金魚の記憶

ましら佳

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71.擬似家族

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「ねぇ、桃はさ、この先、どう考えてるの?」
「この先?」
「レオンとずっと一緒にいるかどうかはわからないにしても、家族を作るのかとかさ。日本人の女の子ってそのへん堅実じゃない?」
「・・・私は、付き合ったの去年だしね・・・。まあ確かにこの年になると、私の日本の友達も結婚したり子供産んだりして落ちついちゃったわね。私だけね、フラフラしてるの」

ひななんて、今や三児の母。
長い不妊治療の末だから、ひなも夫もとても喜んでいた。

「私も子供が欲しいと思ってるの。でも別れたばかりだし。そもそも、どちらが産むのかとか父親はどうするのかとかそう言う問題もね」

イリスは同性愛者で、子供を持つとしたらクリアしなければならない問題が多くある。

「スウェーデンも同性のカップルはいるけど。いろいろよね」
「そうよね。精子提供を受けて、妊娠するのが一番手っ取り早いけれど。それを了承してくれる相手じゃないとだし。・・・前もそれが原因で別れたのよ。あー、つまり。何で自分ではない男の精子で妊娠するわけってね」
「・・・でも、卵子だけの生殖って、人間は、倫理的にダメなのよね・・・?」

確か、羊で実験したという実例はあるらしいけど。

「・・・卵だけじゃダメってことよね。ミルクやらバターやら小麦粉やら必要なのね。お菓子と一緒で。だから仕方ないじゃない?でもねえ・・・」

イリスはため息をついてからワインを飲んだ。

「・・・若い時に卵子を保存しておくなんて時代になって来たけど。未来はもっといろいろできるんでしょうけど。・・・今現在を生きてるわけだしね。今出来ることを考えないと」
「・・・うまく行くといいね」
「まずは相手を探す事からよ」

そうね、と桃は頷いた。


「せっかく都会に出て来たんだからどこ行きたい?午後から付き合うわ」
「いいよ!悪いよ。一人で行けるよ」
「ダメ。アンタって、ふにゃふにゃして歩ってるんだから。・・・いい?ここは平和な農耕民族ばかりの東の果ての日本とか、森の民しかいない北の果てのスウェーデンじゃないの。もっとこう、外は怒った感じで歩くの!」

この街では、のんびりしている桃なんて、いいカモだ。
スリだって、強盗だって多い。

つまりイリスは心配だと言いたいのだ。


「・・・ありがとう。美容室に行きたいの」
「・・・切っちゃうの?もったいない。こんなにきれいに伸ばしたのに」

イリスが桃の髪に触れた。
桃は子供の時はよくおさげにしていたものだ。
エンマが娘の髪を毎朝編んでいたのを、羨ましく見ていたのを思い出す。

「・・・伸ばしたんじゃなく伸びちゃったのよ。私のこの髪質でしょ。美容師さんがどうにもならないよって」

今では伸びきって絡まってしまって扱いづらい。

「日本人がやってる美容室があるの。私もいつもそこでやってもらうの」

イリスは、来日した際に日本の美容室もすっかり気に入り、パリで日本人がいる店を探して通っているのだと言った。

イリスは軽くウェーブのかかったボリュームのある髪をふんわりと自然に流していた。
南フランス出身らしい魅力的な小麦色の肌、褐色の髪。
古くはチュニジアだかモロッコの血も入っているとかで、こう言うタイプはモテる。
桃は眩しい、と笑った。

「・・・・あの彼氏、どうなの?」
「どうって?」
「ネットで調べたら、そこそこ有名らしいわよね」
「うん。まあ実態はよく分からないけど・・・そうみたいね。おじいちゃんが亡くなった時、いろいろ助けてもらったの・・・。今回はね、代理人さんの妹さんがパリにいるのよ。マネージャーでね。それで会いにきたの」

ふうん、とイリスが頷いた。

「・・・ねぇ、モモ。こうしてまた会えて嬉しいわ」
「私もよ。イリスったらすっかり実業家になっちゃって。私の方が年上なのに。あなたは昔からしっかりしていたもの」
「モモが隙だらけなのよ。・・・モモ、私、パパがエンマと別れた後、私、寂しくて・・・」
「私もよ。その後、オーベルジュの方に力を入れたとかで、ニコラパパもイリスも一旦パリ離れてしまったでしょ?・・・その後、オーベルジュから手を引いてパリに戻って来たって聞いた時は嬉しかった」

だからこそ度々訪れる事がて来たのだし。
でも、オーベルジュはニコラの夢だったのに、どうしてだろうとはずっと思っていたのだけど。

イリスがしばらく黙った後、口を開いた。

「エンマと別れてから、パパが付き合ったのが、オーベルジュのオーナーの女性だったの。パパとは昔から知り合いだったしね。私も知らない人じゃ無かったから、それはそれでいいと思ったの。彼女には息子がいてね。・・・私・・・」

それきり黙ってしまった。

桃は不穏なものを感じて、様子を伺っていた。

「・・・強く抵抗したとは言えないわよね。どこに言えばいいのかも分からなかったし。オーベルジュをやるのはパパの夢だったし、私のせいでダメにしたく無かったの。・・・でも、結局それがバレたのよ。彼の母親は、自分の息子を庇うためというより、自分と自分の事業のために金払うって言い出して。・・・私はそれでいいって言ったんだけど。・・・すぐにパパが彼女と関係を解消してパリに戻ってくれたの」
「・・・怖かったわね・・・」
「もう終わった事だけど。・・・そいつ、その後すぐに別件で捕まったの。何度かそんな事繰り返して、結局死んだみたいよ。母親の方は今だに元気よ。どっかの金持ちのジジイと結婚したらしいわ」

イリスは何でも無い事のように言ったが、桃は泣き出したい気分だった。
幼い頃別れた可愛い親友が、そんな事になったなんて。
今まで、聞いたこともない話だった。


「エンマとモモとあのままいたら、あんなことにはならなかったのにって、パパも後悔したのよ。・・・私もパパを責めたしね。・・・でも仕方ないわよね」

仕方ないとそう言えるようになるまで、彼女がどんな辛かったか。

「ねえ、モモ、だからね。モモにこうして話す事が出来て。・・・私、生き残ったんだなあと言うか、乗り越えたんだなあって、今、本当に思ってるの」

幼い頃の輝くような大切な時間が、苦しみの中の自分をどれだけ救ったか。

桃は黙ってイリスを抱きしめた。


「・・・私、小さい頃ママを亡くしているから。パパとエンマとモモと過ごしたのが家庭のイメージなの。短い時期だし、擬似家族って言われたらそうかもしれないけれど。・・・てもすごく、幸せだったの」
「・・・うん」
「・・・だからね。ああいうのを、自分で作り上げてみたいの」
「・・・うん」

小さな子供であった彼女が、そして自分が与えられた小さな幸せ。
安心と思える空間。
確かにそこにあったもの。

このねがいがいつか叶えばいいのに、と桃はイリスの頬に唇を寄せた。
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