し、シルビアちゃん? 何でここに……?」
返事がないタダの屍への道のりを、一歩づつ歩んでいたのは暴走娘シルビアだったのです。お店のマスターが驚いて立ち止まる中、カリンとミュウはそのまま進もうとしました。
「ちょおっとぉ! 何、無視してんのぉっ?!」
大きく張り上げたシルビアの声が、地下牢内にワンワン。と響き渡りました。このままワアワア。と、騒がれては面倒なので、カリンは仕方無くシルビアの所へ戻ります。
「どちらにしろ鍵が無くては開けられないでちよ」
鉄格子には南京錠が掛けられていますし、近くに鍵束は見当たりませんので、先へ進んで鍵を見つけ出さなくてはなりません。
「んー、針金って持ってる?」
「有るでちが、どうするでちか?」
ホイ。と渡した針金を、シルビアはグニャリグニャリと曲げて鉄格子に抱き付きます。
「ここをこーして、こーやって……」
ガチャリ。と、南京錠が開いた音がすると、シルビアは満面な笑みを浮かべました。
「ホラ開いた」
「あんた、何処でそんな技能を身に付けたんでち?」
ドヤ顔で牢から出てきたシルビアに、カリンはため息混じりで問い掛けます。
「お屋敷で遊んでいるうちに出来る様になったの」
夜中に部屋を抜け出しては鍵の掛かった部屋を開けて遊んでいたそうです。シルビアが朝弱い理由の一つはこれだったのか。と、カリンは思っていました。そしてふと、ある事を思い出します。
「あんたまさか、わたちの部屋に入り込んでお菓子とかくすねて無いでちよね……?」
カリンの問い掛けに、シルビアはビクッ。と反応します。メイド時代、後で食べようと取っておいたお菓子がいつの間にか無くなっている。という、世にも奇妙な出来事が度々あったのです。
「んま、まままさか。そそそんな事してないよぅ」
ダラダラと掻く汗。右へ左へ上へ下へと泳ぐ視線は物語っていました。カリンはネズミが入り込んで持ち出したとばかり思っていたのですが、どうやらかなり大きなメスネズミが入り込んでいた様です。カリンは取り敢えずその事を先延ばしにして急ぎます。カリンの頭の中では、後でこめかみグリグリの刑が確定していました。食べ物の恨みは恐ろしいのです。
シルビアの話によると、穴蔵で光を見つけて勇んで駆け込むと、村人風の様相をした人達が居たのだそうです。声を掛けても何の反応も無く、そのうちなんだか目がトロンとしてきて、ハッと気付いた時には村人風達と一緒に、何処かへ連れて行かれる最中だったようです。隙きを見て逃げ出すも黒ローブ達に見つかってしまい、両脇をガッチリとホールドされてここへ放り込まれたのだそうです。
「どうしようかと思ってた所にカリン達が来たから助かったよぉ」
「本当は置いていこうと思ってたんでちがね」
カリンの言葉にミュウも頷きます。
「敵地で勝手気ままに動かれては迷惑以外の何者でもないぞ?」
ミュウの物言いにシルビアもシュンとして俯きました。それを見たお店のマスターはカリン達とシルビアの間に入ります。
「まぁまぁ。説教は後にして、取り敢えず精霊王様を救い出そうじゃないか」
「そうでちね。うかうかしてると――」
潜入がバレる。そう言おうとした時でした。どこからともなくサイレンの音がけたたましく鳴り始めました。
「見つかっちまったか」
「そうでちね」
「落ち着いてる場合じゃないでしょ?! 一体何をしたのよ!?」
「何って決まっているじゃないでちか。見張りを殺りながら来たのでちよ」
カリンはシルビアに悪役のにやけヅラを見せ付けました。その後ろでは、関与していないミュウやお店のマスターまでもが、揃って同じ顔をしていたのでした――
風の精霊王ジーンを救出する為牢屋を後にしたカリン達は、シルビアを仲間に加えた為に移動速度も僅かながら上がりました。
シルビアは無属性に大別する中でも非常に稀有な音属性の持ち主です。彼女は現在、エコーロケーション(本人は頑なにエコエコと称しています)を使って敵の居場所を特定しているのです。
排除可能な敵ならば、カリンが低い姿勢でシュタタタ。と駆けて背後から接近し、相手の喉にナイフを突き立て、或いはその首を絶対に曲がらない方向へと曲げて無力化してゆきました。
「何度見ても惚れ惚れする様な手口だね」
戻って来たカリンにシルビアは拍手で迎えます。
「手口とか言わないでくれでちよ。悪事を働いている訳じゃないでち」
カリンの手ぐ……こほん。戦闘スタイルは、冒険者時代に培ったものでした。人であれ魔物であれ、成人でも人族の半分くらいしかない背丈の種族ですから、視線が外れやすいのです。特に、今現在の様な人族と共に行動をしていると、背の高い方に視線が行きがちになってカリンから外れ、不意を突き易いのです。現に何度かミュウとお店のマスターを先に歩かせ、その影に潜んで奇襲を掛けたりしていました。
「ん……?」
カリンの後ろを歩いていたミュウが、何かに気づいた様に呟きました。
「ミュウ。どうちたんでちか?」
「ジーンの気配があります」
「それはどっちの方向でち?」
こっちです。と、ミュウが指差す方向に一同は驚きました。その方向とは建設途中である塔とは真逆でした。
「何だって!? 精霊王様は塔に囚われているんじゃないのか?!」
「恐らく、塔が完成してから運ばれるんじゃないでちか?」
お店のマスターは成る程と頷きました。
「好都合でちね」
「好都合……? ああ、そうか。そうだな」
お店のマスターはカリンの意図を理解しました。厳戒態勢が敷かれている現在、塔へ向かってだだっ広い広場を強行突破するよりは、遥かに都合が良いのです。
「ミュウ。案内するでち。シルビアは索敵するでちよ」
こうしてカリン達は、ミュウの何となくな感覚とシルビアの音属性魔法の索敵によって邪魔者を排除しつつ、風の精霊王ジーンが囚われている場所へと向かいました。
「こいつぁ、なかなか……」
通路の先での光景に、お店のマスターが唸ります。先には野球場程もある円形状の広い部屋があり、そこの中央にはこれまた円形状の鉄格子がありました。その中には椅子が一つ置かれていて、誰かが座っているのが見えました。
「あれが風の精霊王ジーン様……?」
「恐らくそうでちね」
あまりにも遠すぎて、男なのか女なのかも分かりません。ただ、芽吹きたての若葉よりも薄い黄緑色の服を着ているのだけは分かりました。
「流石に警戒が厳しいな……」
お店のマスターの呟き通りに、部屋内には黒いローブを着た者達が数多く徘徊しています。流石のカリンでもこれだけの数を捌く事は出来ません。
「どうするよ。カリンちゃん」
「そうでちね……」
カリンは自身の顎に指の腹を当ててフム。と、考え込みました。
「ミュウ。アシッドブレスで全員溶かすでち」
「ジーンまで溶けますけど……?」
流石に大雑把過ぎます。
「じゃあ、私の魔法いじめっ子のワルツで……」
それも大して変わりません。
「ダメだぜシルビアちゃん。それじゃジーン様の鼓膜まで破れちまう」
そっかー。とシュンとして項垂れるシルビアです。そんなやりとりを見ていたミュウが何かを思い付いた様でした。
「シルビア。お前の声をジーンだけに届ける事は出来るか?」
「え……? ああ、そういう事でちか」
一瞬、何を言ってんだコイツ。と、思ったカリンですが、ミュウが何をしたいのかを理解した様です。当のシルビアとお店のマスターは、ミュウの言葉に大量の疑問符を浮かび上がらせていました。
「ど、どういう事なんだ?」
「つまり、ジーンだけに届く声で耳を塞ぐ様に忠告して、いじめっ子のワルツを放つのでちよ」
ここまで説明されて、お店のマスターは漸く気づいた様でした。そして、皆の視線がシルビアに注がれます。
「え……あ、あの」
シルビアの挙動不審ぶりから、ダメかと思った時でした。
「分かった。やってみるね」
スックと立ち上がりズズイッと一歩前に出たシルビアに、威厳の様なモノを見た気がしたカリン達ですが、気の所為でした。
そしてそのシルビアは、人差し指と中指の二本をコメカミに当ててジーンをキッと睨みます。彼女の正面に回ってそれを見ると、思わずチューしたくなる程の可愛い顏をしていました。
『あなた様は、風の精霊王ジーン様でいらっしゃいますか?』
「だっ、誰っ!?」
檻の中で特にやる事も無く、暇な時間を過ごしていたジーンは、突然頭の中に響いた声に慌てて顔を上げて辺りをキョロキョロと見ました。静かだった檻の中の女が、突然声を上げてキョロキョロし出したのを見た黒ローブ達は、一斉に彼女を見つめます。
その頃、部屋外の暗がりに身を潜めるカリン達は、その様子を見て誰一人例外なく『反応しちゃダメだろう』と内心で思っていました。シルビアはそのまま構わず話を進めます。
『私はあなたを助けに来た者です。これから魔法を使用しますので、終わるまで耳を塞いでいて下さい』
シルビアの念波はここで終わりました。シルビアの手が下されたのを見たカリン達は、伝え終わった事を悟ります。そして、ジーンが耳を塞ぐのを待っていました。
「うんっ! 分かったっ!」
元気よく返事をした風の精霊王ジーンは椅子から立ち上がると、耳を塞いでしゃがみ込みます。それを見ていたカリン達は、『だから何で声に出して返事をするんだ』と誰しもが思っていました。そして、ジーンが返事を返すまでに少し間が開いたのは、声が遅れてやって来たからでした。
ジーンの奇怪な行動に黒ローブ達は、何だ何事だ。と、檻の周りに集まり始め、側から見ると、黒い土筆がユラユラと揺れている様にしか見えませんでした。
「シルビア。やるでちよ」
「オッケー。耳塞いでてね」
シルビアはカリン達にウィンクすると、肺一杯に空気を吸い込み、そしてむせ返ります。シルビアはお約束を外さない女の子なのでした。気を取り直したシルビアは、再び大きく吸い込むと、室内に向かって口を大きく開きました。
大口を開けておねだりをする様な表情をしているシルビアですが、その口から放たれているモノは、いかな絶倫仕様者だろうが瞬時に昇天(生命活動的に)させてしまう程の圧力がありました。ちなみに、カリン達は耳を塞いでいるので聞こえませんが、シルビアが放っている声は、ボェェーと聞こえます。
「凄い威力だ!」
耳を塞いだままお店のマスターは叫びます。しかし、皆耳を塞いでいるので誰にも聞こえませんし、唯一聞こえている者達も、突然の怪音波にそれどころではありませんでした。
「……ふう」
自身の欲求が満たされたかの様な、スッキリとした表情のシルビア。ドヤ顔で振り返ると、耳を塞いでいたカリン達も虫の息でした。無論、塞いでいない黒ローブ達は、例外なく他界していました。
「だ、大丈夫? カリン」
「あまり大丈夫じゃないでち。少しは抑えてくれないと、次は死に兼ねないでちよ」
「ああ、ネオ・デレーラ城の時よりも威力が増しているぜ」
シルビアもそれなりに成長している。という事でしょう。ちなみに、エンシェントドラゴンであるミュウは、各種の耐性が高い為にケロリとしていたのでした――
ゾンビの様にフラフラと出てゆく、村人アンド暴走娘シルビアの跡を付けようとしたカリンをミュウが止めました。
「なんでちかミュウ。見失ってしまうでち」
「この部屋に入ってはいけません」
「どうちてでち?」
「この部屋には毒が蔓延しています」
「「毒?!」」
カリンとお店のマスターは、揃って声を上げて揃って部屋の中を見ます。
