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第一章
第14話 絶望
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予想に反して戦争は辛勝で終わった。
手紙が届かなくなってしまってから四ヶ月。
英雄が行方不明になった。大怪我を負ったが生還した。などと噂が錯綜し、街は常にその話題で持ち切りだ。
行方不明になったという噂を頭から追いやり、怪我が治ればレイベルトが帰って来てくれるかもしれないと無理矢理自身を納得させる。
そして期待を胸に抱きつつも、別の人と結婚するという事実が私を現実に引き戻す。
先月、私はとうとうネイルと婚約してしまったのだ。
早く会いたいという気持ちと裏切ってしまった彼にどう詫びれば良いのかという気持ちの板挟みに陥ってしまい、近頃の私は眠れなくなっていた。
そしてネイルとの結婚前日…………
私の家を彼が訪ねて来た。
「……レイベルト?」
「あぁ。」
「生きてた……。」
彼は約束通り帰って来てくれたのだ。とても精悍な顔つきで……より男らしくなって。
「結婚するんだってな。」
「……。」
帰って来たレイベルトが私の結婚の話を聞いていても不思議じゃない。
今この瞬間、彼に会えたという事実が嬉しくてその事が頭から抜けていた。
「帰って来ると……約束したはずだ。」
「……。」
どうしよう……なんと言っていいのか、言葉が出ない……。
「帰って来れたんだね……。」
「あぁ。」
なんとか振り絞って出た言葉はあっさりとしたものだった。
私に出来る事はとにかく謝ること。
私とレイベルトには長い時をかけて築き上げてきた二人だけの絆がある。それを信じるしかない。
昔からの幼馴染。どこに出掛けるのも一緒で、たくさん笑い合い、時には喧嘩をし、将来の話だってしたんだ。
誰よりも一緒の時を過ごしていたのは私。
「……ごめんなさい。」
「帰って来なければ良かったよ。」
「そんな事言わないで!」
どうしてそんな事を言うの?
あなたが帰って来てくれて、本当に嬉しかったのに……。
「帰って来なければ……こんな思いをしなくても済んだのにな。」
「それは……。」
ダメ……。ダメよ……。
「俺はここを出るよ。」
ここで彼を行かせてはダメだと私の直感が告げていた。
「待って!」
「待って? 君が結婚するのを指をくわえて見ていろとでも言うのか?」
なんとか、引き止めなきゃ。
ここで引き止めなければ、永遠の別れになってしまう予感がしていた。
ネイルには不義理になってしまうけれど、何を犠牲にしてでもレイベルトを繋ぎ止めないと!
「結婚しない……。」
「しないでどうするんだ?」
「貴方と結婚する。」
そうよ。
元々はレイベルトと結婚するつもりだったんだから、戦争の終わった今なら彼には肩書と立場がある。
私をこのまま攫ってもらえば……。
「他の男の子供を宿して俺と結婚しようと言うのか?」
普通ならあり得ない。周囲の人からだってこんな話は聞いた事もない。
でも、私とレイベルトの今までの関係を考えれば受け入れてくれるかもしれない。
「……貴方が受け入れてくれるなら。」
一世一代の告白をしたつもりで口を開くが……
「それは無理だ。」
彼の目には怒りが宿り、冷たく私を突き放す。
今更気付いた。会話が成立していたから安易に許して貰えるかもしれないと考えていたが、彼は怒りを抑えているだけだったのだ。
許してもらえなかった……私はどうすれば…………。
「じゃあな。」
ゾっとする程冷たい彼の声色に衝撃を受け、振り返ろうともしない彼を追いかけられずにその場で泣く事しか出来なかった。
かつてはあんなに近かった彼との距離が、だんだん遠ざかっていく。
もうダメなの……?
やっと会えたのに……?
こんな終わりってある……?
愛しているのに……私はどうすれば良いの?
レイベルトが居ないと……私は…………
レイベルトが去った直後の事は覚えていない。
両親が言うには、私は家の玄関で倒れていたらしい。
翌日、私の家とレイベルトの家は婚約を結び直そうと躍起になっていた。
英雄を自分達の手元に縛り付けようという算段なのが、小娘でしかない私にだって分かる。
その姿を見て、なんと浅ましい人達だろうと思いながら、その可能性に縋るしかなかった私。
婚約を結び直そうとする人間と、その可能性に縋る私自身……果たしてどちらが醜いだろう。
しかし元を正せば、両家が勝手に婚約を取り消したのが悪いのだ。
両家が英雄の恩恵を受けられないのは両家のせい。私がレイベルトを失ったのも両家のせい。
全部、目の前のこいつらが悪いんだ。
私は激しい怒りを両家に向けながら、可能性の低い両家の企みが上手くいく事を願うという酷い矛盾を抱えた。
そして予想通り、婚約の結び直しは失敗してしまった。それどころか王の怒りを買い、両家は騎士の位を取り上げられてしまったそうだ。
自分の両親は当然として、レイベルトの両親に対してもざまぁみろという感情が湧きたつ。
「婚約の結び直しなんて土台不可能だったのよ!」
「俺が悪いというのかっ!?」
「そうよ! 一体、これからどう暮らしていくのよ……。」
「うるさい! お前が体でも使って稼げば良い!」
「馬鹿言わないで! 貴方が働きに出なさいな!」
私からレイベルトを奪った癖に、随分元気が良い人達ね。
慌てる両親を眺めながら、暗い喜びで自身が塗りつぶされていくのを感じていた。両家は没落してしまうけれど、死ぬわけでもないし、精々後悔でもしていれば良いんだ。
でも……
「羨ましいなぁ。」
「は?」
「何が羨ましいのよ!」
「二人はさ、今こうなってるけど……好きな人と結婚して、好きな人と子供まで作って、この歳になるまで一緒に生活して、今後の生活を心配しながら喧嘩して……。」
「「……。」」
「ねぇ。どうしてレイベルトは私の隣に居ないの? どうしてそんな私の前で楽しそうに喧嘩なんて出来るの? どうして勝手に婚約解消なんてしたの?」
「……すまん。」
「ごめんなさい、エイミー。」
「謝って欲しい訳じゃない。」
レイベルトと一緒になりたかっただけなのに。
私なんて、もうレイベルトと喧嘩さえ出来ないのに。
「辛い……。」
きっと、この人達はこれから事あるごとに、今みたいな喧嘩をして、私に夫婦仲を見せつけてくるんだろうなぁ。
苦しいなぁ……。
手紙が届かなくなってしまってから四ヶ月。
英雄が行方不明になった。大怪我を負ったが生還した。などと噂が錯綜し、街は常にその話題で持ち切りだ。
行方不明になったという噂を頭から追いやり、怪我が治ればレイベルトが帰って来てくれるかもしれないと無理矢理自身を納得させる。
そして期待を胸に抱きつつも、別の人と結婚するという事実が私を現実に引き戻す。
先月、私はとうとうネイルと婚約してしまったのだ。
早く会いたいという気持ちと裏切ってしまった彼にどう詫びれば良いのかという気持ちの板挟みに陥ってしまい、近頃の私は眠れなくなっていた。
そしてネイルとの結婚前日…………
私の家を彼が訪ねて来た。
「……レイベルト?」
「あぁ。」
「生きてた……。」
彼は約束通り帰って来てくれたのだ。とても精悍な顔つきで……より男らしくなって。
「結婚するんだってな。」
「……。」
帰って来たレイベルトが私の結婚の話を聞いていても不思議じゃない。
今この瞬間、彼に会えたという事実が嬉しくてその事が頭から抜けていた。
「帰って来ると……約束したはずだ。」
「……。」
どうしよう……なんと言っていいのか、言葉が出ない……。
「帰って来れたんだね……。」
「あぁ。」
なんとか振り絞って出た言葉はあっさりとしたものだった。
私に出来る事はとにかく謝ること。
私とレイベルトには長い時をかけて築き上げてきた二人だけの絆がある。それを信じるしかない。
昔からの幼馴染。どこに出掛けるのも一緒で、たくさん笑い合い、時には喧嘩をし、将来の話だってしたんだ。
誰よりも一緒の時を過ごしていたのは私。
「……ごめんなさい。」
「帰って来なければ良かったよ。」
「そんな事言わないで!」
どうしてそんな事を言うの?
あなたが帰って来てくれて、本当に嬉しかったのに……。
「帰って来なければ……こんな思いをしなくても済んだのにな。」
「それは……。」
ダメ……。ダメよ……。
「俺はここを出るよ。」
ここで彼を行かせてはダメだと私の直感が告げていた。
「待って!」
「待って? 君が結婚するのを指をくわえて見ていろとでも言うのか?」
なんとか、引き止めなきゃ。
ここで引き止めなければ、永遠の別れになってしまう予感がしていた。
ネイルには不義理になってしまうけれど、何を犠牲にしてでもレイベルトを繋ぎ止めないと!
「結婚しない……。」
「しないでどうするんだ?」
「貴方と結婚する。」
そうよ。
元々はレイベルトと結婚するつもりだったんだから、戦争の終わった今なら彼には肩書と立場がある。
私をこのまま攫ってもらえば……。
「他の男の子供を宿して俺と結婚しようと言うのか?」
普通ならあり得ない。周囲の人からだってこんな話は聞いた事もない。
でも、私とレイベルトの今までの関係を考えれば受け入れてくれるかもしれない。
「……貴方が受け入れてくれるなら。」
一世一代の告白をしたつもりで口を開くが……
「それは無理だ。」
彼の目には怒りが宿り、冷たく私を突き放す。
今更気付いた。会話が成立していたから安易に許して貰えるかもしれないと考えていたが、彼は怒りを抑えているだけだったのだ。
許してもらえなかった……私はどうすれば…………。
「じゃあな。」
ゾっとする程冷たい彼の声色に衝撃を受け、振り返ろうともしない彼を追いかけられずにその場で泣く事しか出来なかった。
かつてはあんなに近かった彼との距離が、だんだん遠ざかっていく。
もうダメなの……?
やっと会えたのに……?
こんな終わりってある……?
愛しているのに……私はどうすれば良いの?
レイベルトが居ないと……私は…………
レイベルトが去った直後の事は覚えていない。
両親が言うには、私は家の玄関で倒れていたらしい。
翌日、私の家とレイベルトの家は婚約を結び直そうと躍起になっていた。
英雄を自分達の手元に縛り付けようという算段なのが、小娘でしかない私にだって分かる。
その姿を見て、なんと浅ましい人達だろうと思いながら、その可能性に縋るしかなかった私。
婚約を結び直そうとする人間と、その可能性に縋る私自身……果たしてどちらが醜いだろう。
しかし元を正せば、両家が勝手に婚約を取り消したのが悪いのだ。
両家が英雄の恩恵を受けられないのは両家のせい。私がレイベルトを失ったのも両家のせい。
全部、目の前のこいつらが悪いんだ。
私は激しい怒りを両家に向けながら、可能性の低い両家の企みが上手くいく事を願うという酷い矛盾を抱えた。
そして予想通り、婚約の結び直しは失敗してしまった。それどころか王の怒りを買い、両家は騎士の位を取り上げられてしまったそうだ。
自分の両親は当然として、レイベルトの両親に対してもざまぁみろという感情が湧きたつ。
「婚約の結び直しなんて土台不可能だったのよ!」
「俺が悪いというのかっ!?」
「そうよ! 一体、これからどう暮らしていくのよ……。」
「うるさい! お前が体でも使って稼げば良い!」
「馬鹿言わないで! 貴方が働きに出なさいな!」
私からレイベルトを奪った癖に、随分元気が良い人達ね。
慌てる両親を眺めながら、暗い喜びで自身が塗りつぶされていくのを感じていた。両家は没落してしまうけれど、死ぬわけでもないし、精々後悔でもしていれば良いんだ。
でも……
「羨ましいなぁ。」
「は?」
「何が羨ましいのよ!」
「二人はさ、今こうなってるけど……好きな人と結婚して、好きな人と子供まで作って、この歳になるまで一緒に生活して、今後の生活を心配しながら喧嘩して……。」
「「……。」」
「ねぇ。どうしてレイベルトは私の隣に居ないの? どうしてそんな私の前で楽しそうに喧嘩なんて出来るの? どうして勝手に婚約解消なんてしたの?」
「……すまん。」
「ごめんなさい、エイミー。」
「謝って欲しい訳じゃない。」
レイベルトと一緒になりたかっただけなのに。
私なんて、もうレイベルトと喧嘩さえ出来ないのに。
「辛い……。」
きっと、この人達はこれから事あるごとに、今みたいな喧嘩をして、私に夫婦仲を見せつけてくるんだろうなぁ。
苦しいなぁ……。
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