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83.過去の残骸
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桃は、祖父の残した写真を眺めていた。
「桃さん、さっきの、祖父の話ですけど」
「・・・はい」
やはり不快だったろうかと桃は少し後悔した。
「なんだか、励まされたような気分です。・・・私もお話があるんです。その、不愉快に思われるとは、思うのですけど・・・」
桃がどうぞと促した。
「・・・桃さん、10年前。流産されてますね?」
あまりにも突然の話に桃は驚いて目を瞠った。
「・・・誰に聞いたんですか・・・?」
「ああ、雛さんじゃありません。大切なご友人です。お疑いになったらかわいそうです。・・・最初、保真智さんの子かと思いました。でも時期的に藤枝さんの子かもしれない。・・・ああ、桃さんは、藤枝さんと関係して、それが原因で保真智さんと破談されたんだなあと思った。・・・でも違うようですね」
「・・・そんな事、どうやって・・・確認したんですか?」
まさか、公太郎が言うわけもあるまいと思うが。
「藤枝さんでもありません。彼とは何年も会ってもいない。そんな必要もうないですしね」
彼が桃と関係が無くなった今、好き好んでそんな会うわけもない。
余計訳が分からないと言う顔をしている桃に、悠が微笑んだ。
「保真智さんの御夫人ですよ。丁度、揉めてる最中でですね。これであれこれ結婚する前の所業がばれたら慰謝料だの親権だのに関わるという事で、お役立ちできそうな代理人さんと弁護士さん紹介するって言ったら、いろいろ話してくださって。僕が聞いた分は彼女の不利になるから文書にはできないですけどね。・・・だいぶ人間性が疑わしいと判断されてしまうでしょうから。まあ、僕には関係ないんですけど」
桃は、なぜ保真智の妻の話が始まるのかと眉を寄せた。
「・・・何の話?」
「つまり、彼女と結婚前のお兄さんの一輝さんとの関係が保真智さんにバレた、って事ですね。保真智さんのご両親が、次男の妻を叩き出しそうですよ。それで現在、諍い中です」
英《はなぶさ》家は、普段、仲が良くて距離感も近い家族だから、何かが起こったとなればその瞬発力も抜群で、家族全員で大騒ぎしているような状態だ。
両親が長男に詰め寄ったら、次男の妻共々、その関係を認めた。
それを長兄の妻も以前から知っていたと言う事まで分かり、宝が騒ぎ立てたものだから、家族の範囲を超えて周囲に知られて、結構なゴシップとなっていた。
「あれ大変そうですね。・・・宝さん、婚家のご両親に何か言われたそうで、自分の立場が悪くなったのを理由に、告訴するなんて言ってるらしいけど、一体、誰を訴えるつもりなんでしょうね?自分の兄かな?」
全員、訴える事が出来そうな条件はあるけれど。
悠がいっそ不思議そうにしていた。
桃は、情報量の多さとその内容に驚いて黙っていたが、やっと口を開いた。
「・・・それ、あなたじゃないの・・・?悠さんが・・・」
保真智の耳に入れたのではないだろうか。
「さあ、どうでしょう」
悠が笑った。
「・・・桃さん、不審な電話があったと言ってたでしょう?あれやっぱり、保真智さんの奥様でした。結婚前のね」
「え?・・・でも、私の電話番号、知らないでしょ?」
「保真智さんの奥様にねだられて、一輝さんが、弟のスマホ見て教えたらしいですよ」
「・・・どうしてそんな事するの?・・・だって、保真智さんのお兄さん、その方がお好きでお付き合いされていて・・・?それでなんで・・・?」
「まあ、その辺は、あの人たちの人間性の為せる業でしょうね」
悠が冷たく評した。
「・・・でも、じゃあ・・・保真智さんは大変ね・・・。お子さんだっていらっしゃるのに」
