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74.虹の花
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サーラが借り上げているアパルトマンで、イリスが絵を見ていた。
レオンの作品をいくつか見て見たいとビストロからそのままついて来たのだ。
鮮やかな抽象画もあれば、風景画のような古典画もある。
入り口の近くにキリンのような不思議な絵がかけてあった。
「・・・あらこれすてき。お店に頂こうかしら」
「これはダメ。・・・昔、レオンに貰ったものだから。・・・私が持ってるレオンのものってそれだけ」
サーラが奥の部屋から更に何枚か絵画を出して来た。
美しい古典画があったり、鮮やかな花畑のようなものや、サファリの風景のようなものだったり。
「じゃ、こっちでもいいかな。・・・これ何?」
「知らないわ。・・・レオン、なんとなくこういうのって画廊のオーナーに言われるとそれっぽい物描いて送って来るのよ。これは在庫」
「ふうん。・・・アートってそういうもんだっけ?雲を掴むみたいな話で仕事すんのね?大変ね」
「料理やお菓子みたいに決まった配合や名前なんてないし、私にだってわからない。・・・レオンの為にやってるだけだから」
イリスは、レオンを含む何人か作家を抱えてそのマネージメントをしている。
その作品を売買するのは主に兄であるミカエルの仕事。
「皆、言うこと全然聞かないの・・・兄に言ったら、芸術家なんてそんなもんだって。・・・こういうの作ってって注文通りにしてくれるレオンはまだ助かるけど・・・」
絵を眺めながらビールを飲んでいたイリスが声をあげた。
「・・・・やっぱりこれにする!店に飾ろう」
青い花が沢山描かれている絵だった。
「気に入ったのがあったなら良かったけど。・・・これ何の花なんだろう?」
「知らないの?アイリスよ。別名、虹の花。覚えて」
「・・・ふうん?」
「ねえ。アンタ。モモが家庭的なところが気に入らないの?」
「それだけじゃないわよ。全部気に入らない」
「・・・言っておくけど、桃は家庭的では収まらないわよ。桃はパパの弟子だもの。例えば、私の焼き菓子のいくつかのレシピはパパがおばあちゃんから教わったもの、それを私とモモが覚えたの。おばあちゃんは亡くなっているし、パパはもうお菓子なんかめんどさくて作らない。イリスの焼き菓子のレシピを知ってるのは、世界に私とモモだけって事。勲章も持ってるニコラの料理のいくつかも再現出来て、イリスの焼き菓子も作れるのよ?・・・恐るべきアマチュアよ。アンタもプロならアマチュアってのがどれだけ恐ろしいかわかってるでしょ」
サーラが目元を険しくした。
「・・・それから。私はよく知らないけど。モモは、論文描いて雑誌に載ったりしてるし。いくつか特許も持ってる。タヌキの研究だの、生き物が動いたり死んだりすると光る研究だの、何でも切れる糸の研究だの。私にはサッパリだけど。アンタじゃ、元カノだとしても、太刀打ち出来ないわよ」
イリスが意地悪でもなく、淡々と説明した。
サーラがビールをテーブルに置いて椅子に座った。
「・・・兄がね。前、レオンがだいぶ本気で付き合ってる女がいるって聞いて、私以上に神経質になって帰国したの。・・・兄としては、レオンは応援したい作家でもあるけど、飯の種でもあるから。・・・競走馬みたいなもんよ。・・・それに、変な女がついちゃたまらないって。お金渡して、裁判するぞって脅して追い払おうって考えで弁護士ににまで話つけてたんだから。私も、別れてくれりゃ良いと思ってた。でも結果は、すっかり気にいっちゃって。来年から日本の酒の卸売りもするとかなんとか言ってる。・・・なんなのよ、あの女」
ああ、モモってそう言うところあるかも、とイリスは可笑しくなった。
「・・・私だって、元カノなんて言えない。・・・レオンは特定の恋人なんて作らないし。って言うか出来ないのよ。あんな社会性の無い男。なのにモモにはあの入れ込みようだもの」