「はい。毒と言っても致死性のモノでは無く、精神に作用する様な毒です」
ミュウの話によれば、嗅ぐと段々気持ち良くなってきてしまい、一定以上嗅ぎ続ければ、抗う意志が無くなり従順になってしまうのだそうです。
「ここは外側から空気が入り込んで来ているのでまだ大丈夫ですが、ここから先は危険域になります」
「それは厄介でちね。発生源は分かるのでちか?」
「ええ、恐らくは中央に置かれたお香でしょう」
ミュウが示した指の先には石で出来た台座が置かれていて、その上に鉄製のお椀が置かれ、モウモウと煙を上げていました。
「ですので、私がアレを排除してきます。ご主人様は暫しお待ちを」
ミュウはエンシェントドラゴンですので、様々な状態異常の耐性を持っているのです。
ミュウは誰も居ない事を確認すると、石の台座からお椀を持ち出して部屋の隅に埋めました。そして、背中から翼を生やして村人達が出て行った入り口に向かって、翼を羽ばたかせます。
「ん? 何をしているんだ」
岩の影から見ていたお店のマスターは、ミュウの奇妙な行動に首を傾げます。
「換気をしているのでちよ」
入り口方向に風を送り込む事によって、カリン達がやって来た穴から部屋に向かって、風が流れ込んでいるのが分かります。部屋の中に立ち込めていた霧が晴れると同時に、ミュウも羽ばたきを止めて生やした翼を収納しました。
「これでもう大丈夫です」
「お疲れ様でち」
意気揚々と戻ってきたミュウに、カリンは労いの言葉を掛けます。
「それじゃ、行くでちか」
カリンの言葉にミュウとお店のマスターは頷きました。こうしてカリン達一行は、暴走娘シルビアと村人の救出作戦を開始したのでした。
村人達が捕らわれていた部屋を出てしばし、迷路の様に入り組んだ洞窟を彷徨い歩きやっと見つけた出口の側で、カリン達は身を低くして外を伺っていました。
眼前に見えるのは、山を切り出して造ったと思しき塔があり、比較として良く登場を果たす某ドーム五個分の広さがある露天掘りの中央で、ピサの斜塔の様に傾いていました。そのてっぺんの先には、あの古龍帝の庭園が在るだろう事はカリン達にも分かっていました。
遥か下方、米粒程の大きさをした何かが蠢いているのが見えます。それ等が全て人だとすると、シメニリギ村の人口を遥かに超えています。どうやら、シメニリギだけでなく近隣の村からも労働力を確保していた様です。
「コイツぁ、結構大掛かりだな……どうするカリンちゃん」
「そうでちね……」
カリンはフム。と、考え込みました。古龍帝の庭園滞在時に考えていたプランは、ミュウを龍化して特攻させ、相手が混乱している隙に風の精霊王ジーンを救出、塔を破壊して緊急離脱する。というものでした。しかし、ここまで規模が大きくなると、ミュウが龍化した途端相手に見つかり、龍王派達に囲まれてフルボッコされるのは目に見えています。
「隠密で行動してジーンを救出したと同時に、ミュウは龍化。塔を破壊して離脱するでちよ」
「なる程、コソコソキュウドッカン作戦ですね」
ミュウもお店のマスターと同様に、ネーミングセンスが地に落ちている様でした。そして、カリンが暴走娘シルビアの事を触れていない事に関して、誰一人として指摘をする人は居ませんでした。
「先ずはそこに居る見張りを片付けるでち。合図をするまで待ってるでちよ」
「分かった。カリンちゃん気を付けてな」
お店のマスターにサムズアップで応えたカリンは、シュタタタタ。と、低い背を更に低くして、足音を立てずに駆け抜けます。そして、カリン達に背を向けて塔方向を警戒に当たっていた、黒いローブを羽織った人物の背中に飛び付くとその頭を掴みました。
ゴキュリ。とした音と共に、その人物の視線が絶対に見える事の無い方向へと向けられてその場に崩れ落ちます。他の見張りに気付かれていない事を確認したカリンは、驚いた表情のままで真後ろを向いている。既に事切れた男をズルズルっと引き摺って物陰に隠します。その鮮やかな手口は、まるで暗殺者の様でした。
「スゲェ……」
優美ともいえる所作で、あっという間に見張りの一人を無力化したカリンに、お店のマスターは感嘆の呟きを漏らします。
「感心していないでさっさと行くぞ。ご主人様が呼んでいる」
ミュウに言われて我に返ったお店のマスターがカリンを見ると、ちっちゃな手の平をちょこちょこと動かして、コッチに来る様にジェスチャーをしていました。
「オーケー。それじゃ行こう」
ミュウとお店のマスターは、先程のカリンの行動に習って、出来うる限り身を低くしてカリンの元へと移動します。
それを何度か繰り返し、カリン達一行は露天掘りの下層までやって来ました。しかし、ここまで来ると流石に監視の目も厳しくなり、一歩も進めません。どうしたものか。と、思案を進めるカリンにミュウは指を差します。
「ご主人様。あそこから中に入って、監視が緩い場所に移動してはどうでしょうか?」
「そうでちね。このまま進んでも見つかるだけでち。反対側からなら行けるかもしれないでちね」
スススッ。と、物陰に隠れながら、カリン達はポッカリと開いている横穴へと進みます。穴の手前で周囲を見渡し、誰にも気付かれてない事を確認したカリン達は一気に横穴に侵入します。しかし、今まで見つからなかったのはタダの偶然。と言わんばかりに、バッタリ。と敵対勢力と遭遇してしまいました。黒いローブを羽織る者は二名で、恐らくは職場放棄して歓談していたのでしょう。バタバタバタッとした音に何事かと視線を向けると、そこには背の低い子供と胸部を弾ませる妖艶な女、そしてどうでも良いおっさんが走る姿が目に映ります。たゆんたゆん。と揺れる女の胸部に一瞬目を取られた黒ローブ達は、ハッと我に返って大声を上げようとしました。
「なっ、何もっ……!」
声を張り上げようとした矢先、ブヅリ。と小さな音がして、直後に喉から液体が吹き出します。ミュウのおっぱいに気を取られた一瞬の隙に、カリンが投げナイフを放っていたのです。カリンはそのままシュタタタ。と駆け、壁を蹴ってもう片方の黒ローブの頭に全体重を掛けます。走り込みと壁を蹴った勢いで質量が増したカリンの体重が掛かり、ゴギュリ。と音を立て黒ローブの首が真横に向き、戦闘は終わりました。
「ふう、驚いたぜ。まさかこんな所でサボってやがったとはな……」
「ああ、だが流石はご主人様。鮮やかな勝利でした」
「わたちもビックリしたでち。大声出されなくて良かったでちよ」
「んじゃ、コイツ等運んで隠蔽を――」
「やらなくて良いでち」
カリンは刺さっている投げナイフを抜き取り、付いた液体をローブで拭って仕舞いました。
「地面を見れば何かあったのは一目瞭然でち。こうなった以上はとっととジーンを救出して逃げるでちよ」
出来れば穏便に済ませたかったカリンですが、ここからは時間が勝負の要となります。見つかって騒がれるのが先か、風の精霊王ジーンの救出が先か。カリン達は気を引き締め、廊下を駆けてゆくのでした――
カリン達の怒涛の快進撃は続いていました。散発的に立っている見張りの首をへし折り、時には投げナイフを飛ばして無力化します。ある時は置いてあった段ボー……木箱に隠れてやり過ごしたりしていました。そこそこの時間が経過しましたが、未だバレてはいないようです。
「ここは……牢屋か?」
大人数の見張りを回避する為に、上の階下の階を行ったり来たりしている内に、カリン達一行は地下牢へとやって来た様でした。ポツリポツリ。と灯されているランタンの明かりを頼りに、ジメジメとした通路を進むカリン達。一応牢屋の中を確認しながら進んでいましたが、内部の住人は返事がないタダの屍ばかりです。と、カリン達の姿を見て、ガシャリ。と、鉄格子に飛び付いた住人が居ました。
「か、カリン?!」
「し、シルビアちゃん? 何でここに……?」
返事がないタダの屍への道のりを、一歩づつ歩んでいたのは暴走娘シルビアだったのです。お店のマスターが驚いて立ち止まる中、カリンとミュウはそのまま進もうとしました。
「ちょおっとぉ! 何、無視してんのぉっ?!」
大きく張り上げたシルビアの声が、地下牢内にワンワン。と響き渡りました。このままワアワア。と、騒がれては面倒なので、カリンは仕方無くシルビアの所へ戻ります。
「どちらにしろ鍵が無くては開けられないでちよ」
鉄格子には南京錠が掛けられていますし、近くに鍵束は見当たりませんので、先へ進んで鍵を見つけ出さなくてはなりません。
「んー、針金って持ってる?」
「有るでちが、どうするでちか?」
ホイ。と渡した針金を、シルビアはグニャリグニャリと曲げて鉄格子に抱き付きます。
「ここをこーして、こーやって……」
ガチャリ。と、南京錠が開いた音がすると、シルビアは満面な笑みを浮かべました。
「ホラ開いた」
「あんた、何処でそんな技能を身に付けたんでち?」
ドヤ顔で牢から出てきたシルビアに、カリンはため息混じりで問い掛けます。
「お屋敷で遊んでいるうちに出来る様になったの」
夜中に部屋を抜け出しては鍵の掛かった部屋を開けて遊んでいたそうです。シルビアが朝弱い理由の一つはこれだったのか。と、カリンは思っていました。そしてふと、ある事を思い出します。
「あんたまさか、わたちの部屋に入り込んでお菓子とかくすねて無いでちよね……?」
カリンの問い掛けに、シルビアはビクッ。と反応します。メイド時代、後で食べようと取っておいたお菓子がいつの間にか無くなっている。という、世にも奇妙な出来事が度々あったのです。
「んま、まままさか。そそそんな事してないよぅ」
ダラダラと掻く汗。右へ左へ上へ下へと泳ぐ視線は物語っていました。カリンはネズミが入り込んで持ち出したとばかり思っていたのですが、どうやらかなり大きなメスネズミが入り込んでいた様です。カリンは取り敢えずその事を先延ばしにして急ぎます。カリンの頭の中では、後でこめかみグリグリの刑が確定していました。食べ物の恨みは恐ろしいのです。
シルビアの話によると、穴蔵で光を見つけて勇んで駆け込むと、村人風の様相をした人達が居たのだそうです。声を掛けても何の反応も無く、そのうちなんだか目がトロンとしてきて、ハッと気付いた時には村人風達と一緒に、何処かへ連れて行かれる最中だったようです。隙きを見て逃げ出すも黒ローブ達に見つかってしまい、両脇をガッチリとホールドされてここへ放り込まれたのだそうです。
「どうしようかと思ってた所にカリン達が来たから助かったよぉ」
「本当は置いていこうと思ってたんでちがね」
カリンの言葉にミュウも頷きます。
「敵地で勝手気ままに動かれては迷惑以外の何者でもないぞ?」
ミュウの物言いにシルビアもシュンとして俯きました。それを見たお店のマスターはカリン達とシルビアの間に入ります。
「まぁまぁ。説教は後にして、取り敢えず精霊王様を救い出そうじゃないか」
「そうでちね。うかうかしてると――」
潜入がバレる。そう言おうとした時でした。どこからともなくサイレンの音がけたたましく鳴り始めました。
「見つかっちまったか」
「そうでちね」
「落ち着いてる場合じゃないでしょ?! 一体何をしたのよ!?」
「何って決まっているじゃないでちか。見張りを殺りながら来たのでちよ」
カリンはシルビアに悪役のにやけヅラを見せ付けました。その後ろでは、関与していないミュウやお店のマスターまでもが、揃って同じ顔をしていたのでした――
風の精霊王ジーンを救出する為牢屋を後にしたカリン達は、シルビアを仲間に加えた為に移動速度も僅かながら上がりました。
シルビアは無属性に大別する中でも非常に稀有な音属性の持ち主です。彼女は現在、エコーロケーション(本人は頑なにエコエコと称しています)を使って敵の居場所を特定しているのです。
排除可能な敵ならば、カリンが低い姿勢でシュタタタ。と駆けて背後から接近し、相手の喉にナイフを突き立て、或いはその首を絶対に曲がらない方向へと曲げて無力化してゆきました。
「何度見ても惚れ惚れする様な手口だね」
戻って来たカリンにシルビアは拍手で迎えます。
「手口とか言わないでくれでちよ。悪事を働いている訳じゃないでち」
カリンの手ぐ……こほん。戦闘スタイルは、冒険者時代に培ったものでした。人であれ魔物であれ、成人でも人族の半分くらいしかない背丈の種族ですから、視線が外れやすいのです。特に、今現在の様な人族と共に行動をしていると、背の高い方に視線が行きがちになってカリンから外れ、不意を突き易いのです。現に何度かミュウとお店のマスターを先に歩かせ、その影に潜んで奇襲を掛けたりしていました。
「ん……?」
カリンの後ろを歩いていたミュウが、何かに気づいた様に呟きました。
「ミュウ。どうちたんでちか?」
「ジーンの気配があります」
「それはどっちの方向でち?」
こっちです。と、ミュウが指差す方向に一同は驚きました。その方向とは建設途中である塔とは真逆でした。
「何だって!? 精霊王様は塔に囚われているんじゃないのか?!」
「恐らく、塔が完成してから運ばれるんじゃないでちか?」
お店のマスターは成る程と頷きました。
「好都合でちね」
「好都合……? ああ、そうか。そうだな」
お店のマスターはカリンの意図を理解しました。厳戒態勢が敷かれている現在、塔へ向かってだだっ広い広場を強行突破するよりは、遥かに都合が良いのです。
「ミュウ。案内するでち。シルビアは索敵するでちよ」
こうしてカリン達は、ミュウの何となくな感覚とシルビアの音属性魔法の索敵によって邪魔者を排除しつつ、風の精霊王ジーンが囚われている場所へと向かいました。
「こいつぁ、なかなか……」
通路の先での光景に、お店のマスターが唸ります。先には野球場程もある円形状の広い部屋があり、そこの中央にはこれまた円形状の鉄格子がありました。その中には椅子が一つ置かれていて、誰かが座っているのが見えました。
「あれが風の精霊王ジーン様……?」
「恐らくそうでちね」
あまりにも遠すぎて、男なのか女なのかも分かりません。ただ、芽吹きたての若葉よりも薄い黄緑色の服を着ているのだけは分かりました。
「流石に警戒が厳しいな……」
お店のマスターの呟き通りに、部屋内には黒いローブを着た者達が数多く徘徊しています。流石のカリンでもこれだけの数を捌く事は出来ません。
「どうするよ。カリンちゃん」
「そうでちね……」
カリンは自身の顎に指の腹を当ててフム。と、考え込みました。
「ミュウ。アシッドブレスで全員溶かすでち」
「ジーンまで溶けますけど……?」
流石に大雑把過ぎます。
「じゃあ、私の魔法いじめっ子のワルツで……」
それも大して変わりません。
「ダメだぜシルビアちゃん。それじゃジーン様の鼓膜まで破れちまう」
そっかー。とシュンとして項垂れるシルビアです。そんなやりとりを見ていたミュウが何かを思い付いた様でした。
「シルビア。お前の声をジーンだけに届ける事は出来るか?」
「え……? ああ、そういう事でちか」
一瞬、何を言ってんだコイツ。と、思ったカリンですが、ミュウが何をしたいのかを理解した様です。当のシルビアとお店のマスターは、ミュウの言葉に大量の疑問符を浮かび上がらせていました。
