71 / 86
3.
71.擬似家族
しおりを挟む
「ねぇ、桃はさ、この先、どう考えてるの?」
「この先?」
「レオンとずっと一緒にいるかどうかはわからないにしても、家族を作るのかとかさ。日本人の女の子ってそのへん堅実じゃない?」
「・・・私は、付き合ったの去年だしね・・・。まあ確かにこの年になると、私の日本の友達も結婚したり子供産んだりして落ちついちゃったわね。私だけね、フラフラしてるの」
雛なんて、今や三児の母。
長い不妊治療の末だから、雛も夫もとても喜んでいた。
「私も子供が欲しいと思ってるの。でも別れたばかりだし。そもそも、どちらが産むのかとか父親はどうするのかとかそう言う問題もね」
イリスは同性愛者で、子供を持つとしたらクリアしなければならない問題が多くある。
「スウェーデンも同性のカップルはいるけど。いろいろよね」
「そうよね。精子提供を受けて、妊娠するのが一番手っ取り早いけれど。それを了承してくれる相手じゃないとだし。・・・前もそれが原因で別れたのよ。あー、つまり。何で自分ではない男の精子で妊娠するわけってね」
「・・・でも、卵子だけの生殖って、人間は、倫理的にダメなのよね・・・?」
確か、羊で実験したという実例はあるらしいけど。
「・・・卵だけじゃダメってことよね。ミルクやらバターやら小麦粉やら必要なのね。お菓子と一緒で。だから仕方ないじゃない?でもねえ・・・」
イリスはため息をついてからワインを飲んだ。
「・・・若い時に卵子を保存しておくなんて時代になって来たけど。未来はもっといろいろできるんでしょうけど。・・・今現在を生きてるわけだしね。今出来ることを考えないと」
「・・・うまく行くといいね」
「まずは相手を探す事からよ」
そうね、と桃は頷いた。
「せっかく都会に出て来たんだからどこ行きたい?午後から付き合うわ」
「いいよ!悪いよ。一人で行けるよ」
「ダメ。アンタって、ふにゃふにゃして歩ってるんだから。・・・いい?ここは平和な農耕民族ばかりの東の果ての日本とか、森の民しかいない北の果てのスウェーデンじゃないの。もっとこう、外は怒った感じで歩くの!」
この街では、のんびりしている桃なんて、いいカモだ。
スリだって、強盗だって多い。
つまりイリスは心配だと言いたいのだ。
「・・・ありがとう。美容室に行きたいの」
「・・・切っちゃうの?もったいない。こんなにきれいに伸ばしたのに」
イリスが桃の髪に触れた。
桃は子供の時はよくおさげにしていたものだ。
エンマが娘の髪を毎朝編んでいたのを、羨ましく見ていたのを思い出す。
「・・・伸ばしたんじゃなく伸びちゃったのよ。私のこの髪質でしょ。美容師さんがどうにもならないよって」
今では伸びきって絡まってしまって扱いづらい。
「日本人がやってる美容室があるの。私もいつもそこでやってもらうの」
イリスは、来日した際に日本の美容室もすっかり気に入り、パリで日本人がいる店を探して通っているのだと言った。
イリスは軽くウェーブのかかったボリュームのある髪をふんわりと自然に流していた。
南フランス出身らしい魅力的な小麦色の肌、褐色の髪。
古くはチュニジアだかモロッコの血も入っているとかで、こう言うタイプはモテる。
桃は眩しい、と笑った。
「・・・・あの彼氏、どうなの?」
「どうって?」
「ネットで調べたら、そこそこ有名らしいわよね」
「うん。まあ実態はよく分からないけど・・・そうみたいね。おじいちゃんが亡くなった時、いろいろ助けてもらったの・・・。今回はね、代理人さんの妹さんがパリにいるのよ。マネージャーでね。それで会いにきたの」
ふうん、とイリスが頷いた。
「・・・ねぇ、モモ。こうしてまた会えて嬉しいわ」
「私もよ。イリスったらすっかり実業家になっちゃって。私の方が年上なのに。あなたは昔からしっかりしていたもの」
「モモが隙だらけなのよ。・・・モモ、私、パパがエンマと別れた後、私、寂しくて・・・」
「私もよ。その後、オーベルジュの方に力を入れたとかで、ニコラパパもイリスも一旦パリ離れてしまったでしょ?・・・その後、オーベルジュから手を引いてパリに戻って来たって聞いた時は嬉しかった」
だからこそ度々訪れる事がて来たのだし。
でも、オーベルジュはニコラの夢だったのに、どうしてだろうとはずっと思っていたのだけど。
イリスがしばらく黙った後、口を開いた。
「エンマと別れてから、パパが付き合ったのが、オーベルジュのオーナーの女性だったの。パパとは昔から知り合いだったしね。私も知らない人じゃ無かったから、それはそれでいいと思ったの。彼女には息子がいてね。・・・私・・・」
それきり黙ってしまった。
桃は不穏なものを感じて、様子を伺っていた。
「・・・強く抵抗したとは言えないわよね。どこに言えばいいのかも分からなかったし。オーベルジュをやるのはパパの夢だったし、私のせいでダメにしたく無かったの。・・・でも、結局それがバレたのよ。彼の母親は、自分の息子を庇うためというより、自分と自分の事業のために金払うって言い出して。・・・私はそれでいいって言ったんだけど。・・・すぐにパパが彼女と関係を解消してパリに戻ってくれたの」
「・・・怖かったわね・・・」
「もう終わった事だけど。・・・そいつ、その後すぐに別件で捕まったの。何度かそんな事繰り返して、結局死んだみたいよ。母親の方は今だに元気よ。どっかの金持ちのジジイと結婚したらしいわ」
イリスは何でも無い事のように言ったが、桃は泣き出したい気分だった。
幼い頃別れた可愛い親友が、そんな事になったなんて。
今まで、聞いたこともない話だった。
「エンマとモモとあのままいたら、あんなことにはならなかったのにって、パパも後悔したのよ。・・・私もパパを責めたしね。・・・でも仕方ないわよね」
仕方ないとそう言えるようになるまで、彼女がどんな辛かったか。
「ねえ、モモ、だからね。モモにこうして話す事が出来て。・・・私、生き残ったんだなあと言うか、乗り越えたんだなあって、今、本当に思ってるの」
幼い頃の輝くような大切な時間が、苦しみの中の自分をどれだけ救ったか。
桃は黙ってイリスを抱きしめた。
「・・・私、小さい頃ママを亡くしているから。パパとエンマとモモと過ごしたのが家庭のイメージなの。短い時期だし、擬似家族って言われたらそうかもしれないけれど。・・・てもすごく、幸せだったの」
「・・・うん」
「・・・だからね。ああいうのを、自分で作り上げてみたいの」
「・・・うん」
小さな子供であった彼女が、そして自分が与えられた小さな幸せ。
安心と思える空間。
確かにそこにあったもの。
この希いがいつか叶えばいいのに、と桃はイリスの頬に唇を寄せた。
「この先?」
「レオンとずっと一緒にいるかどうかはわからないにしても、家族を作るのかとかさ。日本人の女の子ってそのへん堅実じゃない?」
「・・・私は、付き合ったの去年だしね・・・。まあ確かにこの年になると、私の日本の友達も結婚したり子供産んだりして落ちついちゃったわね。私だけね、フラフラしてるの」
雛なんて、今や三児の母。
長い不妊治療の末だから、雛も夫もとても喜んでいた。
「私も子供が欲しいと思ってるの。でも別れたばかりだし。そもそも、どちらが産むのかとか父親はどうするのかとかそう言う問題もね」
イリスは同性愛者で、子供を持つとしたらクリアしなければならない問題が多くある。
「スウェーデンも同性のカップルはいるけど。いろいろよね」
「そうよね。精子提供を受けて、妊娠するのが一番手っ取り早いけれど。それを了承してくれる相手じゃないとだし。・・・前もそれが原因で別れたのよ。あー、つまり。何で自分ではない男の精子で妊娠するわけってね」
「・・・でも、卵子だけの生殖って、人間は、倫理的にダメなのよね・・・?」
確か、羊で実験したという実例はあるらしいけど。
「・・・卵だけじゃダメってことよね。ミルクやらバターやら小麦粉やら必要なのね。お菓子と一緒で。だから仕方ないじゃない?でもねえ・・・」
イリスはため息をついてからワインを飲んだ。
「・・・若い時に卵子を保存しておくなんて時代になって来たけど。未来はもっといろいろできるんでしょうけど。・・・今現在を生きてるわけだしね。今出来ることを考えないと」
「・・・うまく行くといいね」
「まずは相手を探す事からよ」
そうね、と桃は頷いた。
「せっかく都会に出て来たんだからどこ行きたい?午後から付き合うわ」
「いいよ!悪いよ。一人で行けるよ」
「ダメ。アンタって、ふにゃふにゃして歩ってるんだから。・・・いい?ここは平和な農耕民族ばかりの東の果ての日本とか、森の民しかいない北の果てのスウェーデンじゃないの。もっとこう、外は怒った感じで歩くの!」
この街では、のんびりしている桃なんて、いいカモだ。
スリだって、強盗だって多い。
つまりイリスは心配だと言いたいのだ。
「・・・ありがとう。美容室に行きたいの」
「・・・切っちゃうの?もったいない。こんなにきれいに伸ばしたのに」
イリスが桃の髪に触れた。
桃は子供の時はよくおさげにしていたものだ。
エンマが娘の髪を毎朝編んでいたのを、羨ましく見ていたのを思い出す。
「・・・伸ばしたんじゃなく伸びちゃったのよ。私のこの髪質でしょ。美容師さんがどうにもならないよって」
今では伸びきって絡まってしまって扱いづらい。
「日本人がやってる美容室があるの。私もいつもそこでやってもらうの」
イリスは、来日した際に日本の美容室もすっかり気に入り、パリで日本人がいる店を探して通っているのだと言った。
イリスは軽くウェーブのかかったボリュームのある髪をふんわりと自然に流していた。
南フランス出身らしい魅力的な小麦色の肌、褐色の髪。
古くはチュニジアだかモロッコの血も入っているとかで、こう言うタイプはモテる。
桃は眩しい、と笑った。
「・・・・あの彼氏、どうなの?」
「どうって?」
「ネットで調べたら、そこそこ有名らしいわよね」
「うん。まあ実態はよく分からないけど・・・そうみたいね。おじいちゃんが亡くなった時、いろいろ助けてもらったの・・・。今回はね、代理人さんの妹さんがパリにいるのよ。マネージャーでね。それで会いにきたの」
ふうん、とイリスが頷いた。
「・・・ねぇ、モモ。こうしてまた会えて嬉しいわ」
「私もよ。イリスったらすっかり実業家になっちゃって。私の方が年上なのに。あなたは昔からしっかりしていたもの」
「モモが隙だらけなのよ。・・・モモ、私、パパがエンマと別れた後、私、寂しくて・・・」
「私もよ。その後、オーベルジュの方に力を入れたとかで、ニコラパパもイリスも一旦パリ離れてしまったでしょ?・・・その後、オーベルジュから手を引いてパリに戻って来たって聞いた時は嬉しかった」
だからこそ度々訪れる事がて来たのだし。
でも、オーベルジュはニコラの夢だったのに、どうしてだろうとはずっと思っていたのだけど。
イリスがしばらく黙った後、口を開いた。
「エンマと別れてから、パパが付き合ったのが、オーベルジュのオーナーの女性だったの。パパとは昔から知り合いだったしね。私も知らない人じゃ無かったから、それはそれでいいと思ったの。彼女には息子がいてね。・・・私・・・」
それきり黙ってしまった。
桃は不穏なものを感じて、様子を伺っていた。
「・・・強く抵抗したとは言えないわよね。どこに言えばいいのかも分からなかったし。オーベルジュをやるのはパパの夢だったし、私のせいでダメにしたく無かったの。・・・でも、結局それがバレたのよ。彼の母親は、自分の息子を庇うためというより、自分と自分の事業のために金払うって言い出して。・・・私はそれでいいって言ったんだけど。・・・すぐにパパが彼女と関係を解消してパリに戻ってくれたの」
「・・・怖かったわね・・・」
「もう終わった事だけど。・・・そいつ、その後すぐに別件で捕まったの。何度かそんな事繰り返して、結局死んだみたいよ。母親の方は今だに元気よ。どっかの金持ちのジジイと結婚したらしいわ」
イリスは何でも無い事のように言ったが、桃は泣き出したい気分だった。
幼い頃別れた可愛い親友が、そんな事になったなんて。
今まで、聞いたこともない話だった。
「エンマとモモとあのままいたら、あんなことにはならなかったのにって、パパも後悔したのよ。・・・私もパパを責めたしね。・・・でも仕方ないわよね」
仕方ないとそう言えるようになるまで、彼女がどんな辛かったか。
「ねえ、モモ、だからね。モモにこうして話す事が出来て。・・・私、生き残ったんだなあと言うか、乗り越えたんだなあって、今、本当に思ってるの」
幼い頃の輝くような大切な時間が、苦しみの中の自分をどれだけ救ったか。
桃は黙ってイリスを抱きしめた。
「・・・私、小さい頃ママを亡くしているから。パパとエンマとモモと過ごしたのが家庭のイメージなの。短い時期だし、擬似家族って言われたらそうかもしれないけれど。・・・てもすごく、幸せだったの」
「・・・うん」
「・・・だからね。ああいうのを、自分で作り上げてみたいの」
「・・・うん」
小さな子供であった彼女が、そして自分が与えられた小さな幸せ。
安心と思える空間。
確かにそこにあったもの。
この希いがいつか叶えばいいのに、と桃はイリスの頬に唇を寄せた。
1
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
じれったい夜の残像
ペコかな
恋愛
キャリアウーマンの美咲は、日々の忙しさに追われながらも、
ふとした瞬間に孤独を感じることが増えていた。
そんな彼女の前に、昔の恋人であり今は経営者として成功している涼介が突然現れる。
再会した涼介は、冷たく離れていったかつての面影とは違い、成熟しながらも情熱的な姿勢で美咲に接する。
再燃する恋心と、互いに抱える過去の傷が交錯する中で、
美咲は「じれったい」感情に翻弄される。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる