上 下
87 / 128
最終章 幸せな日々

番外編 第20話 ご機嫌取り

しおりを挟む
「ジャイン王から手紙が来たぞ。ナガツキ大公家にサルージ王国の第二王子が来てくれるそうだ。」

「え? 小国とは言え相手は王族ですよ? 普通はこちらから出向くのが礼儀ではないのですか?」

「普通はな。本来であればナガツキ家の方から訪ねるのが筋だとは手紙にも書いてあったが、お前の家は世界最強の軍事力を持っているから気を遣われたのだろうとの事だ。」

「……パパ。一応こちらから出向いた方が良いのではないです?」

「問題ない。王の手紙には向こうを怖がらせるだけだから大人しく家で待ってれば良いと書いていた。」


 たかがお見合いで怖がられるわけはないというのに、王は心配性だな。


「私は王が言うのであれば従うです。」

「俺が言っても従って欲しいんだが?」

「パパは私を無理矢理訓練しようとしたので嫌です。」


 うぐっ……。


「な、なぁアーリィ? 欲しい物とかはないのか? 最近は花型の髪飾りが流行っているらしいぞ?」

「それはセイブン隊長がくれました。」

「何個かあっても良いだろ?」

「三つ貰いましたので必要ないです。私が欲しいのは娘に無理矢理訓練しようとしないパパです。」


 な、なんだと…………。


「もしかして、まだ怒っているのか?」

「怒ってないです。パパなんてちょっと嫌いなだけです。」


 ちょっと……嫌い、だと!?

 これ程の衝撃を受けたのは……かつて戦争前にエイミーが練兵場を魔法の一撃で更地にしてしまった時以来だ。


「わっ。あからさまに落ち込んでしまいました。」

「嫌いだなんて言わないでくれ……。」


 娘に土下座で頼み込んだ。

 俺のつまらない誇りなどどうでも良い。娘に嫌われない為なら、何度でも土下座してみせよう。


「嘘ですよ。無理矢理訓練しないなら嫌いになりません。」

「本当か!?」

「はい。」

「なら、訓練も少しだけしてみないか?」

「やっぱりちょっと嫌いです。」

「……二度と訓練に誘ったりはしない。」

「そうして下さい。」


 サクラやレイアだったら喜んで参加するというのに、子育てと言うのは難しいな。

 レイアなんて特に「父さん凄え!」と言って、目を輝かせて何度も技を見せてくれとせがむんだが。

 調子に乗り過ぎてあれもこれもと斬っていたら、大抵の物は斬れるようになってしまった。


「なら、訓練はしないが魔法を教えるぞ? 魔法ならアーリィも好きだろう?」

「習いたいです!」


 目を輝かせて食い気味に返事をするアーリィ。

 娘の機嫌を取るのがこうも大変だとは思わなかった。

 今までアーリィが拗ねるという事は殆どなかったので、全く大変さを知らなかったのだ。

 しかし機嫌を取る為とは言え、アオイに禁止されていた魔法を俺が教えたとなれば怒られるだろうか?

