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第二章 ルートⅢ

第20話 再会

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 俺は馬を走らせ、二度と戻るまいと決めた故郷の街へ急いだ。

 普通の馬車旅であれば二日かかる距離だったが、馬に無理をさせて半日で目的の地へと辿り着いた。

 街を去ってからそれ程経っていないというのに、生まれてからずっと住んでいた街並みが……ずっと昔の遠い記憶のように思える。


「エイミー……。」


 俺はエイミーの家へと向かったが、人が住んでいる気配を感じられない。まるで誰も住んでいないかのような……。


「あれ? 英雄様じゃないか。こんな所で何やってんだい?」

「あぁ。スノーさん!」


 近所で野菜を売っているおばさんだ。

 この人に聞いてみよう。


「エイミーが……ここの家に誰も住んでいないようで。」

「そりゃあね。借金のカタに取られちまったからだよ。今はどこだったか……西の方にある空き家に住んでるんだったか……。」


 西の空き家か!


「裏切り者なんてほっとけば……」
「ありがとう! 後で他の騎士も来るだろうから、俺は西区画へ向かったと伝えてくれ!」


 スノーさんが何か言っていたが、俺は構わず西を目指す。

 エイミー、無事でいてくれよ。



 西区画は放置された空き家が大半で、そこの元住民達は王都へ行ってしまいもう帰って来ない。

 確かに、借金を抱えて住む場所がない人間には好都合の場所だ。

 西区画の家を一軒一軒調べて回り、日が沈み辺りを闇が支配した頃……


「エイミー!!」


 数十軒以上も探し、やっと見つけた。

 少しやつれている彼女は以前では考えられないボロボロの服を着ていて、その姿が今の生活の苦しさを物語っている。

 彼女はこんな時間だというのに、井戸の水を汲みに来ていたようだ。


「え、レイベルト? 嘘……なんで。」

「君からの手紙を読んで駆け付けたんだ! 済まない。本当に済まない。碌に君の話も聞かずに俺は……。」

「信じて……くれたの?」

「あぁ!」


 彼女の瞳は揺れていて、その心を映しているようだと思った。

 だが、俺には……今の彼女の心を推し量る事は出来ない。


「でも、私……もう……貴方の前には……。」


 やはり、俺を恨んでいるのだろうか?

 それとも、単に会いたくなかっただろうか?


「何を言っている! エイミーが悪いんじゃなかったんだろ!?」

「やっぱり……体を許したのは事実だから……」


 そんな事……


「俺だってそうだ。君に裏切られたと思い込み、アオイと結婚までしてしまった俺だって……。」

「それは良いの。仕方ない事だもの。元を正せば私が最初に裏切った、だから……」


 エイミーはただ自分を責めている。

 あんな卑劣な事をされて……君のせいだなんて、俺は認めない。


「暗示や薬まで使われて平気な奴がいるものか!」


 俺はエイミーの言葉を遮り、決してお前のせいじゃないと想いを込めて大声を出した。

 彼女の目には涙が浮かび、今にも溢れ出してきそうだ。


「レイ……ベルト。レイベルト…………う、うわぁぁぁぁぁ!!」


 泣きながら縋りついてくるエイミーを支え、俺はひたすらに謝罪をした。

 本当にどうして……信じてやれなかったのか。


「済まない。俺を……恨んでくれて構わない。」

「う、恨んでない! 私が、私が弱がっだがら……」





 涙声で互いに謝罪を繰り返し、俺が悪い、私が悪い、と謝罪合戦の様相を呈していたその時、唐突に割って入るように第三者の声が掛かった。


「何故モネーノ家の娘が生きている! おい。その女をこちらへ渡せ。」


 俺は咄嗟にエイミーを後ろに庇い、振り返って剣の柄に手を掛けた。


「誰だ、こいつら……。」


 声を掛けてきた男達は黒いローブを身に付け、顔まで黒い布で覆って目だけ露出している。

 恐らく、ストレッチ王国からの刺客なのだろう。


「そこの女を渡せば命は……どこかで見た顔だな。」

「こいつ、英雄だぞ!」

「英雄レイベルトだと!? 何故ここに……。」

「英雄には構うな。囲んで女だけを殺せば良い。」


 クソっ! エイミーを狙われたらマズい!

 相手は七人。

 動きを見るに、こいつら一人一人が騎士よりやや上程度には強い。

 俺一人なら余裕だが、エイミーを狙われてしまうと……


「レイベルト……。」

「エイミー、大丈夫だ。絶対に俺が守ってやる!」


 刺客どもはぐるりと俺達を囲み、じりじりと距離を詰めて来る。


「レイベルト、あのね?」

「俺に任せろ。決して君を傷つけさせやしな……」
「かかれっ!」

「くっ!」


 七人からの同時攻撃は対処が難しい。

 アオイ程魔法に長けていない俺じゃ彼女を巻き込んでしまう!

 前方三人を一瞬で切り捨て後方を防御魔法で……ダメだ! 上からの攻撃が!?

 防御魔法を………間に合わ…………エイミー!!








「えいっ!」
「ぐわあぁぁぁぁっ!」


 エイミーのなんとも間の抜けた声が聞こえたと同時に、上から攻撃してきた刺客が横に吹っ飛んで壁に激突していた。


「は?」


 俺は今何が起こったのかを理解出来ず、敵前にも拘らず呆けてしまった。

 何が……何が起こった?


「あの、ね? 言ってなかったんだけど……私、強くなっちゃったみたいで。」


 強く?

 え? 強くって言ったか?

 は? 強くなるって、突然なるものじゃ……


「残りは私に任せて!」

「あ、なぁ……おい! 待って……」


 俺は混乱しながらも戦場で培われた動きで二人の刺客を斬り、エイミーは何をどうしてそうなったのか、残り二人の刺客をぶん殴って地面に叩きつけていた。


「レイベルト? どうしたの?」


 どうしたの、は俺の台詞だ。

 気絶した刺客の顔面を掴んで片手で軽々と持ち上げ、小首を傾げる俺の元婚約者。

 記憶の中の彼女と今の彼女の姿との差があまりにも激しく、俺は未だに混乱から抜け出せずにいた。


「エ、エイミー? お前いつの間に……あぁ、俺が戦争に行ってから鍛えていたんだな?」

「違うよ?」

「違うのか?」

「うん。」


 どうにも嘘を言っているようには見えない。

 であれば……


「じゃあ、俺が知らないだけで昔から強かったのか。全く気付かなかったぞ。」

「それも違うよ?」

「それも違うのか?」

「うん。」


 どういう事だ?


「え? じゃあ一体何故……。」

「私の目を見て。」


 目を?

 目を見たからなんだって……


「な、なんで……瞳の色が黒……」


 アオイと同じだ!

 しかも、この肌が粟立つような圧倒的な魔力量。

 今も加減して戦っていたのか?

 これはアオイよりも……


「勇者! まさか、エイミーに似た勇者! エイミーじゃなかったのかっ!?」

「え? エイミーですけど……。」

「そ、そうか。」

「う、うん。」


 エイミーが勇者? 勇者がエイミー? 勇者もエイミーだった……?

 辺りがシーンと静まり返り、何とも言えない空気が形成されていた。


「ね、ねぇ。この人達、どうするの? 潰して川に捨てて来る?」


 随分と物騒だ。本当にエイミーか?

 ケロリとアオイみたいな事を言っている辺り、やはり勇者なのだろうか。


「勇者もエイミーだったのか……。」

「レイベルト、何言ってるの?」

「いや、何でもないさ。」


 俺は内心の動揺を抑えられず、素直に思った事を口走っていた。


「あの、場所を変えない? 騒ぎになったら大変よ?」

「あ、あぁ……取り敢えず、こいつらを縛って情報を吐かせないと。」

「縄なら家にたくさんあるわ。すぐそこだから取りに行こう?」

「助かる。」


 ……たくさんある、とはどういう事だ?

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