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一章 そうだ。龍に会いに行こう。
二十三 ソッチ側のヒト。
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白龍の元から戻って来たカリン達ですが、美しかったエリッサ女王のお城が、何者かによって襲撃を受けてしまっていました。
「それにしても、おかしいですわね」
カリンを先頭に、三番目を歩くエリザ王女が呟きます。
「何がです? お姉様」
エリザ王女の側に居たシルビアが、その呟きを拾いました。
「魔王崇拝の者達に襲われたにしては――」
「奴らの死体が何処にも無い。でちね」
「ええ、その通りです。これだけ派手に戦闘っていて、相手の死体が転がっていないのはおかしいです」
「まさか、やられちまったんじゃあ……」
「それこそまさかですわ。相手は氷の女王と謳われた御方なのですよ? そんな筈はありませんわ」
エリザ王女は自信満々でお店のマスターに応えます。それに水を差したのは白龍でした。
「まあ、あやつも無敵って訳でも無いからの。弱点を突かれれば、ひとたまりもあるまいて」
「弱点?!」
「そんなものが……?」
「ええ、ありますよ」
お店のマスターとエリザ王女の疑問に応えたのは、何故か黒龍でした。
「彼女も『女』ですからね――けくっ」
ことさら『女』を強調した黒龍の首を、ミュウは背後から締め上げます。
「その辺にしておこうな」
締めるミュウの腕付近からゴキュっと音がして、黒龍はその場に崩れ落ちました。
「ミュウ。何やら凄い音がしたでちよ」
「いえいえ、何でもありません」
地面に転がりピクピク。と、痙攣をする黒龍を、エリザ王女とシルビア、そしてお店のマスターは『首、折れてないか?』と思っていました。
「何をするんですか?! 痛いじゃないですか!」
ガバッと起き上がり、ミュウに抗議する黒龍を見て、エリザ王女達は痛いで済むんだ。と思っていたのでした。
「やかましい。お前はすぐ話をシモにもっていくからな。それを阻止しただけだ」
どうやらミュウのお陰で十八禁化は免れたようです。
「それで白龍よ、弱点というのは――娘だな?」
『娘!?』
ミュウの言葉にドラゴントリオ以外の者の声が揃いました。
「なんじゃ知っておったのか黄龍。そうじゃ、あやつには娘がおっての。名は確か……。確かー、確か」
「ボケ始めですね」
ボソリ。と、呟いた黒龍に、白龍はグリュン。と、首を回して睨み付けると、黒龍は明後日の方向を向いていました。
「『アンナ』。だろ?」
「おおう、そうじゃそうじゃアンナ。じゃ」
白龍の話では、上に乗るか下になるかでひと揉めして、旦那が渋々折れた後に出来た子供だそうですが、そんな情報はどうでも良かったりします。ちなみに現在、夜のイニシアチブはエリッサ女王が握っています。
「その娘がこれまた美しくてのう、ありゃあ母親を超えとるわい」
「「なんだ……と」」
白龍の美女発言に、黒龍のみならずお店のマスターまでもが反応をし出します。
「歳は確か二千歳じゃったかのう」
娘の歳を聞いて、美女反応したお店のマスターが萎えました。
「おばあちゃんじゃん」
シルビアはそう言いますが、おばあちゃんどころか人生二十回はやり直しています。
「いやいや、そなた達人間にすればまだ十九位じゃよ」
意気消沈のどん底に居たお店のマスターは、それを聞いて立ち直ります。それを側で見ていて『コイツ、おもろいな』と、内心でほくそ笑んでいるカリンでした。
「でもよ白龍さん。氷の女王の娘さんがそう簡単に捕まるもんかね」
「そう思うじゃろうが、彼女はまだ雪の精――つまりは駆け出しの見習いじゃ。力は母親には遠く及ばんよ。いずれは超えるのじゃろうがな」
「では、娘さんが何者かに捕まり盾にされている。と?」
「その可能性は高いじゃろうな……」
「お喋りはそこまででち。着いたでちよ玉座の間でち」
行く手を遮る者も無く、カリン達はスンナリと、ここまで来る事が出来ました。そして、その事がカリンの胸中に不安を抱かせていました。
「順調過ぎますね」
カリンの胸中を察したかの様にエリザ王女は呟きました。
「まさかここまで何の抵抗も無いとは思いませんでしたわ」
「『罠』でちかね」
「もしくは、己の力に相当な自信を持っているかですわね」
「みんな、ふんどしを締め直すでちよ」
カリンの奮起に皆が頷きました。そんな中でまたもやシルビアは、『私ふんどしなんかしてない』と思っていたのでした。
「良いでちか? 扉を開けるでちよ」
緊張した面持ちで、ゴキュリっと誰もが唾を飲み込みます。
「不意打ちに注意するでち」
言ってカリンはガチャリ。と、扉を開け放ちました。扉を開けた途端、攻撃が飛んで来る事は良くある事なのです。そして、カリンの予測通りに不意打ちはありました。しかしそれは肉体的な攻撃では無く、精神的な攻撃だったのです。
「侵入者と聞いて何者かと思いきや、まさかカーテローゼとシルビアだったとはな……」
玉座に座り、脚を組んで肩肘を付いているその者の姿を見て、カリンは目をまん丸にして驚き、シルビアは手の平を口に当てて涙ぐんでいました。普段はあまり表情を見せないカリンですらも驚くその者とは、カリンとシルビアが働いていた屋敷の主。シャルル=エルヴィン伯爵だったのです。
「エルヴィン卿……」
「これはこれは王女殿下、お久しゅうございます」
エルヴィンは玉座から立ち上がり、恭しくお辞儀をします。
「あいも変わらずお美しいですな。さぞかしお父君は――」
「旦那様ぁ!」
エルヴィンの言葉を遮り、シルビアは涙を流しながらエルヴィン伯爵に向かって駆け出しました。
「シルビア待つでちよ!」
カリンはハッとして駆け出したシルビアの腕を掴もうと手を伸ばしましたが、あと一歩が届かずにシルビアはエルヴィンの胸に飛び込みます。
「旦那様っ、生きておられたのですね。お屋敷の皆さんが殺されたと聞いて、シルビアは心配申しておりました」
「何? そうか、屋敷の皆は殺されたのか……。では、何故お前は生きている?」
「え……旦那様……? 一体何をおっしゃ――」
シルビアは言葉を中断し目を大きく開きました。そして、ゆっくりと視線を下へと向けると、おヘソの上辺りに見慣れぬナニカが生えていたのです。冷たいナニカはシルビアの体温によって徐々に温かくなり、生まれた熱い塊がシルビアの中を這い上がります。
「だ、だんなさま……?」
信じられない。といった風で目を見開き、一歩、二歩と、後退りするシルビア。ゴフリ。と、這い上がってきた熱い塊を吐き出して、仰向けに倒れます。それをカリンが床に激突する前に抱き留めました。
「シルビアっ、しっかりするでちよ!」
「だ……ん……ま、ど……して……」
「シルビアっ、シルビアっ!」
「治療魔法を掛けます! 合図したら短剣を引き抜いて下さいっ!」
言ってエリザ王女は喘ぎ始めます。そして、コクリ。と、王女が頷いたのを見て、カリンはシルビアに刺さってる短剣を引き抜きました。ビクンッ。と、シルビアの身体が反応して、傷口から鮮血が溢れ出ます。
「復活!」
エリザ王女の呪文発動と共に溢れ出ていた鮮血は徐々に減り、暫くすると傷は完全に塞がって元の状態に戻りました。治療中に吹き出た珠の様な汗をグイッと拭い、エリザ王女はエルヴィンを睨み付けます。
「相変わらず見事な腕前ですな」
横たわるシルビアと睨み付けるエリザ王女。冷ややかな目でそれ見下ろすエルヴィンとの間に、カリンは立ちはだかりました。
「旦那様。アンタ一体どういうつもりでちか? アンタはシルビアを一番可愛がっていた筈でち。なのに、こんな仕打ちは非道過ぎるじゃないでちか?」
「可愛がる? そうか、そういえばそうだったな。私はシルビアを可愛がっていた。だが、シルビアには愛想が尽きたのだよ」
エルヴィンは身を投げ出すようにドサリ。と玉座に座りました。
「私は待ったのだ。何年も何年も……しかし、私のこの虚しさを埋めてくれるような者は居なかった……。そんな時だ、お前とそして、シルビアがやって来たのだ。私は神に感謝した。天使を我が屋敷に遣わしてくれて有難うと、祈った。教会にも寄付を惜しまなかった。しかし、そこまでした私を……神は見放し嘲笑ったのだ」
「エルヴィンさんよ。シルビアちゃんが一体何をしたって言うんだ?」
「オマエは確か……村で店を開いているマスターだったな。高価な壺を割られても、由緒正しい武具に傷を付けられても、私は我慢したのだよ?」
お店のマスターがカリンの方を見ると、カリンは無言でコクリ。と頷きました。それを見たお店のマスターはマジかっ! と、内心で思っていました。どうやらドジっ娘メイドのシルビアは色々とやらかしていた様でした。
「だ、だからといって、殺そうと考えるのは間違いだろう?!」
「別に壺や武具の件はどうでも良い。それは唯のコレクションに過ぎないのだからな。私はそれ等を笠に着てシルビアに迫った。だがしかし……ソイツは生娘では無かったのだっ!」
ビシリッ! と、シルビアを指差しながら物言うエルヴィンに、カリン達は彼が一体何を言っているのか分かりませんでした。
「無垢で何も知らぬ身体に私という刻印を刻み込む。私はそれが望みだというのに、ソイツは痛がるどころかおねだりまでする始末……。違うっ、違うのだ! 本当は辛いのに苦しいのに、『大丈夫だよ』。と、微笑み返すその表情が私は見たいのだっ」
ブンブン。と、首を振り、苦悩の表情を浮かべるエルヴィン。そんな彼をカリン達は唖然と見ていました。
