51 / 86
2.
51.苦くて甘い傷
しおりを挟む
慌ただしく宝が兄の部屋へと入って来た。
「・・・まだここに居たの?・・・もう、早くして・・・何!?このタヌキ?」
デスクやチェストにタヌキのぬいぐるみが置いてあった。
こんなもの買うようなタイプじゃないだろうに。
宝は無造作に掴んで眺めた。
「・・・ああ、乱暴にするな・・・・。限定品なんだから!葉っぱが曲がったじゃないか・・・」
保真智がタヌキの頭の葉っぱを直した。
かなり気に入っているらしい。
保真智が、そう言えば最近桃に会った、と言うと、宝が「だから何なの?」と、途端に苛ついたように返した。
「もう昔の話じゃない・・・ちょっと?!お兄ちゃん、結婚もして、子供もいるんだからしっかりしてよ?」
「・・・分かってるよ。別に、なんだってことはないけどさ。たまたま会ってさ。うちのホテルのを会場にして授賞式があってさ。それで賞貰ったらしくてね」
あんな別れ方をしたのだ。
気にならない方がおかしいだろう。
5年や6年なんて、過去とは言えるが昔と言えるほどでもない。
「・・・お兄ちゃん、あれで、良かったのよ。確かに、きれいだったし頭もいい子だったけど。・・・大体、別れた女が勝手に産んで、父親に認知もされてない娘なんて。非嫡出児どころか私生児ってやつよ。・・・今行くから!」
宝は階下で自分を呼ぶ娘や甥っ子の声に返事をした。
「ねぇ、お兄ちゃん、早くして。・・・あの子達が癇癪起こしたら、また出発が遅れるじゃない」
今日は自分の家族と兄の家族でテーマパークに行く約束をしていたのだ。
待ち合わせの兄の家に寄ったら、保真智は自室でまだのんびりしていて宝は大いに腹が立っている。
保真智の妻も、もう少し気を利かせてくれるといいのに、なんでも任せきりなんだから。
保真智は顔色を変えていた。
「・・・宝、お前、なんで知ってるんだ?」
桃の出生に関することは、それは、両親しか知らない話。
長兄にも話していないはずだ。
いくらあけすけな親でも、それは妹には言わない約束のはずだった。
しかも家族顔合わせの食事会すらしないまま破談となったのだから、宝は桃と面識は無いはずだ。
宝は、ああ、失敗した、という顔をした。
「・・・わかるもんじゃない、こういうのって」
「いや、そんなわけないのは、わかるな?」
「・・・私が別に調べ回ったとかじゃ無いからね。私、・・・悠さんよ。あの人が、私に言ったの。兄の妻に出生に関する問題があったら、困るんじゃないかって。そもそも私に黙ってた、お兄ちゃんも悪いのよ」
「・・・悠君が?お前に?」
「あの頃、私、付き合ってたのがそういうのうるさいタイプの人だったじゃない?・・・だから私会いに行ったの。あんな不思議ちゃん、本人だってこれで良かったのよ。・・・でも私がいくら言ったところで、そんなの決めたのは自分なんだからね。私のせいじゃないと思うわ。・・・いいじゃない、もう皆、今、幸せなんだから。・・・私達、あの頃と変わったのよ、もう」
そんなことより早くして、と常に現在に生きている宝は兄を急かした。
「・・・そうだな。でも、・・・彼女だけ変わって無かったよ」
兄の口調や表情には間違いなく後悔が浮かんでいて、宝は困ったように、責めるようにため息をついた。
保真智はホテルのロビーで悠の姿を見つけると近寄った。
悠の商談相手が来日していて、このホテルに宿泊しまていた。
ほんの数分刻みのスケジュールを開けて貰い、対面が叶ったのだ。
「ああ、保真智さん。久しぶりですね」
「・・・悠君、こっちにいるとは知らなかった。一昨年の春、確か、本社にいるって言って無かった?」
「ああ、その冬からこちらにいるんです」
そうと言うと、悠はにこやかに微笑んだ。
「・・・先週、桃ちゃんに会ったよ。授賞式で」
「そうでしたか。そちらのホテルが会場でしたね。私は仕事で行けなくて。・・・桃さん、緊張したし恥ずかしかったって、迎えに行く前にすぐ会社に帰って来ましたからね」
悠が嬉しそうに言った。
「・・・今、桃ちゃんと親しくしているの?」
彼等の関係性からしたら意外だ。
「今、会社も一緒ですしね。一緒にいる時間も増えましたよ」
「・・・悠くん、以前、うちの妹に、桃ちゃんのことで何か吹きこんだようだけど」
「ああ、そうでしたか?」
「・・・宝が、桃ちゃんに何か言ったとしたら。申し訳ない事と思ってね。・・・でも、悠君が、そんなに桃ちゃんを嫌いだとは思わなかったから」
とんでもない、と悠が否定した。
「嫌いなわけないでしょう。嫌いだったら今こうしていませんよ」
「・・・じゃあ、何で・・・?」
保真智は違和感と怒りを感じた。
「・・・もう別にいいのでは?私が宝さんにお伝えした事で彼女が桃さんに何か言ったというのは、本当でしょうけど。・・・でもそれが理由で、桃さんはあなたを選ばなかったわけじゃない。もういいでしょう?ご自分が一番ご存じではないですか。・・・まあ、もう、昔の事ですしね。すみません、それでは失礼します」
やんわりと、スマートに、フラットにそう言って、悠は秘書達と共にエレベーターへと向かった。
それは。
昔のことだろ、お前は。
今更、首を突っ込む資格はないだろう。
と、無言で突きつけられたと言う事。
あの時の傷をたまに苦く甘く思い出して傷口を開いては舐め溶かす、そんな事すら許さないと言う事。
保真智は何も言い返す事は出来なかった。
「・・・まだここに居たの?・・・もう、早くして・・・何!?このタヌキ?」
デスクやチェストにタヌキのぬいぐるみが置いてあった。
こんなもの買うようなタイプじゃないだろうに。
宝は無造作に掴んで眺めた。
「・・・ああ、乱暴にするな・・・・。限定品なんだから!葉っぱが曲がったじゃないか・・・」
保真智がタヌキの頭の葉っぱを直した。
かなり気に入っているらしい。
保真智が、そう言えば最近桃に会った、と言うと、宝が「だから何なの?」と、途端に苛ついたように返した。
「もう昔の話じゃない・・・ちょっと?!お兄ちゃん、結婚もして、子供もいるんだからしっかりしてよ?」
「・・・分かってるよ。別に、なんだってことはないけどさ。たまたま会ってさ。うちのホテルのを会場にして授賞式があってさ。それで賞貰ったらしくてね」
あんな別れ方をしたのだ。
気にならない方がおかしいだろう。
5年や6年なんて、過去とは言えるが昔と言えるほどでもない。
「・・・お兄ちゃん、あれで、良かったのよ。確かに、きれいだったし頭もいい子だったけど。・・・大体、別れた女が勝手に産んで、父親に認知もされてない娘なんて。非嫡出児どころか私生児ってやつよ。・・・今行くから!」
宝は階下で自分を呼ぶ娘や甥っ子の声に返事をした。
「ねぇ、お兄ちゃん、早くして。・・・あの子達が癇癪起こしたら、また出発が遅れるじゃない」
今日は自分の家族と兄の家族でテーマパークに行く約束をしていたのだ。
待ち合わせの兄の家に寄ったら、保真智は自室でまだのんびりしていて宝は大いに腹が立っている。
保真智の妻も、もう少し気を利かせてくれるといいのに、なんでも任せきりなんだから。
保真智は顔色を変えていた。
「・・・宝、お前、なんで知ってるんだ?」
桃の出生に関することは、それは、両親しか知らない話。
長兄にも話していないはずだ。
いくらあけすけな親でも、それは妹には言わない約束のはずだった。
しかも家族顔合わせの食事会すらしないまま破談となったのだから、宝は桃と面識は無いはずだ。
宝は、ああ、失敗した、という顔をした。
「・・・わかるもんじゃない、こういうのって」
「いや、そんなわけないのは、わかるな?」
「・・・私が別に調べ回ったとかじゃ無いからね。私、・・・悠さんよ。あの人が、私に言ったの。兄の妻に出生に関する問題があったら、困るんじゃないかって。そもそも私に黙ってた、お兄ちゃんも悪いのよ」
「・・・悠君が?お前に?」
「あの頃、私、付き合ってたのがそういうのうるさいタイプの人だったじゃない?・・・だから私会いに行ったの。あんな不思議ちゃん、本人だってこれで良かったのよ。・・・でも私がいくら言ったところで、そんなの決めたのは自分なんだからね。私のせいじゃないと思うわ。・・・いいじゃない、もう皆、今、幸せなんだから。・・・私達、あの頃と変わったのよ、もう」
そんなことより早くして、と常に現在に生きている宝は兄を急かした。
「・・・そうだな。でも、・・・彼女だけ変わって無かったよ」
兄の口調や表情には間違いなく後悔が浮かんでいて、宝は困ったように、責めるようにため息をついた。
保真智はホテルのロビーで悠の姿を見つけると近寄った。
悠の商談相手が来日していて、このホテルに宿泊しまていた。
ほんの数分刻みのスケジュールを開けて貰い、対面が叶ったのだ。
「ああ、保真智さん。久しぶりですね」
「・・・悠君、こっちにいるとは知らなかった。一昨年の春、確か、本社にいるって言って無かった?」
「ああ、その冬からこちらにいるんです」
そうと言うと、悠はにこやかに微笑んだ。
「・・・先週、桃ちゃんに会ったよ。授賞式で」
「そうでしたか。そちらのホテルが会場でしたね。私は仕事で行けなくて。・・・桃さん、緊張したし恥ずかしかったって、迎えに行く前にすぐ会社に帰って来ましたからね」
悠が嬉しそうに言った。
「・・・今、桃ちゃんと親しくしているの?」
彼等の関係性からしたら意外だ。
「今、会社も一緒ですしね。一緒にいる時間も増えましたよ」
「・・・悠くん、以前、うちの妹に、桃ちゃんのことで何か吹きこんだようだけど」
「ああ、そうでしたか?」
「・・・宝が、桃ちゃんに何か言ったとしたら。申し訳ない事と思ってね。・・・でも、悠君が、そんなに桃ちゃんを嫌いだとは思わなかったから」
とんでもない、と悠が否定した。
「嫌いなわけないでしょう。嫌いだったら今こうしていませんよ」
「・・・じゃあ、何で・・・?」
保真智は違和感と怒りを感じた。
「・・・もう別にいいのでは?私が宝さんにお伝えした事で彼女が桃さんに何か言ったというのは、本当でしょうけど。・・・でもそれが理由で、桃さんはあなたを選ばなかったわけじゃない。もういいでしょう?ご自分が一番ご存じではないですか。・・・まあ、もう、昔の事ですしね。すみません、それでは失礼します」
やんわりと、スマートに、フラットにそう言って、悠は秘書達と共にエレベーターへと向かった。
それは。
昔のことだろ、お前は。
今更、首を突っ込む資格はないだろう。
と、無言で突きつけられたと言う事。
あの時の傷をたまに苦く甘く思い出して傷口を開いては舐め溶かす、そんな事すら許さないと言う事。
保真智は何も言い返す事は出来なかった。
1
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
じれったい夜の残像
ペコかな
恋愛
キャリアウーマンの美咲は、日々の忙しさに追われながらも、
ふとした瞬間に孤独を感じることが増えていた。
そんな彼女の前に、昔の恋人であり今は経営者として成功している涼介が突然現れる。
再会した涼介は、冷たく離れていったかつての面影とは違い、成熟しながらも情熱的な姿勢で美咲に接する。
再燃する恋心と、互いに抱える過去の傷が交錯する中で、
美咲は「じれったい」感情に翻弄される。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる