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小高い丘。
雑木林に囲まれたその丘には、見渡す限りの墓標がだっていた。
連れてこられたのは、墓標群から少し離れた小さな一角だった。
「悲しいことに、慣れてしまうものですね」
独り言のような呟き。
真新しい墓から、立ち上がるサディシャ氏。
哀しむ雰囲気は漂わせているが、それも”漂わせている”。
少し、その墓標を眺めた後、こちらを向いて歩いてくる。
「クァイリ」
返事は、しなかった。
見透かされないように、目だけは逸らして顔を向ける。
「…仲の良い人を奪われた君には酷な話かもしれない」
静かに語りかけられる。
自然と目を見てしまいそうになってしまう、独特な話し方だった。
「今なら、君なら、あの化け物を倒すことができる」
何て聞き心地の良い言葉なんだろうか。
皮肉げな感想を心の中で呟いて、本当にその通りだと頷きそうになる。
まるで正しい英雄への道がそこにあるような錯角を覚えそうになる。
化け物を、倒す。
あの人を、殺す。
「あれは、禁種のテイムだ」
研究者の端くれなら,分かるだろう。
口に出されなくても,そう言われた気がする。
禁種のテイム。
凶暴で,人に懐くことのない、絆が生まれることのない、害悪。
脳か遺伝子に障害を持ち、気性が荒く、目につくものを攻撃しようとする習性がある。
(……ただ予想が正しければ、どちらかといえば,そちらが正しいはず)
そう考えている事を見透かされないように、気をつけつつ話の続きを待つ。
「取り込んだ人間の感情をも自分のものにするテイムだ」
長年の研究の成果。
そう自然と分かるような、話し方。
自分で言わないところが、嫌味らしくなく、好感を持ってしまう。
「今、ディエントが、色濃く残っているはずです
だから、君へ危害は加えられなかった」
恩人である、あなたにも。
心の中で返すが、ふと引っかかった。
あれは感情的に攻撃ができなかったというより、
(本能的に…、攻撃したくないという、怯え…?)
それは、一体誰の怯えか。
その怯えは、どんな理由からくるものなのか。
分からない事だらけで、推測の域を出ることはない。
ただその怯えの向かう先であるサディシャ氏が、そのことについて言及していない。
その事実だけが、私の違和感が正しいものだと、裏付ける。
「ぜひ,仇をとってくれないか?」
その立ち位置は、計算されたものなのだろうか。
傾いてきた日で良く見えるサディシャ氏の顔が、まるで誠実そのもののように映り、
その後ろに見える数え切れない墓標が、今まで犠牲になってきた人の多さを物語り、
目の前にある墓標が、仇をとってくれと、語りかけてくるような,そんな位置関係。
偶然ではない。
意図したもの。
「ーーーいくつか、質問しても?」
一瞬、真顔になるのが見えた。
多分、今までの人たちとは、違う反応なのだろう。
友人の死にトラウマが植え付けられることなく,激しい憎悪の念が生まれることなく。
今の私は、抜け殻のように脱力して見えるだろう。
事実,そうなのだから。
「ええ、いいですよ」
何故その必要が、と聞きたそうな一瞬の真顔。
そう聞かなかったのは、薮蛇になりかねないと感じたからか。
聞かれた時の事を考えていなかった私からすると,都合は良いのですが。
「サディシャさん テイムについて,どう思いますか?」
ふむ、と真面目に考え始める。
その一挙一動をクァイリは慎重に観察する
何を目的としたものではないが,何一つ見落とさないように。
「人間の良きパートナーになれる者、かな それがどうか…」
「──薬水については、」
どう思いますか?、と。
言葉を遮って、無理やり問う。
自然に気がつかれないように,など取り繕う技術など、持ってはいなかった。
だから、この際堂々と面と向かって探りを入れた。
相手が利用しようと、こちらに声をかけてきたこのタイミングで。
その返事をする前に、返答次第で答えが変わるかもしれないと思わせるように。
「……王定典範で定められている、テイムたちに必要不可欠なものだよね?」
「では、サラァテュについては、どう思っていますか?」
ぴくりと指先が動いた気がした。
表情には一切動揺は現れておらず、気のせいかと思う。
しかし、一層わざとらしさを感じる表情を浮かべる様子を見て、確信する。