自分の感情とか、意向とか、そう言う物をあまり表現しないタイプだったのに。
モモといる間中、「これ美味しい」「これ可愛い」「あれなんだろ、見て」「これ知ってる?」「これ、あれに似てない?」と共感ばかり求めていた。
他人と何か感情を共有したいと思うタイプでは無かったのに。
「・・・私になんか、挨拶もロクにしなかったのよ?!」
「・・・アンタ・・・好かれて無かったんじゃ無いの・・・?付き合ったっつうか・・・小腹が空いてた時にたまたま実家にずっとそこにあったバナナ食べたけど、なんかやっぱこれじゃ無いなー的な・・・」
つい本音が漏れてそう言ってしまうと、サーラが驚いたような顔をしてからみるみる涙を浮かべた。
「もう嫌!なんなのよ!」
「・・・ちょっと、ごめん・・・」
「いいわよ、もう!・・・その通りよ!・・・私なんか、半分腐ったバナナとか、湿気たクラッカーよ!それであの女に出会って、食べてみたら、これだ!って思ったってわけでしょ?!」
サーラは泣きながらビールを飲み干して、二本目を取りに冷蔵庫へと向かった。
「・・・レオンにとってそうだって事は・・・絶対他にもそう思ってる奴がいるってことよ・・・!揉めればいいのよ!」
「・・・あー、モモってそういう感じ・・・」
イリスはなるほどなあと感心した。
「・・・ねえ、だからさ。もうあんな事故物件やめて、私にしない?後悔はさせないわ」
イリスがそう言って、持ってきたシャンパンを差し出した。
桃とレオンが帰国する昼に、ホテルに会いにきたサーラとお茶をする事にした。
会食の夜よりも顔色も良く、表情も明るい。
イリスが店舗用にと花の描いてある絵を購入したとサーラが言った。
注文したコーヒーを飲みながら、宣言するように顔をあげた。
「・・・レオン。私、やっぱりしばらく帰らないから」
「うん・・・別にいいけど・・・?」
「私、訳わかんない画家連中のマネージャーなんて辞めて、女性菓子職人のマネージャーになろうかな。・・・とりあえず、世界三大都市に支店出す方向で。旗艦店出す時は協力してね」
と夢見るように言ったのに、桃は驚き、レオンはやっぱり!ベニの魔法だ!と笑った。
レオンの作品をいくつか見て見たいとビストロからそのままついて来たのだ。
鮮やかな抽象画もあれば、風景画のような古典画もある。
入り口の近くにキリンのような不思議な絵がかけてあった。
「・・・あらこれすてき。お店に頂こうかしら」
「これはダメ。・・・昔、レオンに貰ったものだから。・・・私が持ってるレオンのものってそれだけ」
サーラが奥の部屋から更に何枚か絵画を出して来た。
美しい古典画があったり、鮮やかな花畑のようなものや、サファリの風景のようなものだったり。
「じゃ、こっちでもいいかな。・・・これ何?」
「知らないわ。・・・レオン、なんとなくこういうのって画廊のオーナーに言われるとそれっぽい物描いて送って来るのよ。これは在庫」
「ふうん。・・・アートってそういうもんだっけ?雲を掴むみたいな話で仕事すんのね?大変ね」
「料理やお菓子みたいに決まった配合や名前なんてないし、私にだってわからない。・・・レオンの為にやってるだけだから」
イリスは、レオンを含む何人か作家を抱えてそのマネージメントをしている。
その作品を売買するのは主に兄であるミカエルの仕事。
「皆、言うこと全然聞かないの・・・兄に言ったら、芸術家なんてそんなもんだって。・・・こういうの作ってって注文通りにしてくれるレオンはまだ助かるけど・・・」
絵を眺めながらビールを飲んでいたイリスが声をあげた。
「・・・・やっぱりこれにする!店に飾ろう」
青い花が沢山描かれている絵だった。
「気に入ったのがあったなら良かったけど。・・・これ何の花なんだろう?」
「知らないの?アイリスよ。別名、虹の花。覚えて」
「・・・ふうん?」
「ねえ。アンタ。モモが家庭的なところが気に入らないの?」
「それだけじゃないわよ。全部気に入らない」