「ど、どういう事なんだ?」
「つまり、ジーンだけに届く声で耳を塞ぐ様に忠告して、いじめっ子のワルツを放つのでちよ」
ここまで説明されて、お店のマスターは漸く気づいた様でした。そして、皆の視線がシルビアに注がれます。
「え……あ、あの」
シルビアの挙動不審ぶりから、ダメかと思った時でした。
「分かった。やってみるね」
スックと立ち上がりズズイッと一歩前に出たシルビアに、威厳の様なモノを見た気がしたカリン達ですが、気の所為でした。
そしてそのシルビアは、人差し指と中指の二本をコメカミに当ててジーンをキッと睨みます。彼女の正面に回ってそれを見ると、思わずチューしたくなる程の可愛い顏をしていました。
『あなた様は、風の精霊王ジーン様でいらっしゃいますか?』
「だっ、誰っ!?」
檻の中で特にやる事も無く、暇な時間を過ごしていたジーンは、突然頭の中に響いた声に慌てて顔を上げて辺りをキョロキョロと見ました。静かだった檻の中の女が、突然声を上げてキョロキョロし出したのを見た黒ローブ達は、一斉に彼女を見つめます。
その頃、部屋外の暗がりに身を潜めるカリン達は、その様子を見て誰一人例外なく『反応しちゃダメだろう』と内心で思っていました。シルビアはそのまま構わず話を進めます。
『私はあなたを助けに来た者です。これから魔法を使用しますので、終わるまで耳を塞いでいて下さい』
シルビアの念波はここで終わりました。シルビアの手が下されたのを見たカリン達は、伝え終わった事を悟ります。そして、ジーンが耳を塞ぐのを待っていました。
「うんっ! 分かったっ!」
元気よく返事をした風の精霊王ジーンは椅子から立ち上がると、耳を塞いでしゃがみ込みます。それを見ていたカリン達は、『だから何で声に出して返事をするんだ』と誰しもが思っていました。そして、ジーンが返事を返すまでに少し間が開いたのは、声が遅れてやって来たからでした。
ジーンの奇怪な行動に黒ローブ達は、何だ何事だ。と、檻の周りに集まり始め、側から見ると、黒い土筆がユラユラと揺れている様にしか見えませんでした。
「シルビア。やるでちよ」
「オッケー。耳塞いでてね」
シルビアはカリン達にウィンクすると、肺一杯に空気を吸い込み、そしてむせ返ります。シルビアはお約束を外さない女の子なのでした。気を取り直したシルビアは、再び大きく吸い込むと、室内に向かって口を大きく開きました。
大口を開けておねだりをする様な表情をしているシルビアですが、その口から放たれているモノは、いかな絶倫仕様者だろうが瞬時に昇天(生命活動的に)させてしまう程の圧力がありました。ちなみに、カリン達は耳を塞いでいるので聞こえませんが、シルビアが放っている声は、ボェェーと聞こえます。
「凄い威力だ!」
耳を塞いだままお店のマスターは叫びます。しかし、皆耳を塞いでいるので誰にも聞こえませんし、唯一聞こえている者達も、突然の怪音波にそれどころではありませんでした。
「……ふう」
自身の欲求が満たされたかの様な、スッキリとした表情のシルビア。ドヤ顔で振り返ると、耳を塞いでいたカリン達も虫の息でした。無論、塞いでいない黒ローブ達は、例外なく他界していました。
「だ、大丈夫? カリン」
「あまり大丈夫じゃないでち。少しは抑えてくれないと、次は死に兼ねないでちよ」
「ああ、ネオ・デレーラ城の時よりも威力が増しているぜ」
シルビアもそれなりに成長している。という事でしょう。ちなみに、エンシェントドラゴンであるミュウは、各種の耐性が高い為にケロリとしていたのでした――
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