 多分……大丈夫だ。

 保護者がいる時は使っても良いという約束のはずだからな。

 最悪怒られたら……俺がとんでもなく搾られるだけの話だ。


「座学と実地、どちらが良いんだ?」

「座学は大体習ってますので、実地が良いです。」

「分かった。庭の練兵場に行こうか。」

「はい!」












 そうして俺とアーリィは練兵場に移動し、早速魔法の練習をする事にした。


「アーリィはどんな魔法を習いたいんだ?」

「パパがママに怒られて追いかけられる時に良く使う、凄く速い走り方をする魔法です!」


 そんな覚え方をしないで欲しかった。


「分かった。先ず、風魔法を背中から後方に発動するだけで良い。風量を絞って発動すると速度の調整も出来る。」

「やってみます!」


 アーリィは走る構えを取り、背中から発動させようとするが……。


「うぅ……。背中からってどうやるんですか?」


 いきなりは少し難しかったようだ。

 困った顔が我が娘ながら愛らしい。


「よしよし。ちゃんと教えてやるからな。」

「ありがとうございます!」

「手からは発動出来るんだろ?」

「はい。でも背中は難しいのです。」


 手から発動する感覚が分かるのであれば……。


「手から一度発動してみると良い。その感覚を意識し、背中でも試してみるんだ。」

「はい!」


 アーリィは一度手の平から風魔法を発動し、感覚を掴めたのか納得した顔を見せる。

 そして背中からそよ風程度だが、風魔法を発生させることに成功した。


「どうやら上手く出来たみたいだな。」

「はい。でも、もっと強い風を出さないと速くは走れません。」


 余程使えるのを楽しみにしていたのか肩を落としている。

 一発目で成功している時点で十分凄いんだがな。


「大丈夫だ。もう少し練習すれば出来るようになるだろ。」

「そうでしょうか?」

「あぁ。アーリィは魔法の才能があるかもしれないな。一度で成功する奴なんてなかなかいないぞ?」

「本当ですか!?」

「嘘など言わないさ。」

「もっと練習してみます!」

「おう。」


 続けて練習に付き合っていたのだが、アーリィが二度目に発動した時は既にそよ風などというものではなかった。

 実用段階にまで到達している。

 三度目に発動した時は実際に走ってみせ、それなりの速度で走れるようになった。

 四度目はサクラと同等の速度が出ていた。


 俺は正直、アーリィの才能を見誤っていたのだ。

 もうやめさせようと思った。このままではアオイにぶん殴られる。


「な、なぁ。そろそろ良いんじゃないの……か?」


 俺の目の前をフォォォオオォォォォォンッと甲高い音を立てて通り過ぎていくアーリィ。

 五度目はアオイが本気を出した時と同じくらいの速度が出ていた。

 マズいぞ。

 これは完全にマズい。

 アーリィは魔力こそ大した量を持っていないが、効率というか魔力を魔法に変換する際に発生する無駄がほぼ感じられない。

 アオイはかつて言っていた。

 魔力をそのまま魔法に変換出来たら大して魔力が無くても強いよね、と。

 普通なら魔法を発動する際に魔力の99%が無駄になるのだという。魔法の扱いが上手いアオイでさえも95%の無駄は発生しているらしい。

 魔法を発動した際に発生した99%の無駄が、魔法の強さを読み取る為の指標となり、相手を追跡する為の魔力の残り香となる。

 対してアーリィはどうだ。

 99%の無駄どころか、99%以上の変換効率ではないのか?

 魔力の扱いが尋常ではなく上手いという事…………いや、これは上手いで片付けて良い問題ですらない。

 つまりアーリィはどれ程強い魔法を発動しても相手に魔法の強弱を読み取らせず、追跡もされず、それでいて潜在魔力からは少し魔力があるだけの女の子としか思われないという事だ。


「疲れましたぁ。」

「そ、そうか。アーリィ。今日はもうおしまいにしようか。」

「え? まだ大丈夫ですよ?」

「あ、あぁ。でもな? パパも疲れてきたというかなんというか……。」


 上手く誤魔化せん。どう言ったらいいものか。


「まさか……パパも実はママから聞いていたんですか?」

「何をだ?」

「ママには風魔法は覚えるなって言われたんです。でも、私だって楽しく追いかけっことかしたかったんです。」


 成る程。

 アオイの言から察するに、アーリィは風魔法と相性が良過ぎるんだ。

 魔力の変換効率もさることながら、風魔法の上達速度も考えられない程だった。このままいけば、アーリィは風魔法に新たな旋風を巻き起こす人材となり得る。

 だから使うななどと言われたのだろう。

 俺も目にしたが果たしてどこまで極める事が出来るのか。

 末っ子のアーリィは、人類から逸脱していたのだな。





 王よ。貴方の言う通りでした。

 我が家は明るく楽しい人外家庭でしたよ?


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

俺が死んでから始まる物語

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。 だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。 余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。 そこからこの話は始まる。 セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕

異世界でただ美しく! 男女比1対5の世界で美形になる事を望んだ俺は戦力外で追い出されましたので自由に生きます!

石のやっさん
ファンタジー
主人公、理人は異世界召喚で異世界ルミナスにクラスごと召喚された。 クラスの人間が、優秀なジョブやスキルを持つなか、理人は『侍』という他に比べてかなり落ちるジョブだった為、魔族討伐メンバーから外され…追い出される事に! だが、これは仕方が無い事だった…彼は戦う事よりも「美しくなる事」を望んでしまったからだ。 だが、ルミナスは男女比1対5の世界なので…まぁ色々起きます。 ※私の書く男女比物が読みたい…そのリクエストに応えてみましたが、中編で終わる可能性は高いです。

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった〜

霞杏檎
ファンタジー
祝【コミカライズ決定】!! 「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」 回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。 フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。 しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを…… 途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。 フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。 フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった…… これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である! (160話で完結予定) 元タイトル 「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!

仁徳
ファンタジー
あらすじ リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。 彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。 ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。 途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。 ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。 彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。 リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。 一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。 そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。 これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!

冤罪を掛けられて大切な家族から見捨てられた エアコンまとめ

エアコン
恋愛
冤罪を掛けられて大切な家族から見捨てられた とエアコンの作品色々

処理中です...