「・・・言っておくけど、桃は家庭的では収まらないわよ。桃はパパの弟子だもの。例えば、私の焼き菓子のいくつかのレシピはパパがおばあちゃんから教わったもの、それを私とモモが覚えたの。おばあちゃんは亡くなっているし、パパはもうお菓子なんかめんどさくて作らない。イリスの焼き菓子のレシピを知ってるのは、世界に私とモモだけって事。勲章も持ってるニコラの料理のいくつかも再現出来て、イリスの焼き菓子も作れるのよ?・・・恐るべきアマチュアよ。アンタもプロならアマチュアってのがどれだけ恐ろしいかわかってるでしょ」
サーラが目元を険しくした。
「・・・それから。私はよく知らないけど。モモは、論文描いて雑誌に載ったりしてるし。いくつか特許も持ってる。タヌキの研究だの、生き物が動いたり死んだりすると光る研究だの、何でも切れる糸の研究だの。私にはサッパリだけど。アンタじゃ、元カノだとしても、太刀打ち出来ないわよ」
イリスが意地悪でもなく、淡々と説明した。
サーラがビールをテーブルに置いて椅子に座った。
「・・・兄がね。前、レオンがだいぶ本気で付き合ってる女がいるって聞いて、私以上に神経質になって帰国したの。・・・兄としては、レオンは応援したい作家でもあるけど、飯の種でもあるから。・・・競走馬みたいなもんよ。・・・それに、変な女がついちゃたまらないって。お金渡して、裁判するぞって脅して追い払おうって考えで弁護士ににまで話つけてたんだから。私も、別れてくれりゃ良いと思ってた。でも結果は、すっかり気にいっちゃって。来年から日本の酒の卸売りもするとかなんとか言ってる。・・・なんなのよ、あの女」
ああ、モモってそう言うところあるかも、とイリスは可笑しくなった。
「・・・私だって、元カノなんて言えない。・・・レオンは特定の恋人なんて作らないし。って言うか出来ないのよ。あんな社会性の無い男。なのにモモにはあの入れ込みようだもの」
自分の感情とか、意向とか、そう言う物をあまり表現しないタイプだったのに。
モモといる間中、「これ美味しい」「これ可愛い」「あれなんだろ、見て」「これ知ってる?」「これ、あれに似てない?」と共感ばかり求めていた。
他人と何か感情を共有したいと思うタイプでは無かったのに。
「・・・私になんか、挨拶もロクにしなかったのよ?!」
「・・・アンタ・・・好かれて無かったんじゃ無いの・・・?付き合ったっつうか・・・小腹が空いてた時にたまたま実家にずっとそこにあったバナナ食べたけど、なんかやっぱこれじゃ無いなー的な・・・」
つい本音が漏れてそう言ってしまうと、サーラが驚いたような顔をしてからみるみる涙を浮かべた。
「もう嫌!なんなのよ!」
「・・・ちょっと、ごめん・・・」
「いいわよ、もう!・・・その通りよ!・・・私なんか、半分腐ったバナナとか、湿気たクラッカーよ!それであの女に出会って、食べてみたら、これだ!って思ったってわけでしょ?!」
サーラは泣きながらビールを飲み干して、二本目を取りに冷蔵庫へと向かった。
「・・・レオンにとってそうだって事は・・・絶対他にもそう思ってる奴がいるってことよ・・・!揉めればいいのよ!」
「・・・あー、モモってそういう感じ・・・」
イリスはなるほどなあと感心した。
「・・・ねえ、だからさ。もうあんな事故物件やめて、私にしない?後悔はさせないわ」
イリスがそう言って、持ってきたシャンパンを差し出した。
桃とレオンが帰国する昼に、ホテルに会いにきたサーラとお茶をする事にした。
会食の夜よりも顔色も良く、表情も明るい。
イリスが店舗用にと花の描いてある絵を購入したとサーラが言った。
注文したコーヒーを飲みながら、宣言するように顔をあげた。
「・・・レオン。私、やっぱりしばらく帰らないから」
「うん・・・別にいいけど・・・?」
「私、訳わかんない画家連中のマネージャーなんて辞めて、女性菓子職人のマネージャーになろうかな。・・・とりあえず、世界三大都市に支店出す方向で。旗艦店出す時は協力してね」
と夢見るように言ったのに、桃は驚き、レオンはやっぱり!ベニの魔法だ!と笑った。
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