母親が出て行ってしまって、しかも、多分、子供達の耳にも何が起きているのか大体は入っているはずだ。
「・・・桃さん、決して、変な電話が来ても出たらダメですよ」
「もう来ないでしょ・・・」
「そうじゃなくて。いいですか?保真智さんやご両親ですよ。桃さん、後妻にされたらどうするんですか。まあ、そんな事させないですけど」
祖父母も亡くなった今、彼女を絡めとるのは簡単だろう。
あの、虚飾かつ粗野で悪知恵が働く一家の事だ。
彼等は恥を知らない。
桃に自分たちの惨状がどれだけ困惑し辛い立場であると言う事を恥も外聞も無く話して、同情で気を引こうとする事だって十分考えられる。
その上、あの時、お前が破談にしたからだ、とでも責めれば、桃なんて頷いてしまうかもしれない。
悠としたらあり得ない話ではないのだ。
そんな事は断固退けたい。
自分は桃の正しい未来の方が大切だ。
「・・・まあ、あそこの家の話はもういいんです。勝手に出火したんですから。どっちにしても桃さんに関係ないですから」
悠は桃に向き直った。
「・・・桃さんと保真智さんは、婚前交渉はなかったそうですね」
桃は今度こそ絶句した。
「・・・それも保真智さんの奥様からお聞きになったんですか・・・?・・・なんで、そんな事・・・」
「保真智さんがベラベラ喋っていたからですよ。当時、彼女の他にも、何人も交際していた方はいて。全員に桃さんとの事を嬉しそうに話していたそうです。そりゃ彼女達からしたら顰蹙でしょうね」
桃は、過去のこととは言え、そんな事になっていたのかと信じられない思いだった。
悠も、保真智の妻から聞いた時、あまりの事に呆れたものだ。
あの男、バカじゃないのか。
それだけ、若かりし彼が、桃に夢中だったと言う事だろうけど。
やっぱり、あの男は、桃さんには相応しくなかった。
過去の残骸の今の姿を、あまりにも生々しく目の前に並べられて桃は指先が冷たくなるのを感じた。
「桃さん、さっきの、祖父の話ですけど」
「・・・はい」
やはり不快だったろうかと桃は少し後悔した。
「なんだか、励まされたような気分です。・・・私もお話があるんです。その、不愉快に思われるとは、思うのですけど・・・」
桃がどうぞと促した。
「・・・桃さん、10年前。流産されてますね?」
あまりにも突然の話に桃は驚いて目を瞠った。
「・・・誰に聞いたんですか・・・?」
「ああ、雛さんじゃありません。大切なご友人です。お疑いになったらかわいそうです。・・・最初、保真智さんの子かと思いました。でも時期的に藤枝さんの子かもしれない。・・・ああ、桃さんは、藤枝さんと関係して、それが原因で保真智さんと破談されたんだなあと思った。・・・でも違うようですね」
「・・・そんな事、どうやって・・・確認したんですか?」
まさか、公太郎が言うわけもあるまいと思うが。
「藤枝さんでもありません。彼とは何年も会ってもいない。そんな必要もうないですしね」
彼が桃と関係が無くなった今、好き好んでそんな会うわけもない。
余計訳が分からないと言う顔をしている桃に、悠が微笑んだ。
「保真智さんの御夫人ですよ。丁度、揉めてる最中でですね。これであれこれ結婚する前の所業がばれたら慰謝料だの親権だのに関わるという事で、お役立ちできそうな代理人さんと弁護士さん紹介するって言ったら、いろいろ話してくださって。僕が聞いた分は彼女の不利になるから文書にはできないですけどね。・・・だいぶ人間性が疑わしいと判断されてしまうでしょうから。まあ、僕には関係ないんですけど」
桃は、なぜ保真智の妻の話が始まるのかと眉を寄せた。
「・・・何の話?」
「つまり、彼女と結婚前のお兄さんの一輝さんとの関係が保真智さんにバレた、って事ですね。保真智さんのご両親が、次男の妻を叩き出しそうですよ。それで現在、諍い中です」
英《はなぶさ》家は、普段、仲が良くて距離感も近い家族だから、何かが起こったとなればその瞬発力も抜群で、家族全員で大騒ぎしているような状態だ。
両親が長男に詰め寄ったら、次男の妻共々、その関係を認めた。
それを長兄の妻も以前から知っていたと言う事まで分かり、宝が騒ぎ立てたものだから、家族の範囲を超えて周囲に知られて、結構なゴシップとなっていた。
「あれ大変そうですね。・・・宝さん、婚家のご両親に何か言われたそうで、自分の立場が悪くなったのを理由に、告訴するなんて言ってるらしいけど、一体、誰を訴えるつもりなんでしょうね?自分の兄かな?」
全員、訴える事が出来そうな条件はあるけれど。
悠がいっそ不思議そうにしていた。
桃は、情報量の多さとその内容に驚いて黙っていたが、やっと口を開いた。
「・・・それ、あなたじゃないの・・・?悠さんが・・・」
保真智の耳に入れたのではないだろうか。
「さあ、どうでしょう」
悠が笑った。
「・・・桃さん、不審な電話があったと言ってたでしょう?あれやっぱり、保真智さんの奥様でした。結婚前のね」
「え?・・・でも、私の電話番号、知らないでしょ?」
「保真智さんの奥様にねだられて、一輝さんが、弟のスマホ見て教えたらしいですよ」
「・・・どうしてそんな事するの?・・・だって、保真智さんのお兄さん、その方がお好きでお付き合いされていて・・・?それでなんで・・・?」
「まあ、その辺は、あの人たちの人間性の為せる業でしょうね」
悠が冷たく評した。
「・・・でも、じゃあ・・・保真智さんは大変ね・・・。お子さんだっていらっしゃるのに」
母親が出て行ってしまって、しかも、多分、子供達の耳にも何が起きているのか大体は入っているはずだ。
「・・・桃さん、決して、変な電話が来ても出たらダメですよ」
「もう来ないでしょ・・・」
「そうじゃなくて。いいですか?保真智さんやご両親ですよ。桃さん、後妻にされたらどうするんですか。まあ、そんな事させないですけど」
祖父母も亡くなった今、彼女を絡めとるのは簡単だろう。
あの、虚飾かつ粗野で悪知恵が働く一家の事だ。
彼等は恥を知らない。
桃に自分たちの惨状がどれだけ困惑し辛い立場であると言う事を恥も外聞も無く話して、同情で気を引こうとする事だって十分考えられる。
その上、あの時、お前が破談にしたからだ、とでも責めれば、桃なんて頷いてしまうかもしれない。
悠としたらあり得ない話ではないのだ。
そんな事は断固退けたい。
自分は桃の正しい未来の方が大切だ。
「・・・まあ、あそこの家の話はもういいんです。勝手に出火したんですから。どっちにしても桃さんに関係ないですから」
悠は桃に向き直った。
「・・・桃さんと保真智さんは、婚前交渉はなかったそうですね」
桃は今度こそ絶句した。
「・・・それも保真智さんの奥様からお聞きになったんですか・・・?・・・なんで、そんな事・・・」
「保真智さんがベラベラ喋っていたからですよ。当時、彼女の他にも、何人も交際していた方はいて。全員に桃さんとの事を嬉しそうに話していたそうです。そりゃ彼女達からしたら顰蹙でしょうね」
桃は、過去のこととは言え、そんな事になっていたのかと信じられない思いだった。
悠も、保真智の妻から聞いた時、あまりの事に呆れたものだ。
あの男、バカじゃないのか。
それだけ、若かりし彼が、桃に夢中だったと言う事だろうけど。
やっぱり、あの男は、桃さんには相応しくなかった。
過去の残骸の今の姿を、あまりにも生々しく目の前に並べられて桃は指先が冷たくなるのを感じた。
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