「屋敷に来る者はデブだのロリだの既婚者だのと、世の中狂っている。神が天使を遣わしてくれぬのなら、魔王様に叶えて貰うしかないだろう? だから私は願う。生娘が列を成して私の元へ集う事をっ!」
エルヴィンは勢いよく席を立ち、両腕を広げて天井を仰ぎ見ました。そして、ゆっくりと視線をお店のマスターに向けます。
「オマエも男なら私のやろうとしている事が理解出来る筈だ」
「いいや、理解出来ないね」
返答に困るかと思えたお店のマスターは即答しました。
「生娘ばかり追い続けるアンタは知らねぇだろうがな、女は一番美しく輝く時がある。それはな、子を産み落とした直後なンだよ。あの姿は今でもオレの目に焼き付いてるゼ。一瞬天使……いや、聖母に見えた。オレぁ、ソイツを見た瞬間、マジで惚れてたゼ」
自分の妻ならともかく、他人の妻に惚れてはいけません。
「フン。所詮はオマエもそっち側の人間か」
そういうエルヴィン伯の方が異常者側の人間です。
「と、いう訳でカリン。お前達が持ってきた白龍の眼をこちらに渡して貰おうか」
「お断りするでちよ」
「主の命令でもか?」
「アンタはもう主でも何でもないでち。屋敷の皆を殺し、つまんない欲を叶えようとする殺人狂の魔王崇拝者でち」
「つまらないとは心外だな。私がやろうとしている事は崇高な儀式なのだ。全ての生娘が女へと至る為の、な」
どうやらエルヴィン伯爵は精神を患っている様です。恐らく伯爵は幼い頃にナニカをされたのだと思われます。そしてカリンは、だが断るを発動しました。
「そうか。ならば交換といこうではないか」
「交換……?」
エルヴィン伯爵がパチリ。と、指を鳴らすと、玉座の後ろのカーテンがジャッ。と開けられました。そして、そこには囚われのエリッサ女王が居たのです。亀甲に縛られて。
「エリッサ様!?」
「ああ、皆さんすんまへん。捕まってしもて」
「どうだ? コイツと交換しようではないか」
エルヴィンは玉座から立ち上がると、エリッサの身体を揺らします。
「ああ、あきまへん。止めておくれやす。縄が食い込んでクセになりそうやさかい」
囚われの立場を忘れて、新たな悦びに目覚めそうになっているエリッサ女王でした。
「クッ! 卑怯でちよ!」
「卑怯……? ならば、娘も付けようではないか」
更にカーテンが開かれると、そこには雪の様に白い肌で、やや淡い青味がかった長い髪の童顔な女性が縛られていました。こちらも亀甲で。それを見てカリン達は、アレがエリッサ女王の娘、アンナだと思っていました。
「母親と娘のセットだ。これで卑怯ではあるまい?」
人質を取っていながら要求をする事が卑怯なのです。
「本当ならば、娘の花を散らしてやりたい所だが、そっちのオバはんが睨むのでね」
「当たり前や、娘に手を出したら許さしまへん」
囚われのその身が揺れる度にモジモジとするエリッサ女王は、エルヴィンにキッと睨み付けます。
「どうする? カリンちゃん」
「どうもこうも、人質を取られている以上従うしか無いでち」
「うむ。それが賢い選択だな」
「ただし、条件があるでちよ」
「条件……?」
「そうでち。この白龍の眼を転がすのと同時に、エリッサ女王達を解放して欲しいでち」
カリンの提案にエルヴィンはふむ。と考え込みました。これは上手くいきそうか?! と、思いきや、首を横に振って拒絶の意を示しました。
「いいや、それではダメだ」
言ってビシリッと指を差します。
「エリザ王女に持ってきてもらおうか」
『なっ!』
エルヴィンの物言いに、一同は驚きの声を上げました。
「それじゃ何も変わらないじゃねぇか!」
お店のマスターはエルヴィンに向かって吠えますが、本人は涼やかな顔で受け流します。
「嫌なら止めても良いんじゃよ?」
「くっ!」
お店のマスターは拳を強く握り締めました。手がプルプルと震え、爪が食い込んでいる所を見るに、今にも噴火しそうな怒りを必死に抑えている様子です。それを見たエリザ王女は、意を決して一歩前に出ました。
「宜しいですわ。交換といきましょう」
「エリザ?!」
「姫サン!?」
「何を言っているか分かっているでちか? あんなハツモノ好きの奴の元へ行ったら、一体ナニをされるか分かったもんじゃないでち。最悪、ハジメテを奪われるのでちよ?! エリザのハジメテを!」
「そうだゼ姫サン! あんなオヤジにハジメテをくれてやる事は無いゼ!」
「ハジメテハジメテって連呼しないで下さいっ!」
カリン達に言われてエリザ王女は耳まで真っ赤になっていました。王女は未経験な事を恥じている訳ではありませんが、こうも大声で、しかも他人から言われると恥ずかしくて仕方がない様子です。
「ご安心下さい王女殿下。私は百戦錬磨ですから」
安心出来ない要素が一つ増えました。
「アイツはヤる気満々でちよ。それでも行くのでちか?」
「しかし、行かなければエリッサ様を助ける事が出来ないのでしょう? ならば選択肢は一つですわ」
「姫サン……」
「カリンさん、マスターさん。そしてミュウさん。お早い救出をお持ちしておりますわ。そして、アッチの事には触れずに、ソッとしておいて下さいね」
振り返って寂しそうに微笑むエリザ王女。
「エリザ、安心しろ」
「ミュウさん……」
「天井の梁の数を数えていればすぐに終わるからな」
「行為中の心配!?」
安心出来ない要素がもう一つ増えたのでした。
「エリザ、必ず助けに行くでちから待ってて欲しいでち」
「はい、お待ちしていますわ」
満面の笑みでカリンに応えたエリザ王女。
「では、行って参ります」
そのエリザ王女はカリンから龍の眼を受け取ると、エルヴィン伯に向き直りました。
「話は纏まりましたかな?」
「ええ。私と龍の眼とエリッサ様達を交換しますわ!」
「懸命なご判断ですな」
エルヴィンがパチリ。と、指を鳴らすと、カーテンの陰に潜んでいた黒いローブを身に纏った者達が現れ、吊るされたエリッサ女王と娘のアンナを降ろし、亀甲に縛られた女王達を開放します。
「エリッサ女王。ご存知かとお思いますが、妙な真似をすればこの者達が背後から攻撃を加えますので」
「分かっとります。そんな事はしまへんわ」
「ご理解頂き、痛み入ります。――それでは交換を始めよう!」
エルヴィン伯爵の合図と共に、龍の眼を持ったエリザ王女と、気を失ったままの娘アンナを抱えたエリッサ女王が、玉座の間の端と端で、同時に歩き出しました。誰もが固唾を飲んで見守る中、カリン達とエルヴィンの中間辺りにエリザ王女達が差し掛かったその時、二人ほぼ同時に左へと飛んだのです。それを見て、慌てて玉座から立ち上がったエルヴィン伯。直後に伯の背後の壁が吹き飛びました。
爆煙が晴れるとそこには、カーテンの陰に居た筈の黒ローブの二人が伯を庇う様に立っていました。前に突き出した手の平に、何やら青白い円形状の魔法円が見えます。
「チッ、龍王派の生き残りかっ!」
ミュウは舌打ちをして悔しがりました。エリザ王女達が半ばへ達した時、ミュウは二人の頭の中に左へ飛ぶように指示を送り、二人が床を蹴るのと同時に千里先の山をも砕く龍の咆哮を放ったのです。それでエルヴィン伯も吹き飛ぶ筈でしたが、思わぬ伏兵の前にそれは失敗に終わりました。
「おのれっ! こうなったらもう容赦はしませんっ。殺ってしまいなさいっ!」
エルヴィンは言いながら、腕をカリン達に向けました。伯爵を庇っていた黒ローブ達は、あらほらサッサ。と言ったかどうかは定かではありませんが、左腕を突き出すと手の平にオレンジ色の魔法円が出現しました。
オレンジ色の魔法円から、これまたオレンジ色に輝く棒状の何かが複数現れ、エルヴィンから距離を取ろうとするエリザ王女、エリッサ女王達、そしてカリン達に向かって放たれたのです。
ギャリンッ。耳をつんざく様な音が玉座の間に響き渡りました。黒ローブから放たれたオレンジ色の棒は、それぞれに命中する直前で、エリザ王女は黒龍が、エリッサ女王達には白龍。そしてカリン達はミュウが、手の平に結界を生み出して弾き飛ばしたのです。
それを見た黒ローブ達は、前屈みになって力み始め、ローブの背の部分を突き破り翼を生やし始めました。
「黄龍! 嬢ちゃん達を乗せて退くのじゃ!」
「しかし!」
「ここは任せて下さい。絶対に通しませんので」
言って黒龍は龍化を始めます。一瞬迷ったミュウですが、すかさず龍へと姿を変えました。双方が龍化して戦闘をした場合、カリン達を護る自信が無いと判断をしたのです。
『黒龍、白龍。……ヤられるなよ』
「こんな若造共にやられる程モウロクしておらんわい」
「犯るのは私の得意分野でぼあっ」
余計な下ネタが気に障ったのか、龍化を終えた黒ローブの放ったブレスを、モロに食らっている黒龍でした。
『ご主人様!』
「分かったでち! 皆、乗るでちよ!」
全員が背に乗った事を確認したミュウは、咆哮を放って壁を破壊し、そこから大空へと飛び立ちました。
雲海の只中、陽の光に照らされて美しく輝く氷の城は、四匹の龍達の戦闘によって瞬く間に崩れました。しかも、氷の城を崩壊させただけに止まらず、ぶ厚い雲で敷き詰められた雲海が、放ったブレスで裂けて白銀の大地が露わになり、雪で染まった大地のカンバスにいくつもの黒い点が穿たれます。
「なんて戦いだ……」
神様に最も近い存在である龍同士の戦いが、これ程までとは思っていなかったお店のマスター。力任せの様に見えて実は裏で駆け引きを繰り返し、相手の隙を伺いながらの高度な戦闘に、誰もが圧倒されていました。
『ご主人様! 離脱します!』
「古龍帝の元へ行くでちよ!」
『分りましたご主人様!』
ミュウがバサリッと翼を羽ばたかせると、エリッサ女王の居城が瞬く間に離れてゆきました。こうしてカリン達は戦域を離脱し、エリザ王女の悲鳴と共に古龍帝の庭園へと向かったのでした。
「それにしても、おかしいですわね」
カリンを先頭に、三番目を歩くエリザ王女が呟きます。
「何がです? お姉様」
エリザ王女の側に居たシルビアが、その呟きを拾いました。
「魔王崇拝の者達に襲われたにしては――」
「奴らの死体が何処にも無い。でちね」
「ええ、その通りです。これだけ派手に戦闘っていて、相手の死体が転がっていないのはおかしいです」
「まさか、やられちまったんじゃあ……」
「それこそまさかですわ。相手は氷の女王と謳われた御方なのですよ? そんな筈はありませんわ」
エリザ王女は自信満々でお店のマスターに応えます。それに水を差したのは白龍でした。
「まあ、あやつも無敵って訳でも無いからの。弱点を突かれれば、ひとたまりもあるまいて」
「弱点?!」
「そんなものが……?」
「ええ、ありますよ」
お店のマスターとエリザ王女の疑問に応えたのは、何故か黒龍でした。
「彼女も『女』ですからね――けくっ」
ことさら『女』を強調した黒龍の首を、ミュウは背後から締め上げます。
「その辺にしておこうな」
締めるミュウの腕付近からゴキュっと音がして、黒龍はその場に崩れ落ちました。
「ミュウ。何やら凄い音がしたでちよ」
「いえいえ、何でもありません」
地面に転がりピクピク。と、痙攣をする黒龍を、エリザ王女とシルビア、そしてお店のマスターは『首、折れてないか?』と思っていました。
「何をするんですか?! 痛いじゃないですか!」
ガバッと起き上がり、ミュウに抗議する黒龍を見て、エリザ王女達は痛いで済むんだ。と思っていたのでした。
「やかましい。お前はすぐ話をシモにもっていくからな。それを阻止しただけだ」
どうやらミュウのお陰で十八禁化は免れたようです。
「それで白龍よ、弱点というのは――娘だな?」
『娘!?』
ミュウの言葉にドラゴントリオ以外の者の声が揃いました。
「なんじゃ知っておったのか黄龍。そうじゃ、あやつには娘がおっての。名は確か……。確かー、確か」
「ボケ始めですね」
ボソリ。と、呟いた黒龍に、白龍はグリュン。と、首を回して睨み付けると、黒龍は明後日の方向を向いていました。
「『アンナ』。だろ?」
「おおう、そうじゃそうじゃアンナ。じゃ」
白龍の話では、上に乗るか下になるかでひと揉めして、旦那が渋々折れた後に出来た子供だそうですが、そんな情報はどうでも良かったりします。ちなみに現在、夜のイニシアチブはエリッサ女王が握っています。
「その娘がこれまた美しくてのう、ありゃあ母親を超えとるわい」
「「なんだ……と」」
白龍の美女発言に、黒龍のみならずお店のマスターまでもが反応をし出します。
「歳は確か二千歳じゃったかのう」
娘の歳を聞いて、美女反応したお店のマスターが萎えました。
「おばあちゃんじゃん」
シルビアはそう言いますが、おばあちゃんどころか人生二十回はやり直しています。
「いやいや、そなた達人間にすればまだ十九位じゃよ」
意気消沈のどん底に居たお店のマスターは、それを聞いて立ち直ります。それを側で見ていて『コイツ、おもろいな』と、内心でほくそ笑んでいるカリンでした。
「でもよ白龍さん。氷の女王の娘さんがそう簡単に捕まるもんかね」
「そう思うじゃろうが、彼女はまだ雪の精――つまりは駆け出しの見習いじゃ。力は母親には遠く及ばんよ。いずれは超えるのじゃろうがな」
「では、娘さんが何者かに捕まり盾にされている。と?」
「その可能性は高いじゃろうな……」
「お喋りはそこまででち。着いたでちよ玉座の間でち」
行く手を遮る者も無く、カリン達はスンナリと、ここまで来る事が出来ました。そして、その事がカリンの胸中に不安を抱かせていました。
「順調過ぎますね」
カリンの胸中を察したかの様にエリザ王女は呟きました。
「まさかここまで何の抵抗も無いとは思いませんでしたわ」
「『罠』でちかね」
「もしくは、己の力に相当な自信を持っているかですわね」
「みんな、ふんどしを締め直すでちよ」
カリンの奮起に皆が頷きました。そんな中でまたもやシルビアは、『私ふんどしなんかしてない』と思っていたのでした。
「良いでちか? 扉を開けるでちよ」
緊張した面持ちで、ゴキュリっと誰もが唾を飲み込みます。
「不意打ちに注意するでち」
言ってカリンはガチャリ。と、扉を開け放ちました。扉を開けた途端、攻撃が飛んで来る事は良くある事なのです。そして、カリンの予測通りに不意打ちはありました。しかしそれは肉体的な攻撃では無く、精神的な攻撃だったのです。
「侵入者と聞いて何者かと思いきや、まさかカーテローゼとシルビアだったとはな……」
玉座に座り、脚を組んで肩肘を付いているその者の姿を見て、カリンは目をまん丸にして驚き、シルビアは手の平を口に当てて涙ぐんでいました。普段はあまり表情を見せないカリンですらも驚くその者とは、カリンとシルビアが働いていた屋敷の主。シャルル=エルヴィン伯爵だったのです。
「エルヴィン卿……」
「これはこれは王女殿下、お久しゅうございます」
エルヴィンは玉座から立ち上がり、恭しくお辞儀をします。
「あいも変わらずお美しいですな。さぞかしお父君は――」
「旦那様ぁ!」
エルヴィンの言葉を遮り、シルビアは涙を流しながらエルヴィン伯爵に向かって駆け出しました。
「シルビア待つでちよ!」
カリンはハッとして駆け出したシルビアの腕を掴もうと手を伸ばしましたが、あと一歩が届かずにシルビアはエルヴィンの胸に飛び込みます。
「旦那様っ、生きておられたのですね。お屋敷の皆さんが殺されたと聞いて、シルビアは心配申しておりました」
「何? そうか、屋敷の皆は殺されたのか……。では、何故お前は生きている?」
「え……旦那様……? 一体何をおっしゃ――」
シルビアは言葉を中断し目を大きく開きました。そして、ゆっくりと視線を下へと向けると、おヘソの上辺りに見慣れぬナニカが生えていたのです。冷たいナニカはシルビアの体温によって徐々に温かくなり、生まれた熱い塊がシルビアの中を這い上がります。
「だ、だんなさま……?」
信じられない。といった風で目を見開き、一歩、二歩と、後退りするシルビア。ゴフリ。と、這い上がってきた熱い塊を吐き出して、仰向けに倒れます。それをカリンが床に激突する前に抱き留めました。
「シルビアっ、しっかりするでちよ!」
「だ……ん……ま、ど……して……」
「シルビアっ、シルビアっ!」
「治療魔法を掛けます! 合図したら短剣を引き抜いて下さいっ!」
言ってエリザ王女は喘ぎ始めます。そして、コクリ。と、王女が頷いたのを見て、カリンはシルビアに刺さってる短剣を引き抜きました。ビクンッ。と、シルビアの身体が反応して、傷口から鮮血が溢れ出ます。
「復活!」
エリザ王女の呪文発動と共に溢れ出ていた鮮血は徐々に減り、暫くすると傷は完全に塞がって元の状態に戻りました。治療中に吹き出た珠の様な汗をグイッと拭い、エリザ王女はエルヴィンを睨み付けます。
「相変わらず見事な腕前ですな」
横たわるシルビアと睨み付けるエリザ王女。冷ややかな目でそれ見下ろすエルヴィンとの間に、カリンは立ちはだかりました。
「旦那様。アンタ一体どういうつもりでちか? アンタはシルビアを一番可愛がっていた筈でち。なのに、こんな仕打ちは非道過ぎるじゃないでちか?」
「可愛がる? そうか、そういえばそうだったな。私はシルビアを可愛がっていた。だが、シルビアには愛想が尽きたのだよ」
エルヴィンは身を投げ出すようにドサリ。と玉座に座りました。
「私は待ったのだ。何年も何年も……しかし、私のこの虚しさを埋めてくれるような者は居なかった……。そんな時だ、お前とそして、シルビアがやって来たのだ。私は神に感謝した。天使を我が屋敷に遣わしてくれて有難うと、祈った。教会にも寄付を惜しまなかった。しかし、そこまでした私を……神は見放し嘲笑ったのだ」
「エルヴィンさんよ。シルビアちゃんが一体何をしたって言うんだ?」
「オマエは確か……村で店を開いているマスターだったな。高価な壺を割られても、由緒正しい武具に傷を付けられても、私は我慢したのだよ?」
お店のマスターがカリンの方を見ると、カリンは無言でコクリ。と頷きました。それを見たお店のマスターはマジかっ! と、内心で思っていました。どうやらドジっ娘メイドのシルビアは色々とやらかしていた様でした。
「だ、だからといって、殺そうと考えるのは間違いだろう?!」
「別に壺や武具の件はどうでも良い。それは唯のコレクションに過ぎないのだからな。私はそれ等を笠に着てシルビアに迫った。だがしかし……ソイツは生娘では無かったのだっ!」
ビシリッ! と、シルビアを指差しながら物言うエルヴィンに、カリン達は彼が一体何を言っているのか分かりませんでした。
「無垢で何も知らぬ身体に私という刻印を刻み込む。私はそれが望みだというのに、ソイツは痛がるどころかおねだりまでする始末……。違うっ、違うのだ! 本当は辛いのに苦しいのに、『大丈夫だよ』。と、微笑み返すその表情が私は見たいのだっ」
ブンブン。と、首を振り、苦悩の表情を浮かべるエルヴィン。そんな彼をカリン達は唖然と見ていました。
「屋敷に来る者はデブだのロリだの既婚者だのと、世の中狂っている。神が天使を遣わしてくれぬのなら、魔王様に叶えて貰うしかないだろう? だから私は願う。生娘が列を成して私の元へ集う事をっ!」
エルヴィンは勢いよく席を立ち、両腕を広げて天井を仰ぎ見ました。そして、ゆっくりと視線をお店のマスターに向けます。
「オマエも男なら私のやろうとしている事が理解出来る筈だ」
「いいや、理解出来ないね」
返答に困るかと思えたお店のマスターは即答しました。
「生娘ばかり追い続けるアンタは知らねぇだろうがな、女は一番美しく輝く時がある。それはな、子を産み落とした直後なンだよ。あの姿は今でもオレの目に焼き付いてるゼ。一瞬天使……いや、聖母に見えた。オレぁ、ソイツを見た瞬間、マジで惚れてたゼ」
自分の妻ならともかく、他人の妻に惚れてはいけません。
「フン。所詮はオマエもそっち側の人間か」
そういうエルヴィン伯の方が異常者側の人間です。
「と、いう訳でカリン。お前達が持ってきた白龍の眼をこちらに渡して貰おうか」
「お断りするでちよ」
「主の命令でもか?」
「アンタはもう主でも何でもないでち。屋敷の皆を殺し、つまんない欲を叶えようとする殺人狂の魔王崇拝者でち」
「つまらないとは心外だな。私がやろうとしている事は崇高な儀式なのだ。全ての生娘が女へと至る為の、な」
どうやらエルヴィン伯爵は精神を患っている様です。恐らく伯爵は幼い頃にナニカをされたのだと思われます。そしてカリンは、だが断るを発動しました。
「そうか。ならば交換といこうではないか」
「交換……?」
エルヴィン伯爵がパチリ。と、指を鳴らすと、玉座の後ろのカーテンがジャッ。と開けられました。そして、そこには囚われのエリッサ女王が居たのです。亀甲に縛られて。
「エリッサ様!?」
「ああ、皆さんすんまへん。捕まってしもて」
「どうだ? コイツと交換しようではないか」
エルヴィンは玉座から立ち上がると、エリッサの身体を揺らします。
「ああ、あきまへん。止めておくれやす。縄が食い込んでクセになりそうやさかい」
囚われの立場を忘れて、新たな悦びに目覚めそうになっているエリッサ女王でした。
「クッ! 卑怯でちよ!」
「卑怯……? ならば、娘も付けようではないか」
更にカーテンが開かれると、そこには雪の様に白い肌で、やや淡い青味がかった長い髪の童顔な女性が縛られていました。こちらも亀甲で。それを見てカリン達は、アレがエリッサ女王の娘、アンナだと思っていました。
「母親と娘のセットだ。これで卑怯ではあるまい?」
人質を取っていながら要求をする事が卑怯なのです。
「本当ならば、娘の花を散らしてやりたい所だが、そっちのオバはんが睨むのでね」
「当たり前や、娘に手を出したら許さしまへん」
囚われのその身が揺れる度にモジモジとするエリッサ女王は、エルヴィンにキッと睨み付けます。
「どうする? カリンちゃん」
「どうもこうも、人質を取られている以上従うしか無いでち」
「うむ。それが賢い選択だな」
「ただし、条件があるでちよ」
「条件……?」
「そうでち。この白龍の眼を転がすのと同時に、エリッサ女王達を解放して欲しいでち」
カリンの提案にエルヴィンはふむ。と考え込みました。これは上手くいきそうか?! と、思いきや、首を横に振って拒絶の意を示しました。
「いいや、それではダメだ」
言ってビシリッと指を差します。
「エリザ王女に持ってきてもらおうか」
『なっ!』
エルヴィンの物言いに、一同は驚きの声を上げました。
「それじゃ何も変わらないじゃねぇか!」
お店のマスターはエルヴィンに向かって吠えますが、本人は涼やかな顔で受け流します。
「嫌なら止めても良いんじゃよ?」
「くっ!」
お店のマスターは拳を強く握り締めました。手がプルプルと震え、爪が食い込んでいる所を見るに、今にも噴火しそうな怒りを必死に抑えている様子です。それを見たエリザ王女は、意を決して一歩前に出ました。
「宜しいですわ。交換といきましょう」
「エリザ?!」
「姫サン!?」
「何を言っているか分かっているでちか? あんなハツモノ好きの奴の元へ行ったら、一体ナニをされるか分かったもんじゃないでち。最悪、ハジメテを奪われるのでちよ?! エリザのハジメテを!」
「そうだゼ姫サン! あんなオヤジにハジメテをくれてやる事は無いゼ!」
「ハジメテハジメテって連呼しないで下さいっ!」
カリン達に言われてエリザ王女は耳まで真っ赤になっていました。王女は未経験な事を恥じている訳ではありませんが、こうも大声で、しかも他人から言われると恥ずかしくて仕方がない様子です。
「ご安心下さい王女殿下。私は百戦錬磨ですから」
安心出来ない要素が一つ増えました。
「アイツはヤる気満々でちよ。それでも行くのでちか?」
「しかし、行かなければエリッサ様を助ける事が出来ないのでしょう? ならば選択肢は一つですわ」
「姫サン……」
「カリンさん、マスターさん。そしてミュウさん。お早い救出をお持ちしておりますわ。そして、アッチの事には触れずに、ソッとしておいて下さいね」
振り返って寂しそうに微笑むエリザ王女。
「エリザ、安心しろ」
「ミュウさん……」
「天井の梁の数を数えていればすぐに終わるからな」
「行為中の心配!?」
安心出来ない要素がもう一つ増えたのでした。
「エリザ、必ず助けに行くでちから待ってて欲しいでち」
「はい、お待ちしていますわ」
満面の笑みでカリンに応えたエリザ王女。
「では、行って参ります」
そのエリザ王女はカリンから龍の眼を受け取ると、エルヴィン伯に向き直りました。
「話は纏まりましたかな?」
「ええ。私と龍の眼とエリッサ様達を交換しますわ!」
「懸命なご判断ですな」
エルヴィンがパチリ。と、指を鳴らすと、カーテンの陰に潜んでいた黒いローブを身に纏った者達が現れ、吊るされたエリッサ女王と娘のアンナを降ろし、亀甲に縛られた女王達を開放します。
「エリッサ女王。ご存知かとお思いますが、妙な真似をすればこの者達が背後から攻撃を加えますので」
「分かっとります。そんな事はしまへんわ」
「ご理解頂き、痛み入ります。――それでは交換を始めよう!」
エルヴィン伯爵の合図と共に、龍の眼を持ったエリザ王女と、気を失ったままの娘アンナを抱えたエリッサ女王が、玉座の間の端と端で、同時に歩き出しました。誰もが固唾を飲んで見守る中、カリン達とエルヴィンの中間辺りにエリザ王女達が差し掛かったその時、二人ほぼ同時に左へと飛んだのです。それを見て、慌てて玉座から立ち上がったエルヴィン伯。直後に伯の背後の壁が吹き飛びました。
爆煙が晴れるとそこには、カーテンの陰に居た筈の黒ローブの二人が伯を庇う様に立っていました。前に突き出した手の平に、何やら青白い円形状の魔法円が見えます。
「チッ、龍王派の生き残りかっ!」
ミュウは舌打ちをして悔しがりました。エリザ王女達が半ばへ達した時、ミュウは二人の頭の中に左へ飛ぶように指示を送り、二人が床を蹴るのと同時に千里先の山をも砕く龍の咆哮を放ったのです。それでエルヴィン伯も吹き飛ぶ筈でしたが、思わぬ伏兵の前にそれは失敗に終わりました。
「おのれっ! こうなったらもう容赦はしませんっ。殺ってしまいなさいっ!」
エルヴィンは言いながら、腕をカリン達に向けました。伯爵を庇っていた黒ローブ達は、あらほらサッサ。と言ったかどうかは定かではありませんが、左腕を突き出すと手の平にオレンジ色の魔法円が出現しました。
オレンジ色の魔法円から、これまたオレンジ色に輝く棒状の何かが複数現れ、エルヴィンから距離を取ろうとするエリザ王女、エリッサ女王達、そしてカリン達に向かって放たれたのです。
ギャリンッ。耳をつんざく様な音が玉座の間に響き渡りました。黒ローブから放たれたオレンジ色の棒は、それぞれに命中する直前で、エリザ王女は黒龍が、エリッサ女王達には白龍。そしてカリン達はミュウが、手の平に結界を生み出して弾き飛ばしたのです。
それを見た黒ローブ達は、前屈みになって力み始め、ローブの背の部分を突き破り翼を生やし始めました。
「黄龍! 嬢ちゃん達を乗せて退くのじゃ!」
「しかし!」
「ここは任せて下さい。絶対に通しませんので」
言って黒龍は龍化を始めます。一瞬迷ったミュウですが、すかさず龍へと姿を変えました。双方が龍化して戦闘をした場合、カリン達を護る自信が無いと判断をしたのです。
『黒龍、白龍。……ヤられるなよ』
「こんな若造共にやられる程モウロクしておらんわい」
「犯るのは私の得意分野でぼあっ」
余計な下ネタが気に障ったのか、龍化を終えた黒ローブの放ったブレスを、モロに食らっている黒龍でした。
『ご主人様!』
「分かったでち! 皆、乗るでちよ!」
全員が背に乗った事を確認したミュウは、咆哮を放って壁を破壊し、そこから大空へと飛び立ちました。
雲海の只中、陽の光に照らされて美しく輝く氷の城は、四匹の龍達の戦闘によって瞬く間に崩れました。しかも、氷の城を崩壊させただけに止まらず、ぶ厚い雲で敷き詰められた雲海が、放ったブレスで裂けて白銀の大地が露わになり、雪で染まった大地のカンバスにいくつもの黒い点が穿たれます。
「なんて戦いだ……」
神様に最も近い存在である龍同士の戦いが、これ程までとは思っていなかったお店のマスター。力任せの様に見えて実は裏で駆け引きを繰り返し、相手の隙を伺いながらの高度な戦闘に、誰もが圧倒されていました。
『ご主人様! 離脱します!』
「古龍帝の元へ行くでちよ!」
『分りましたご主人様!』
ミュウがバサリッと翼を羽ばたかせると、エリッサ女王の居城が瞬く間に離れてゆきました。こうしてカリン達は戦域を離脱し、エリザ王女の悲鳴と共に古龍帝の庭園へと向かったのでした。
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