上 下
7 / 38

第7話 シスコン

しおりを挟む
 どこに出しても恥ずかしくない程の我がアースダイン侯爵家の嫡男、人呼んでシスコンのハイデルト。

 学園では一年生トップの成績を修め、一躍話題になった有名人。

 つまりは私の弟なのだが……何のことはない。ゲーム内では初期ステータスがかなり優秀な上に、私が特訓してあげているのだ。


「手筈は整った。姉さんはいつも通りに過ごしてくれれば良いさ。」

「本当に大丈夫なのかしら。危ない事はしないで下さいね?」

「平気だって。絶対に姉さんを助けてみせるから。」


 流石はゲーム内屈指のお助けキャラ。


「無茶しないで……と言いたいところですが、聞いてはくれないのでしょう?」

「良く分かったね。」


 ハイデルトは当然だという顔で返事をする。


「はぁ……。」


 この先がどうなるのか勿論知ってはいる。

 しかし、この世界が一応ゲームと同じように進行しているとは言え、私にとってはれっきとした現実。

 私にはメルトリアとして生きた記憶も存在しているので、弟ハイデルトを心配する気持ちも嘘偽りのない事実。

 ハイデルトを危険から遠ざける選択肢もあるにはあるのだけど……ここでゲームシナリオから逸れるとどんな事が起こるか予測不能になってしまう。

 ルートによっては一族郎党処刑エンドも存在している世界で安易な行動はしたくない。

 最悪を想定し、宮廷魔法士レベルのステータスを生かして他国へ亡命する事も視野に入れているけど、それは本当にどうしようもない時だけの選択肢だ。

 現時点では順調に進んでいるので、シナリオから逸れるような事をせずに正しい攻略手順で進めていく。

 まだまだゲームで言えば中盤だし、今回の件はハイデルトの身が危険という事はないので彼に任せよう。

 さてさて、ディアナ公爵令嬢は追い詰められたらどんな風に言い訳するのかしらね?
















「さぁ、本日も中級魔法のお稽古を致しましょう。」

「……はい。」


 私に声を掛けて来るのはディアナ公爵令嬢。

 最近ではすっかり日常になりつつあるお稽古と称した嫌がらせ、いつの間にかそれが始まる時間になったようだ。

 でも、このクソ女の魔法を見るのも今日で見納めね。

 私は促され、いつもの裏庭へ性悪公爵令嬢とその婚約者を先導していると……


 パンッ!!


 と何かが破裂したような音が背後から聞こえ、この場にいる筈のない人物の声が廊下に響き渡る。


「この俺に魔法を撃ち込んでくるとは良い度胸だな、ディアナ公爵令嬢。」

「殿下の暗殺を企むとは、何を考えている!」


 私が後ろを振り返れば、そこに居たのはこの国の第二王子ユリウス殿下と魔法を防いだ我が弟ハイデルト。

 どうやら今の今までインビジブルの魔法で姿を消して私の背後に居たようだ。

 このインビジブルという魔法は王族だけに伝わる秘中の秘。ハイデルトはユリウス殿下に魔法をかけてもらっていたらしい。

 そして二人の向こうには顔を青くしたディアナ公爵令嬢とその婚約者がうろたえている。

 当然、サーチの魔法を使っていたので後ろで起こっていた事を私はしっかりと把握していた。


「どうした? ハイデルトの言う通り暗殺か?」

「い、いえ! 決してそのような事は……。」


 王子の物騒な質問に跳ねるように答えるクソ女。


「では何だと言うのだ?」

「……殿下がいらっしゃるとはつゆとも知らず。」

「ほう? 俺が居るとは思っていなかった、という事は兄上の婚約者を狙ったと?」

「あっ……いえ、魔法のお稽古を行っておりました。」

「魔法の稽古だと? 背後から致死レベルの魔法を撃つ事がお前の稽古なのか?」

「加減を間違えてしまったようです。」


 最初は突如現れたユリウス殿下に面食らって慌てていたクソ女だが、途中で切り替え冷静に言い訳を始める所は流石最上位貴族。

 しかし、その言い訳はいくらなんでも無茶苦茶過ぎる。


「加減ねぇ……。」

「誰でも間違いと言う事はありますもの。」


 そんな間違いなんてあってたまるもんですか。


「実家が魔法の大家であり、自身が魔法の成績上位のディアナ嬢が間違い、か。しかも背後からの奇襲まで行って……。」

「それを言うなら殿下こそ、インビジブルの魔法で姿を消して何をしておいでなのです? 何かやましい事でも?」


 切り込む隙を見つけたからか、クソ女の口調が少しだけ得意気に変化していく。

 なんて憎たらしい顔。


「ふむ、この期に及んで言い訳はすまい。我が親友ハイデルトの姉が大層良い尻だと言う事なのでな、二人で背後からこっそり確認していたまでよ。人前で言う事ではないがな。」


 本当に人前で言う事ではない。

 緊迫した場面なのに、王族だけに伝わる魔法の使いどころを完全に間違えているユリウス殿下には笑えてしまう。

 私の尻をじっくり眺めやがって……助けてくれたからパンツくらいまでなら見せてあげても良いけど。


「まぁ、破廉恥な。第二王子ともあろうお方が何という……」
「背後から兄上の婚約者を狙ったディアナ嬢、俺が破廉恥だからと言って、その行いは誤魔化せんぞ。」

「……。」

「これは次期王妃暗殺の線で調べねばなるまいな。」

「決してそのような事は!」

「他に何がある? 当然貴様も無関係ではないのだろう?」

「いえ、私にも何が何だか……。」


 突然声を掛けられたクソ女の婚約者が慌てだす。

 冷や汗を流して言い訳するが、見るからに挙動不審で非常に怪しい。


「見ていたぞ。貴様も貴様で、ディアナ嬢が魔法を放った瞬間驚く様子もなかったではないか。予め知っていたのだろう?」

「いえ、その……。」

「知っていなければ可笑しいだろう。何もせずにただ黙って見ているなど、本来有り得ないからな。」

「彼女の実家、ベラルクス公爵家は我がアースダイン家が邪魔なのでしょう。今までも圧力をかけてきた事は一度や二度ではありません。まさかこのような手段に出るとは思ってもみませんでしたが……。」


 ハイデルトはさらりと第二王子ユリウス殿下に理由を告げる。

 まぁ、嘘ではなく本当の事なのだけど。


「そのような事はしていません!」

「落ち着け、大丈夫だ。そちらに何の非もなければ咎めはしない。」

「殿下……。」


 ディアナ公爵令嬢は助けられたと勝手に勘違いし、涙ぐんでいるが違う。

 全然全くそんな訳ないのにね。


「貴族裁判にかければすぐに分かる事だろう。」

「お待ちを!」

「言い訳は見苦しいぞ。」



 結局、第二王子自ら貴族裁判に訴えかけ、私にとっては二度目の貴族裁判が始まる事となった。

 しかし、兄であるシュナイザー殿下は自分の婚約者を助けもしないボンクラ王子だけど、弟のユリウス殿下は何て良い子なんだろう。

 無駄に上品で堅苦しくボンクラな兄より、ユリウス殿下の方が明け透けで私にとっては好ましい。

 婚約者がこっちだったらと何度考えた事か……。

 彼は私の尻が好みらしいし、お礼に尻を出して目の前で踊ってやろうかしら?

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

【完結】人々に魔女と呼ばれていた私が実は聖女でした。聖女様治療して下さい?誰がんな事すっかバーカ!

隣のカキ
ファンタジー
私は魔法が使える。そのせいで故郷の村では魔女と迫害され、悲しい思いをたくさんした。でも、村を出てからは聖女となり活躍しています。私の唯一の味方であったお母さん。またすぐに会いに行きますからね。あと村人、テメぇらはブッ叩く。 ※三章からバトル多めです。

ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!

仁徳
ファンタジー
あらすじ リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。 彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。 ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。 途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。 ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。 彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。 リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。 一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。 そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。 これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!

婚約破棄からの断罪カウンター

F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。 理論ではなく力押しのカウンター攻撃 効果は抜群か…? (すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

『伯爵令嬢 爆死する』

三木谷夜宵
ファンタジー
王立学園の中庭で、ひとりの伯爵令嬢が死んだ。彼女は婚約者である侯爵令息から婚約解消を求められた。しかし、令嬢はそれに反発した。そんな彼女を、令息は魔術で爆死させてしまったのである。 その後、大陸一のゴシップ誌が伯爵令嬢が日頃から受けていた仕打ちを暴露するのであった。 カクヨムでも公開しています。

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

処理中です...