金魚の記憶

ましら佳

文字の大きさ
上 下
47 / 86
2.

47.密室の悪事

しおりを挟む
翌日、桃は会社で北海道の土産をあれこれ配ると同僚達はとても喜び、更には新しい銘菓情報までたくさん提供してくれた。


桃は昼休みちょっと前に、発泡スチロールの箱を抱えて、公太郎の部屋オフィスへと向かった。

秘書の女性二人にお土産ですとお菓子を渡すと、二人はこれ大好きと言って歓声をあげた。
桃とは結構親しくなり、たまに一緒にランチに行く事もあった。

しかし、どのお菓子を誰に渡しても、皆、これ美味しい、大好きと言う様な反応。
北海道のお菓子の知名度には驚くばかり。


「・・・失礼します。・・・本部長よろしいですか?」

公太郎は、やっと来たか、と言って桃を招き入れた。
待ち焦がれた、と言う表情に、桃は苦笑した。
桃は公太郎に、瞬間調光ガラスをスモークにしろと手で示した。
公太郎がスイッチを入れると、すぐにガラスが全て曇りガラスのようになって周囲から遮断された。
桃は公太郎に近づき、ちょっと緊張したような顔をして、静かに、と指を唇に当てた。



それから少し間を置いて、はるかもまた公太郎の部屋を訪れていた。

「・・・失礼します。藤枝本部長のところにオルソン博士が来ていると伺ったのですがいらしてますか?」

若き常務の来訪に、桃から受け取った焼き菓子を頬張って居た秘書達が色めきたって立ち上がった。

「・・・いらしています。でも、今はミーティング中らしくて・・・」

困ったように、瞬間調光ガラスで遮断された部屋を示す。
桃が来ている時、密室状態になっているのは珍しい。
余程、切羽詰まった話なのかもしれない。

「常務、申し訳ありません。終わり次第オルソン博士にお伝えいたしますので・・・」
「・・・ああ、大丈夫です。了承してますから」

はるかがさも当然、と言う顔で微笑んだ。
二人の秘書はすっかり丸め込まれてしまったように少し浮き足だった様子で微笑み返した。

「・・・そうでしたか。では、どうぞ」
「ちょっと込み入った話なので。嬉しいけれど、コーヒーは結構です。いつもありがとうございます」

そう言われて、秘書達は嬉しそうに頷いた。


はるかは、「失礼します」と言いながら同時にドアを開けた。

向かい合って居た公太郎と桃が驚いたように振り返った。



二人は気まずそうにはるかを見上げた。

「・・・ドア、閉めてください」

桃に言われて、はるかが慌ててドアをしめた。

「・・・桃、やっぱり隠れて悪い事は出来ないな・・・」
「自分が言ったくせに・・・」

テーブルの上には、大量のイクラが乗った丼が2つ。

「・・・常務もどうですか?うまいですよ」
「良かったら、どうぞ。お嫌いじゃなければ」

桃が、紙の丼を取り出して、タッパーからご飯とイクラをよそってはるかに手渡した。



突然のイクラ丼大会になってしまった。

「・・・すごいうまいですね・・・・」

驚きを持ってはるかは言った。
赤い宝石のようなイクラ。
これがとんでもなく味がいい。
そして、鮭と炊き込まれたご飯がまたうまい。

「いや、やっぱ本場は違いますよね。イクラの醤油漬け、これ味付けもいいわ」
「この人、今日から出張だから持って来いって言うんですよ」
「・・・桃さん、これ、鮭入れたんですか?」
「はらこ飯っていうのよね。鮭の身とお出汁でご飯炊いて、その上にイクラの醤油漬け乗っけるの。・・・昨日、2キロ筋子ほぐして醤油とお酒に漬けたんですけど。出張から戻るの、来週っていうから・・・」

公太郎にみりんの面倒を見てもらうのでお土産は何がいいかと聞いたら、イクラと言われたのだ。

「タイミングが悪くてですね。・・・生物なまものだし、二週間は無理でしょう?・・・だから、出発する前の昼のうちに食っちゃおうと思って。・・・ああ、来月検診なんだけどもういいや・・・」
「タラバ蟹も買ってあるし、トウモロコシ予約してきちゃった」
「タラバは冷凍のままにしといて。後で食う!」
「・・・冷凍庫に何も入らないんですけど・・・。素材がおいしいってすごいですよね。・・・バターとチーズと干し鱈とジャガ芋買ってきたから、ブランダードとグラタン楽しみ・・・」
「・・・あれうまいよな。それも食う」

どうせ出張先でもあれこれ食ってしまうのだし、と公太郎はもう節制を諦めた。
コルステロールと血圧、それに尿酸値は、今年の検診でも高い値を叩き出しそうだ。


悠《はるか》が顔を上げた。

「・・・本部長、どちらに出張ですか?」
「ハノイです。二週間ですね」
「・・・台風が来てると聞きましたけど・・・」
「そうなんですよ。飛行機、飛ぶだろうけど、降りれるもんだか・・・」

そう言いながら、公太郎は、二杯目のイクラ丼を要求した。



桃は空になったタッパーを入れた保冷バッグを抱えて、はるかと廊下を歩っていた。
最近では、はるかは公太郎と親しくしていると知られて来て、その部下である桃と一緒にいてもそう不思議に思われなくなって来た。

「・・・お米3合とイクラが2キロ。結構、食べましたね。ハム・・・藤枝さん、魚卵好物なんですよ。だからコルステロールが高いんでしょうね」
「美味しかったです。・・・桃さん」
「はい?」
「私も、グラタン食べたいです」

はるかが真剣な顔でそう言った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

じれったい夜の残像

ペコかな
恋愛
キャリアウーマンの美咲は、日々の忙しさに追われながらも、 ふとした瞬間に孤独を感じることが増えていた。 そんな彼女の前に、昔の恋人であり今は経営者として成功している涼介が突然現れる。 再会した涼介は、冷たく離れていったかつての面影とは違い、成熟しながらも情熱的な姿勢で美咲に接する。 再燃する恋心と、互いに抱える過去の傷が交錯する中で、 美咲は「じれったい」感情に翻弄される。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...