6 / 6
金と銀の交錯
しおりを挟むアリアはぼうっと窓の外を眺めていた。
村で人攫いに遭い、どこかの貴族に買われた。いや、好事家の貴族に雇われた者に攫われたというのが実情のようだ。
それからは、薬の聖女などと銘打たれて、法外な値段で力を使わせられたり、アリア自身は怪我をしてもすぐに治ると知れてからは悪戯に虐げられたりと、崇めるとも貶めるともつかないちぐはぐな生活を続けた。
ある日、噂を聞きつけたユート達が助けに来て、貴族の屋敷を抜け出した。
村に帰ってからは皆、腫れ物に触るような扱いだった。母親のセレナは変わらなかったため、暫くユート達の家に身を寄せることにした。少しして、セレナが重い病を患っていることがわかった。アリアの力が及ばないほどに。
その力が発覚した当初から、重い病には力が効き辛いことがわかっていた。それが、アリアの願いに応じて、ある程度強弱を変えられることも。
だから、アリアは願った。何よりも強く。どこまでも深く。
しかし、それはアリアの望んだ結果を齎さなかった。
西の魔女、その誕生の瞬間だった。
「やっぱり、あんたはあたしが嫌いだったのねッ!」
死の間際に放ったセレナの叫びが、アリアの耳にこびりついて、それからのことは覚えていない。
気付けばこの教会で隔離されていた。そして、その中で多くの人間を殺した。それは、アリアがいくら願っても止めることはできなかった。
***
銀の長髪を靡かせて部屋に入って来たクラウスに気付いて、アリアは顔を上げる。白磁のような肌と澄んだ碧い瞳、感情を窺わせない表情はまさに精巧なビスクドールのようだ。
「やあ、初めまして。西の魔女──いや、薬の聖女さん」
人当たりの良い微笑を浮かべて、クラウスが声を掛ける。
「………………だれ」
暫しクラウスを見詰めていたアリアが言葉を紡ぐ。無機質に、抑揚なく。
その声は見た目のままに幼く。
淡々と少女の言葉は続く。
「なに、しにきたの」
クラウスは少し考えるような仕草をしてから答える。
「そうだな……人攫い、かな?」
などと臆面もなく言って、少女に手を差し伸べる。
「わたしに、さわらないで」
「どうして?」
「みんな、死んじゃうから」
「本当に、そう思う?」
男はそのまま少女に近付く。
「こないでっ」
アリアは怯えた様子で逃げる。それでも、クラウスは止まらなかった。そのまま、座り込んだアリアの頰に触れる。
「────ッ!」
アリアは大きく肩を震わせて引き攣った悲鳴を上げる。しかし──
「──ほら、私は君に触れられる」
クラウスは顔色一つ変えずに微笑んだ。
「…………どう、して」
「さあ、どうしてだろうな」
そう言って笑うクラウスはどこか哀しげだった。
「さて、君は私に攫われてくれるかな?」
「………………」
見定めるようにクラウスを暫し見詰めたアリアは、おずおずとその手に己の手を伸ばし、触れる直前でぴたりと止めた。
「大丈夫、偶然じゃないから」
「……っ…………」
残りわずかの距離はクラウスが埋めてしまった。
「さあ、しっかり掴まっていて」
クラウスはアリアをその胸に抱き込むと、遠く離れた地上へ向けて、元来た窓から外に飛び出した。
***
逸れないようにと、小さな手と手を繋いだまま、クラウスは願う。
──どうか、この子が力に怯えることなく天真爛漫に生きていけるように。
唯一触れられる温かな手に手を引かれながら、アリアは願う。
──哀しい眼をするこの人が、心から笑える日が来るように。
0
お気に入りに追加
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
今日の授業は保健体育
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
死者救済のブラックドッグ ~勇者の娘(アンデット)に憑依した元墓守が家族の元に帰るまで~
海老しゅりんぷ
ファンタジー
墓守__それは霊園の管理・維持を行い《迷者》と呼ばれるアンデットを救済する者。
墓守であるブラックドッグは天寿を全うし、家族が眠る場所で息を引き取った__ハズだった。目を覚ますとブラックドッグはアンデット、死体に憑依する形で異世界へ転移してしまっていた。しかも憑依した肉体は、勇者と呼ばれる人物の、娘の身体だった。
この物語は、ブラックドッグが愛する家族の元で眠りにつくまでの物語。
※この作品は小説家になろうとアルファポリスでの重複投稿を行っています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる