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63.満ちていく霧雨
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アトリエ兼教室でもある部屋で、レオンは学生達の話を聞いていた。
「・・・あー知ってる。ベニ」
「モモじゃないっけ?」
「どっちでもいいみたいだよ」
「もともとストックホルムの大学にいたんだけど、日本に戻って、その後ここに招ばれて来たって」
「才媛なんでしょ。日本語、英語、スウェーデン語、イタリア語とフランス語、中国語も少しもできるみたいね」
「え。すごーい。語族違うじゃん」
「日本人かあ。・・・マンガ訳してくれないかなあ。日本語で読んでみたい・・・」
「分かる!」
「・・・おじいちゃんだかおばあちゃんがスウェーデン人なんでしょ。なんだか不思議かわいいよね」
「分かるー。東洋人って若いって言うけど、寝起きでスッピンだと、もう中学生でしょあれ・・・」
「朝、起きたままなのって言って、何か食べながら電動自転車こいでんの面白いよね。本当アニメみたい」
「あの日本製の電動自転車。あれ最高・・・。ママチャリって言ってた。メーカー名かなあ」
彼女は若い学生達の格好の娯楽らしい。
確かに面白そうだもんな、とレオンは納得した。
「・・・君ら、講義とってんの?」
「全然関係ないから無理。でも、喋ってみたーい」
「・・・分かる」
レオンがそう言った。
学生達にレオンの講義室に連れて来られて、桃はとんでもないと首を振った。
「・・・私・・・美術なんて・・・」
「ああ、えっと。・・・日本の絵の紹介とかでいいんだけど。・・・アニメとか?に続くわけでしょ?学生達が知りたいって言うもんだから。サッとで良いんだけど何か描いてみてよ。アニメっぽいもの」
「・・・サッと描ける・・・もの・・・??」
桃は自分が描けるもの、と思い出して、ホワイトボードにうろ覚えのキャラクターを描いた。
「・・・これ何?」
思ったより知名度がないらしい。
アジアじゃ大人気なんだけどなあ。
「・・・二十二世紀の未来の猫型ロボット。耳は、工場でネズミにかじられたから、無いの」
「二十二世紀、工場にネズミいるんだ・・・?」
「・・・本当だね・・・」
それから彼らが分かりそうなものをいくつか描いて、これは結構受けが良くて桃はほっとした。
桃は、一週間に一度だけモデル兼教材兼娯楽としてレオンの教室を訪れるようになっていた。
学生から、この人、じっとしてるから助かる、と言う評価も頂いた。
本を読んでていてもいいし、仕事をしていてもいいと言う。
「何か食べてても良い?」
「うん。なるだけ静かに食べれるものでお願いして良い?」
そう言われて、自室から何か持ってきた。
学生達には、飴とチョコを配り、自分は黒い付箋のようなものを食べ始めた。
「ベニ、何それ?」
「昆布干したやつ。日本人はヨード摂らないと病気になるからね」
ただ単に好物なのだが、桃はそれらしい事を言った。
「・・・海藻食い始めたぞ、ジュゴンか?」
水族館でスケッチしてる気分になってきた、と学生が笑った。
さて、とレオンが講義を始めた。
「・・・人種によって骨格というのは結構違うもので、例えば、この骨は白人種だけど・・・。ベニ、横に立ってみて」
と、レオンが骨格標本を出して来て、桃を横に立たせて講義を始めた。
「・・・・姿勢悪いって事?」
「いやほら、骨盤がね、黄色人種は丸っこいんだよね。だから前傾してるように見える。あ、やっぱり。ベニ、少しそうだね」
「ああ、猫背って言うのよ」
「猫?面白いね!」
「で、重心が低いから、膝も柔らかく曲がって見えるんだよね」
「・・・・良いとこないじゃない」
「えー、ベニ、可愛いじゃない、猫背」
「猫ならね」
それから学生達は桃から日本の話を聞きたがり、更に持参したマンガの台詞を日本語で書いてくれとねだられた。
桃は学生達が帰ってから骨格標本で遊んでいた。
「なるほどねえ。筋肉のつき方も違うもんなあと思ってたけど、骨から違うもんなのねえ。陸上選手とかあんなに速く走れたら楽しいだろうなあと思ってたけど、私には無理かぁ。・・・これ混ざってたらどうなの?ちょっと何かに良く作用しないかな?」
例えば、速くは走れないけれど高く跳べるとか。
どこまでも泳いで行けますとか。
うーん、とレオンは首を傾げた。
「・・・見せて頂けたら」
誘うように言われて、桃が思わせぶりに笑った。
「・・・お見せしたら、診断できるの?」
「・・・いや、全然」
正直に肩を竦められて言われて、桃は吹き出した。
アトリエのソファに桃はレオンと座っていた。
持っていた日本のお菓子をあげると、レオンはすごく美味しいと喜んだ。
「友達が送ってくれたの」
雛がダンボールいっぱいにお菓子を詰めて救援物資だと送ってくれる。
月子は、御朱印とやはり銘菓。
御朱印はシールのようになっていてお薬手帳のように、自分の御朱印帳に貼れと言う程の気遣いだ。
公太郎は米と日本酒とフリーズドライの食品を送って来る。
お菓子ばっかり食ってないで飯を食え、と言う事だ。
日本酒はストックホルムの祖父に持参するととても喜ばれる。
なんだかいいムードなんて気分じゃなくなって、桃とレオンはよもやま話を始めた。
「・・・いつもああいう感じでナンパしてるの?」
「結構成功率高いんだけどなぁ。残念」
「何割?」
「うーん・・・60%は・・・」
「へえ、すごい。狩りが成功する率は、ライオンは30%、トラなんて10%だって」
「それじゃいつも腹減ってるねえ」
「こっちのレオンさんは60%だから優秀ね」
そう言うと、レオンが笑った。
桃が改めて部屋を見渡した。
「・・・アトリエっていい匂いね」
「学生に臭いって言われるよ」
絵具も溶き油のオイルも筆を洗う揮発性のオイルも刺激臭がする。
レオンは昔ながらの油絵具を使うらしい。
「日本てどんな絵具があるの?」
「何だってありますよ。・・・昔ながらのものはね、東アジアは同じなんでしょうけど、鉱物を粉末にして絵具にするの。岩絵具。西洋も昔はそうよね。メディウムは、アラビアゴムじゃなくて鹿の膠を使うの」
「ベニ、詳しいね」
レオンは素直に称賛した。
「おじいちゃんが日本画好きなの。たまに描いてたから」
「日本画って見たことあるよ。画像でだけど。昔の宗教画に似てるのは画材が同じだからか」
「そうね。・・・すごく静かよね」
ここもすごく静かだ。
学生達がいた時は賑やかだったけど。
何か書き始めたレオンを何となく眺めながら、桃はソファに寝転がっていた。
外は雨が降ってきたようだ。
日本のように降り注ぐようなものではなく、細かい霧雨のような降雨。
世界ごと体が細かい水に包まれて満たされていくような。
水槽の中みたいな。
こう言う感覚、久しぶり。
桃は閉ざされた空間で漂っている感じを味わっていた。
「・・・あー知ってる。ベニ」
「モモじゃないっけ?」
「どっちでもいいみたいだよ」
「もともとストックホルムの大学にいたんだけど、日本に戻って、その後ここに招ばれて来たって」
「才媛なんでしょ。日本語、英語、スウェーデン語、イタリア語とフランス語、中国語も少しもできるみたいね」
「え。すごーい。語族違うじゃん」
「日本人かあ。・・・マンガ訳してくれないかなあ。日本語で読んでみたい・・・」
「分かる!」
「・・・おじいちゃんだかおばあちゃんがスウェーデン人なんでしょ。なんだか不思議かわいいよね」
「分かるー。東洋人って若いって言うけど、寝起きでスッピンだと、もう中学生でしょあれ・・・」
「朝、起きたままなのって言って、何か食べながら電動自転車こいでんの面白いよね。本当アニメみたい」
「あの日本製の電動自転車。あれ最高・・・。ママチャリって言ってた。メーカー名かなあ」
彼女は若い学生達の格好の娯楽らしい。
確かに面白そうだもんな、とレオンは納得した。
「・・・君ら、講義とってんの?」
「全然関係ないから無理。でも、喋ってみたーい」
「・・・分かる」
レオンがそう言った。
学生達にレオンの講義室に連れて来られて、桃はとんでもないと首を振った。
「・・・私・・・美術なんて・・・」
「ああ、えっと。・・・日本の絵の紹介とかでいいんだけど。・・・アニメとか?に続くわけでしょ?学生達が知りたいって言うもんだから。サッとで良いんだけど何か描いてみてよ。アニメっぽいもの」
「・・・サッと描ける・・・もの・・・??」
桃は自分が描けるもの、と思い出して、ホワイトボードにうろ覚えのキャラクターを描いた。
「・・・これ何?」
思ったより知名度がないらしい。
アジアじゃ大人気なんだけどなあ。
「・・・二十二世紀の未来の猫型ロボット。耳は、工場でネズミにかじられたから、無いの」
「二十二世紀、工場にネズミいるんだ・・・?」
「・・・本当だね・・・」
それから彼らが分かりそうなものをいくつか描いて、これは結構受けが良くて桃はほっとした。
桃は、一週間に一度だけモデル兼教材兼娯楽としてレオンの教室を訪れるようになっていた。
学生から、この人、じっとしてるから助かる、と言う評価も頂いた。
本を読んでていてもいいし、仕事をしていてもいいと言う。
「何か食べてても良い?」
「うん。なるだけ静かに食べれるものでお願いして良い?」
そう言われて、自室から何か持ってきた。
学生達には、飴とチョコを配り、自分は黒い付箋のようなものを食べ始めた。
「ベニ、何それ?」
「昆布干したやつ。日本人はヨード摂らないと病気になるからね」
ただ単に好物なのだが、桃はそれらしい事を言った。
「・・・海藻食い始めたぞ、ジュゴンか?」
水族館でスケッチしてる気分になってきた、と学生が笑った。
さて、とレオンが講義を始めた。
「・・・人種によって骨格というのは結構違うもので、例えば、この骨は白人種だけど・・・。ベニ、横に立ってみて」
と、レオンが骨格標本を出して来て、桃を横に立たせて講義を始めた。
「・・・・姿勢悪いって事?」
「いやほら、骨盤がね、黄色人種は丸っこいんだよね。だから前傾してるように見える。あ、やっぱり。ベニ、少しそうだね」
「ああ、猫背って言うのよ」
「猫?面白いね!」
「で、重心が低いから、膝も柔らかく曲がって見えるんだよね」
「・・・・良いとこないじゃない」
「えー、ベニ、可愛いじゃない、猫背」
「猫ならね」
それから学生達は桃から日本の話を聞きたがり、更に持参したマンガの台詞を日本語で書いてくれとねだられた。
桃は学生達が帰ってから骨格標本で遊んでいた。
「なるほどねえ。筋肉のつき方も違うもんなあと思ってたけど、骨から違うもんなのねえ。陸上選手とかあんなに速く走れたら楽しいだろうなあと思ってたけど、私には無理かぁ。・・・これ混ざってたらどうなの?ちょっと何かに良く作用しないかな?」
例えば、速くは走れないけれど高く跳べるとか。
どこまでも泳いで行けますとか。
うーん、とレオンは首を傾げた。
「・・・見せて頂けたら」
誘うように言われて、桃が思わせぶりに笑った。
「・・・お見せしたら、診断できるの?」
「・・・いや、全然」
正直に肩を竦められて言われて、桃は吹き出した。
アトリエのソファに桃はレオンと座っていた。
持っていた日本のお菓子をあげると、レオンはすごく美味しいと喜んだ。
「友達が送ってくれたの」
雛がダンボールいっぱいにお菓子を詰めて救援物資だと送ってくれる。
月子は、御朱印とやはり銘菓。
御朱印はシールのようになっていてお薬手帳のように、自分の御朱印帳に貼れと言う程の気遣いだ。
公太郎は米と日本酒とフリーズドライの食品を送って来る。
お菓子ばっかり食ってないで飯を食え、と言う事だ。
日本酒はストックホルムの祖父に持参するととても喜ばれる。
なんだかいいムードなんて気分じゃなくなって、桃とレオンはよもやま話を始めた。
「・・・いつもああいう感じでナンパしてるの?」
「結構成功率高いんだけどなぁ。残念」
「何割?」
「うーん・・・60%は・・・」
「へえ、すごい。狩りが成功する率は、ライオンは30%、トラなんて10%だって」
「それじゃいつも腹減ってるねえ」
「こっちのレオンさんは60%だから優秀ね」
そう言うと、レオンが笑った。
桃が改めて部屋を見渡した。
「・・・アトリエっていい匂いね」
「学生に臭いって言われるよ」
絵具も溶き油のオイルも筆を洗う揮発性のオイルも刺激臭がする。
レオンは昔ながらの油絵具を使うらしい。
「日本てどんな絵具があるの?」
「何だってありますよ。・・・昔ながらのものはね、東アジアは同じなんでしょうけど、鉱物を粉末にして絵具にするの。岩絵具。西洋も昔はそうよね。メディウムは、アラビアゴムじゃなくて鹿の膠を使うの」
「ベニ、詳しいね」
レオンは素直に称賛した。
「おじいちゃんが日本画好きなの。たまに描いてたから」
「日本画って見たことあるよ。画像でだけど。昔の宗教画に似てるのは画材が同じだからか」
「そうね。・・・すごく静かよね」
ここもすごく静かだ。
学生達がいた時は賑やかだったけど。
何か書き始めたレオンを何となく眺めながら、桃はソファに寝転がっていた。
外は雨が降ってきたようだ。
日本のように降り注ぐようなものではなく、細かい霧雨のような降雨。
世界ごと体が細かい水に包まれて満たされていくような。
水槽の中みたいな。
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