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燃える街

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その晩、王都は燃えていた。
打ち続く戦争に疲弊し切っていた民衆が遂に暴動を起こしたのだ。
街のあちこちが破壊され、王国軍兵と民衆がぶつかり合う。
いや、王国軍兵同士もあちこちで衝突しあってさえいる。
「…醜いねぇ」
そんな様子を路地裏から眺める幾つかの目。
姿をくらます魔術で身を隠し、金髪黒肌の妖精、闇エルフのシウは嘲笑うように言った。
「いちど弾ければ、もう後は止まらない…軍対軍ではなかなか歯応えあったみたいだけど、こうなったらもうどうにもならないね」
王都内の兵屯所へそれぞれに偽情報を流し、街中へ出て同志討ち…あるいは民から略奪するよう仕向けたのは彼女の功が大きい。
小さな戦火は少しずつ燃え広がり、今や王都全体を焼き尽くす勢いだ。
「お!…出番だよシャロウ」
シウが何かを見つけ、傍の大柄な剣士に声を掛けた。
王城に危険が迫った際の王族の逃亡ルート、そこを無骨で飾り気は無いが重厚さを感じさせる馬車が走り来る。
ゆらり、と路地裏の闇から。
シャロウは馬車の向かう先に立つ。
御者が気付いたが、彼は馬に鞭を入れた。跳ね飛ばすつもりだろう。
長剣を鞘から抜き、シャロウは笑った。
馬車が目の前に迫る…!
ぶつかる直前にシャロウは跳び、御者台の御者の真横に降り立ち、剣を振るう。御者は地面に振り落とされた。
そして馬と馬車を切り離し、馬車は乱暴に止まる。シャロウは闇夜を華麗に跳躍し、舞うように地に降り立った。
乱暴に停められた馬車の戸が開き、中から何かが飛び出た。
白く細い姿の何者かは、飛び出たその勢いのままシャロウの姿を認め、斬りつけてきた。
シャロウもそれに応じ剣を合わせる。美麗な剣技が赤く燃える街に映える。
「姫、やめるのだ!今は逃げ…」
威厳ある野太い声が馬車の方から響く。おそらくはメインターゲット…国王だろうとシャロウは判断したが、目の前に現れ猛烈に剣を振るう姿に目を奪われてしまっていた。
肌着に近い姿のその剣士は、かつて戦場でまみえた記憶がある。
姫将軍と呼ばれ、自らも一軍を率いて戦う第一王女セレナその人。
栗色の長髪に優しい眼差しの美貌の王女が、得意の剣を手に立ち塞がる。
「父は…陛下はやらせません!」
「言うな、小娘がッ!」
凛としたセレナの声に、応じるように低く唸るシャロウ。
セレナの剣技は手数こそ多いが、魔人の剣士シャロウの膂力からすれば脅威と呼ぶには遠い。少しずつ、セレナは押され出す。
「くっ…」
「終わりか、そんなものか」
シャロウは真横に剣を振い、セレナを吹き飛ばした。
短く悲鳴を上げ、セレナは転がり、倒れる。
シャロウはゆっくりと馬車…どうやら負傷したらしく身動きの取れない王の方へと歩み寄る。
「…何者だ、貴様は」
王は矜持を捨てず、目の前の剣士に問うた。
「俺か、俺は…貴様を殺す者、それだけだ」
シャロウが剣を振り上げる…
その時だった。
瞬間的に殺気を捉え、シャロウは真横へ飛んだ。飛んできたのはナイフ。そのまま立っていれば後頭部を直撃していた。
良い狙いだ…心底そう思った瞬間。
ナイフとは逆方向からの斬撃。
反応しきれなかったシャロウは右腕を犠牲にして、体を斬られる事だけは避けた。
剣士はセレナだった。ナイフを放った直後にごく小距離の転移魔術。驕ったシャロウの裏をかくには十分だった。
「ぐ…ぐぶッ」
セレナはだがそれ以上シャロウに追い打ちをかけるでもなく、
王を、家族をなんとかここから逃がす事だけを考えていた。
「わー、負けたねシャロウ」
傷は深い。シャロウはその場に跪く。傍にはいつのまにかシウが居たが、どうやらセレナはいない。
追いついて来た侍従の馬車に乗り換えて逃走を再開したか…
からかうような口調のシウだったが、シャロウの傷を、痛みを癒す魔術を使っていたようだ。
どのみちシウの戦闘力ではあの姫君には及ぶまいか。シャロウはそう考え、笑い、激痛の中意識を失った。

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