金魚の記憶

ましら佳

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67.確実な平均

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レオンが手配した業者が、荷物をホテルの部屋に持ち込み、事情を聞いていたホテルのスタッフ達も手伝ってくれた。
レオンの芸術家アーティストとしての実績は結構なものらしく、彼のマネージャーがホテルや配送業者と交渉してくれたらしい。

ホテルのスタッフ達は仏像を珍しそうに眺め、恭々うやうやしく扱った。
ホテルの支配人まで出て来て、桃に仏像の説明を求めた。
桃は、スマホで調べながら、仏像の由来やら年代とかを話していると、レオンが隣で感心したように聞いていた。


食事をして、風呂にも入り午後にやっと眠って、桃が目を覚ましたのは夜中だった。
二つある寝室のうちの一つからリビングに行ってみると、レオンが絨毯の上に座って仏像をスケッチしたり、祖母のものと思われる着物の柄や日本の花の図鑑を見ていたりと楽しそうにしていた。

「あ、ベニ、おはよう。夜中だけど。・・・明後日の午後には運んじゃうからさ。今のうちにいろいろ見せて貰ってた」
「・・・そう。日程、決まったのね。・・・いろいろありがとう。・・・って言うか、これ、アパートに入るのかなあ」

借りているアパートは、二部屋あるが、無理やりこの大荷物を入れて自分はどこで生活すればいいのかと桃は笑った。

「うん。だよね。デッカいよ、この仏像とかさ」
「・・・キッチンなら天井少し高いから、いけるかな・・・でも、台所に仏像あるのって申し訳ない感じよねえ・・・油跳ねるしねえ・・・。大体、仏像四体もあったらぎちぎち」

変なの、と桃は笑った。

「・・・じゃあ、これ、アトリエに置く?」
「・・・いいの?でも、雰囲気も趣旨も違うじゃない?」

レオンが製作している作品は古典的なものもあるが大体はもっとモダンなものだ。
藪から棒に仏像があったら、学生達も戸惑うだろう。

「別にいいんじゃない?・・・じゃ、まとめてうちのアトリエに置いておくのは?・・・だめ?」

そんなにこの仏像が気に入ったのだろうか。
欧米人の家とかホテルに、たまに部屋のチェストに仏像の頭部が飾ってあったりするけれど。
やっぱりレオンもあのセンスの持ち主なのだろうか。

「そんな広いの?迷惑じゃ無いなら助かるけど・・・。近いうち、もう少し広いアパート借りるから。探すところからだから時間かかるだろうけど。そしたら引き取るって事でいい?仏像、嵩張かさばるのに、すいません・・・」
「・・・うーん」

とレオンが首を傾げた。

「そうじゃなくて・・・」

桃が不思議に思って何が?と尋ねた。

「・・・一緒に暮らそうって事なんだけど」

桃は驚いて、仏像とレオンを見比べた。




広いベッドで桃はレオンと抱き合っていたが、どうにも落ち着かない。

「・・・なんだか悪い事してる気分・・・」

何せ、隣の部屋には仏像が四体も鎮座していて、祖父の遺品も山のようにある。

「・・・怒られる?仏様は神様と違って心が広いからそんな事で怒らないんじゃないの?」
「・・・そうなの?」

わからないけど、とレオンが首を振った。

「・・・後でごめんなさいするんじゃダメ?神様はそうでしょ?」

レオンがすまなそうに言った。
告解とか懺悔というやつか、と桃は思い当たった。

「・・・じゃ、こっち」

レオンが立ち上がって、桃を誘導した。

バスルームもたっぷりと広くて、笑ってしまうほど大きなバスタブが置いてある。


「・・・さすが男性の平均身長180センチ超えの国よね」
「そうなの?よく知ってるね」

「・・・日本人て平均アベレージ出すの好きなの」
「へえ。面白い。なんで?」
「・・・なんで・・・?」

桃ははたとしてレオンを見た。

「・・そうね・・・なんでなんだろ・・・?」

桃が長考に入ってしまいそうなのに、レオンが慌てた。
バスタブに湯を溜めて、置いてあったバスソルトを入れた。
森の中のような香りが立ち込めた。

「・・・いい匂い・・・ジュニパーとペチパー、あとはパインかな」
「よくわかるね」


レオンは先にバスタブに入ると、桃を引き寄せた。

「・・・森の中の温泉に入ってる熊とか猿の気分」
「そんなのあるの?」
「サルがみんなで温泉入るのよ。子猿とか可愛いの」
「見てみたい!」

桃はタオルを畳んでレオンの頭の上に乗せた。

「何?」
「慰安旅行風。・・・うん、いい感じ」

桃が笑い出したのに、レオンもまた楽しくなって来た。
レオンが笑い続ける桃の唇を吸った。

「・・・先に言っておきますけど。私、ブランク長いので・・・ご期待に添えるかどうか」
「そうなの?どのくらい?」
「・・・3、いや、4年・・・?」

そう言うと、レオンは驚いた顔をした。

「なんで?!」
「なんでって・・・まあ、日々にいっぱいいっぱいで・・・?生活に必要が無いし・・・?」
「そんなのダメだよ!」
「え?ダメなの・・・?」
「ダメだよ!?なんかそれってすごく、真面目じゃないって言うか・・・」
「えぇ?真面目でしょ?」
「えーと・・・不誠実!そう、不誠実だよ」

不誠実、と言われたのは人生二度目であるが。
この状況で言われるとは思わず、なんだか信じられない気持ちで。

「・・・でも、誰に対して・・・?」
「自分だよ!それから、愛する人にも」
「いやだから、それがいなければ・・・」
「愛するひとを遠ざけて生きてるって事だよ?それって、自分にもその相手にも誠実と言える?」

そんな事、考えた事も無かった。

「・・・自分でも、スボラだなあと思ってはいたけれど・・・そうか、誠実では無いと言うこと・・・?」

自分のペースで身の丈に合ったように生きると言う事と、ズボラと言うのは違うのか。

「どうなってんの?日本の義務教育」
「義務教育じゃこんな事教えてくれないのよ・・・」
「じゃ、何教えてんの?」
「・・・確実な平均アベレージ・・・?」
「ええ?」
「いやでもね、その、平均と同時に、頭ひとつ分抜け出る努力とか個性というのも重視しててですね・・・。言わずとも、その中で誠実に生きるというのもわかってる人もいると思う・・・」
「そんなの身に付く人とつかない人いるんじゃないかな?」
「・・・そうねぇ・・・。私、付いてない人だわ・・・」

桃はため息をついた。
ちょっと愕然としている。

身につけて居なければなない確実な平均アベレージすらついていない、という事すら気づいて居なかった。
三十四になって、なんという事。

「しょうがないな。じゃ、僕が教えます」

レオンが湯の中の桃を抱き寄せた。

「・・・先生、よろしくお願いします・・・」

桃がぺこりと頭を下げた。
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