「倒さなければならない、道を間違えたテイムかな」
「何故、倒すのですか?」
間髪入れず,畳み掛ける。
さすがに不可解な表情を浮かべるサディシャ。
しかし、揺れないクァイリの表情に、口を開く。
「殺された人の無念と、遺された遺族の憎しみを晴らすためだよ」
「ならば、なぜ、あなたがやらないのですか?」
一番、聞きたかった質問。
どう応えるか、一番,興味がある質問。
静かに相手の反応を待つ,クァイリ。
妙な緊張が漂う間。
「少しズルくないかい? こちらの質問に答える前に、さ」
にこりと、大人な反応。
返答を拒否し、話を逸らした。
その”応え”に満足し、クァイリは乾いた唇を濡らす。
「…そうですね すいません」
素直に引き下がる。
その言葉に緊張が解けたのか、ほっとした様子が目で見て取れた。
「──では、最後に一つだけよろしいですか?」
少し不快そうな表情になる。
それでも、渋々ながらも,頷いた。
「ディエントさんは、あなたにとってどう思いますか?」
まるで、これが本命の質問かのように。
これだけは聞きたかった,とクァイリが思っていると思い込んでくれるように。
その不確実な願いを込めた言葉を、投げかけた。
「手伝ってくれたのは嬉しかったのですが、やはり復讐に走らず自分の人生を
満喫してほしかったですね」
少し寂しげな表情。
そう思わないかい?、と聞き返すように視線を向けられる。
そうですね、と目を逸らしながら軽く流す。
視界の端で、つまらなさそうに品定めする目が見えた。
「さて、私の質問の答えは、どうかな?」
ぞっと、背筋が凍るクァイリ。
分かっていても、表情が抜ける瞬間を見るのは、気持ちの良いものではない。
憂いていた表情はどこへ行ったのか,さっきまでとは違う、"真面目"な表情になる。
大切な選択なのは分かる。
そんな表情になるのも分かる。
その場面場面に合った表情を、混じることなく使い分けているサディシャ。
クァイリはそんな人間がいるという事実に、どこか恐怖に近いものを感じていた。
「……、私は、」
そんな余裕のない状況でも、精一杯、力のない笑みを浮かべた。
何かが抜け落ちているような愛想笑いに、思わずサディシャは真顔になる。
「私に仇討ちなんて、荷が重いです」
すいません、と。
最初から決めていた返答を口にする。
サディシャは表情を崩すことなく、
「そうですか」
それだけだった。
雑木林に囲まれたその丘には、見渡す限りの墓標がだっていた。
連れてこられたのは、墓標群から少し離れた小さな一角だった。
「悲しいことに、慣れてしまうものですね」
独り言のような呟き。
真新しい墓から、立ち上がるサディシャ氏。
哀しむ雰囲気は漂わせているが、それも”漂わせている”。
少し、その墓標を眺めた後、こちらを向いて歩いてくる。
「クァイリ」
返事は、しなかった。
見透かされないように、目だけは逸らして顔を向ける。
「…仲の良い人を奪われた君には酷な話かもしれない」
静かに語りかけられる。
自然と目を見てしまいそうになってしまう、独特な話し方だった。
「今なら、君なら、あの化け物を倒すことができる」
何て聞き心地の良い言葉なんだろうか。
皮肉げな感想を心の中で呟いて、本当にその通りだと頷きそうになる。
まるで正しい英雄への道がそこにあるような錯角を覚えそうになる。
化け物を、倒す。
あの人を、殺す。
「あれは、禁種のテイムだ」
研究者の端くれなら,分かるだろう。
口に出されなくても,そう言われた気がする。
禁種のテイム。
凶暴で,人に懐くことのない、絆が生まれることのない、害悪。
脳か遺伝子に障害を持ち、気性が荒く、目につくものを攻撃しようとする習性がある。
(……ただ予想が正しければ、どちらかといえば,そちらが正しいはず)
そう考えている事を見透かされないように、気をつけつつ話の続きを待つ。
「取り込んだ人間の感情をも自分のものにするテイムだ」
長年の研究の成果。
そう自然と分かるような、話し方。
自分で言わないところが、嫌味らしくなく、好感を持ってしまう。
「今、ディエントが、色濃く残っているはずです
だから、君へ危害は加えられなかった」
恩人である、あなたにも。
心の中で返すが、ふと引っかかった。
あれは感情的に攻撃ができなかったというより、
(本能的に…、攻撃したくないという、怯え…?)
それは、一体誰の怯えか。
その怯えは、どんな理由からくるものなのか。
分からない事だらけで、推測の域を出ることはない。
ただその怯えの向かう先であるサディシャ氏が、そのことについて言及していない。
その事実だけが、私の違和感が正しいものだと、裏付ける。
「ぜひ,仇をとってくれないか?」
その立ち位置は、計算されたものなのだろうか。
傾いてきた日で良く見えるサディシャ氏の顔が、まるで誠実そのもののように映り、
その後ろに見える数え切れない墓標が、今まで犠牲になってきた人の多さを物語り、
目の前にある墓標が、仇をとってくれと、語りかけてくるような,そんな位置関係。
偶然ではない。
意図したもの。
「ーーーいくつか、質問しても?」
一瞬、真顔になるのが見えた。
多分、今までの人たちとは、違う反応なのだろう。
友人の死にトラウマが植え付けられることなく,激しい憎悪の念が生まれることなく。
今の私は、抜け殻のように脱力して見えるだろう。
事実,そうなのだから。
「ええ、いいですよ」
何故その必要が、と聞きたそうな一瞬の真顔。
そう聞かなかったのは、薮蛇になりかねないと感じたからか。
聞かれた時の事を考えていなかった私からすると,都合は良いのですが。
「サディシャさん テイムについて,どう思いますか?」
ふむ、と真面目に考え始める。
その一挙一動をクァイリは慎重に観察する
何を目的としたものではないが,何一つ見落とさないように。
「人間の良きパートナーになれる者、かな それがどうか…」
「──薬水については、」
どう思いますか?、と。
言葉を遮って、無理やり問う。
自然に気がつかれないように,など取り繕う技術など、持ってはいなかった。
だから、この際堂々と面と向かって探りを入れた。
相手が利用しようと、こちらに声をかけてきたこのタイミングで。
その返事をする前に、返答次第で答えが変わるかもしれないと思わせるように。
「……王定典範で定められている、テイムたちに必要不可欠なものだよね?」
「では、サラァテュについては、どう思っていますか?」
ぴくりと指先が動いた気がした。
表情には一切動揺は現れておらず、気のせいかと思う。
しかし、一層わざとらしさを感じる表情を浮かべる様子を見て、確信する。
「倒さなければならない、道を間違えたテイムかな」
「何故、倒すのですか?」
間髪入れず,畳み掛ける。
さすがに不可解な表情を浮かべるサディシャ。
しかし、揺れないクァイリの表情に、口を開く。
「殺された人の無念と、遺された遺族の憎しみを晴らすためだよ」
「ならば、なぜ、あなたがやらないのですか?」
一番、聞きたかった質問。
どう応えるか、一番,興味がある質問。
静かに相手の反応を待つ,クァイリ。
妙な緊張が漂う間。
「少しズルくないかい? こちらの質問に答える前に、さ」
にこりと、大人な反応。
返答を拒否し、話を逸らした。
その”応え”に満足し、クァイリは乾いた唇を濡らす。
「…そうですね すいません」
素直に引き下がる。
その言葉に緊張が解けたのか、ほっとした様子が目で見て取れた。
「──では、最後に一つだけよろしいですか?」
少し不快そうな表情になる。
それでも、渋々ながらも,頷いた。
「ディエントさんは、あなたにとってどう思いますか?」
まるで、これが本命の質問かのように。
これだけは聞きたかった,とクァイリが思っていると思い込んでくれるように。
その不確実な願いを込めた言葉を、投げかけた。
「手伝ってくれたのは嬉しかったのですが、やはり復讐に走らず自分の人生を
満喫してほしかったですね」
少し寂しげな表情。
そう思わないかい?、と聞き返すように視線を向けられる。
そうですね、と目を逸らしながら軽く流す。
視界の端で、つまらなさそうに品定めする目が見えた。
「さて、私の質問の答えは、どうかな?」
ぞっと、背筋が凍るクァイリ。
分かっていても、表情が抜ける瞬間を見るのは、気持ちの良いものではない。
憂いていた表情はどこへ行ったのか,さっきまでとは違う、"真面目"な表情になる。
大切な選択なのは分かる。
そんな表情になるのも分かる。
その場面場面に合った表情を、混じることなく使い分けているサディシャ。
クァイリはそんな人間がいるという事実に、どこか恐怖に近いものを感じていた。
「……、私は、」
そんな余裕のない状況でも、精一杯、力のない笑みを浮かべた。
何かが抜け落ちているような愛想笑いに、思わずサディシャは真顔になる。
「私に仇討ちなんて、荷が重いです」
すいません、と。
最初から決めていた返答を口にする。
サディシャは表情を崩すことなく、
「そうですか」
それだけだった。
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